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第二話

指示の通りなら、銀行から20m離れたところに「予約車」になったタクシーが待っているはずとあたりを見渡すと一台のそれらしいタクシーが止まっているので運転席側の窓に近づき、窓をノックする。それに気づいて、運転手が窓を開けたので、小田が、

「あの、予約した小田ですが」

「お待ちしてました小田様。荷物はトランクに入れさせてもらいますね。

お手伝いします。」そう言って、

トランクを開ける作業をしてから、運転手が下りてきた。

小田は言われるままにスーツケースをトランクに入れ、後部座席に座った。

しかし、小田の持っている指示書にはここから先の指示がないのでどこに行けばいいかわからずどうしようと思っていると、運転手は行先も聞かずにタクシーを走らせ始めた。

「あの、行先については聞かないんですか?」

「行先なら私が知っているので大丈夫です。」

「どういうことですか?」

「小田さん、あなたの役割はここまでです。今からお子さんのいるところまでお連れします。」

「あ、あなたが犯人なんですか?」

運転手は前を見ながら片手で写真を渡してきた。50代くらいの女性と高校生くらいの男の子が笑顔で写っている。

「何ですか?」

「私の家族です。私はおそらくあなたと同じ立場であると思います。」

「誘拐されたということですか?」

「いえ、私の家族の一日の動きなどが詳細に調べられていて、指示に逆らえばどちらか、又は両方に良くないことが起きると脅されています。」

「じゃあ、お金はどうするんですか?」

「ここから先は、小田さんは知らなくていいことです。小田さんにお願いしたいのは、私のタクシーが去った後30分は警察に連絡しないでほしいということです。」

「どういうことですか?」

「私の行く先がわからないようになってから、あなたが行動してくれないと私の指示が完了できなくなります。そうなると私の家族の身が危ないので申し訳ありませんがよろしくお願いします。」

「私は警察に行くなどは一言も言ってませんよ」

「銀行の防犯カメラや行員にみられている上に、本名を名乗っているのだから逃げることはできないですよ。私もあなたも銀行強盗の実行犯として警察に追われることになります。諦めて自首して、事情を話すのが得策ですよ。」

「そ、そうですね・・・」

それから車内には重い沈黙が落ちた。


 かなり時間が経った気がする。

小田さんはどうなったのだろう。長田は支店長室に戻り、連絡を待っていた。

すると、メールの着信音がし、開いてみると「お疲れさま」というタイトルと添付のついたメールが来ていた。

とりあえず文章から読んでみる。

「お疲れ様です。

小田が安全圏に移動を終了しましたので、お約束通り、爆弾の場所を教えます。

添付をご覧ください。

P・S

爆弾は解除(笑)しましたので爆発することはありません。」

追伸の部分は気になったが、添付資料を開いてみると、銀行の見取り図と爆弾の位置を示すマークがついたものが出てきたので、長田はすぐに、内線電話を取り、「至急、警察に連絡して,来てもらえ、それと現在、銀行にいるすべての人を銀行の外に避難させろ。」

「どうしたんですか?」

「後で説明するから、すぐに行動に移れ。」

「は、はい。」

長田の勢いに圧倒されたのか電話に出た行員は勢いよく内線を切った。

そのすぐ後に、非常ベルが鳴り、銀行内の客・行員が一斉に外に出た。

長田が外に出ると、警察が到着しており、長田に気付いた行員が

「支店長、警察の方が・・・。何があったんですか?」

「とりあえず行員はお客様を遠くに避難させてくれ。警察には私が話すから。」 

そう言って、長田はパトカーのほうに歩いて行った。


「すみません、私が支店長の長田です。

まず、銀行内に爆弾が仕掛けられています。処理班の要請をお願いします。」

「どういうことですか?何があったんですか」

「お話しますので、まずは先ほど言ったことをお願いします。」

「おい、爆弾物処理班の要請をしろ。私がお話をお聞きします。」

「今日の10時ころ、小田と名乗るお客が融資相談に来ました。

しかし、彼は融資相談ではなく、結果としては銀行強盗でした。当行から5億円を奪い逃走しました。爆弾が銀行内に仕掛けられているということで今まで連絡することができませんでした。」

