第四話
「五條さん、すごいですね。」
上田が、石塚商事からの帰りの車の中で話し始めた。
「恩人に対して、退職金や再就職先まで用意するなんて、すごすぎです。」
「もし・・・」山本が言いかけてやめる。
「何ですか?最後まで行ってくださいよ。気になるじゃないですか。」
上田が聞いてきたので、
「これは、銀行強盗の犯人が五條だと仮定しての話だが、小田に対して恩を感じていた五條は、不遇な今の小田の職場に居続けることよりも、石塚の会社に転職させた方が小田のためになると考えていたのではないか。だが、小田はそれを断ったので、どうにかしたかった五條は、三橋を貶めるための銀行強盗役に小田を使うことで、会社をクビになり石塚の会社に行きやすくしたのではないか。と言った仮説だ。」
上田が口を開けて山本を見ている。最近分かったことだが上田は、驚くとその原因に対して口を開けて驚く癖がある。そして上田が、
「どれくらいマジな話ですか?」と聞いた。
「30代の男が5千万なんて大金どうやって用意する?会社の副社長だからってそんな大金持ってるとは思えないぞ。」
「じゃあ、あの退職金は奪われた5億の金ってことですか?」
「三橋に送り付けた1億を引いても4億残る。その可能性はないとは言えない。」
「たしかに・・・」上田がそういうこともあるかといった感じで考え込む。
「でも、これはまだ警部の仮定の話ですよね?」
「そうだ。だが、これが真実なら、なぜ小田が犯人役に選ばれたのかという疑問に答えが出る。」山本が言うと、上田はまた考え込んでしまった。
「タクシー運転手の林についても、五條と関係がないか探してくれ。」
「どうしてですか?」上田が聞くと、山本はあきれたといった感じで「ふうっ」と息を吐き、
「林と五條に関係があれば、この仮説が真実であることが実証できるだろう。
犯人役に選ばれた二人の男。二人の男は事件当日に初対面、何の共通点もない。
だが、そこに共通の知人が現れたら、その知人が二人の男に何かしらの恩を感じていたとして、その人のために何かしようと考えたなら・・・」
「強盗役にして、何かしら状況を変えることで彼等に恩返しがしたいということですか?」上田が聞くと、山本は赤信号になるのを見極めて、上田に林の調査書を見せ、
「借金5百万あったのが、事件後に完済されている。」
「いよいよ怪しくなってきましたね。」上田が言い、
「窓際社員・借金5百万のタクシー運転手、自分では変えられないような不遇な生活が一変して、退職金5千万と自分の能力を知っていて優遇してくれる就職先への再就職、5百万の借金がなくなり仕事もクビならず新しい生活、これらが銀行強盗事件によってもたらされている。間違っていない気がする。」
山本が言うと、上田もそんな気がしてきて
「林について詳しく調べます。」と言った。
山本は事件の関係者をホワイトボードに張り付けて、関係図を書いて眺めていた。小田と五條の間に接点があり、影山を中心とした関係図は未確認の「?」のついた状態でいくつか書いてある。
影山も大学時代の友人で銀行に就職した男に篠田を、さらに加わったのが佐々木アナウンサーである。影山と仲の良かった女子という話から適当に当てはめてみたところ、同い年・同学部であり、友人たちが名前を話したがらないのは有名人だからではないかという憶測、そしてこの間署長が言っていた、深夜の密会報道に出てきた3人の男の一人が法学部の大学院生であったこと等から加えてみるとなかなかうまくはまっていると山本は思っていると、上田が入ってきて、
「えっ?何で佐々木アナが入っているんですか?」と聞いてきた。
山本は自分の考えを一通り教えて、
「三橋に対してのあの態度は、佐々木アナが影山のことで三橋を恨んでいるからではないかと思ってな。」と加えておいた。
上田は、まだ納得していないといった感じで、
「警部、あまり有名人の人を巻き込むと上がうるさいですよ。」とだけ言って、考え込んでしまった。山本が上田に対して
「で、林については何かわかったか?」と聞いた。
「それが、林の借金はもともと友人の保証人になっていたことが原因で、借金の返済に関しては、林の奥さんに聞いたところ完済されているのも知らなかったそうです。金融会社もいわゆる闇金だったらしくて、直接行ったら、怯えながら、金を払った人のことについてしゃべりましたよ。なんでも林さんのタクシーのリピーターが集まって、金を集めたらしくて、金を持ってきた人間も40代の太った男だったそうです。」上田が報告を終えると、
「じゃあ、善意の第三者が集まって、借金を返してくれたってことか?」
「そのようですね。林は客の人生相談みたいなこともしていて、自分の借金の話もしていたようなので、リピーターの中には林の借金について知っていた人も多かったそうです。」
「で、五條との関係は?」
「リピーターには、五條の会社の人間が何人かいましたが、五條の名前はなかったですね。」
「そうか・・」山本がつぶやいた。
