ファンタジーの山それは笠取山
登山口に降りデポジットしていたスクーターに跨る顔はまるで青春真っ只中の若者の其れであった。
曲りくねった林道を山行の余韻に浸りながら国道411号に向かって降りて行く、其の時。
右コーナーに入った時、左斜面上部に二本足で立ち左前脚を挙げて笑顔で見送るタヌキが見えた。
「また登って来いよ。仲間みんなが待ってるからなぁ」そう言っているように思え、男は左手を挙げタヌキに応えながら降りて行った。
タヌキは、この山域の長老「ゴンタロー」仲間は「ゴン爺」っと慕っている。
数時間前、直人は、登山口にスクーターをデポジットして沢沿いの登山道を奥深く登って行く。
此処は、作場平から笠取山への登山道。
沢のせせらぎを聞きながら北へ進む。傾斜は緩やかな整備された散歩道。
秋は紅葉が素晴しいであろう広葉樹林が広がっている。
耳を澄ませば、沢のせせらぎの奥から鹿の鳴き声、カッコウの呟きが聞こえてくる。
暫く緩い傾斜を歩いて行くと、沢の反対側に佇んでいたのは鹿の「ジェニファー」鹿の世界では美人の彼女が見つめながら声を掛ける。耳をピコピコさせながら「ハァ~イ直人今日は青い空ね。貴方にしては珍しいわね。楽しんで来てね」
右手を挙げながら「よぉ ジェニファー相変わらず綺麗だね。今度一緒に昼飯でもどうだい?鹿煎餅でも一緒に喰おうや」笑いながら言葉を返し先に進む。
ヤブ沢峠迄登った所にベンチが設置されている。時間にも余裕があるし慌てる事も無いので此処で休憩する事に。
ザックを降ろしタバコに火を点け空を見上げる。
無風の空にタバコから流れる紫の煙の筋がユラユラ揺れながら青い空に向かって立ち昇って行く。
自然に包まれながらゆっくりと流れる時間を身体全体で感じる至福の時。
此処には、予算管理も接客もクレーム処理も人事も総務も何も無い。在るのは沢と樹木と動物と青い空。
さてっと ザックを背負い先に進む。
っと其の時、先ほど出逢った鹿のジェニファーが左斜面から降りて来て話し始めた。
「直人今日は貴方に紹介したい私達の仲間が居るの。笠取山の二つ目のピーク東峰で貴方を待っているから楽しみにしていてね。彼女の名前はバーバラ。とても可愛い子よ」
「ほぉ そうかいジェニファー。楽しみにしているよ。ありがとう。ところでジェニファー彼氏出来たかぁ?」
ジェニファーは少々ハニカミながら
「まぁ 失礼しちゃうわ。其れって貴方のの世界ではセクハラって言うんでしょ プンプン」「私の彼氏はアナタヨうふふ」
直人は「っはっはっは すまんすまん。鹿にもセクハラかよ。そうだオイラの彼女はジェニファーおまえだけさ」
笠取小屋を過ぎ、小さな分水嶺そして笠取山への急斜面を登り西峰でザックを降ろす。此処が今回の山行で一番眺望の利く処だ。
急斜面途中で待っていたのはキツネの聖子だ。
「直人遅いわよ。向こうのテッペンでバーバラが待ちくたびれているわ。早く行ってあげて。」そう言いながら周りをピョンピョン飛び回り囃し立てる。
「おいおい聖子そんなに急がせるなよオイラは二本足で登ってるんだ。そんなに早く登れないぜハァーハァーぜーぜー」斜面で立ち休憩しながら続けた「そういやぁ聖子。おまえ尻尾まだ一本か?九本にならんのかぁ?」
聖子が「コラ!!私は化け物じゃないわよ!」
「怒るな怒るなよぉ 冗談だよぉ あっはっは~」
「まったくもう。。。 おっほっほっほっほ」
他愛の無い会話が疲れを忘れさせる。
「バーバラは小さい子だから踏み潰さないように気を付けてね」そう言うと聖子は雁峠の方へ駆け降りて行った。毛並みの良い綺麗なキツネだ。
西峰で辺りの景色を堪能しながら思った。
バーバラって誰だろ?小さい動物らしいが。。。
まぁ 行って見れば判るか。
左右が切れた岩場を幾つか過ぎ、いよいよ東峰の指導標前で歩を停めじっとしていた。此処は樹木が茂り眺望は無い。
ふと足元を見ると足元に、腹は白背中は栗毛色の おちょぼ口で此方を見上げている。
「君かいバーバラは?」
「そうよ私バーバラ。貴方が直人さん?」
「そうさオイラが直人さ」
「直人さん此処綺麗でしょ?」
「うん綺麗だね。でも バーバラ,君の方がもっともっと綺麗だよ」
「うふふ私嬉しいわ、直人さん私をお嫁さんにしてね。ぅふふ」
ザックを降ろしその上に腰を下ろすと、バーバラは足下をチョコマカチョコマカ忙しく動き回る。一通り辺りの安全を確認すると、肩に飛び乗って来て耳元で囁いた。「ようこそ笠取山へ」
バーバラは、好奇心旺盛で特に人間の生活に興味が有るようだった。直人に里の生活を聞いた。
1日の生活や、街の様子を山しか知らないバーバラに解りやすく丁寧に説明すると、爛々と輝く大きな瞳を更に大きくして「私も見てみたいわ直ちゃんの生活そして街の様子。それから綺麗な洋服を着て街中を歩いてみたいわ」
その仕草はまるで都会に憧れを心に秘める純真無垢な田舎暮らしの少女の様だった。
その仕草に心を打たれたがどうしてあげる術も無かった。ただただ綺麗な毛並みの背に掌を優しく乗せるしか無かった。
「なぁーに言っているんだい。君には綺麗な洋服が三着有るじゃないか。冬には眩いばかりの純白のドレス。チャームは尻尾の黒が魅力的だ。春から秋はお腹は白く背中は栗毛がお洒落だよ。そして初冬は白に黒が混じった水玉模様でとてもキュートだ。」
其を聴いていたバーバラは彼の肩の上で口元と眼を見詰めていた。
2人の時間は驚く程速く過ぎ去り夕暮れの優しい太陽の光が2人を染めていった。
「そろそろ降りなくては。楽しい時間だったよ。また会いに来て良いかい? 」
っと言う問に
「寂しいわ もう少しお話して居たいけど…暗くなったら歩けなくなっちやうもんね。
今度来たら私 ご馳走捕まえて待って居るわ。 野ネズミ美味しいわよ。それとも今なら蝉が良いかしら? 」
返答に困りながら直人は、肩の上からバーバラを大切に両手で包み膝の上に乗せ指先を可愛らしい鼻先に着け「元気で居ろよ」
後ろ髪惹かれながら笠取山の急斜面を小走りに降りて行った。
後ろには手を振りながら見送るバーバラの瞳から夕陽に照らされた涙が一粒落ちていた。
水干まで降りて山を見上げて「みんな有難う。また来るよ。それまで元気に暮らしておくれ」
林道から国道411号に出た時には、夕暮れの時間は過ぎ空は紫色に変わっていた。