「今までというのは、何か理由があったのですか?」

「小田が安全圏に行くと爆弾の場所がメールで送られてくることになっていました。」

そう言って、長田は警官にスマフォを差し出した。

「詳しく教えてください。」


銀行に警察が到着する少し前、小田を乗せたタクシーは廃墟の前にあった。

「こちらの廃墟の2階の一番奥の部屋に息子さんはいるということです。

小田さん、先ほどお伝えしたことよろしくお願いします。」

タクシーの運転手が車を止めて後部座席のドアを開けて言った。

「わかりました。」

小田が答えると、運転手が初めて小田の方に向き、

「お疲れ様でした。また、警察で会うかもしれませんね。お気をつけて。」

そう言って、タクシーは人通りのまったくない道の奥に消えて行った。


 小田は廃墟に入り、タクシーの運転手の言う通り、2階の一番奥の部屋に入る。

部屋の中央あたりに椅子が置かれており、そこに朝見送ったままの恰好で息子がロープで縛られて座っていた。

正輝(まさき)

名前を呼んで近づくと、息子は顔を上げて小さく、

「お父さん?」と言った。

小田は急いで近づき、椅子のロープを解こうとするが、かなりきつめに占められているため、なかなか解けない。あたりを見渡すと、近くに紙が置いてあり、「お疲れ様でした」と書かれており、その真横にナイフが置いてあった。

小田はナイフを使って、ロープを切り息子を抱きしめて、

「正輝、痛いところはないか、何かひどいことをされなかったか、大丈夫か」

と続けざまに聞くが、見た感じではけがをしている様子もない。

「大丈夫だよ。ロープがきつくて少し腕が痛いけどひどいことはされてないから」

正輝は、お父さんを心配させないようになのか何もなかったように笑う。

小田はもう一度息子を強く抱きしめた。


「それでは、その小田と名乗る人物に5億円を奪われたということですね?」

銀行では、銀行強盗等を専門とする部署の警官が来て、事件の内容を長田に確認している。

「はい、そうです」支店長である長田が答える。

担当の山本警部は、この事件に対して違和感しか覚えていなかったので何度も詳細を問い続けていた。何より、手口が銀行強盗としては聞いたこともない。疑問点はたくさんある。

一つ目に、犯行時間である。小田と名乗る男が来て、一時間程度ですべての犯行を終えて何事もなかったように店を出ていること。

二つ目になぜこの支店なのかである。銀行なら市内に何カ所もある。その中でこの銀行のこの支店が狙われた理由である。

三つ目にこれが一番わからないのは5億の要求である。まず、5億もの大金を一人で要求することが異常であるし、新札でないという条件を付けて5億を要求することはかなり無理がある。