山本は改めて関係者の資料を見ていて、長田支店長の資料で目を止めた。
「おい、この長田さんの息子、今年28歳になる年だな。」
そう言って、上田に資料を見せると、
「確かにそうですね。それがどうかしましたか?」
「確か、影山も実の父親がまだわかってなかったよな・・・」
「ま、まさか、長田さんが影山の父親だと言いたいんですか?」
「それなら、長田さんの支店が狙われたことにも合点がいくだろ。」
「それは、そうですけど。でも、長田さんは自分で退職を希望していたんですよ。彼に関しては、メリットがないじゃないですか?」
上田の質問に山本は何も言えなかった。確かに退職を希望していたのは、長田本人で銀行は逆に引き留めようとしていた。長田本人には今のところメリットがない。
「よし、もう一回、長田さんに会いに行こう。」
「今日は何の御用ですか?」
支店長室に入り、あいさつを終えると長田が聞いた。
「長田さん息子さんがおられますよね。その方についてお聞きしたいのですが。」
山本がその話をすると、長田は少し目を伏せ、そして山本をじっと見てから、
「警部さんの考えている通りだと思います。」とだけ答えた。
「それでは、三橋に論文を盗用され自殺した影山光輝さんはあなたの息子さんですね。」山本が確認する。
「はい、光輝は私と前妻との子供で、前妻の再婚以降は会わせてももらえず、元気にやっているのだろうと思っていました。」
「光輝さんが亡くなられたことは、前の奥さんからお聞きになられたのですか?」山本が聞くと、長田は首を横に振り、
「それは・・・」と言いよどむ、すると支店長室のドアが開き、
「私ですよ。私が支店長に光輝が死んだことを話しました。」
部屋に入って来たのは篠田だった。山本が、
「それでは篠田さんと影山さんはお知り合いだったということですか?」
「大学時代の友人です。」篠田が答えると上田が横で小さく「予想あたってましたね。」と言った、山本は上田を無視して、
「影山さんが長田さんの息子だと知ったのはいつですか?」
「私が出向してきて2年くらいしたときに、私の実績が上がり始めて、支店長にお褒め頂いた時に、同い年の息子がいると教えて頂いて、話を聞いているうちに光輝のことだと気づきました。」
「それでは、影山さんの死を教えたのはいつですか?」山本が聞く、
「影山が死んで、お葬式も終わって3か月くらいしたときでした。息子がなくなったのに、いつも通り仕事をされていたので、心労がたまっているのではないかと声をかけたところ、元奥さんから知らされてもいなかったということで、たいへん悲しんでおられました。」篠田が言った後、山本が長田の方を見て、
「この間、三橋について聞いた時、よく知らないと仰ってましたが?」
と聞くと、長田は、
「すみません。息子は自殺したとは聞いていたのですが、原因までは篠田も教えてくれなかったので、最近の週刊誌を読んで、三橋という教授のせいで光輝は死んだのだとわかりました。」
「そうですか。」と山本がいい、上田が、
「それでは最近の三橋教授の転落劇を見て、さぞ胸がスッとしたんじゃないですか?」
山本は上田の質問に対して、失礼だが、こいつは何の考えもなく失礼なことをいう奴だとわかっていたので何も言わなかった。実際に山本も気にはなっていたからだ。
「いいえ、三橋という教授がどうなろうと光輝は帰ってきませんから・・・」
長田は下を向く、続けたのは篠田だった、
「私は、天罰が下ったのだと思っていますよ。光輝を死に追いやった奴なのだから。銀行強盗では大変迷惑をこうむりましたが、今の三橋の状況を引き起こしてくれたのであれば感謝したいくらいですよ。」篠田が言いきると、長田が「篠田」といさめてから、長田が、
「確かに、最近は三橋を恨んではいましたが、それは、事件の起こった後の話です。銀行強盗とは関係ないですよね?」長田が聞き、
「あくまで、私個人の仮説なのですが、今回の事件は強盗に始まり、三橋に対する脅迫、週刊誌での三橋の論文盗用報道、そして、この間の三橋逮捕まですべて同じ人物が仕掛けた事件ではないかと思っています。」
長田は何を言っているんだ、この人はといった表情で、
「何のためにですか?」と聞いた。
「三橋個人を社会的に抹殺するためですよ。立場・信頼、事件以降あいつが失ったものです。しかも都合よく、強盗事件の共犯の疑いまでかけられるように1億もの金を送っています。」
「確かに筋は通っていますが、それで我々が関わっているということにはならないのではないですか?」
「そうですね。ただ、影山光輝という人物を中心にすると事件関係者の関係図がうまいこと埋まっていくんですよ。」山本が言うと、篠田が
「たまたまでしょう。」と言ったので、山本は篠田に向かって、
「佐々木アナウンサーをご存知ですか?」と聞く、すると篠田は少し驚き、
「その名前が出てくるということは僕と彼女の関係もご存じなんですよね?」
「ええ、憶測ではありましたが・・」
そこに上田が入ってきて、
「えっ、なんですかその話全く分からないんですけど。」と言ったが、
