「剣と魔法の異世界バトル」
―――――――――――――――――――――
アーヴェルスに言われて俺を助けに来た人。それは、異世界にきて俺を変態と間違えて、追いかけてきた金髪の少女だった。
少女は眉間に眉を寄せ、睨んでいるような目つきで俺を見て言う。
「校長先生からあまり気に入らない奴だと聞いていましたが、まさかあなただとは思いませんでしたよ。あなた、どうして女子トイレに入っていたんですか!」
「いやー、あれには深い事情があるというか…何の事情も無いというか…」
俺は目をそらしながらしどろもどろに答える。なんでと聞かれて、『ドアを開けたら異世界のトイレに繫がっていた』とか言えるわけがない。一体どう答えろっていうんだ。
「あ!今目をそらしましたね!?やっぱり何かやましいことがあるんじゃないですか!?」
「ねえよ!ていうか、今そんなこと話している場合じゃないから!とりあえずこの枷をどうにかしてくれ!」
そう言って俺は、自由に動ける右手で左手を指差しで示す。少女は少し眉間に力を入れて余計に怪しんでいるような顔をしたが、やがてふっと真面目な表情に戻った。
「…そうですね。この話はまた後で聞きますが、まずはこの事件の解決が先ですね。動かないでください、今その枷を斬りますから」
そしてその少女は、腰に差してある剣を抜くと、慎重に枷に近づけて斬ろうとする。
「…ダイナミックな登場の仕方をするね。面白いよ君。うん、面白い」
その時、反対側の壁側の床から男の声がした。少女は枷に近づけていた剣の動きを止める。
「でもね、そいつを返すわけにはいかないんだ。僕の目的のために、その人質は必要なんだ。必要不可欠なんだ。このままおとなしく君も一緒に人質になってくれると嬉しんだけどな」
男は嫌な笑顔でぬらりと立ち上がる。その右手にはいつ用意したのか、既に剣が握られていた。
その男の様子をチラッと見て、少女は少し考え込むような顔をした後、立ち上がり剣を振り上げて言った。
「…すみません。少し危ないので、暴れないでくださいね」
「へ?おまっ、一体何を…」
俺の質問に耳を傾けず、少女は剣を振り下ろす。俺の左手へと。
「いやっ、ちょっ…!?」
とっさのことに俺は目をつぶる。左手ごと斬られる、と思った。
しかし少女は、その剣先で俺の手を傷つけず、枷を根元から正確に斬りおとした。
しかもいつの間にか手に繫がっている方も外していたようで、ガチャン!という音がして、枷が床に落ち、俺は完全に自由となった。少女はそれだけ見届けると、男の方を向き直りながら俺に告げる。
「枷は外しました。あなたはこのまま逃げてください。しばらく北に走れば人がそこそこ住んでいる街につきます。そこで助けを求めてください」
そう言うと、少女は剣を構える。
「ハハハッ、逃げれると思っているのかい?逃がすと思っているのかい?その場合は、そいつを殺して君を倒し、君をかわりに人質にするだけだよ。エストリア高校の優秀教員、アリア・G・シュザールさん?」
男はにやりと笑って少女の名前を告げる。しかしその少女、アリアは少しも驚く様子も無く、威嚇をするかのように不敵に笑う。
「それができたら、あなたとしては一番いいのでしょうね。できればの話ですが」
そうして二人とも剣を構える。きっかけさえあれば、すぐにでも戦いが始まってしまうかのような雰囲気だった。
そして俺は何をしていたかというと、逃げることも無く、その場に座っていた。
恐怖で足がすくんでいるわけでは無い。守っていて欲しいわけでもない。だが、その場から動かない。
本当は、今すぐにでも逃げ出したかった。さっきのアリアの剣の技術、あれができるような奴らの戦いに、正直俺が加勢なんてできるとは思っていない。そこにいる意味などないだろう。
だが、一人の少女が俺を守るため、学校の名誉を守るため戦おうという姿を見て、とても一人だけ逃げるなんて考えはできなかった。
