第99話 別れ
偉大な山本長官は…遂に安否判明
宇垣達がつかまっていた流木は大きなものだったが月明かりで明るくなったことにより富嶽の残骸の中にあった救命イカダを見つけることができた。
これは山本の乗る富嶽が特別性のため積み込まれたもので紐を引っ張れば膨らみ三角の屋根があるそれなりに大きいイカダになる仕組みであった。
収納に便利なので民間企業に技術援助して大量に生産中であり主に工事は満州に作られている。
総員退艦の命令が出たときにも兵士の生存率が格段にあがるので便利なものなのである。
アメリカの兵士のケリーは海で勝手に膨らみ屋根のあるテント型の救命イカダができたことに驚いた様子だったが朱里に引っ張りあげられて3人は中に入った。
それなりに大きいもので三人くらいなら並んで眠れる大きさであった。
中にはかんぱんや飲料水があり1週間はもつ量が常備されていた。
「ひとまず助かったな」
宇垣は疲れたとテントで横になった。
一応言っておくがここは辺りは全て海であり宇垣達は遭難していた。
「ええ、山本長官は心配ですがひとまず私達の命は助かりました」
朱里は飲み物やかんぱんを三等分してからケリーに渡した。
〔〕は英語です
〔どうぞケリーさん〕
ケリーは驚いたように目を見開いた。
〔いいのか?俺がいなければ1週間近くは持つんだぞ?俺がこれを受け取れば5日しか持たない〕
朱里はため息をついた。
〔協力するといったじゃないですか?死にたいんですか?〕
ケリーはじっと食料を見つめていたが
〔OK、分かったよ〕
と食料を受け取った。
バリバリとかんぱんを取り出し口にいれた。
〔うまいな…〕
味気ないはずのかんぱんがこんなにおいしいものだとは知らなかった。
〔お腹が空いていたらなんでもおいしいものですよ〕
朱里は宇垣に食料を渡そうとする。
「宇垣さん、食料と水です」
しかし、宇垣は漂流の疲れからか眠ってしまっていた。
朱里はふっと微笑むと食料と水を宇垣の横においた。
〔あなたも眠ればいかがです?〕
ザザアンという海の音以外には宇垣のいびきと朱里の声だけがケリーにはきこえる。
〔いや、いい〕
〔眠ると私が外にほうり出すとでも?〕
むっとした朱里を見てケリーは慌てて
〔そ、そうじゃない。ただ、眠くないだけなんだ〕
〔それは奇遇です。私もまだ眠くありませんから話でもしませんか?これも何かの縁です〕
〔あ、ああ〕
今が暗闇でよかったとケリーは思った。もし明るければ顔を赤くした自分を見られてしまうからた。
いかだの中はそれなりの大きさとはいえ余裕がさほどあるわけでもなく自然とケリーと朱里の体はひっつく部分があった。
ちなみに宇垣は端で眠っている。
朱里からしたら万が一のためを考えての配置だったが無用かと思った。
そして日本の艦魂と話すうちにケリーは少しずつだが憎しみの気持ちが薄れていく穏やかな気持ちを目の前の少女から感じていた。
山本長官が行方不明になり太陽の光が海域を照らしはじめた頃、紀伊、大和は艦載機を飛ばして捜索に当たった。
そして、捜索開始から2時間後、捜索に出ていた5機のシーホークヘリコプターから連絡が紀伊に入った。
救命イカダ発見の報告である。
「誰が乗ってるか確認できるか?」
CICの薄暗い闇の中で通信機に向かい日向がいう。
「待ってください。これより降下を…あ!宇垣中将です。手を降っています」
CICの中で安堵の空気が流れた。
「山本長官は確認できるか?」
しばらく待って通信が帰ってきた。
「いえ、確認できるのは宇垣中将だけです。これより救助にあたります」
通信が切れると兵が
「他の捜索ヘリに帰還命令を出しますか?」
日向は首を横にふりながら
「いや、引き続き捜索をさせてくれ。大和や他の艦にも連絡をいれといてくれ」
「はっ!」
バラバラという音を聞きヘリコプターが現れた時、宇垣は思わずイカダから乗り出して叫んでいた。
「おおーい!ここだぁ!」
辺りはすっかり明るくなっている。
ケリーは相手が日本の飛行物体だと知ると観念したように目を閉じた。
〔これで僕は捕虜だね…〕
親しくなった朱里と話ながらケリーは満足していた。
散々な目にあったがこの出会いはうれしかった。
〔可能な限り力になります。大丈夫ですよケリーさん。捕虜に対する日本の対応は昔と違いかなり代わってますから。山本長官に頼んでできるならすぐに帰れるようにします。抵抗しないのが条件ですが…〕
〔大丈夫、抵抗しないよ。クレアも待ってるんだ。朱里〕
一晩の出会いだというのに朱里は真名を教えていた。
彼も決して悪ではないのである。