山本は無視して、
「彼女の入社直後のスキャンダル報道、3人の男の中の一人があなたですよね?」山本が聞くと、
「その通りですよ。仲の良かった友達との食事会だったのに勘違いした馬鹿な記者が騒ぎ立てただけですよ。」
「その、メンバーの一人が影山さんだった?」
山本が聞くと、篠田はあっさりと、
「そうですよ。ただ、最初は、もっといっぱい来ていたんですけど、たまたま4人の時の写真が出回って、最終的にはほとんど集まらなくなって、やらなくなりましたけどね。」
「もう一人は?」山本が聞くが、篠田は肩をすくめて、
「さあ、いつも一緒だったのは私と光輝、そして佐々木だけだったんですよ。
記事に乗っていたような一流商社の男なんてたくさんいましたから誰の事だかわかりませんね。」
「そうですか。わかりました、ご協力ありがとうございました。
上田帰るぞ。それでは、失礼します。」そう言って、
山本は支店長室から出て行った。上田も挨拶をして、直ぐに山本を追いかけた。
「警部、先に言っといて下さいよ、ああいう話は。
俺だけ何も知らないみたいになってたじゃないですか。」
上田の文句が続いていたが、山本は先ほどの2人との会話の整理をしていた。篠田・佐々木には影山との深い関係があった。その点、長田の話を信じるなら長田には犯行に対する動機がなかったことになる。
「警部‼」
大きな声に驚き、考え事をやめて、上田の方を見ると、いかにも自分の話を無視しないで下さいよと言った感じで上田が怒っている。
「す、すまんな、考え事を少ししていてな・・・」
「じゃあ、その内容も教えといてくださいよ。」
どうやら先ほどの様なことがないようにしたい様だと思ったので、はじめから話すことにした。
「佐々木アナのスキャンダルに絡んだ話では、3人の職業を聞いた時から怪しいと思っていたがまさか本人が認めるとは思ってなかったんだよ。あくまで個人の予想にしといた方が後で問題になっても俺の責任で片が着くと思ってたんだよ。」
「そうなんですか?それならそうとして、他にその関係では何かないんですか?」探りを入れられたので仕方なく山本は、
「3人目の男は五條だったんではないかと思っていたが、そこは篠田にはぐらかされたから何とも言えないな。」
「事件関係者で埋めようとすると確かに、残る人は五條さんのように思いますね。」
「それに篠田が気付いて、かばったのか、それとも本当に人が毎回違っていたのか、真相はわからないけどな。」
「どうします?調べれば調べるほど警部の仮説が裏だたされてる気がしますけど、課長とかにも報告して全体で捜査しますか?」
「まだだな。五條と小田の関係もただの恩人に対する恩返し程度だし、何より、五條と影山の関係が立証できてない。ただの同じゼミの先輩後輩じゃあ無理だろう。」
上田は山本の言うとおりだなと思いながら、
「じゃあ、五條は関係なくて、篠田が犯人ということはないですか?
影山のことで三橋も恨んでましたし、銀行の内部の人間なら爆弾を取り付けるのも簡単ですし。」
「篠田のメリットとデメリットを考えると、確かに友人の復讐はできるが、それなら自分に責任が来ないようにすることも、あれほどの人物ならできるだろう。
それに、篠田は、長田はかばっていたが、自分はやっていないとは一言も言わなかった。むしろ、積極的に影山との関係を明かして、疑いの目が自分に行くようにしていたようにさえ思える。」
「何が目的でそんなことするんですか?」上田が聞く。
「考えられるのは、真犯人を知っていて、その人を絶対に逮捕させたくないと思ってかばっている可能性だな。」
「じゃあ、やっぱり支店長ですか?」
「いや、あからさまにかばって見せた長田ではなく、捜査線上に上がっている可能性のある誰かということだと思う。例えば・・・・佐々木アナとか?」
「すみません。次の番組の打ち合わせが長引いてしまい。佐々木です。」
結局、佐々木アナに一度話を聞いてみようと山本と上田はアポを取ってから佐々木アナに会いに来ていた。上田は、突発的にあれしようとかこれしようという山本に少し疲れていたが、今回のことはかなり嬉しく思っていた。本物の佐々木アナに生で会えるのなら自分の苦労も報われるとすら思えていた。
「初めまして、上田です。佐々木アナの情報番組いつも楽しみに見てます。」
「あの、警察の方って、お昼にテレビ見てるんですか?」佐々木アナの問いに答えようとした上田の頭に拳骨が落ちた。
「すみませんね。こいつの休憩時間にたまたま、あの情報番組が重なっているんですよ。それに、銀行強盗についての特集がほかの局の物より見る価値があると思ってますので」山本が言うと、佐々木は「ありがとうございます。」とお礼を言って、頭を下げ、
「それで、お話とはいったい?」
「はい、ご友人の篠田さんから、あなたと影山光輝さんのことを聞きまして、今回の事件には関係ないのですが、三橋の論文盗用についてお聞きしてるんですよ。」
佐々木アナは、少し驚いた顔をしたので、山本が続けて聞いた。
