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第三話

「さて、どうしたものかな。」

山本は、三橋の論文を読みながら、コーヒーを飲み、今後の捜査について考えていた。論文を書いていた影山は死んでいるし、五條の言っていた『完全犯罪研究会』の情報についても、他のOBに聞いたが全員が噂程度で詳しい情報を持っている者もいなかった。

そうなると自分の「三橋を貶めるための事件」だとする推理について、捜査を進めようがなくなった。そこに、上田が来て、

「何読んでるんですか?」と聞いて、山本の持っている論文を覗き込んだ。

「うわ、警部そんな難しいの読んで理解できるんですか?」

「バカか、こういうのは難しい言葉で書かれていることが多いし、筆者の都合のいいデータ使って自分が正しいって言ってるだけで、内容は簡単なものが多いんだよ。

学者だ、専門家だって奴のすることは、難しい言葉をそのまま、使って一般人に説明をあまりしないから駄目だと俺は思うんだよ。

わかりやすい言葉に変換して、一般人の基礎知識の底上げをすることによって、さらに自分たちの研究に理解を得て、初めて新しいステージの研究ができるようになるんだと俺は思うがな。」

「そうですか・・・」 

上田は、確かにと思いながらもこんなこと公の場で言ったら、警察の捜査はどうなんだとマスコミからむちゃくちゃ言われそうだなと考えていた。すると、

「で、なんか用事じゃないのか?」

山本に聞かれ、上田は本来の目的を思い出して、

「ああ、そうですよ。例の三橋教授が、この前の情報番組にまた出ることになったんですよ。しかも今日、これからなんですけど一緒に見ないですか?」

山本が論文を机にバシッと置き、立ち上がる。上田は直感で怒られると思った。

「そうだな、一緒に見るか」そう言って、山本は歩いて行った。

怒られると思っていた上田は胸をなでおろして、山本に続いた。


テレビのある休憩室に入ると他の署員の声がした。

「なんだよ、佐々木アナでないのかよ。」

「さすがに外されたのかな。」

どうやらこの前、三橋に恥をかかせたアナウンサーが出ていないようだ。

すると、この間も出ていた男性アナウンサーが、

「佐々木アナウンサーは本日、体調不良のためお休みを頂いております。」

と、佐々木アナウンサーの居ない理由を述べている。

「絶対嘘だよな。この教授が嫌がったから仕方なく今日だけ休みにしたとかそんな感じだよな。」署員の一人が言う。

他の署員もその意見に賛成のようだった。確かに恥をかかされた番組に出るなら、それくらいの注文を付けるような奴だ三橋はと山本は思った。男性アナウンサーが番組の進行を行う。

「それでは先日に引き続き、銀行強盗の話題について・・・」そう言いかけて、男性アナウンサーはもう一回台本をよく見た後、顔を上げ、カメラのやや下あたりを見ている。山本が気になったので

「このアナウンサーはどこを見ているんだ?」と聞くと、

署員たちもアナウンサーの視点に注目したのか、

「これ、たぶんですけどディレクターを見ているんじゃないですかね。ほら、あのカンペとか出す人とか、バラエティー番組とかでたまに見るじゃないですか」 

「じゃあ、何か?台本見てどうしていいかわからずに指示求めてるってことか?」

「まあ、状況的にはそうだと思いますけど」

三橋が怪訝な顔で、

「どうしたのかね?私に質問をするコーナーのはずだろう。早く聞きなさいよ。

なんでも答えてあげようじゃないか。」

この前のことがあったから、おそらく三橋は自分の持論についてなんでも答える準備をしてきたのだろう。そのため、今回の事件に対して自信をもって答えられると高をくくっているようだと山本は思ったが、しかし、

「それでは、お聞きします。」男性アナウンサーが恐る恐る聞く、

「三橋教授が、ゼミ生の卒業論文の中から優秀な作品を選び、データなどを最新のものにした上で自分の論文であるかのように発表し、そのことについて、文句を言ってきた卒業生に対して、多額の金を払い、黙らせたり、極めつけは、そのことが理由で、昨年一人の若者が自殺しているという記事が今日発売された週刊誌に出ていたということなのですが、このことに関しては、あの~その、いかがでしょうか?」

三橋の表情と収録スタジオの雰囲気が一瞬にして凍り付く、三橋は口をパクパクさせてから、

「そんなことは出まかせに決まっているだろうが。ありえないよ。」

「ですが、実際にお金を受け取ったOBの証言やその盗用されたとされる論文名まで載っているということですが・・・」

三橋は、数日前にも同じ顔をしていたなと山本が思い、次にする発言にも予想がつくと思っていると案の定その発言をした。

「何なんだ、この番組は失礼にもほどがあるだろう。大体この前のことを謝罪させるから出てくれと言っておいて、あのアナウンサーは居ないし、どうなっているんだ。もういい、私は帰る。」

予想外のことも含まれていたが、大体が山本の予想通りだった。三橋はそのまま帰ってしまったが、男性アナウンサーが、

「ディレクターどうするんですか、例の怪文書についてまだ・・・」

男性アナウンサーの発言の途中で銀行強盗事件の振り返りのVTRに移り変わった。

署員たちは「また、あの教授逃げたな」等の感想を述べているが、山本は違うところが気になっていた。

「おい、今すぐこの番組やってるテレビ局に連絡して、今のアナウンサーの言った、怪文書っていうのは何かを確認しろ。」

周囲はいったん「えっ?」という雰囲気になったがすぐに、署員の一人が電話に向かい走っていった。その直後、女性の職員が入ってきて、

「山本警部にくろき様からお届け物です。」と言いながら、封筒を手渡して出て行った。

山本は黒木がこんな時に何だと思いながら、封を開けると糊付け等はされておらず、週刊誌とB5の紙が一枚入っており、山本はまず週刊誌を取り出すと『某有名大学教授の闇 論文盗用疑惑』の見出しがついている。