その他にも、まだ全部の回収が終わっていないようだが、爆弾をいつ仕掛けたのか等疑問点は山積みである。

そこで考えられるのが、支店長の狂言強盗という説である。

この事件の内容を語っているのは今のところ支店長一人であるし、まず現場について話を聞いた印象ではそんなわけないだろうとしか言いようがなかったからだ。

「支店長さん、この件について知っているのはあなただけなんですか?」

山本は、狂言強盗ではないかを確かめるために長田に迫る。

「もう一人います。でも彼は、小田という人の存在と彼に5億円を渡したこと以外は知りません。」

「どういうことですか?その場にいたなら強盗にあっていることぐらいわかるんではないですか?」

「それが、犯人からの要求で周りには知られるなと言われていましたので、彼には高額融資のお客様として対応していることにしていたんです。」

「支店長、私はあなたの狂言強盗もありえると考えています。そうではないという証拠を示していただけますか?」

山本は直球で支店長に詰め寄った。

「そんな・・・。」

支店長は言葉が出てこないようで、答えを探しているようにも見えた。そこに、

「支店長」と言って、近づいてくる30代くらいの男が近づいてきた。

支店長は男を見るとほっとしたように、

「篠田、いいところに来てくれた。」

「どうしたんですか?」

「刑事さんに強盗が私の狂言であると疑われているんだ。お前からも小田さんについて、説明してくれ。」

「あなたは?」山本が聞く、

「私は、最初に小田様に融資のご相談をさせて頂いた篠田と言います。支店長の命令で5億を店内から集めて渡したのも私です。」

「では、小田という人物は存在するということですか?」

「はい、防犯カメラや窓口の人間にも確認していただければ存在の照明はできると思います。」

「なるほど」そう言って、

山本は近くの部下に確認するように伝えた。そして、

「では、篠田さん高額融資だと思っていたとはいえ、書類もなしに融資するという点について疑問はなかったんですか?」

「支店長が全て自分の責任で行うと言われましたし、切羽詰まった感じだったので命令に逆らえなくて・・・」

「そうですか。あなたもグルであるということは?」

「そんなわけないでしょう。あなた失礼ですよ。」篠田の怒声が響く、

そこに、「警部。」山本は部下に呼ばれ、振り返ると、部下が

「今、西署に8歳くらいの子供を連れた小田という男が銀行強盗をしたと自首してきたそうです。」

「本当か?」

「あの・・・小田さんの息子さんは無事なんですか?」

支店長が話に入って来た。部下が、

「少し衰弱しているが命に別状はないということですが・・」

「なぜあなたが小田の息子の心配をするんです、支店長?」

「小田さんは、息子さんを誘拐されて実行犯をやらされていただけなんです。銀行内の爆弾のこともありましたが、小田さんの息子さんの命もかかっていたので要求を断ることができなかったんです。」

「そういうことか。」

そこに、違う部下が来て、

「警部、爆弾を全て回収が終わったのですが・・」

「どうした?」

「見た目は、精巧に作られているのですが、火薬類が入っておらず爆発の可能性はゼロだということです。」

「どういうことですか、支店長」

「わかりませんよ、私だって実物を見たわけではなく、小田さんから見せられた写真とあと爆弾が本物だと主張する動画を見て本物かもしれないと思っただけなんですから」

「動画とは?」

「この携帯に入ってます。」そう言って、

長田は小田から預かったスマフォを山本に渡した。山本は動画を再生すると、


「そろそろ爆弾が本物か偽物か疑いだしたころかなぁ~。じゃあ、いいもの見せてあげるよう」そう言った、機械の声の後で爆弾が爆発した。

「確かにこれを見る限りでは爆弾が本物であると信じるしかないか」

「ですよね」

長田が必死に自分の潔白を証明しようとしている。すると、長田が胸を押さえてうずくまる。

「どうしたんですか?」

その問いには篠田が答えた。

「支店長は、心臓に疾患があって薬を決まった時間に飲んでるんですがこのごたごたで飲めてないのかもしれません。」

「すぐに薬を持ってこさせろ。どこにありますか?」

「おそらく、支店長室にあると思います。」

「急げ、念のために支店長さんは救急車の方に運びましょう。」


長田が運ばれていくと、お客の誘導を終えた行員たちが戻ってきていた。その中で、

「長田さんも残念だよな。もう少しで退職だったのにこんな事件起きちゃうと退職金とかも減るんじゃないか?」

「そうだな、あんないい人そういないのにな。」

山本は、その話のしている行員に近づき、

「支店長さんは、もうすぐ退職だったんですか?」

「はい、あと半年で退職されることが決まってました。勤務態度もまじめで、お客さんの親身になって相談も受けることで評価が高くて、幹部にという話もあったのですが、ご病気を理由に辞退されたそうです。」

「支店長に金銭トラブルがあったなんてことはありませんか?」

「あはは、ないですよ。競馬もパチンコも接待以外は飲みにもいかない人ですからね。」

「では、行員からも尊敬されるような人だったということですか?」

「そうですね。嫌っている人なんて聞いたこともありませんよ。」

山本は、聞けば聞くほど自分の立てた狂言強盗説がばからしくなるのを感じ、支店長に申し訳ない気持ちになった。


 山本警部がこの事件の謎の深みにはまっている頃、タクシーの運転手は、大型スーパーの駐車場に車を止めて指示のメールを読んでいた。

指示の内容は、この場所に駐車すること、そしてトランクや鍵を開けたまま近くの警察署まで歩いていくことが書かれていた。

そして、車から離れたら振り返らずに、直ぐに立ち去ることが書かれていて、最後に指示に従わなければという文面が繰り返されていた。

運転手は車から降りて指示通りにスーパーの出口に向い、いろんな意味で「終わった」と思いながら、妻と子供の安全のために警察署に向かって歩き出した。


 30分後、銀行で現場検証を続けていた山本警部の下に、小田の奪った5億を運んだという男が南署に自首してきたことと、彼もまた、家族を人質に取られて犯行に加担したことを自供したという報告が入った。