「どうしましたか?」
「三橋教授のことを聞きに来られたことはありましたが、『三橋』と呼びすてにされた方はおられなかったので、少し驚いてしまいました。」
「ああ・・」と言いかけた時に、拳骨の痛みから回復した上田が、
「警部も三橋教授のゼミ生だったので・・・」と言いかけたところで、
また拳骨が落ち、上田は後ろに下がっていった。
「まあ、そういうことです。」
短く答えたが、いらない情報をマスコミに伝えてしまったと思って、詳しく聞かれるだろうと思って身構えていると、
「あの・・・、先ほどから彼は大丈夫なんですか?かなり強い拳骨のようにお見受けするんですが。」
山本は内心安堵したのと、そこかよとツッコミも入れながら、
「大丈夫です。いつも、捜査中にいらないことを言って相手に不快な思いをさせるので教育的な体罰をしているだけなので。」
「体罰自体がダメなのではないですか?やはり、言葉で説明して理解させることで人は成長するものだと思うのですが。」
「いえ、あいつは空気は読めるやつなので、私が怒っていると感じれば黙るので、そう言った空気を教えてるんですよ。」
上田は、頭を押さえながら、なんだこの議論はと思っていた。佐々木アナはまるで子供の教育を語るようだし、警部に至っては、ただ体罰というものは、時に必要だと言っているようにしか聞こえない。
それに今まではにらむだけで終わっていたのに今日は殴られているんだからいつも通りにらんでくれればいいのにと頭の痛い中、論点のずれているのはこの二人ではないかと思った。
数分後、山本がこれからはとりあえず、手は出さずに他の方法で黙らせることにするということで議論が終了し、本題に戻っていた。
「影山君は、刑法を専攻していましたが、他の法律に関しても深い見識を持っていましたので、私の勉強会に参加してもらっていました。
その時に影山君から紹介されたのが篠田さんでした。銀行員は金融のプロだったので、色々と教えてもらいました。」
「結果として、その勉強会のせいで一時期干されたという噂を聞きましたが?」
山本が聞くと、上田が、
「警部、失礼ですよ。」と言ったが、
「いえ、用意された原稿をただ読むだけのアナウンサーになりたくなかったですし、確かに同期の人達よりは、遅めのスタートになりましたが、あの勉強会のおかげで今の自分があると思いますので、特に気にしていません。」
佐々木アナは笑顔を崩さずにそう言った。
「そうですか。佐々木アナは、影山のゼミの先輩で五條という男をご存知ですか?」山本が聞いた。
上田はやっと本題に入ったのかなと思いながら、佐々木アナの答えを待っていた。少し考え込んでから佐々木アナは答えた。
「さあ、わかりませんね。影山君の先輩なら研・・、勉強会に来て下さったかもしれないですがメンバーがいつも同じというわけではなかったので。」
佐々木アナが答えると40代くらいの男が近づいてきて、
「すみません、そろそろ次の番組の用意がありますので。」と言った。
山本はその男を見てから、
「お忙しいところすみませんでした。」
「失礼します。」そう言って、佐々木アナは男と話しながら歩いて行った。
「佐々木、次の番組のラインナップ、少し変更だから確認を頼んだ。」
「はい。」佐々木アナと先ほどの男が部屋から出て行ったときに、入れ違いで入って来た若い男に山本が聞いた。
「すみません、あの佐々木アナと一緒に出て行かれた方はどなたですか?」
若い男が、「あなた誰ですか?」と、いかにも怪しいなといった感じで言ったので、山本は警察手帳を見せて、
「こういう者です。」とだけ言った。
「すみません、刑事さんだったんですか。あの人は佐々木アナがメインMCをしている番組のフロアディレクターの相田さんです。」
「フロアディレクターというのは?」山本が聞くと若い男が答えた。
「簡単に言うと、カメラの横にいてMCにカンペとかで指示を出す人のことです。」
「なるほど、それでは、佐々木アナが体調不良で休まれた放送日に男性アナウンサーが慌ててた時に指示を出したのもあの人ですか?」山本が聞き、
「あ~と、そうですね。あの日確か、相田さんが放送直前であのネタを持ってきて、台本の差し替えとかVTRの準備とか、あと怪文書のこととか色々あって、アナウンサーには当初、銀行強盗についての話をした後で、怪文書の話だったのが週刊誌の話に変わったのが伝わってなくて、相田さんがとりあえず台本通りにって指示出したんですよ。」
「そうですか。ありがとうございました。」
「佐々木アナ美人でしたね。というか警部、殴るのはひどいですよ。
テレビ局から署に戻って、上田が発した初めての言葉だったが山本は無視する。浮かれてくだらない話をした自分のことを棚に上げやがってと思ったので、あえて無視して、資料を見直していた。
「あの相田って人、40代で太ってましたね。」上田が言い、
「闇金に金を持ってきた男が相田じゃないかという話か?」
「もし、裏でみんな繋がっていたとしたらどうですか?