次にB5の紙を見ると、

「面白い記事が載っているので読んでください。黒樹。」

と書かれている。これを見て、山本は不審に思っていると、上田が週刊誌と紙を覗き込んで、

「黒木さんも暇なんですかね?それともすぐにでも警部に読んで欲しかったとかですかね。」と言って笑っている。

山本は不審に思っている点について気づき、

「違う。これは黒木の送ってきたものじゃない。」

上田が笑うのをやめて、真剣な表情で聞いた。

「どうしてですか?」

「黒木の木の字が違う。政治家が自分の名前を間違うことはない。

それに、俺がどこの署にいるのかをあいつに教えた覚えがないのにここに届くのもおかしい。何よりあいつは、伝えたいことがあれば電話する奴だ。週刊誌を送っといたから感想を後で教えてくれとかいう電話が先に来るはずだ。

でもそれもない。」

「いや、忙しくてできないとか出張で部下に任せたとかじゃないですか?」

「ない。あいつは直接、相手の反応を見ながら楽しみたい奴だ。人づてに楽しむことはまずない。そういう奴だ。」

「じゃあ、誰が送って来たんですかね?」

「わからんが、俺と黒木の関係を知っていて、さらに俺の職業と勤務地を知っている人間ってとこだろうな。」

「この前会った五條って人ならその両方に当てはまりますけど・・・」

「五條ならわざわざ黒木の名をかたる必要ないだろう。」

全く意味が分からないそういう雰囲気で山本と上田が考えていると、

「警部、テレビ局に確認できました。」

さっき電話に向かった署員が帰って来た。山本は不審な贈り物の件をいったん忘れることにして、

「どうだった?」

「テレビ局の話では、ほとんどのテレビ局・新聞社に対して同じ時間帯に同一の内容の文書が届いたらしく、その内容が『三橋、影を滅ぼしたお前を絶対に許さない。お前も社会的に滅ぼしてやる』だったそうです。

この影について何なのかは今調べている途中だということで、生放送で本人に確認する予定だったそうです。」それを聞いて、山本は上田に対して、

「この影っていうのが自殺した影山のことじゃないかと思うのは俺だけか?」

上田もそのことに思い至っていたのか、

「僕もそうじゃないかと思ってたんですよ。」

他の署員が二人は何を言っているのだろうというふうに見ていたので、

「三橋に論文を盗まれたことが原因で自殺した男が影山という男だった。影山を自殺に追い込んだ三橋を憎んでいる奴が、この文書を送って来たんじゃないかって話だ。」

「警部、その辺の報告が全くありませんが、その理由についてご説明を願いますかな?」

いつの間にか課長が入ってきており、全く勝手なことをしてといったふうに聞いてきた。

「申し訳ありません。銀行強盗の事件と直接の関係のない話だったので」

「まあ、いいでしょう。では、警部の現段階での銀行強盗についての仮説をお教え願いますかな?」

全くしょうがないといったふうに課長はいい、山本は面倒だと思い、

「現段階ではあまり現実味のないものばかりですね」とだけ答えた。

「そうですか。あまり無理な仮説から捜査することだけはやめて下さいね。」

そう言って、課長は戻っていった。

「警部、よかったんですか?例の三橋を貶める目的の事件っていう推理は今回のことで現実味が増したかもしれませんよ。」小さな声で上田が言う。

確かにその通りだが、世間的に三橋がOBに嫌われてることが知られていない以上、この話をあの堅物の課長が信じるわけもないと思い、

「まだこの段階で課長に言うべきじゃないな。あれこれストップされる前に関連する証拠見つけて、出さないと課長は認めてくれないからな。」

上田が納得したのか「そうですね」といい、山本が、

「それに、さっきの週刊誌とかについても、あ~なんだ・・・」

「どうしたんですか?」

「いやこれは考えすぎだが、俺に対しての挑戦状みたいなものじゃないかと思うんだよ。この事件解けるもんなら解いてみろみたいな。」

上田が吹き出し、「それは考えすぎですね」と言って、山本も「そうだな」とは言ってみたものの内心間違っていない気もしていた。


「長田さん、退職しないことにされたそうですね。」

山本と上田は銀行強盗のあった銀行で支店長の長田と話していた。ここに来るまでにいろいろ聞いていたところによると、銀行の上層部から今回の事件後、一生懸命に行員と顧客の命を守るために奮闘したとして、支店長を世間が英雄の様にほめたたえた結果、長田を銀行幹部として、体に無理のない程度にでもいいから残ってくれと言われ、長田も退職をあきらめたと他の行員から聞き、山本が長田に対して聞いていた。

「ええ、今回の責任を取って早期に退職を願い出たところ、頭取等から今やめられると銀行の信用問題になるので、あと1年でも2年でもいいので続けてほしいと頭を下げられてしまいまして、断り切れずにそうなってしまいました。」

長田は大変申し訳ないといった感じで話していた。

「今回お邪魔したのは、偽物だったとしても爆弾のようなものがいつ設置されたのかお心当たりがないかをお聞きしたかったんですが、どうでしょうか?」

山本が本題に入ると、長田が

「当行でも、調査した結果、何度か水道管に異常が起こって修理してもらっているんです。でも、修理箇所は爆弾のあった場所とも違いますし、その修理業者にも現在連絡はしっかり取れていますので怪しいところはないんです。」

上田が聞いた。

「行員内に共犯者がいたという可能性はありますか?」

「いえ、ないと思います。勤務していた場所で問題が起こると表立てはそんなこともないのですが経歴として少し傷がつくというのがあるので、自分から進んでそんな馬鹿なことをする人はいないと思います。」

「そうですか。」

銀行って結構シビアな世界だなと上田が思っていると、

「あの篠田さんについてはどうですか?」

山本が聞く、

「いえ、残念ながら篠田は今回の責任を全て、負わされていますし、もともと彼は28歳という若さで当行の融資実績を回復させるために本店から出向してきていたエリートなので、率先して問題を起こしたいわけないんです。」

「えっ?篠田さんって28歳なんですか?30代半ばくらいだと思ってました。」上田が驚き、長田が少し笑いながら、

「彼、落ち着いてますし、スーツとかもいいやつ着きますから、いつも年齢を上にみられるんですよ。それに、老けて見える方がベテラン感が出て、お客様の信頼を得やすいですしね。」