この世界では、昨日は雨だったのだろうか。壊されてむき出しになった壁の上にあった屋根には水滴がついていた。やがてその水滴は重力に引っ張られて、そして地面に落ちた。
ピチョンッ…
その音が、戦いの火ぶたを切って落とした。
―――――――――――――――――――――
先に動いたのは、アリアの方だった。突進をするかのように一気に踏み込み、相手の距離を詰めて剣を振るい続ける。
しかし、男はそれをあざ笑うかのようにそれを簡単によける。いや、実際にあざ笑っていた。
「アハハハハ!いいね!いいよいいよ!素晴らしい剣裁きだ!その実力、ただの教師として不通じゃない!」
「ふざけていられるのも今のうちですよ!私はまだ本気じゃありません!」
そう言ってチラチラと俺の方をみるアリア。本当まだ全力ではないのだろう。たぶん、俺の逃げる時間を稼いでいるのだ。
しかし、言ったように俺は逃げる気なんて毛頭無い。俺がいることが邪魔になるであろうことは分かっていたが、それでも逃げることは俺が許さない。
俺でも気づいているのだ。当然、俺以上の実力がある男が分かっていないわけがない。しかし、それでも男はニヤニヤしたまま避け続けて、攻撃する素振りを見せない。
そうした攻防がしばらく続いたが、やがて男が動き、アリアの剣を自分の剣で止める。
「ほらほら~、ちゃんと本気出しなよ~、出した方がいいよ~。全然当たらないよ~?」
「クッ!なら、これならどうですか!?」
アリアはその体勢から左手を放し、それを男に向けると、
「火球!!」
と言った。呪文なのであろうその言葉を唱えたアリアの手から、炎の球が男をめがけて放出される。
しかし、男は全く動じずに身を後ろに引き、少し右に移動することでそれを避ける。
「ダーメダーメ、そんな下級魔法は、その程度の火球魔法は、もっとうまく使わないと避けるのは簡単だよー?」
体を左右にゆらゆらと動かしながら男は挑発する。
「…まだまだですっ!」
そしてまたアリアは剣を振り上げて男に近づく。
「…それは面白くないよ」
しかし男は、今度は一度だけひょいと避けると、剣を持たない左手で思い切りアリアを殴る。
「カハッ…!」
直撃したアリアは、最初男が飛ばされたときのように、目を見開きながらこちらへと吹き飛ばされる。
「効かないと分かっていることを何度もするのは面白くないよ。センスのかけらもないよ。ほら、ちゃんとした攻撃をしてきなよ」
男は今までの笑い顔と対照的に、心底つまらなそうな、そして呆れたような顔をする。剣で斬らなかったところから、恐らくまだ楽しんでいる段階で、全く本気にはなっていないのだろう。
「ハァッ…ハァッ…ど、どうしてまだ逃げないんですか…?」
男が初めて攻撃したことによって変化してしまった戦況の中、アリアは俺にそう問いかける。俺を逃がそうとしているのが分かってしまう言葉だったが、男はまだそれを止めようとするそぶりは見せない。
「…わりぃ、逃げることは出来ねえ」
理由を言えば確実に怒るだろう。だから、逃げる気はないことだけを伝える。
「…分かりました。では、絶対に動かないでください」
どう受け取ったのかは分からないが、アリアは俺の無茶を承諾してくれた。そして、床に落ちた剣を再度両手で握り、自分の顔の横に持ってきて腰を低くして構える。
その行動には何か感じるものがあるのか、男は一瞬顔を凍りつかせ、そしてすぐに笑い顔に戻った。だが、その顔には少し、真面目な様子が混じっていた。
「おや、まだ戦うんだね?いいね、いいよ。さあ!いったいどんな風に攻撃してくれるんだい!?」
それでも男はふざけた口調を止めない。威嚇するかのょうにそう言って、今度は攻撃するかのように剣を構える。
「どんな風に、ですか。そうですね…説明するより、見たほうが早いですよ」
アリアは目を閉じて、一度深呼吸をして、その目を静かに開ける。そして、同じように静かな声で、こう言った。
「…氷結一閃」
もしよろしければ、ブクマ等よろしくお願いします。