プロローグ―『尾張』パナマ強襲
『ミッドウェー海戦』、それは太平洋戦争の天王山と言える戦いであった。
作戦ミス、油断、敗因を挙げればきりがないがこの戦いで日本は虎の子の正規空母、
『蒼龍』、『飛龍』、『赤城』、『加賀』を一挙に失ったのである。
ミッドウェー海戦のアメリカ太平洋艦隊の大勝利の報を電話で聞き、アメリカ合衆国第32代目の大統領フランクリン=ルーズベルトはにこりと微笑んだ。
「そうか、ついに我が合衆国の反撃が始まったのだな」
「はい、日本海軍の正規空母を4隻沈めました。こちらはヨークタウンを失いましたが
…」
電話の相手はミッドウェー海戦で勝利を収めたフレッチャー少将だった。
ルーズベルトは現在、3隻しかない正規空母の内の1隻を失ったことに責任を感じているらしいフレッチャー少将に気にするなと言った。
「大丈夫だ。貧乏国日本と違いこちらは空母を大増産中だ。すぐに大機動部隊が出来上がるよ」
アメリカの工業力はすさまじい勢いで空母を現在建造中だった。
正規空母 エセックス級空母13隻
巡洋艦改造空母 インディベンデンス級空母9隻
護衛空母 カサブランカ級空母50隻
これは1週間に1隻空母が就航するということだ。
これが1年で一気に戦線に参加する。
日本連合艦隊などこの物量の前には雑魚同然だ。
思えばこれまでがおかしすぎたのだ。
世界最強の軍事力を誇る、我がアメリカ合衆国が東洋の小さな島国に過ぎない日本に
これまで押され続けてきたのである。
「それで…」
大統領が次の攻撃はいつになるかねと訪ねようとしたまさにその時、
「大頭領!」
血相を変えた陸軍長官が飛び込んできた。
ルーズベルト大統領はその突如の乱入者に怒りを感じつつ
「どうしたというのだ?」
言葉に怒りをにじませて訪ねたが陸軍長官はそれどころではないといった風で
「ぱ、パナマ運河が日本艦隊の攻撃を受けています!」
「なんだと!」
ルーズベルト大統領は持っていた受話器を机の上に落とした。
「なんということだ!」
合衆国陸軍航空隊中尉、ライアン=スミスは味方のF4Fワイルドキャットと共に
パナマ運河が攻撃を受けているとの報を聞き近くの基地から出撃した。
しかし、今自分の眼下に広がる光景には絶句せざる得なかった。
船が燃えている。
輸送船を始め大小様々な船が行き交うパナマ運河だが運河そのものの施設を含め
かなりの数の船がやられたようだった。
「敵はどこだ!」
ライアン中尉は怒り狂い通信機に怒鳴ると部下が慌てて返答する。
「この辺りには敵の船らしい船は見当たりません。すでに離脱したのでは?」
「ふむ…」
ライアンは考えた。
パナマ運河攻撃の報を受けてからまだ30分も立っていない。
その上これだけの攻撃を行った相手となると…
「近くに空母がいるな」
ここまでの戦果を挙げられるものは航空機しかありえない。
「空母ですか?」
部下が聞き返してきた。
「そうだ。これより我らは…」
その時、敵を求めて散った偵察機から報告が入った。
それによると敵の位置はライアンの部隊からも近い。
しかし、その偵察機からの報告を聞いた時ライアンは冗談かと思った。
その偵察機が発見したのは戦艦、旭日旗が確認されたということだから日本のものだろう
だが、しかし…
「戦艦…しかも、単独だというのか?型は分からないのか?」
「私に聞かれましても…」
ライアンの部下は困惑した声で言った。
日本が新型戦艦を建造しているという噂はライアンも知っている。
それだろうか?