さらに、タクシーのある駐車場に向かったところ、5億はきれいさっぱりなくなっていたということで完全に5億は奪い取られたことになった。

山本は歯をかみしめて、絶対に犯人を逮捕することを胸に誓った。


翌日、ほとんどの報道機関がこの銀行強盗について様々な内容の報道を行っていた。中には「完全犯罪?」の見出しを付けている新聞もあるほどだった。

その中で昼の情報番組が生放送で行われている。

「今日は、昨日発生した銀行強盗について、犯罪学の権威であり、京泉大学教授の三橋教授をお招きして専門的な意見をお伺いしたいと思います。三橋(みはし)教授よろしくお願いします。」そう言って、

女性アナウンサーが紹介する。紹介された男は小太りでいかにも偉そうな感じのする60代半ばの男である。「よろしく。」男が発すると続けて、女性アナウンサーが

「三橋教授は、今回の事件の様に強要されて犯罪を行ったものに関する論文を昨年発表されていますが、今回の容疑者については、どのようにお考えになられますか?」

「そうですね。犯罪には成立するために3つの要件を満たす必要があります。

それは、構成要件、つまり刑法などの法律に規定される行為を行ったかということ、

次に違法性、その行為が違法であるかということですね。例えばボクサーは殴り合いをして怪我をすることがありますが、ボクサーは試合中の行為に関して暴行罪や傷害罪に問われることはありません。このように構成要件を満たしていてもその行為が犯罪に問われない場合があります。 

最後に責任ですね、最近裁判などで精神鑑定を行うことが多くなっていますが、精神疾患から自分が何をしているのかを理解できずに犯罪を行ってしまったりする場合に、犯罪に対してその人に責任を取らせることができるのかという3点を満たして犯罪は成立します。

しかし、今回の様に強要されて、犯罪を行った者についての考え方は様々ですが、私は違法性阻却、つまりその行為には違法性がないから犯罪が成立しないという判断の段階で有名な正当防衛がありますが、他にも緊急避難と呼ばれるものもあります。正当防衛が自己の法益の侵害に対して、その侵害から身を守る行為は罰しないとする規定に対して、緊急避難は他者の法益を守るためにしたやむを得ずした行為は罰しないというものです。家族の生命を守るためにした行為にあたるのですべての犯罪を免責できるわけではないと思いますが、執行猶予はつくと思いますね。」

「強要されて犯罪を行った者も無罪にはならないということですね?」

女性アナウンサーが聞き、三橋教授は当然といったように言った。

「残念ながらそうなるでしょうね。何より銀行強盗という社会的に悪影響を及ぼす重大犯罪である以上、どのような理由があっても許されることではないでしょうからね。」

女性アナウンサーがさらに、

「銀行強盗についてですが、強盗の中でも最も成功率の低い部類に入ると聞きましたがその点はいかがでしょうか。」

「そうですね。住宅よりも人がたくさんいますし、立地としても町中にあることが多いので逃走手段が難しくなりますからね。何より大金を保管している銀行側としても、それを狙ってくる者がいることを想定済みで、そのような事態に対する対応マニュアルというものが確立していますし、科学技術の発展により、警察の捜査力が向上していますので逃げ切ることは不可能に近くなっていますからね。」

「それでは、今回の事件の犯人も捕まると教授はお考えですか?」

女性アナウンサーの質問を鼻で笑いながら、

「いや~どうですかね。今回の事件は真犯人に繋がる情報が少なすぎますし、犯行の手段についても、今までの銀行強盗からはない発想をしていますからね。

確かに爆弾を爆発させるという脅しをする者もいましたが、犯人が所持していたりすることが多かったですが見えないところに付け、確認できないことを考慮したうえで脅しにするための動画まで用意していたということですから、私並みの頭脳の持ち主が考えたのかもしれませんね。」

「そうですか・・・」

女性アナウンサーが少しひきつった顔で受け流し、

「犯罪者を褒めているような発言とも受け取れますが・・」

三橋教授は顔をしかめて、

「そんなわけないでしょう。ほんの冗談ですよ。」

「そうですよね。次に三橋教授にお伺いしたいのは、今回の事件を完全犯罪ではないかと言われている件ですが、三橋教授は、完全犯罪は3つの要件を満たして初めて成立するが3つの要件を全てクリアする犯罪は発生しないので完全犯罪はありえないという持論をお持ちでしたよね。