「そんなもんですか」

上田が納得と言ったふうに言う。山本は篠田の話に戻し、

「で、篠田さんはどんな処分を受けたんですか?」

「まあ、世間体もありますし、減給と出向を取りやめて本店勤務にもどるくらいで済みそうですよ。」

「減給は厳しいですけど、本店勤務なら別にいいんじゃないですか?」

「いいえ、支店の立て直しが失敗して、本店に戻るので出世が難しくなると思います。」

上田が「へぇ~」と言っていたが、山本からの鋭い視線を感じ黙り込む、山本が、

「それでは、内部の犯行によって、行員にとって、メリットはゼロということですね。」

「そうなると思います。」

長田が答えた後、山本が

「長田さん、京泉大学の三橋という教授をご存知ですか?」

「ああ、最近テレビに出ては怒って途中で帰られるという教授ですか?」

内心山本は笑い出しそうになるのを堪え、

「ええ、あの三橋です。ご存知ですか?」

「最近はやることがないので、この部屋でテレビなどを付けていることが多くて、見る機会がありまして。」

「それ以前では、どうでしょうか?」

「いえ、ここ最近の番組で知ったところです。」

「そうですか。」

「その三橋という教授が何か事件に関係しているんですか?」

「いえ、まだ確証のない話ですが、もしかしたら今回の事件は三橋教授を貶めるための事件ではないかと私は考えてましてね。」

「ちょっ、ちょっと警部何言ってるんですか?課長にもいってないこと事件の関係者に言ったら大変なことになりますよ。すみません長田さん忘れてください。」

「はあ、」そう言って長田はどうしたらといった感じで山本を見る。

「確かに、今のは、私の仮説ですので忘れてください。」

「わかりました。」

「あと、長田さんにお聞きしたいのは、なぜ5億以上の大金が新札以外であったのかということなんですが?通常はないんですよね?」

「はい、それも調査したんですが、事件の2週間ほど前に高額融資の相談でそういった要望を出された方がおられて、その方のために準備をしていたそうです。個人情報ですので、そのお客様についてはお話しできませんが・・・」

「では、その用意してくれと言った行員はどうですか?」

「それが、何人かを経由しているらしくて、出元の特定には至らずということです。」

「その中に、篠田さんは?」

「入ってますが・・・。何か?」

「いえ、関係者がいるかの確認をしただけで、他意はないです。」

「そうですか。」

「じゃあ、今日はこの辺で失礼します。何か事件について思い出されたことがあればどんな些細なことでも構いませんので私にお知らせください。」

「お時間いただきありがとうございました。」

山本に続いて、上田も挨拶して支店長室を出た。そのあと長田は一人で

「京泉大学の三橋・・」とつぶやいた。


「いや、驚きですよね」

上田は車の中で、篠田の年齢について、予想より若かったことについて驚いていた。山本はどうでもいいといった感じで黙っていたが、

「いや~、エリートってことはもしかして京泉大学出だったりして」

上田が冗談で言ったことに、山本は助手席を少し倒して寝転ぶ形から、身を起こして、

「おい、自殺した影山も生きてれば28歳だよな?」

いきなり聞かれた上田は少し、ビクッとなりながら、

「え~と、五條さんが30で2個下だからそうなりますね。」

「もし、篠田が京泉大卒なら同じキャンパスにいた可能性もあるよな?」

「そうですけど・・・。いや警部冗談ですよ、さっきの。」

上田がまさかといったふうに言うが、山本は今回の事件が怪文書の内容通り影山の自殺を原因として起こったなら、影山と関係のある人間の犯行の可能性がある。

事件の関係者に影山の関係者がいれば何らかの形で犯行にかかわっているかもしれない。そう考え、

「上田、事件関係者の出身や自殺した影山に関係ありそうな情報がないか調べてくれ。」

「わかりました。でもどの範囲ですか?関係者って言ってもいっぱいいますよ。」

「そうだな、優先的に、長田・篠田・五條・三橋あとついでに黒木についても影山と接点がないか調べてくれ。」

「なんで、黒木さんもですか?事件に関係ないじゃないですか?」

「あいつの政策は、現在、麻薬取締法やその他の特別法等に罰則規定が色々あるが特別法なんてものを一般人は知らないから、犯罪行為になると知らずに気軽に犯罪を起こしてしまうことを防ぐために、罰則集約刑法の策定と中学生からの刑法授業の導入による犯罪行為の周知による未然予防を提案している。     

つまりどこかで、刑法の勉強をしていた影山とも接点があったかもしれない。」

「わかりました。」

実際のところは黒木とは何も関係していないで欲しいが、事件の背景で何か大きなものの存在を感じずにはいられなかったのである。


「まず、黒木衆議院議員ですが、あまり交友関係がオープンではなく、調べるのにも限界がありましたが、少なくとも議員になってからの法制審議において、影山との接触は認められませんでした。引き続き調査しますか?」

上田が事件関係者の経歴の調査結果を報告しながら山本に指示を仰ぐ、

「いや、あいつのことだから向こうからなんか言ってくるだろう。他の結果は?」

 上田が次の資料に目を通しながら、

「自殺した影山ですが、両親は彼が幼いころに離婚していて、母親に引き取られて、母親の再婚で影山姓になっています。

実の父親に関してはまだ調査中です。大学時代の友人に話を聞くと法学部の中でも交友関係が広く、同学年のほとんどが知り合いといった感じだったそうです。

彼女ではないが仲良くしていた女性がいたそうですが、その人についてはあまり話したがらない感じで特定には至りませんでした。

その他、学部を超えての友人もいたようですが法学部の方に話を聞いたので、特定はできませんでしたが、特に仲の良かった経営学部の友人が銀行に内定をもらったという話をしていたのですが、これが篠田かはわかっていません。」

「影山が死んで三橋を恨んでいる人間は400人規模でいたかもしれないってことか?」

「その可能性がありますね。話を聞いた友人もかなり三橋を恨んでいる感じだったそうです。」

「すごい男だったんだな影山は。次は?」

上田が新しい資料を見ながら、

「篠田ですが、京泉大学経営学部卒で、銀行に入行以降、融資実績を多く積み本店の次長のお気に入りになり、色々な支店で成果を上げて、融資実績の悪い支店を立ち直らせることで、再建屋っていうあだ名がついていたぐらいです。

