「俺のするべきこと」
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一閃。それは一瞬ひらめく鋭い光の意。
アリアの放ったその一撃は、まさに一閃と表すべき技であった。
俺には良く見えなかったが、アリアがその技の名前を口にした瞬間、その剣から冷気が出てきて、そして気づけばアリアは男の後ろに、まるで斬り終えたかのような体勢で立っていた。
いや、ような、ではない。斬り終えていたのだ。男のあるべき左腕は、凍り付いて地面に転がっていた。まさに、光のように一瞬でそれを行っていたのだ。
「あ…れ…?」
惚けたような表情になっていた男は自分の左肩を見た後、地面に落ちているのが自分の腕だと理解したのかしていないのかも分からないような様子で前のめりに倒れた。
「…ふぅ、これで終わりましたね」
そう言ってアリアは剣を納めてこちらを向いて言う。
「さて、何故女子トイレから出てきたのか説明してもらいましょうか?」
「それまだ憶えていたのかよ!?」
およそ今の雰囲気に似つかわしくないその言葉を聞いて、俺は思わずツッコむ。
「あたりまえでしょう。うやむやにできると思っていたのですか?大体私は、なりゆきであなたを守りましたが、まだあなたを教員だとは認めていませんからね!」
なるほど、通りであの校長がこいつを助けに向かわせたわけだ。自分と似たような性格の人間を。
「さあ、理由を説明してもらいましょうか!?」
つかつかと俺に詰め寄って、アリアが問いただす。
「いや、だからだな…」
俺はどうにかしてこの場を切り抜けられる言い訳を考える。なにか、何かないか…
そう思う俺の視界の端に、映る人影。
「っ、アリア!危ねぇ!!」
「え…?」
言うのが少し遅かった。
立ち上がったその左腕の無い人影、あざ笑いを狂気的な笑いさせた男はアリアの右腹に思いきり蹴りを入れる。倒したと思って完全に油断していたアリアは蹴られてようやく気付き、左へと転がっていく。
その時俺は、俺たちが見落としていることに気づいた。
斬られたはずの男の肩からは、一滴も血が出ていないことに。
「ハハハハハ!残念!実に惜しいねえ!ちゃんと最後までしていればよかったのに!」
今までよりもより面白そうに笑いながら、男は飛ばしたアリアの方に近づいていく。急な攻撃に反応できなかったアリアは、依然倒れたままだ。
「クッ…アアアッ!!」
近づいた男は、倒れているアリアの腹部を踏みにじる。その痛みにアリアは苦悶の声を上げる。
「しかし、だ。しかしだよ?ここまでの実力があるやつを人質にしておいたら、また私が危うくなる可能性があるねぇ。ここはやっぱり、君は殺しておいてあっちを人質のままにした方がいいかな?何故か分からないけど、全く理解できないけど未だに逃げようとする様子を見せないし」
男は踏み続けながら、そう言って首を右後ろに曲げてこちらを向く。
さすがに、俺の額に汗が浮かぶ。
どうするべきか。アリアが死んでしまえば勝機はもうないだろう。かと言って、俺があいつをどうにかできるとも思えない。俺を人質にすると言ってるから、俺を殺すつもりはないようだ。
その時、ふとアリアの目と俺の目が合った。
そのアリアの目には、まるで「自分のことは良いから、早く逃げろ」と言ってるように見えた。そして同時に、隙さえあればまだ戦おうとする意志が宿っていた。
男は俺から目を離し、足に力を入れて腰の剣を抜く。
俺は先ほどの問いをもう一度自分に問うてみる。
「さーって、それじゃあもう君は殺しちゃおっかな?」
どうするべきか。俺が何をするべきなのか。そんなもの、とっくに決まっている。
「短い間だったけど、一瞬の出来事だったけど、楽しかったよ。じゃあね~」
俺のやること、それは…
「助けることに決まってんだろ!!」
俺はその場から立ち上がり、剣を振り上げた男の方に向かって駆け出す。
「ん?君に何かできるのかい?」
男は俺の突進にはなから気づいているまま避けようともせず、ただにやけ顔でまた振り向いた。しかし、俺の姿を目にして驚き声を上げる。
「何だって…?」
男はそれを見ると、動きを変えて俺の攻撃を剣で受け止める。なにも持ってないはずの俺が振りかざしたのは―――地面に落ちた鉄製の枷だった。
素手の俺の攻撃なら無視しても何ら問題なかっただろう。しかし、これは直撃してしまえば死因にもなりかねないものなのだ。受け止めないわけにはいかない。
そして、受け止めて踏ん張るためには、その足を地面につけないといけない。つまり、必然的にアリアの上にある足は無くなる。
「しまっ…!?」
俺の予想通り、すぐに剣を抜いて攻撃するアリア。男はそれを防ごうとして剣を動かす。
「っと、させるかよっ!!」
俺は剣に巻き付いている枷の鎖部分を引っ張る。それによって、男は剣をうまく動かすことが出来なかった。
そしてそのまま、アリアの剣が男の体を通る。今度はしっかりと、首に。
落ちた男の頭は、最後は驚愕の表情が浮かんでいた。
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「ふぅ…マジで危なかったな…」
男が完全に死んでいるのを確認すると、俺は力を抜いてその場に座る。
それにしてもよく分からない奴だった。学校にどんな恨みがあるのかもよく分からなかったし、今でもそうだが、体から全く血液が出ないのも不自然だった。
「…さて、今度こそ説明してもらいますよ?」
「…言うと思ったぜ」
殴られけられたはずのアリアは、そんなことなんて気にしていない様子でまた俺に聞いてくる。
「ごまかさないで、ちゃんと答えてください!」
アリアが俺に近づき問い詰める。
こっちの方は俺はどうするべきか分からず、ため息をついた。
その時、再度ポケットが光りだした。
「おっ、アーヴェルスじゃないか?」
「ちょっと!呼び捨ては失礼です!校長先生ですよ!?」
助かった。ちょうどいいタイミングで通信石が光ったことで話をそらせたようだ。また思い出される前にさっさと出ないと。
俺はポケットから石を取り出す。すると、最初と同じようにそこから光が投影される。そして壁に映った人物は…
「ハロハロー♪いいねー、素晴らしい!とても面白かったし、とてもいい発想してたよ」
「…あ、あれ?」
アーヴェルスではなく、さっきまでアリアと戦っていた男だった。