「異世界テスト」
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(うーん、なんだコレ?)
アーヴェルスに睨まれたことにより教員になることを仕方なく了承してしまった俺。そしてイリエスに、
「一応の勉学力のテストと形づくりのために教員試験を受けてもらいます」
と言われたことにより、5時間テストを受けさせられているわけだが…
渡されたときにその表紙を見たらよく分からない文字が羅列されていた。
恐らくはこれが異世界の文字なのだろう。今考えてみれば、そもそもこっちの世界で日本の文字言葉でも通じると思っていたこと自体が間違いだったのだ。言語が同じだったのはもはや奇跡に近いだろう。
さて、最初にそんなことを考えていたのだが、
(なんか…意味が分かる気がする)
そう思ったのは一番目のテスト、理科の1ページ目を解いていた時だ。
全く意味が分からない、なんて読めばいいのか分からない、そもそも書ける文字ではない。そのはずなのに何のことを書いているのかは分かる気がする。
横に図が書いてあるからだろうか、とはじめは思っていたが、図の無いところも分かる。
(これはどういうことだろう?)
そうは思ったが、解けるなら特に問題は無いかとあまり気にせずに問題を解いていく。
はっきり言って、このテストは簡単すぎた。高校生の教員に受けさせるはずのテストなのに、出てくる問題は大体中学生くらいで習うものばかり。あまり考えなくてもホイホイと解くことが出来た。
しかし、社会と魔法学だけは全く分からなかった。他の教科はだいたいこっちの世界の常識で解けたが、異世界側の歴史や魔法を発動するための呪文名などが出てくるこの2教科が解けるわけがない。よって、アールヴェルスに殺されるかもしれないが、しょうがなく適当に「シャイル・ファニッシュ」とか適当な名前を書いて終わらせた。
そうして5教科のテストが終わった。
「お疲れ様でした。では、少々お待ちください」
いつの間にか俺の後ろにいたイリエスが机の上にお茶を置いた後、俺の答案を回収してすぐさま回答に移る。
俺はそのお茶を飲んで、椅子の背もたれにもたれ掛かりながら色々考える。
それは即ち、なぜ俺はあの分を理解することが出来たのか、ということについてだ。あの文字を書こうと思っても書けない、しかし大体の内容は理解できる、それは何故か?
いくつか案を考える。まずは、俺がとんでもない天才である可能性だ。実は俺は天才で、異世界に来た衝撃でその才能が開花し…
無いな。あるわけない。それだけの才能があったらもっとこの世界でうまく立ち回れているはずだ。釣り上げられるわけがない。
では2つ目だ。イリエスが俺に何らかの魔法をかけて、俺が文の意味が分かるようにしたということだ。言語理解魔法みたいなものがあってもおかしくはないだろう。それなら…
いや、これも無いな。魔法そのもの自体はあるかもしれないが、まだ文字を書いても文を読んでもいない俺が、この文字を理解できないという事実をイリエスが知っているわけがない。知らないのにその魔法をかけるのはおかしい。
となると、いったいなぜ…
「終わりましたよ、小魚」
そうやって考えていると、またもや俺の後ろにイリエスが立っていたことに気づかなかった。
「お、すまんすまん。どうだった?」
俺は椅子から立ち上がり、イリエスの方を向いて言う。イリエスは驚愕と困惑の入り混じったような、しかしそれでもなおほとんど無表情のまま喋る。
「いろいろ言いたいことはありますが、とりあえずこの最後の漢字のテスト、この点数は驚きですね」
そう言って俺に漢字のテストを見せてくるイリエス。
そう、俺は5教科のテストとは言ったが、その5教科が国語、数学、理科、社会、英語だなんて一言も言っていない。受けたテストの中には英語は無く、その代わり漢字が入っていた。
漢字は国語の中に入れればいいんじゃないのかとか、文字の中でなぜ漢字だけ共通しているのかとかは少し疑問にも思ったが、こっちの世界ではそうなんだろうと思ってひとまず納得しておくことにした。
俺はそのテストを受け取る。結果は…100点だった。
それもそのはず、漢字に至っては中学生どころか小学生レベルのものばかりだった。この点数は素晴らしいです?逆にこの点数じゃなきゃ高校生として恥ずかしいわ。
この世界では漢字はそこまで発達していないのだろうか?いや、単に必要としていないだけだろう。他の教科も簡単なものばかりだったし。
「それで、他のテストなのですが…」
イリエスはそこで口を閉ざし、少しうつむく。