今回の支店でも、融資実績は回復に向かっていたそうです。

あと、あの5億以上の金について、本店に頼んで用意していたのも篠田だったそうです。融資先は個人情報で言えないが、ある会社の施設拡張のための資金として用意していたそうです。」

「その情報は誰から?」

「篠田本人です。なんでも担当する件数が多いので、色んな人に協力してもらっていたら、自分でも誰に何の仕事を頼んだかわからなくなったらしく、今まで5億を頼んだことを忘れていたそうです。」

「そうか、まあいいだろう。次。」

「長田支店長ですが、警部もご存知の通り銀行内でも慕われるような人柄ですが、過去に一度離婚歴があります。前回の結婚時に長男が生まれていますが、離婚後は母親の都合で、一回も会わせて貰えていないそうです。今は10年前に結婚した女性と二人暮らしということです。」

「そうか、五條は?」

「五條は法学部を出た後、一流商社に就職し、成績を上げて、子会社である現在の会社の立て直しのために4年前に出向してきて現在は、常務取締役兼副社長で、その手腕は会社員からも慕われていて、悪口を言う人もいないそうです。

あと、気になるのはこの五條の会社の子会社が銀行強盗の実行犯である小田の勤めていた会社だったことです。」

「本当か?小田についての情報は?」そう言われて上田は資料を探し、

「小田ですが、奥さんと今回誘拐された正輝君の3人暮らしでもとは五條の今の会社で部長をやっていたんですが会社に大きな損害を出したので出向という名の左遷をされたそうです。

現在の会社では完全に窓際社員でリストラ候補になっていたそうです。」

「なるほどな、五條と小田の関係は?」

「いまのところ、特に何か接点があったという話はないです。」

「そうか、タクシー運転手の林は?」

「林さんはタクシーの運転手としては、かなり優秀で、残りワンメートルないとこぐらいなら料金計を止めて、少しでも安くお客を運ぼうとするらしくて会社からは怒られることもあったそうですが、会社としてもその人柄が嫌いになれず、減給とかの処罰をしないで口頭注意という名の雑談をするくらいだったそうです。他にも観光客の人においしいお店を紹介したり、観光名所の効率いいまわり方を教えたりとサービスにも定評がある運転手だったそうです。

 また彼のタクシーに乗りたいと予約が絶えなかったそうですし、今回の事件以降も彼をクビにするならもう二度とあんたの会社のタクシーを使わないと連絡してきたお客もいたそうです。」

「それで、どうなったんだ?」

「林はクビにならずに、釈放され次第、仕事に復帰できるようですよ。」

「ということは、窓際社員で特に誰かに嫌われるとかいうこともない小田とリピーターを多数抱える人気者で誰に恨まれることもないようなタクシー運転手の林をなぜ実行犯に選んだのかも謎ってことか。」

「そうなりますね。」

上田も何が何だかわからないと思っていると山本の電話が鳴り、山本は画面に出た名前を確認すると「そら来た」と言って電話に出た。


「よう、山本。なんか俺の周囲を嗅ぎまわっていたそうだけどなんだよ?」

電話の相手の黒木は特にそのことについて怒っているといった声音ではない。

「重要人物が浮上してな、そいつがうちのゼミのOBだったからお前が関係してないかを一応確認しただけだよ。」

山本もさぞ当然のことをしたといったふうにいうと、黒木が、

「なんだよ。そんなもん直接聞けばいいだろうが」

そう言って黒木は笑っている。山本が、

「じゃあ聞くが、去年、自殺した影山という大学院生を知っているか?」

「知ってるよ。」

サラッと言われた言葉に山本は一瞬理解できずに固まるが、気を持ち直し、

「どういう関係だ?」

「もう何年も前になるけど、それこそ俺が法務省の官僚だった頃に、ある会議で影山君の指導教員の先生にお話を伺った時にお供できてたんだけど、その先生よりしっかりした意見をいうから、終わってから話したんだけどなかなかいい奴だったよ。」

「それだけか?それ以外での接触は?」

「ないない。彼を面白いと思ってはいたけど、そうか彼亡くなっていたのか。」

「死んでたのも知らなかったのか?」

「まあ、一回しか会ってないからな。ただ強烈だったよ。彼の意見は何年も先を見ているようなそんなものだったからね。」

山本は、何か含みがあるのではないかと疑ったが、そういえば、こいつはこんな喋りをいつもする奴だと思い出し、

「そうか悪かったな。」

「いいよ。それより時間と労力の無駄だから次から何か聞きたかったら、直接俺に電話して来いよ。」

その言葉を聞き、山本は気になっていることを聞くことにした。

「それなら聞くが、この前、三橋の論文盗用についての記事が載った週刊誌がお前の名前で送られてきたんだが、心当たりはあるか?」

「全くないな。確かにその週刊誌は買ったが、飲みにでも誘って、そのついでに話のネタで持っていこうと思って、わざと何の連絡もしなかったくらいだからな。」

黒木のこの言葉には、心底残念だよと言ったような響きがある。山本は、

「そうか、お前の名前で送られてきたが、黒木の木の字が、大樹とかの方の樹だったからおかしいと思ってたんだよ。」

「どういうことだよ。俺の名前語る意味が分からないよな?」

「俺はこれについて、何者かの挑戦状のように思っているんだが・・・」

「それは、面白いな。神童と呼ばれたお前に挑戦状を送るなんて馬鹿馬鹿しいこと良くできるよ。」黒木は笑っている。そこに、電話の向こうで、

「先生そろそろ・・・」という声が聞こえ、黒木が、

「悪いな、次の用事が入ったみたいだから切るよ。また何かあったら電話くれ。」

そう言って、黒木は電話を切った。そばで聞いていた上田が気になっていることを聞いた。

「警部・・・、神童って呼ばれてたんですか?」

山本は肩をすくめて、

「あいつが面白がって呼んでるだけだ。」

「そうですか。」

上田はこれ以上話が膨らまないことを悟って、黙ったが、実際のところはどうなのだろうと心底気になっていた。


 テレビはどの番組も連日、三橋教授の論文盗用疑惑について伝えている。

三橋ゼミのOBの中には自分の論文が盗用されたとテレビに出る者はいないが、その友人やら、関係者と名乗る人間が多数出ているが本当に友人や関係者なのかは疑わしいものである。