一つ目に、犯行が行われていることが知られていないこと。

二つ目に、無関係な人間に死傷者を出さないこと。

そして最後に、犯人が捕まらないこと。

 この3点を今回の事件は大方クリアしているように思われますが、この点に関してはいかがでしょうか?」

三橋教授の顔が確実に怒っているが、女性アナウンサーが続けて、

「確かに犯行は世間の知るところとなりましたが、犯行が完了した後のことですし、誘拐された少年が衰弱していましたがケガや命の別状はありませんでした。他にも死傷者は出ていません。そして、犯人はいまだ見当もついていないとなると、教授の持論は完全に不成立であると言わざるを得ないと思います。」

女性アナウンサーの隣にいた男性アナウンサーが慌てて止めに入り、

「佐々木アナ少し話がそれているようですが・・」

「いえ、これは完全犯罪を否定されている教授のご貴重な意見をうかがっているだけです。教授どうでしょうか?」

三橋はすでに噴火寸前のような顔で、

「なんだお前は、失礼にもほどがあるだろう。もういい、私は帰る。」

そう言って、三橋は席を立ち画面の外へと消えていった。

その様子を見ながら、テレビの前で笑いをこらえきれない男がいた。


 山本警部は、情報番組を部下とともに見ていた。最初は、部下に誘われていやいや見ていたが途中から面白くなり、見入っていたのだ。

「この感じで退出するとあの三橋って教授が佐々木アナに言い負かされたようにしか見えないよな」

「確かに・・・」

部下たちは面白がっているなと山本は思っていたが、

「おい、あのアナウンサーは大丈夫なのか?番組のゲストにあそこまでやると外されたりとかあるんだろ?」

「何言ってるんですか。佐々木アナは今一番乗りに乗ってる女性アナウンサーですし、もともと広い見識からいろんな立場の人にまっすぐ意見できることが視聴者に買われてこの番組のメインに28歳で抜擢されてるんだから問題ないですよ。」

「そうか・・・」

アナウンサーのことが全く分からない山本からしてもこの話を聞くとすごい人なんだなと思った。さらに部下の佐々木アナ褒めが続く、

「何より美人ですし、京泉大学の法学部でミスキャンバスとかにも選ばれてますしね。」

「京泉大学ってさっきの教授もそうだろ?」

「まぁ、大学の先生なんて講義受けないと自分の大学の教授なのか大学の職員なのかもわかんないからな。」

「確かに。でも、京泉大学ってすごいよな。官僚とか会社社長とかエリートいっぱい出てるし、なんか気品のある人が多いよな。この署には絶対にいない気がするんだよな、京泉卒の人なんて」

部下たちの楽しそうな会話は山本の次の一言で終止符を打つ。

「俺、京泉法学部卒だから、このアナウンサー後輩だな。」そう言って、

山本は部屋を出って言った。

部屋に残った部下たちは顔を見合わせ小さく「マジかよ」とつぶやいた。


「警部」

後ろから部下の一人である上田が走って来た。

「なんだ?ほんとに京泉出身かを聞きに来たのか?」

「違いますよ。どこか行かれるならついて行かなくちゃいけないと思ったので」

「そうか・・・」

面倒なことにいろいろ無茶な捜査をしてきたことがあだになって、監視役を付けられるはめになり、一人でトイレにも行けない日々の続く自分に山本は嫌気がさしてきた。しかし、今回の上田の行動は正しかった。

「どこ行くんですか?」

「あの三橋って教授のとこだよ。」

「どうしてですか?」

上田が不思議そうに聞く、正直なところ監視役が上田であったことは山本にとって都合がよかった。

なぜなら、こいつは話せばわかってくれる奴だからだ。

前の奴は理由も聞かずにすべて反対して椅子に座ってろの一点張りだったが上田は自分も納得すれば文句もなしについてきてくれる。だから正直に理由を話すことにした。

「さっき、話に出てた論文について聞きたいことがあるからだよ。」

「強要された者の犯罪についてですか?

でも、それって、検察の分野の話で今必要なくないですか?」

「もし、犯人があの論文を見て計画を立てたなら、真犯人を追い詰める時に何かしら役に立つかもしれないし、検察に送る段階で罪状決めるのは俺らだろうが。」

「なるほど、でも今からいって会えるんでしょうか?」

「あの番組を途中で抜けてるから時間はあるだろうし、何より、俺には秘策があるからな。」そう言って、山本はにやりと笑った。

そして上田は、引き留めることができないことを理解し、

「車回してきますから玄関で待っててください。」そう言って、走って行った。


「申し訳ありませんが、三橋教授は今日もう誰とも会わないと申しております。」

大学に着き、受付で警察だと名乗り三橋教授との面会を希望したところ、受付の人からの返答はこうであった。

上田は内心こうなることしか予想していなかった。いきなり来て会いたいと言って会えるような学会の権威はそうはいないだろうと思うし、あの番組の後では人と会いたいとは自分なら思わないだろうと思い、