「なんだ?どうかしたのか?」
数学と理科の点数もいいことに驚いているからだろうか、それとも社会と魔法学が悪すぎることにあきれているのか、一体どちらなのだろう。
そしてイリエスはもう一度口を開き言った。
「…これはどこの文字を書いているのでしょうか?」
そういえば、日本語で書いてもわかるわけがなかった。
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俺は文字を書けないことをイリエスに伝えた。イリエスはなぜ知らないのだろうと思いながらも、解決案として口頭で伝えることによって良いこととなった。
新しく用意されたテストは問題こそ違えど、レベルは全く変わらないものだったのでさっきと同じように解くことが出来た。
結果として、数学と理科は90点台、社会と魔法学は0点という、予想通りの点数であった。
「複数の教科の点数は最高レベルに高いのに、それに反比例して残りの複数教科は最低レベル…一体どのような育ち方をしてきたのですか…?」
まあイリエスがそう思うのも無理はないだろう。所詮俺は、あっちの世界の住人なのだから。
この成績では教員にはなれんだろうな。しかし、よく考えてみたら俺はイリエスの頼みを聞いて、その結果
としてイリエスがいらないと判断して切り捨てるんだ。これならアーヴェルスに殺されることもなかろう。
そしてイリエスはその小さな口を開く。
「小魚、合格ですよ」
「ああ、だろうな…って、合格?」
絶対不合格と言うんだろうな、と思っていた俺は少し拍子抜けした。
「ええ、合格です。実を言うと、漢字以外の4教科は既に専門の先生がいるのです。この学校は各教科に1人ずつ専門の先生がいて、その教科につきその専門の先生しか教えません。そして今、漢字の専門教員がこの学校にはいません。つまり、私が求めているのは漢字ができる人で、今回のテストで漢字以外の点数はあまり関係ないのです」
なるほど。今の説明とテストの漢字のレベルで、なぜ俺のTシャツのことをずっと言っていたのかが分かった気がする。だが、各教科ごとに教える教員が違うのは分かるが、その専門以外の教科はどうでもいい?少し無茶苦茶な気もするな。
で、結局まとめると…
「では、明日から授業をお願いしますよ、小魚先生」
結局、呼び名が修正されることなく、俺は教員にされたようだった。
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「しかし、受かって良かったかもしれないな」
テストも無事に終わって18時まで自由時間をもらった俺は、外に出て異世界の散歩でもしようかなと思っていた。
最初は当然だったが、今冷静になって考えてみると、右も左を分からないこの異世界でいきなり職に就いたり、いろいろ話を聞けそうな人に会ったのは幸運なことだったのかもしれない。
さっき理事長室で時計を見たが、今は大体15時。後3時間は自由時間がある。その間にこの街のことを探索しておこう。イリエスたちには悪いが、できれば元の世界に変える方法も探しておきたいところだ。
「すみません、ここは国立エストリア魔法科高校でよろしいですか?」
ちょうど校門をくぐったあたりで、ある男性に話しかけられた。
その男は、髪は適当に切りそろえてある茶髪で、Tシャツにサスペンダーという格好だった。その姿から一瞬生徒かと思ったが、この場所の名前を聞いているということは違うのだろう。
「ああ、はい。そうですよ」
「なるほど、ということはあなたはここの生徒さんですか?」
「いや、私は一応教員です」
やはり17歳である俺は生徒に見えるのだろうか、それともあいつらみたいに覇気がないからそう見えるのか。とりあえず、なったばかりだが俺は教員なので否定しておいた。
するとその男は顔をほころばせた。
「そうですか!それは申し訳ありませんでした。何分お若く見えたもので」
「そ…そうですか」
若く見られるのはうれしいとはよく言うが、この場合だとちょっと馬鹿にされてるような気がして俺は苦笑いした。
「いやー本当に申し訳ありません。それと、先にもう一つ謝っておきたいのですが」
男はそこまで言ってとき…俺は後ろから強い衝撃を受けた。
「かはっ…!!」
突然のことに反応できなかった俺はそれを直撃してしまう。痛みに意識が遠のく。
「あなたを、今から誘拐させていただきまーす♪」
最後に俺が聞いた声は、さっきまでとは違う、調子に乗ったような口調になっていた男の嫌な笑い顔だった。
こうして俺は、イリエスにそうされたときのように、再度気を失った。