 しかし、三橋は確実に追い詰められていた。大学の講義は休講が続き、ほとんど家から出ずに引きこもっている様子がマスコミを通じて伝えられ、一部のテレビ局のリポーターやカメラが家にまで押し寄せて毎日のように三橋に真相の解明を要求している。

 この様子を見て男が言った。

「あと少しだ。お前を社会から完全に消してやる。」


警察署の休憩室では、昼休憩の時間にちょうどやっている、いつもの情報番組を署員と山本・上田も一緒になって見ていた。佐々木アナは、二度目の三橋が出演した次の日には定位置に戻ってきており、その日に体調不良で休んだことを謝罪していた。

この日も銀行強盗の話から三橋の論文盗用疑惑についての話をしている。男性アナウンサーが、

「佐々木さんは、京泉大学の法学部だったそうですが、三橋教授の講義をお受けになったことはあるんですか?」と聞くと、佐々木アナは笑顔で、

「いいえ、私は政治を学ぶ学科だったので必修ではなかったので受けていませんでした。それでも友人の中には三橋教授のゼミに入っている人もいましたね。

話を聞く限りでは、ゼミ生からも嫌われていたという印象がありました。」

「それでもゼミには、毎年30人近くの学生さんがいるということですが、それはなぜなのでしょうか?」

「やはり、学会の権威のゼミであるということが、就職活動をする上でかなり有利になると考えられているからではないでしょうか。

実際に大手の銀行や一流商社に勤めている人もたくさんいるということですし、官僚になられた方やあまり自分からは言っておられませんが衆議院議員の黒木俊一さんも三橋ゼミのOBだということです。」

「あの黒木議員もそうなんですか。」

「ただ、黒木議員は三橋教授が権威と呼ばれる前のゼミ生なので、黒木さんが優秀なことには変わりはないのかもしれませんけど。」

にこやかな会話で番組は進行している。署員の一人がつぶやいた。

「この盗用疑惑って、本当なんですかね?」 

他の署員が、

「学会の権威とか言われてる人が学生の書いた論文そのまま出すとかないだろう。デマなんじゃないか?」

不毛な議論だと思った山本が、

「あのおっさんは、本当にやってるんだよ。あいつが出した論文で評価を受けているのは、ほとんどが学生の書いた論文だ。」

「警部なんでそんなこと知ってるんですか?」

署員が一斉に山本の方を見ている。山本はしまったと思ったが、

「俺も三橋のゼミ生だったから、周りに盗用された奴がいたから知ってるんだよ。」

これで話は終わりといった雰囲気を出したが、その雰囲気は上田によってなきものにされた。

「同期の黒木議員の論文も盗用されたんですか?」

署員が一斉に「えっ?」と驚き、山本の方をじっと見る。山本はいらないこと言ってと言った感じで上田をにらみつけると、それを感じたのか上田もしまったという顔をしている。仕方なく、

「黒木の論文は、三橋からすると持論に反してるから盗用できなかったんだよ。」

「何がダメだったんですか?」

署員の一人が聞く、

「黒木の論文は、刑法が不完全だから、そのうち完全犯罪というものは生まれる。生まれた完全犯罪を犯罪にする立法がされても、また同じことが繰り返されるので完全犯罪は常に社会に存在している、というものだった。

三橋は当時から完全犯罪はないと主張していたから、常にあるという黒木の論文は受け入れられなかったんだよ。」

「それで今の政策ですか?」

「ああ、集約刑法を作ってすべての犯罪行為は必ず罰することを目指してんだろうな。」

上田がなるほどとうなずきながら聞いた。

「つまり、完全犯罪をなくそうとしているんじゃないですか?」

「違うな、完全犯罪があるから、どのような犯罪行為も罰しようとなるんだよ。」

周りの署員は話についていけなくなってきたのかテレビに視線を戻している者が出始めていた。そこに、中継が入り、中継先のアナウンサーが、

「今、三橋教授が家から出てきました。何か言いたいことがあるようです。

疑惑の真相についてのコメントはあるのでしょうか。」そう言いながら、

三橋の下に駆け寄っている映像が映し出され、部屋にいた山本を含めたすべての署員がテレビにくぎ付けになる。

 様々なテレビ局や新聞社の記者が三橋を取り囲み、疑惑についての質問を矢継ぎ早にしていく、三橋は少し憔悴している感じだが口を開き、

「こんなものはデマだ。これ以上家の周りをうろつくようなら警察を呼ぶぞ。

大体、昼夜を問わず家の前で騒がれたら迷惑だ。まったく、脅迫状のようなものまで届くし、これ以上騒ぐようなら法的手段に出て、ここにいる者すべて拘置所送りにしてやる。」

三橋の怒声が響き渡るがマスコミ各社は止まることなく、質問を続けている。その様子を見て、山本が、

「確かにこれはやりすぎだな。なんか問題になる前に誰か向かわさないとけが人とか出てからじゃ、警察に批判来るぞ。」

「大丈夫じゃないですか?もう何台かパトカー来てるみたいですし。」

「確かにさっきから、赤ランプ見えてるしな。」

騒ぎになりすぎているため、近所の人から通報があったのか確かに、制服の警官がマスコミの記者に対して静止を呼び掛けている声も聞こえてきた。

「これは、どっちが犯罪者かわからなくなってますね」

「報道のためなら何でもやっていいとか思ってるマスコミっていますもんね。他の人の迷惑考えろよって感じですね。」

署員の視点は、三橋からマスコミ批判になっている。そこに、バイク便が来て、

「すみません。三橋様にお届け物です。」そう言って、

旅行用のカバンを差し出している。それを見た三橋が恐怖の表情を浮かべ、

「おい警官、その荷物を調べてくれ。爆弾を送るとか家に火をつけるとかいう内容の脅迫状が来ていたんだ。」

それを聞いた警官がマスコミ関係者に対して「危険ですから離れてください」と警告を出してるがマスコミは何が送られ来たのか撮ろうと逆に集まってしまっている。その反対に三橋はできるだけ遠くに逃げようと離れている。