ない話ではないかと思いますけど。」
上田の言うとおりだし、山本自身も最初そうではと疑ったが、
「篠田・五條・佐々木が繋がっていたとして、何で番組のディレクターが出てくるんだよ?」
「それは・・・その~、あれですよ。佐々木アナの勉強会にテレビ局の関係者が参加していたって署長が言ってたじゃないですか。その関係者が相田だったという説はどうでしょうか?」
「なるほどな。ありえる話だが日替わりで何人も行っていたなら、その一人の可能性はあるとは思うが、確証はない。」
「いや絶対そうですよ。」
「じゃあ、その件はお前に任せるから調べとけ。」
「了解です。で、警部は何を気にしてるんですか?」
「あ?」山本は自分が確かに違うことを気にしていたため、驚いた。
「いや、いつもならもっと、しっかりと否定するのに適当だったので他に調べたいことでもあるのかと思いまして・・」
そう言って、上田は山本の出方をうかがっているようだった。
「そうだな、強いて言うなら、佐々木アナの『研・・、勉強会』だな。」
「何ですかそれ?」
「五條のことを聞いた時に佐々木アナが勉強会に参加していたかもって言ってた時に、一回『研・・・』って言って間違えた感じで勉強会と言い直した。もし、佐々木アナが普段勉強会と言わず違う言い方だったならそれは何だと思う。」
「けんから始まる勉強と同じ意味の言葉だと・・・・あっ!」
上田がひらめいたといった感じで手を叩いて、
「研究会ですか?」
「ああ、次に、影山という三橋ゼミ生が自分の周囲の人間に声をかけて、その研究会をしていたとするなら・・・」
「ま、まさか・・・。佐々木アナの勉強会が『完全犯罪研究会』だったって言いたいんですか?」上田が信じられないといった感じで言う。
「まあ、妄想でしかないが、十分可能性がある話だろ。
なんて言ってもいろんな分野の専門家が集まって話してたんだ、法律の話からそこに行きつくことも考えられるし、何より参加者が京泉大学の出身者なら三橋に対して一物持っている人間が集まっていたとしてもおかしくない。」
「でも、それなら、五條の発言はおかしくないですか?だって、もし五條がその研究会に入っていたなら、その存在を警部に知らせる意味がないじゃないですか。その話から、実際に五條自身が疑われる現状にあるわけですし。」
「上田、頭のいい人間っていうのは何考えてるかわからんもんだろ。」
上田は、目の前の人間を見て確かにそうだが、あんたが言うなよと内心思っていた。
「クイズを出すのが好きな奴っていうのは、難しい問題を出すが、結局は誰かに正解を出してもらいたいと思ってるもんなんだよ。」と山本が言う。
上田はこの人の言うことは、的を得ていると思う反面、でもあなたには言って欲しくないなとも思っていた。
「じゃあ、警部は五條がわざわざヒントを出して、自分を捕まえられるなら捕まえてみろって、言ってるということですか?あれ、前にもこんなことありませんでした?」
上田が気になって聞くと、山本が
「週刊誌だ。わざわざ、黒木の名前で俺に送り付けてきたあれだ。あのとき、俺は自分への挑戦状じゃないかと言ったが、外れてなかったのかもしれないな。」
「でも、五條は何かしらの理由で、完全犯罪研究会の犯行であることを知ったが自分では告発できないので、遠回しにヒントを出しているだけということもありますよね。」上田が言い、
「かばいたい誰かがいるけど、犯罪行為は見逃せないから、できれば捕まえて欲しいと思ってるってことか?」山本が聞き返す、
「可能性はありますよね?逆らえないほどの大物がいるとか?」
山本は、笑いながら
「もし、そんな大物がいるとしたら黒木ぐらいだろう。」
「いや、僕はそんなこと思ってませんよ。」上田が必死で否定する。
「でも、確かにあいつならこれくらいのことは簡単にできるんだろうな。」
上田は冗談かと思って、まだ笑いながら言っているのかと、山本を見ると山本は真剣な顔で考え込んでいた。
「まず僕から質問したいんですがいいですか?」
本庁の監査室で、山本と上田は本庁の監査役の30歳くらいの男の前に座っていた。男は険しい顔で聞いてくる。
「なぜ山本さんほどの方が、キャリアではないんですか?」
山本と上田は、一瞬何を聞かれているのかわからず、ふたりで「えっ?」と言ってしまった。だいたい、本庁にいきなり呼ばれて、監査室に連れていかれたということは、確実に自分たちの何かが上層部の人間の怒りに触れてのだと思っていた。しかし、目の前の男は先ほどの険しい顔から一変して、楽しそうに先ほどの質問の答えを待っている。
「いえ、その~勉強が不得意で、国家一種は受からないと思いまして、それに警察官になりたかったので、警察庁に行けるとも限りませんでしたので、普通に採用試験を受けただけの話なのですが。」
山本が答えると、それを横で聞いていた上田は、確かに警察庁に入るのは難しいと聞くがそんな理由で、と思っていると、逆に何で目の前の男はこんなこと聞いてんだよと原点の質問のおかしさに戻っていた。
「そうですか~、確かに国一に受かっても警察庁に入れると限りませんしね~。
警官になりたいなら一般の方が受かりやすいですし、何より優秀な山本警部なら昇進試験でいくらでも上り詰められますしね。」
男が楽しそうに話している反面、山本はどんどんと気味が悪いといった感じの嫌そうな顔になっている。
上田が横から「警部、表情気を付けてください」と小さく言うと、山本も気づいたのか真顔になり、
「あの、それで今日はどのようなご用件ですか?」と聞いた。
「ああ、すみません。私、坂本と言いまして、黒木さんから銀行強盗事件に関して、捜査が行き詰っているかもしれないから山本さん達に協力してほしいとお願いされまして。」