「そうですよね、いきなりは無理がありますもんね。教授はいつならお会いしていただけますか?」

上田が聞いたが次の言葉をいったのは受付の人ではなく、山本警部だった。

「三橋教授に、ゼミのOBの山本が会いたいと言っていると伝えてください。それでもだめなら、『欠陥刑法と完全刑法立法論』と伝えてもらえれば、必ずあってくれますから。」

「わかりました。少しお待ちください。」

受付は電話を取り、三橋教授としゃべり始めた。上田は気になったので山本に対して聞いた。

「三橋教授のゼミ生だったんですか?後、なんです今の欠陥刑法がなんたらっていうのは?」

「さっき言った秘策だ。」そう言って、山本は受付の方を見ていた。

すると受付の人が、

「お待たせしました。三橋教授がお会いになられるということなので、私がご案内します。」言いながら受付の人が立ち上がった。

上田は先ほどの言葉の何が秘策なのかもわからないまま、山本とともに受付の案内に従った。


「コンッ、コンッ、ガチャ」

山本はノックをして、返事のないままドアを開け、

「失礼します。お久しぶりです。山本です。」

淡々と言われた言葉のどの部分にも懐かしさや相手に対する敬意のようなものは含まれていない。

上田はそわそわしながら山本に続いて部屋に入ると、テレビで見ていたような偉そうな人物ではない人物が笑顔で山本警部に向かって来ていた、

「やぁ、山本君久しぶりだね。先ほどはすまなかった、警察と聞いて君だとは思わなかったものだからね。いやー懐かしいね。」

刑法学会の権威と呼ばれる人が何か、山本警部に対して異常なほど腰が低いように見えた。それに対して山本は、

「本日の要件ですが・・・」と言いかけると、

三橋教授は「ビクッ」と少し身構えるように見えた。

「実は昨日発生した銀行強盗について、教授の発表された論文について、お話をお聞きしたくて来ました。」

「おお、そうかね。で、論文のどの部分についてかね。優秀な君のことだから論文は読んでくれているのだろうね。」

先ほどの態度から一変して教授は楽しそうに話している。

「では、お聞きしますが、あの論文は誰が書いた物でしょうか?

内容に関しては、教授に伺うより筆者に聞いた方が実のある話ができますので。」

上田はきょとんとして、「何言ってるんだこの人」と心の中で思った。

この質問に対して教授は、少しおびえた表情になったが上田の方をチラッと見てから、

「何を言っているのかわからいな。発表した私が書いたに決まっているだろう。」

少し語尾が上ずっているが、確かにこんなことをいきなり言われたら怒って当然であると思い、上田はすかさずに、

「警部、失礼ですよ。」と言ったが、まったく聞いていないのか、

「教授、俺に対してそんなことをいっても無駄だということぐらい自分でお分かりだと思いますが。」

「し、知らん。あれは私が書いたものだ。誰のものでもないの私の論文だ。」

「そうですか・・」あきれた感じで、山本がつぶやき、

「わかりました。それでは、これで失礼します。」

「そうかね。」

「あと教授、俺は他の奴みたいにくだらないことは言いませんからご安心を。」

何の事だろうと上田が三橋の方を見ると、三橋は青ざめて下を向いてうなだれていた。

山本はそれを見ることもなく部屋から出て行ったので上田もそれに続いた。

部屋を出たところで上田は山本に対して聞いた、

「なんのことですか?」

「車の中で教えてやるよ。」そう言って山本はどんどんと進んでいった。


「ピッ、ガチャ」車のカギを開けて、運転席に乗ると助手席に山本が座り、

「あのおっさんは、ゼミ生の論文を自分が書いたように装って学会に発表するようなくず野郎なんだよ。」

「それ盗作じゃないですか。許されないでしょうし、バレるでしょう。」

「うちのゼミの人間は、全員三橋が嫌いで、卒業した後にあいつとかかわりたいと思う奴はだれもいないから論文に関しても書いてそれで終わり。大体社会に出れば学者がどんな論文を出したかなんて気に留めることはほぼない。だからバレないと奴は思ってたんだよ。」