警官がかばんを開ける。

しかし、警官の反応は爆弾などの危険物を確認した時の物ではない。

すると、確認していた警官がかばんから、白い紙を取り出し見ている。偶然見ていた番組のカメラが警官の真後ろに立っていたので紙の文章が映し出された。パソコンで打った文字で、

「三橋教授へ。

 このたびは、私共の銀行強盗に対して色々とご助言頂きましたおかげで、無事5億もの大金を手に入れることができました。お約束していた謝礼として1億円をお送りさせて頂きます。

                               KHKC」

署内はざわめいた。

「おい、どういうことだ。あの三橋って教授が真犯人かよ?」

「いや、あの最後のKHKCっていうのが犯人で・・・。あれっ、共犯ってことだろう?」

混乱が収まらないのは警察署だけではなく、現場となっている三橋宅前もマスコミと居合わせた警官によって、三橋に質問が飛んでいる。山本は電話を取り、直ぐに、あの警官たちに三橋をとりあえず自分の居る警察署に連行してくれと伝えてくれと頼んだ。

数分後、連絡を受けたのか警官がかばんを持ち、三橋に対して同行を求めていた。最初は嫌がっていたが三橋も諦めたのかそれともこの場にいるよりも警察署の方が安全だと思ったのか大人しくパトカーに乗った。


「まさか、こんな形で再会するとは思ってもなかったですよ、三橋教授。」

取調室で三橋の正面に座り山本が言う。

「山本君、違うんだ。私は犯人のグループじゃないんだ。誰かに貶められただけなんだよ。信じてくれ。」

必死に自分の無実を訴える三橋に対して山本は、

「人の論文盗用するような教授を信じろというのも無理だと思いますがね。」

三橋は口を閉じてうなだれている。山本は、自分の仮説通りならこの展開になることに納得していたので、

「教授、あなたの家から脅迫状が見つかりましたが、あれはいつ送られてきましたか?」

「今日の朝です。マスコミにすべてを話せとか、死ねとか、爆弾を送るとかそんなものばかりで怖くなったから今日マスコミの前で否定してやればこんなことも終わるかと思っていたんです。」

観念したのか正直に質問に答える気になったようで話し始めた。

特に昼前には無言電話や「死ね」と一言言って切られる等のイタズラ電話が来て、我慢できずに外に出たこと等を話し始めていた。そこに、上田が入ってきて、

「警部、脅迫状と着信履歴から今の話は嘘じゃなさそうですね。」

上田には三橋宅の捜索を任せていたが期待通りの仕事をしてくれたようだ。

「教授、正直に言いますが、私は最初っからあなたを犯人グループだと思っていません。」

「どういうことだね?じゃあなぜ私を連行したんだ?」

三橋は状況がつかめずに困惑している。

「私の個人的な仮説ですが、今回の事件は銀行強盗に始まり、あなたの論文盗用の発覚、そして今日の1億の送付。ここまですることが犯人の目的だったのではないかと考えています。」

「なんのために?」

「あなたを貶めるためですよ。完全犯罪の持論を崩され、赤っ恥をかき、論文盗用がばれて信頼を失い、犯人グループとして疑われることで、あなたの学会での立場はなくなる。さらに言うなら犯人グループとして逮捕されればあなたの人生は詰んだも同然です。」

「そんな・・・」

愕然として三橋は椅子の背もたれに寄りかかっている。

「誰がこんなことを・・・」

山本に聞いているわけではないが、山本はあえて、

「影山という男を覚えておられますか?」

「ああ、学会に私の盗用をチクった影山光輝か。」

「そうです。その影山の論文に書かれていたことをもとに銀行強盗が起こっていたことから、何か関係があるのではないかと私は個人的に思っています。自殺の原因である、あなたへの復讐のための事件ではないかとね。」

「ふざけるな!あいつが勝手に死んだだけで私のせいではない。」

三橋が大きな声を出したが、山本は意に介さずに

「そう思わない人もいます。ゼミのOBの中にあなたの持論を覆すために『完全犯罪研究会』というグループもあったそうです。心当たりは?」

「あるわけ・・・」

途中で切れた言葉の次に出てきたのは

「KHKCか?」

例の犯人グループを指すと思われるアルファベットであった。

「私も初めて見た時に思いましたよ。『完全犯罪研究会』の頭文字を。まあ、最後の『会』の部分をCLUBの意味だと考えるとあながち間違ってもいないと思います。」

「誰なんだ、それのメンバーは?」

「さあ、非公式で本当にあったのかもわからないグループで噂でしか聞いたことがない、と教えてくれた五條さんって人は言ってましたよ。」

「五條、誰だ?何期だ」

「24期だと言っていたと思いますが・・」

「知らん、特に優秀でなかったのだろう。」

「まあ、そうでしょうね。あなたは自分が使えると思った論文の筆者しか覚えないですもんね。」

山本の発言を聞き、三橋はさっきまでの勢いがなくなり黙り込んだ。

「とにかく、しばらくは署の拘置所暮らしですね。」

「なぜだ、君は私が無実だと思っているんだろう?」

「残念ながら、私の仮説は推論の域を超えてませんので、釈放できるわけないでしょう?私より上の人があなたを黒だろ思っていたら私の一存ではそんなことできませんので。」

「何とかしろよ。私は恩師だろう。」

「あなたのゼミ生全員があなたのことを恩師だとは思っていませんよ。

 あと、これを言うのを忘れてました・・・」

「なんだね?」

「拘置所に送られたのは・・、あなたでしたね」そう言って、山本は取り調べ室を出た。おそらく三橋は悔しそうな顔をしているだろうと思いながら。


「ああ、なんかないのかよ。」

 山本は、取調室から戻り、事件の関係者と影山との関係がないかを調べていた。

しかし、確証と言えるものは何一つなく、どん詰まりと言った感じだった。

「警部、まあ、落ち着いて、今日の三橋教授逮捕の瞬間をとらえた録画で見ませんか?」

 上田が、気分転換にといった感じでビデオをセットしている。

「誰が録画したんだ?」

「いや、テレビ局に資料として提供してもらったやつです。」

「そうか。」と興味がなかったので山本が答える。

「じゃあ、再生しますね。」そう言って、上田が再生する。

 昼間見たやり取りが繰り返されている。そこに、

「おや、山本警部も佐々木アナのファンなんですか?」

突然の第三者の声でドアの方を見ると署長が立っており、

「いいですよね、彼女。美人ですし、28歳という若さでもしっかりとした自分の意見があって。でも、彼女も新入社員だった頃にスキャンダルがありましたけどね。」

 署長が褒めたいのか貶したいのかわからなかったが、山本は、

「三橋教授の逮捕劇の確認のために資料として見ていただけです。興味本位で見ているのは上田だけです。」

「そうですか。」と署長は笑っている。

「ち、違いますよ、署長。僕も捜査のために見ているんですよ。」

上田が必死に反論したのに対して、署長は「ほんとですか~」と疑っているような言いかたをした後で、上田の様子を見て、「それではそういうことにしておきましょう。」と言って、山本の方を見て