「黒木から?」山本が聞き返す、
「はい、私も三橋ゼミの24期のOBで、黒木さんが法務省に居られたころにお世話になりまして、それからお付き合いが続いてまして。」
「世話になったとは?」
「国一に受かって、研修で法務省を訪れた際に、色々教えて下さったのが黒木さんだったんです。」坂本は楽しそうに話している。そこに上田が、
「すみません、それでは坂本さんはキャリアということですか?」
「はい。あっ、上田警部補、階級は同じですし、僕の方が年下なので敬語は必要ないですよ。」坂本が言うが、
上田としてはたたき上げの自分とキャリアの坂本では階級どうこうの話ではなく、将来的に確実に出世するだろう坂本に敬語を使わないことはできなかったので「善処します」とだけ答えた。
「それで、坂本さん、協力というのは?」山本が聞くと、
「何でも影山のことを調べられているということでしたので、僕も多少は面識がありますし、彼の父親が被害にあった銀行の支店長だったことなど色々知ってますよ。」坂本が役に立つでしょうと言った感じで言うと、山本が
「すみません、その情報はすでにこちらも把握しています。」
「えっ、本当ですか?じゃあ、その支店の篠田という男が影山の友人というのは?」
「残念ながら」
「そうですか・・・、じゃあ、あとは僕と同期の五條が会社の再建に関して影山にアドバイスをもらっていたことくらいですけど・・・」
坂本の言ったことに、山本と上田が立ち上がり、
「それは本当ですか?」と山本が聞いた。
「えっ、もしかしてご存じなかったんですか。」
初めて役に立ったという感じで坂本は喜んでいる。さらに坂本は
「はい、五條も優秀な奴で経営の立て直しはうまくやっていたんですが、法律関係では少し苦手だったのでOB会で知り合った影山にいろいろ助言をもらってました。」
「なるほど、他には?」
「あの~、あっ!有名女子アナの佐々木アナも影山とつながりが・・・」
「ありがとうございました。」そう言うと、山本は立ち上がって部屋を出て行った。
部屋に取り残された上田に対して、
「もしかして、今の情報知ってましたか?」
上田は申し訳なさそうに
「すみません。」と言った。
「そうですか・・・」
二人はどうしていいのかわからずに重い沈黙が落ちた。
沈黙に堪えられなかった上田が、
「坂本さんは、山本警部を尊敬されている感じでしたが、理由とかって教えてもらっていいですか?」と聞いた。
坂本は、先ほどの落ち込んだ表情から一変して、
「いいですよ。これも黒木さんから聞いた話なんですけど、三橋教授が注目を集めた最初の論文を上田さんご存知ですか?」
「いえ、すみません。」
「まあ、そうですよね。もう20年くらい前の話ですし、僕も教えてもらって初めて読んだんですけど、その論文の本当の筆者が山本警部だったんですよ。」
「あの、欠陥刑法が何とかっていう論文ですか?」
「あれ、山本警部の論文は知っているんですか?」
「あの~、前に一度名前だけ聞いて、内容とかは本人がクズみたいな論文と言っておられたので、わからないんですけど・・」
坂本は驚き、
「あんなすごい論文がクズだったら、僕の物なんて塵以下になりますね。」
「そうですか。どんな内容だったんですか?」
「簡単に言うなら、現行刑法では多種多様化する犯罪は取締り切れず、全ての犯罪行為を完全に取り締まるには、刑法の抜本的な改正が必要になり、その改正についての可能性の高いものから段階的に改正することで、実現可能性の低い分野にも良い影響を与え、最終的には完全刑法と呼べるものが制定できるとして、停滞するのではなく、小さな改正を繰り返すことが必要である。という内容です。」坂本が一気に話したので、
上田は理解が追い付かなかったが、とりあえず坂本の気分は落ち着いたので当初の予定はクリアしたと思い、
「つまり、坂本さんが警部を尊敬されているのは、もし、警部が自分の論文を発表していたら、学会の権威の立場になっていたのは三橋教授ではなく、警部だったかもしれないからということですか?」
「そうなりますね。」
坂本は言われて確かにそうだなといった感じでうなづいている。
すると坂本が少し真面目な顔になって、
「そういえば、三橋教授の論文盗用についての捜査は進展していますか?」
「いえ、本人は否定を続けていますし、実際に盗用されたと名乗り出てくる人もいないので、進展と呼べるものがなく・・・」
「そうですか・・・、それでは、あいつの予定通りに入っていないということか・・・」坂本がつぶやき、
「あいつとは?」と上田が聞く、
「いえ、三橋教授のことですよ。すぐ釈放されると思っていたんだろうと思いまして。」少し焦って言い繕った感じがしたので、
もう一度確認しようとしたところで上田の電話が鳴り、
「上田、こっちはずっと車の前で待ってるんだよ、早く来い。」
山本警部の怒声が響く、そういえば鍵も持たずにさっさと出て行ってしまったことを思い出して、
「すみません。警部が怒ってるのでこれで失礼します。」と言って、
上田は部屋を出て、駐車場に向かって走っていった。
「遅いんだよ!」
上田が駐車場に着くと山本の怒声がまたしても響いた。
「いや、警部があんな感じで部屋出て行ったので、坂本さんにフォロー入れてたんじゃないですか。」上田が自分は悪くないといったふうに言い、
「あ?なんかあったか?」と山本が聞き返す、
「いや、なんか坂本さん役立たずみたいな状況で放置したら、あれはあれでやばかったですよ。」上田が言うが、山本は意に介さず、
「五條と影山に関係があった。あと思い出したんだが、五條の会社の場所、例の銀行強盗のあった支店のすぐそばだ。」
「だったら何ですか?」上田が不思議そうに聞く、