「よし!とにかく行ってみよう」
ライアンの小隊は後続の小隊と合流し、攻撃部隊として敵戦艦へ向かった。
「椎名艦長。敵を捕捉しました。航空機が10…いえ、12」
戦闘情報管制センター(CIC)からスピーカーで声を聞き
戦艦『尾張』艦長、椎名浩介は閉じていた目を静かに空けた。
「来たか」
短く言うと近くに立っていた参謀を見る。
参謀は椎名艦長に顔を向ける。
「ミサイルで迎撃いたしますか?」
その参謀の言葉に椎名艦長は首を横に振った。
「いや、ハリアーを出そう。ミサイルは可能な限り温存せねばならん。
ハリアーのパイロットにも機銃のみで戦うように命令せよ」
「はっ!」
すでに待機しいつでも発艦可能だったハリアーが戦艦『尾張』に設けられた後部
飛行甲板よりジェット噴射で舞い上がる。
ハリアーは垂直離陸機VTOL戦闘機である。
アメリカのダグラス社が開発し2008年でもハリアー2が現役に残っているがこの『尾張』に搭載
されている10機のハリアーの名称は『ハリアー3』、ハリアー2の発展型で垂直離陸機能は残したままハリアー2の弱点ともいえる航続距離を伸ばし、さらに速度も倍近い速度を出せる超戦闘機であった。
そして、10機のハリアーは上空に上がると猛然とアメリカ軍のレシプロ機F4Fワイルドキャットに襲い掛かった。
「なんだ奴等は!」
ライアンは仰天してさけんだ。
敵戦艦を補足し攻撃態勢を取るため編隊を組もうとした時、敵艦から航空機が発進するのが見えた。
始めは水上機かと思ったがこちらへ飛んできたその航空機は一気に12機いた味方の内6機をすれ違いざまに撃墜していった。
慌てて後ろに回ったはずの敵戦闘機に攻撃するために機体を立て直そうとするが
味方の戦闘機がまた、やられ、高速で10機の戦闘機がライアンの機の前方へと飛び去り、遅れてキィイイイイ
という音が後から聞こえてきたことからライアンは相手が音速を超えていると確信した。
「た、隊長!て、敵が早すぎます!」
残るワイルドキャットはライアン機を含めたった2機となっていた。
部下が悲鳴を上げるがライアンに他人を気遣う余裕などあろうはずがなかった。
前方の戦闘機部隊が再び反転してこっちに突っ込んでくる。
ものすごい速さである。
「…ジェット戦闘機」
それだけつぶやくとライアンのワイルドキャットはハリアーの攻撃を受けて炎を
あげて墜落していった。
「敵戦闘機全て撃墜。ハリアー帰還しました」
CICからの報告に椎名艦長はうむとうなずくと短く指示を出す。
「現海域より離脱する。最大戦速」
その指示を受け戦艦『尾張』の速度が増加する。
33…36…40…45…50ノット
1942年ではありえないすさまじい加速。
それも駆逐艦のような小型艦ではなく戦艦がである。
見る人が見ればそれは巨大な島が動いているようにも見えるだろう。
そして、それを見ていたものがいる。
愛機を撃墜され脱出して海を漂流していたライアン中尉であった。
彼はものすごい速度で去っていく『尾張』をぽかんとして見ていた。
「戦艦だと?」
ルーズベルト大統領の下にその報告が入ったのは謎の戦艦を見失ってから
4時間が経過した時であった。
現地の基地司令の報告によれば相手は戦艦だったという。
だが、ルーズベルトはその報告は間違いだと思っていた。
「馬鹿を言ってはいかん。パナマ運河を攻撃したのは航空機だろ?戦艦が
航空機を出したというのかね?」
パナマ運河の被害はすさまじいものであった。
ロケット弾の攻撃を受けたらしく
水の量を調整したりする施設はもちろんのこと太平洋へ向かっていた護衛空母も2隻ほど撃沈された。
パナマ運河の復旧も目処が立たない状態だという。
これでアメリカの日本への反撃が遅れることは誰の目にも明らかであった。
「その…見たものの報告によりますとその航空機はジェット戦闘機であったと…」
ルーズベルトに報告をしていた士官が言いにくそうに言うとルーズベルト大統領は目を
丸くした。
「ジェット戦闘機だと?」
ジェット戦闘機といえばアメリカでもまだ実用化されていない。
それをその謎の戦艦が繰り出したというのか…
いや、謎ではない。その戦艦には旭日旗があったというから日本のもので
あることは間違いないだろう。
『山本五十六』
その名を思い出しルーズベルトは悪寒に襲われた。
まさか、ミッドウェーの日本艦隊の敗北はこのためだったのではないか?
アメリカ軍の目をミッドウェーに釘付けにし、パナマ運河を強襲し破壊する。
ジェット戦闘機はおそらく極秘裏に開発したものを投入したと考えるのが
妥当だ。
少々府に落ちない点はあるが今回のパナマ運河破壊は肉を切って骨を絶たれたというべきか…
勝利で湧き上がっていたアメリカ軍の士気はパナマ運河破壊で再び下がってしまうかも
しれない。
「…」
ルーズベルト大統領は電話へと手を伸ばした。
ご意見、感想お待ちしております。
戦艦『尾張』の名は八八艦隊計画の中から取りました。