「三橋教授、しばらくテレビには出れそうにないですね。佐々木アナとの共演もないかもしれませんね。」

 署長はおそらく、三橋には当分の間は拘置所に入ってもらうと遠回しに言いに来たのだろうと山本は思っていると、上田が、

「佐々木アナのスキャンダルってどんなのですか?」と聞いた。

「男性3人と夜の密会・朝帰りとかでしたね。」署長が楽しそうに教えた。

「ほんとですか?」上田が信じられないといったふうに言い、

「それも、法学を学んでいる大学院生に、大手銀行の若手エリート、一流商社のやり手社員といった将来性のある若者ばかりだったので、かなりひどいこと言われていましたよ。」

 ひどいことと言っている割に楽しそうにしゃべるなと山本が思っていると、

「署長、嘘ですよね?」

 上田が心底そうであって欲しいといった感じで署長に聞いている。

「夜の密会と朝帰りに関しては本当だったんですが、実際はただの勉強会だったそうですよ。法律の専門家・金融の専門家・経済の専門家、そして彼女は政治の専門家といった立場で朝まで色んな話をしていたようです。」

「それは本人発表ですか?」山本が聞くと、

「いいえ、実際にテレビ局の関係者が交代でその勉強会に参加して、真偽を確かめたんですが、毎回難しい法律・金融・経済・政治の問題に対して、4人で議論をしているだけで、まったく男女関係なんてなかったそうです。

 スキャンダルのせいで、一時期テレビから消えましたが、テレビ局の関係者の間では、その勉強会のことで評価が上がって、現在のポジションを手に入れたとも言われています。」

 山本は、なぜ署長はこんなに詳しいのだろうと思ったが、聞かずに、

「その勉強会とやらは今も行われているんですか?」

「騒ぎになった後で、他の3人に迷惑になるとやめになったそうですよ。」

「そうですか。ところで署長、本当の要件は何ですか?」

 山本の問いに署長は、部屋に入って来た時からの笑顔を一瞬やめ、また笑顔になって、

「いえ、三橋教授から、警部の仮説を聞きましてね。進展があったのかを聞きたくて。」

「三橋とは仲がよろしいんですか?」山本が聞くと、

「いいえ、私はどちらかというと、犯人グループとして捕まえたままにして、論文盗用について、窃盗罪とかで逮捕できないかなと思ってましてね。

 なんというか・・・、あの人って話してて、いい気分にならないじゃないですか。ああいう人はまた何かやらかすと思うので、監視下に置いておきたいと思いましてね。」

「つまり、無実であるとする俺の仮説が邪魔だということですか?」

「いえ、いえ、少しでも長く拘置しておきたいと思っただけですよ。山本警部の御邪魔はしませんので。」

「そうですか・・・」山本がつぶやくと署長が、

「それでは、銀行強盗の真犯人の逮捕を期待していますので。」

 そう言って、署長は出て行った。それまで黙っていた上田が、

「俺、色々と面倒な人とか難しい人と関わってますけど、あの人が一番わからない人ですよね?」と言った。

 山本は確かにと思いながら、今の上田の言った面倒な人と難しい人というのは自分のことなのだろうと思った。


「それでは、ご主人は会社から解雇されたということですか?」

 山本と上田は、銀行強盗の実行犯の一人の小田の家に来ていた。小田は今回の事件の後、会社から解雇されたことを小田の奥さんから聞いて、山本が確認する。

「はい、もともとリストラ候補だったので仕方ないと思います。」

 小田の奥さんは、さも当然のことのように旦那のクビを受け入れていた。

「でも、大変ですよね。解雇だと退職金も少ないだろうし、正輝君もまだ小さくて、これからお金かかるんだろうと思うんですが。」

 山本は横に座っている上田を肘で思い切りついた。上田が「イタッ」と言い、

奥さんが「どうかされましたか?」と聞いたが、山本が「何もないです」と答えて、、続けて、

「すみませんね。こいつ空気の読めないやつなので、失礼なことを申しまして、本当にすみません。」山本が先ほどの上田の発言を謝罪する。

「いえ、本当のことですし、大丈夫ですよ。」

 上田も気づいたのか、「すみません」と頭を下げた。

「もういいですよ。それに、主人の再就職に関して、ある人がご紹介してくださって、何とかなりそうですので。」

「釈放されたら仕事があるということですか?」

「はい。それに、退職金の方もかなり貰えましたので、将来的な息子の学費の心配をしなくてもいいくらいの金額を頂きました。」

 山本と上田は顔を見合わせ、奥さんに対して、「ちょっとすみません」と言ってから二人で少し離れ、

「警部、どういうことですかね?確か、会社側は解雇するから退職金も出さないし、再登用も考えてないって言ってましたよね。」

 小田の家を訪ねる前に、小田の会社により、小田の釈放後について、会社の上司に聞いたところ、上田の言ったことに近いことを言っていた。

その点に関して、自分達との知っている情報と奥さんの話にはズレがある。

「とにかく、もうちょっと詳しく聞いてみよう。」山本がそう言って、再び、奥さんの前に戻って、

「その話詳しくお願いできますか?」と聞くと、

奥さんは、不思議そうな顔で、

「会社の上司にあたるという方が家に来られて、退職金と再就職先をご紹介下さりました。」

「退職金とはいくらくらいですか?」山本が聞くと、

「5千万円を現金でお持ち下さりました。」

 奥さんの話は確実におかしい。窓際社員である小田に5千万円もの大金が退職金として出るのはありえない。さらに、再就職先の世話までされている。

山本が奥さんに聞いた。

「この話は、マスコミの報道等にも出ていませんでしたが、誰かに話しましたか?」

「いいえ。ここに来られた方が、会社としては社会的な信用を守るために、主人をクビにせざる負えないが、主人が会社にもたらした功績は5千万でも少ないくらいだから、社会に知られずにせめて、退職金だけでも渡したいということで、その人が極秘で来られたそうで、その人が、会社を守るためにも誰にも言わないで欲しいと言われましたのでマスコミの方にはお話ししていないんです。