「五條の会社のメインバンクが、あの銀行のあの支店なら、五條と篠田にも関係がある可能性が出てくるだろう。それに高額融資を申し込んでいたのはどんなとこだった?」
「確か事業拡大とかを計画している企業じゃなかったでしたっけ。」
「俺たちが最初に五條の会社に行ったとき、荷物の整理をしている部署があっただろう。」
「そういえば、段ボールにいろいろ詰めてましたけど、ただの片づけじゃないですか?」
「部署全員で一斉に片付けしたら仕事進まないだろうが。それに配送業者も何人か見たし、もし事業拡大に伴って一部の部署が配置換えの準備をしていたなら部署丸ごとの片付けも納得できるだろう。」
「それは・・・」上田が言いかけて、山本が遮り、
「とりあえず調べてくれ。」
「はい。」と答えたが内心、上田は思っていた、「やれ」っていうだけの警部は楽でいいよなと。
「警部、例の五條の会社のメインバンクですが・・・」
上田は、五條の会社のメインバンクを調べて、署で報告を行っていた。
「警部の予想通り、篠田の支店でした。五條自らも融資の相談に来ていたようで、その担当が篠田とあと1名違う行員でした。」
「その違う行員というのは、融資担当というよりも五條個人が投資をしていて、その、資金運用に関する相談をその行員がやっていたようです。事件とは関係がなさそうですけど、この行員も調べますか?」
「いや、いい。企業の融資は篠田の担当ということだな?」
「はい、長田さんに聞いたところ、警部の考え通り、5億の融資先は五條の会社でした。」上田の報告に、
「よく教えてもらえたな。」と山本が驚く、
「どうやら、長田さんは僕らが篠田さんを疑っていることに気付いたようで、正規の理由で、篠田さんが5億を用意していたことを示すことで、無実を証明しようと考えているようでした。」
「そうか。でも、これで仮説が一通りできるな。
まず、事件前に融資を口実に5億を用意し、篠田が銀行内に偽物の爆弾を仕掛けて準備が完了し、事件当日、前もって用意していた林親子の情報で、林本人を脅して、指定場所で待機させる。そして、小田の息子正輝君を五條が誘拐して、
小田に銀行強盗を行わせ、林に運ばせて、その金を五條が回収する。
後日、三橋をゲストとして迎えた自分の番組で佐々木アナが、三橋を追い込み、視聴者に三橋の印象を悪くしたうえで、論文盗用の話を週刊誌に流して、さらに追い詰める。そして、仕上げに1億を送り付けて、三橋を共犯のようにすることで、三橋は社会的に立場を失う。と言った感じが成立するな。」
山本が推理を話している間、上田は黙って聞いていた。ここまで、捜査していると、さすがにこの仮説は簡単に否定できるものでなくなっていたからだ。
「いや、でも佐々木アナはただ何も知らずに嫌いな三橋教授を批判しただけという線もないとは言いきれませんよね」
山本と上田は部屋の入り口に立っている男の声がして初めて、その存在に気付き、
「三浦、お前いつからそこにいたんだ?」山本が聞く、
「いや、上田さんが帰ってこられたんで、報告したいことがあって、追いかけてきたら警部が仮説だが~って、話しておられたので黙って聞いてたんですけど。」
三浦と呼ばれた男は、巡査部長で上田の補佐役をしていたので、その報告に来たということだった。
「もっと早く声掛けろよ。びっくりするだろう。」上田が言い、
「いや~、でもここまで推理してるんならこっちにも報告してくださいよ。
何にも進展がないじゃないかって課長きれてるんですよ。」
上田の言うこと等関係なしに、三浦がいい加減にしてくださいと言った感じで言う。
「悪いな。三浦、ここ最近まで本当に憶測だったんだよ。で、そっちはどんな捜査してるんだよ?」
「いや、警部もこっちには、たまに顔出してくださいよ。指揮自体は本庁から来た人がやってますけど、なんで警部がいないんだとか、使えないやつばっかりだとか言ってるだけで役に立たないんですから。」
三浦の悲痛な叫びであったが、山本は無視して、
「で、何やってるんだ?」と聞いた。
「銀行近くの防犯カメラのチェックとか、タクシーのあったスーパーの防犯カメラのチェックとかして、怪しい人物がいないか探ってるんですけど、まず、怪しい人物ってなんだよって感じですよ。」そう言って、
三浦は机に両手をおき、ため息をついた。
「お前も大変だな。」上田が言うと、すかさず、
「上田、お前もって、ことはさぞかし上田も大変なんだろうな。」
山本の言葉に上田は引きつった感じで笑い、
「何言ってるんですか、社会に生きる皆さん大変ですねっていう話ですよ。」
「ははっ、こっちの方が楽しそうでいいですね。」
三浦が言いながら顔を上げ、机の資料を手に取った。
「どうした?」山本が聞くと、
「これ誰ですか?」と勢いよく聞くので資料を見て、
「さっきの話に出てた誘拐と金を回収したんじゃないかって言ってた五條だがどうかしたか?」山本が説明すると、
「この男、スーパーの防犯カメラに写ってました。」
「本当か?」
「はい、駐車場の入り口にある防犯カメラには、タクシーの来る40分前に来ていて、タクシーの来た10分後に駐車場を出ています。」
「おい、十分怪しいだろう。何で捜査の対象にしてないんだ?」
「いや、その~、タクシーの来る7分前にレジの前の防犯カメラに会計している姿が写っていて、普通に買い物に来た客だろうと本庁の人が言ったので、そのままになりました。」
山本はその話を聞くと立ち上がり、
「上田、見に行くぞ」と言って、部屋を出て行った。
上田と三浦も慌てて山本を追いかけた。
「確かに五條だったな。」山本が言う、
あの後すぐに捜査本部に乗り込み、防犯カメラを確認した。本庁から来たという男がさんざん文句を言っていたが全く相手にしない山本に対して、後ろで控えていた上田と三浦はひやひやしていた。