〔そうだ。戦争が終わったら日本に来ませんか?案内しますよ?〕
〔ああ、クレアと戦争が終わったら行かせてもらうよ〕
〔では指切りしましょう〕
〔指切り?〕
ケリーは首を傾げた。
アメリカにはないものだ。
〔こうするんです〕
朱里とケリーは小指を重ねた。
〔指切りげんまん嘘ついたら針千本の〜ます。指切った〕
手を離してからケリーは青い顔をして
〔嘘ついたら針千本飲むのかい?怖いな〕
朱里はクスリと笑い
〔ええ、ですから破らないでくださいね〕
〔分かった〕
紀伊の後部飛行甲板に宇垣達を乗せたシーホークが降り立ったのをモニターで見ながら日向はため息をついた。
「山本長官はいないか…」
すでに報告があり分かっていたことではあるが落胆を隠せない。
山本長官はこんな形で死んではいけない人だった。
山本長官は海軍では軍神として崇められる存在で死ねば日米講和は絶望的になる。
そして喜ぶのはドイツだろう。
「生きていてくださいよ山本長官…」
日向は徹夜の眠気覚ましのブラックコーヒーを口に流し込んだ。
毛布をかけられ連れれていく宇垣を見ながらケリーは俺は捕虜かと思った。
一応自分にも毛布がかけられてはいたが手には手錠がかけられている。
当然といえば当然なのだが…
「恭介さん」
一時仮眠をとるため自室に戻っていた日向は現れた朱里を見てソファーに座った。
「ああ、朱里か?どうした?凛なら…」
日向が言い終わる前に紀伊の艦魂凛が転移の光とともに現れた。
「朱里、大丈夫だったの?」
朱里は穏やかに微笑みながら
「ええ、大丈夫よ。ただ、山本長官は…」
「今、全力で探してる。信濃からも竜神がでて周辺海域を捜索してるんだ。間もなく見つかるよ」
日向はふーと疲れた息を吐いた。
「お疲れですか?」
朱里が聞くと日向はパタパタと手を振った。
「徹夜明けだよ。何か用事なんだろ?」
「捕虜のことなんですが…」
「捕虜?」
日向はああそういえばいたなと思いながら
「どうしたんだ?」
「手荒なことをしないでほしいんです。他の艦に写したら山本長官を撃墜したパイロットとして何をされるかわからないので…」
「紀伊で預かれっていうの?」
凛が聞くと朱里はうなずいた。
「捕虜返還があるまででいいんです。独立機動艦隊は独自の権限を持っていますし」
「そりゃ持ってるけどな…」
日向はまた、めんどうごとかと思った。
独立機動艦隊は本来存在しない艦隊いうなれば第0艦隊である。
独立した艦隊なのだから独自の権限もありその中には捕虜の扱いも含まれる。
回収したのが大和ならば難しいが捕虜にしたのは独立機動艦隊所属の紀伊である。
だから、朱里は自分に頼みにきたのだろう。
「駄目ですか?」
朱里が悲しそうな目で見てくる。
「ねえ、朱里、なんであんたそんなにアメリカパイロットにこだわるの?」
「惚れたか?」
ニヤリと恭介は笑った。
「なっ!」
朱里の顔が赤くなった。
「そうかそうか惚れたのか。ならしょうがないな。預かってやるよ」
「ち、違います私は…」
あたふたとする朱里を見て凛は珍しいと思いつつ恭介を睨んだ。
この男は他人の恋には敏感なくせになぜ自分のこととなると鈍感なのだという怒りだった。
「いつでも歓迎だぞ朱里、あの捕虜にあいにこいよ」
「だ、だから違いますよ!」
朱里の叫びは日向に届くことはなかった。
目を覚ました山本は自分がまだ、流木にしがみついているのを発見した。
生きる執念はあるらしい。
目をあけると辺りは明るくなっていた。時計をみようと思ったが力が入らない。それどころか体がまるでいうことをきかなかった。
「ここ…までか…」
山本の手から流木が離れた。
ゴボゴボと気泡をたてて自分の体が沈んでいくのを山本は無意識の中で理解した。
(舞…今行くぞ…)
日進の艦魂のことを思い…山本は静かに海底へと沈んで言った。
空を見上げると太陽の光がわずかに海の中から山本は見た。
手を太陽に伸ばすが届かない。
(小沢…南雲…日向…後は頼んだぞ…)
偉大な長官は暗い海底へと消えていった。
伸ばした山本の手を誰かが掴んだ。
(あなたはまだ死んではいけません)
懐かしい声がした。
(ま…い?)
凛「これじゃ死んだのか分からないじゃない」
エリーゼ「天国に連れていかれたともとれますね」
京子「実際の所はどうなんじゃ?」
作者「次回100話になりますからその時いいます」
京子「おお!ついに100話の大台に乗るんじゃな」
凛「長かったわね…」
作者「本当にそうです」
エリーゼ「何か記念とかやるんですか?」
作者「うーん未定です」
凛「なんかやりなさい!」
作者「ぎゃああああ」
ズドオオオオオオン