刑事さんたちも秘密にしてください。お願いします。」

「わかりました。再就職先をお聞きしてもいいですか?」

「はい。秘密にしていただけるなら。」

「お約束します。」

「石塚商事という小さな会社で、主人の仕事と同種なので苦労はないだろうと言われました。」

 山本は聞いたこともない会社だなと思ったが、今までの話で最も気になっていることを聞いた。

「奥さん、退職金などを持ってきた上司というのは、どんな人物でしたか?」

奥さんは少し考えてから立ち上がり、「少しお待ちください」と言って、何かを探し始め、数分して戻ってきて、名刺を差し出した。

山本と上田は「拝見します」と言って名刺を見て、上田が言った。

「警部、これって・・・」



「すみません、お待たせしました。」そう言って、40代前半くらいの男が出てきたので、山本と上田は頭を下げた。

「石塚商事社長の石塚です。」

「どうも、山本です。こっちは部下の上田です。」

山本たちは、小田の再就職先である石塚商事を訪ねていた。石塚が聞いた。

「警察の方がどのようなご用件でしょうか?」

「銀行強盗の実行犯をやらされた小田という男の再就職先だと奥様から伺いましてね。少し気になりまして。」

「何かいけないんでしょうか?」

 石塚は少し怒っているように見えた。確かにいきなり警察が来て、犯罪者の再就職先が気になったと言われれば怒るのも当然かと山本が、

「すみません。悪いというのではなく、むしろ感謝しているんです。ただ、彼の元いた会社では、お荷物扱いされていたようなのに再就職先を用意したと聞いたので、何かおかしい感じがしたので、それについてお聞きしたくて。」

石塚は納得したように、「そうでしたか。すみません。」と言って頭を下げた。

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。なぜ、小田さんの元いた会社があなたの会社を再就職先に選んだのかお心当たりはありますか?」

山本が聞くと、石塚は言うべきか迷ったのか少し間を開けた後で、決心したのか、

「実は、私は小田さんの元部下でした。おそらくそれが私の会社が選ばれた理由だと思います。」

「元部下というのはどういうことですか?小田さんは窓際社員だったんですよね?」上田が聞くと、石塚は

「小田さんは、とても優秀な人でした。今の会社の前の会社では部長だったんです。私はその時の部下で、その当時は、会社の上層部が腐敗していて、経営が傾き、倒産する寸前だったんです。

そんなときに、親会社から、経営を立て直すために20代半ばくらいの若い男が出向してきて、色々としていたんですが、当時の上層部の人間は若造の言うことなど聞かず、経営は悪化する一方でした。

そんなときに、小田さんだけが、彼のやることの方がこの会社のためになると言って、その若者の言うことを聞いて実行し始めたんです。

すると、業績は回復に向かい、どんどんと経営は建てなおっていきました。小田さんはその若者のことをいつも称賛していましたが、当時の上層部の人間から嫌われてしまって、自分たちのミスを小田さんに擦り付けて、小田さんを左遷させたんです。その時も、その若者は小田さんをかばったらしいんですが、合議制の上層部で彼は孤立していたので止めることができず、小田さんは今の会社に左遷され、私はそんな会社に嫌気がさして、独立することを選んだんです。」

「そうですか。」上田が納得ですといった感じでうなずいている。

 山本は、この話の若者というのは五條のことだろうと思った。つまり、小田と五條に関係があったということで少し進展があったと思っていると、上田が、

「再就職の話を持ってきた会社の人間はどんな人でしたか?」と聞いた。

「20代か30代くらいの男の人でしたが、名前は名乗りませんでした。

ただ、小田さんに世話になったから再就職先を探している。元部下のあなたならあの人の優秀さは知っているだろうから、小田さんを雇ってほしいと言われました。

あまりに必死だったし、私も小田さんには大変お世話になったので、それではウチで雇わせてもらいますというと、涙を流してお礼言って帰っていきましたよ。」

 山本が一枚の写真を取り出して、石塚に見せながら、

「その会社の男って、この男じゃないですか?」

石塚は写真を受け取り、じっと見てから、

「この男です。」と答えた。それに続けて、

「誰ですか?刑事さんが写真を持っているということは、事件の関係者ですか?」その質問に山本は驚いて、

「先ほどから思っていたんですが、この男知らないんですか?」

「はあ・・、私の知っている人物ですか?」

「はい、こいつの名前は五條進といって、あなたの元勤めていた会社の立て直しに親会社から出向してきた男ですよ。」

「そうなんですか?私も会ったことがなかったんでわかりませんでした。」

「なるほど、五條は会社改革の時に味方してくれた小田さんのことを恩人だと思って、色々としてきたんですね。」上田が会話に入って来た。

「色々というのは?」石塚が聞き、上田が答えた。

「退職金と言って5千万円払っています。会社に聞いたところそんなお金出していないということでしたし、小田さんの家に行ったのも五條本人でした。」

「そうですか。あの若者がそこまで・・・」

 石塚は涙ぐみながらつぶやいた。山本が、

「それでは、お時間を取らせてすみませんでした。」と言って、

帰りかけると石塚が、

「五條さんは容疑者ですか?」と聞いてきた。

 山本は今の状況では何とも言えないと思ったので、

「私の大学の同じゼミの後輩でしてね。この前OB会に誘ってくれたんですが、すぐ顔を忘れてしまうので写真を貰ってたんですが、まさかこんなことに役立つとは思ってませんでしたよ。」と言って笑って見せた。

 石塚は安心したのか、

「そうですか。よかったです。」

「それでは」と言って、山本と上田は帰路についた。


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