今は元いた部屋に戻って、上田と話している。上田は、心底もう少し上司に対しての態度を改めて欲しいと思いながら、
「そうですね。でも、確かにただ偶然買い物に来ていただけという可能性もぬぐえないですよ。それに、銀行の防犯カメラには写ってませんでしたしね。」
「おい、あのスーパーの近くに、交番とかないのか?」山本が聞き、
「南署と逆方向に20分いったところにありますよ。どうかしました?」
「何で犯人は、わざわざ30分かかる南署に行かせたと思う?」
「逃走に時間を稼ぎたかったからじゃないですか?」
「それなら、10分近くても交番に行かせる方がいいと思わないか?」
「えっ、なんでですか。近い分だけ時間が稼げなくなりますよ。」
山本は地図を確認しながら、
「この交番、近くに駅があるわけでも、何か目印になる大きな建物があるわけでもない。タクシーに乗っているならカーナビで行けるかもしれないが、地図もなしに、この交番に行くのは難しそうだ。南署の場所くらいなら何回か通ったことのある大きな道の途中にあるだろうから、迷わず向かって、林は30分で署にたどり着いている。道に迷うであろう20分の場所と迷わず行ける30分の道なら、道に迷わせた方が時間は稼げると思わないか?」
「いや、でも確証がないじゃないですか。道に迷わず交番についてしまうかもしれませんし。」
「警察署まで歩いていけという指示は、時間を稼ぐためとその時間で犯人が逃走するために必要だった時間と警察に思わせることが重要だったとは考えられないか?」山本が言い、
「わざと正確に時間がわかる道を行かせて、その時間で逃げたと錯覚させたかった。あるいは30分の間のどこかで金が回収され、持ち去られたと考えるなら、林さんがタクシーを離れてすぐにスーパーを出た車は犯人の物から外されると考えたってことですか?」上田が聞き返す、
「時間を稼ぐのは、単独犯なら取りに行くのに時間がかかるから、回収した後、安全圏に行くためと考えられるが、今回の事件はそもそも、真犯人は銀行に直接行かなくてもいいし、小田の息子のところに向かっている間は特に何もすることがない。買い物でもして自分はただの買い物客を装うこともできた。そして、林が離れて、すぐに金を回収して買い物客に紛れて逃走した。」
「でも、徒歩とかあるいはカメラに写ってもいいように変装するとか、いろいろできるのに素顔で回収に行きますかね?」
「自分がその場に居たことが判明した時に、変装していた理由を説明する方が難しいだろう。なら、素顔で買い物をした方が不審人物になりにくいしな。
それに考えてもみろよ、今回、警察って言っても俺とお前だけだが、五條の存在に気付いたのは俺の気まぐれ捜査の結果だ。つまり、しっかりとした捜査をする刑事が担当していたら、確実に五條は捜査線上に上がることすらなかった。」
「いや、自分で気まぐれ捜査って認めてるじゃないですか。改めてくださいよ。」
上田のツッコミは至極当たり前のことだが、
「まあ、怒るな。そのおかげで色々わかって来たんだしな。
多角的な見方をしなければ、真実は見えてこない。遊び半分でいいから何でも調べてみるのがいい。」山本が言うと、
「何ですか?その、ちょっといいこと言ったろみたいな顔は。
付き合わされるこっちの身になってください。」
上田がうんざりしていうと、
「バカ、これは俺が新人だった頃に、今の本庁刑事部長に教わった言葉だぞ。
刑事部長に向かって言えるかそんなこと?」
「いや、刑事部長には言えないですけど、警部には言えますね。遊び八割くらいになってますから。」
「ああ、もういい。で、ここからどうするかだな。」山本が本題に戻す、
「確かに今の状況では、五條さんに買い物で行っただけと言われて終わりですし、篠田さんも五條さんに頼まれて、仕事としてお金を用意しただけだから、何の罪にも問えないですし、佐々木アナに関しては、ただ恥をかかせただけ、名誉棄損や侮辱罪にすらならないだろうってとこですもんね。」
もう駄目そうですねと言った感じで上田が言い、
「上田、あの怪文書お前ならいつ出す?」
唐突な質問に上田は、「えっ?」としか言えなかったが、山本が
「俺なら、三橋に注目が集まった情報番組のすぐ後に出すだろうと思うんだよ。その後で、週刊誌の記事が出れば、三橋を追い込むのに効果が増す気がする。」
「そう言われればそうですよね。なんか脅されていた上で、あの記事が出た方がショックは強いかもしれませんね。でも、週刊誌と同じタイミングで出しても同じ感じはしますけどね。」上田が言うと山本はまだ考えていた。
「じゃあ、今まで一度も番組に呼んだことのない男をゲストに迎えてというのはよくあることか?」
「まあ、専門家なんてたくさんいますし、誰が良いかなんてわからないですから、学会の権威とか言われている人の方がいいと思ったんじゃないですか。」
そういうものか、とも思ったが何か引っかかる。
「上田、例えば、お前の書いた始末書の影響で俺まで怒られそうになったら、お前ならどうする?」
「えっ、何もしませんよ。だって僕が怒られるとしたら原因は、警部の行動なんですから。」
上田は強烈な視線を感じて訂正した、
「いや、自分のせいで、例えば三浦が怒られるなら、何とかしてかばおうと思いますけどね。上司の場合は少し違うかもしれませんね。どっちかっていうとかばって欲しいというか・・・」
そう言って、山本の方をチラッっと確認すると山本は考え込んでいた。
「どうかしましたか?」上田が聞くと、
「もしかして、とんだ思い違いがあったかもしれない・・・」
そう言って、山本は立ち上がり部屋から出て行ったので上田もそれを追いかけた。