「あ~、確かに僕を自分の卒論何を書いたかさえ覚えてないですからね。でも、思ってたってことはバレたんですか?」

「結果的にはそうなるだろうな。何人か気づいた奴がいて、その中のほとんどは三橋とかかわりたくないし、卒論について執着がないから何も言わなかったんだが、一部の奴が文句を言いに行って、結構な額の金貰って帰って来たって話が広まったことがあるって聞いて俺も半信半疑だったが、今日の三橋の態度ではあながち間違いでもなさそうだな。」

「へぇ~、じゃあ、さっきの欠陥刑法がなんたらっていうのは警部の卒論ですか?」

「まぁな、くだらん内容だから教える気にもならんけどな」

「あはは、聞いて理解できなさそうですね。」

そんなことを話していると、山本の携帯が鳴り、画面に出た名前をみて山本は嫌そうな顔をしていたので上田が聞いた。

「部長とかですか?」

「部長なら適当に流せるんだがな。面倒だから少し出るけどいいか?」

「どうぞ。お構いなく。」

「悪いな」そう言って、山本は電話に出た。 


「もしもし、山本です。」

「なんだよ、その出方は?俺の番号まだ登録してないのかよ?」

「しているがめんどうくさいからこんな感じで話しています。どんなご用件でしょうか?」

「相変わらずだな。お前、昼の番組見たか?三橋が女子アナにボコボコにされてたんだが?」

「私は、あなたと違って忙しいので昼間からテレビを見ている暇はありませんよ。」

「いい加減その話し方やめろよ。あれは爆笑だった。途中からだが録画したから今度見せてやるよ。」

「いい、部下たちが見ているのを横で見ていたからな。」

「なんだ、見てるんじゃないか。感想は?」

「ざまあみろ。だな」

「そういうと思ったよ。」

この会話を横で聞きながら上田は少し驚愕していた。警部とこんなに親しそうに話す人いたのかと。

「今度のゼミのOB会に持っていって、みんなと笑おうと思っているんだがお前来るか?」

「ゼミのOB会ってなんだ?」

山本が初めて聞いたと言わんばかりに聞く、

「なんだ、お前のとこにも勧誘の手紙来てるはずだけどな。」

「知らん、いつ頃だ?」

「いや、俺のところには直接、連絡役をしているという後輩が来て教えてくれたんだけどな。」

「OB会って何するんだよ?」

「まぁ、表向きはただの食事会だが、うちのゼミもいろんな一流企業や官僚が出てるから内部情報とか表立って話せないような情報のやり取りがされているのではと俺は思ってる。」

「確証は?」

「全くない。単に三橋の悪口を言う会という可能性の方が高い。」

「だろうな。で、参加したことあるのか?」

「まだないな。年に一度開催されているらしいから、俺が勧誘されてまだ一回も開かれてないものに参加のしようがないだろう。」

「そうだな。で、要件は三橋が笑えたということだけか?」

「そうだけど。」

「切るぞ。」

「ま、待てよ。昨日の銀行強盗なんか進展はあったか?」

「捜査情報を流せるわけないだろう。」

「まぁ、そうだろうとは思うが、三橋の論文にのっとる形の事件だから気になったんだよ。それに、三橋の犯人を褒めるような発言も気になったし。」

「三橋なら、ピンピンしてたよ。自分の秘密をばらされたくないから必死に俺に媚びる姿は見ていて最高だった。」

「なんだよ、会ったのか?」

「あの論文を書いたのが誰か気になったから聞きにいったんだよ。」

「すんなり教えてくれたのか?」

「そんなわけないだろうが。自分が書いたの一点張りだよ。」

「じゃあ、さっき言ったOB会の奴に聞けばいいじゃないか。どうせ、うちのゼミの人間が書いたんだろうから。」

「確かにそうだな、連絡先わかるか?」

「少し待ってくれ・・・・、あった。電話番号は・・・・だ」

「悪いな、じゃあ。」

「捜査進展したらなんか教えてくれよ。法改正の重要な事件かもしれないからな。」そう言って、電話の相手は切ってしまった。

「やけに仲のよさそうな人でしたね。お友達ですか?」

上田が楽しそうに聞くと、

「同期のゼミ生だ。俺なんかにかまう珍しい奴だ。」

「へぇ~、法改正とか言ってましたが、官僚ですか?」

「衆議院議員の黒木俊一だ。」

「結構大物じゃないですか。将来的に総理大臣になるだろうと言われるほどの。」

「そんなたいそうな奴じゃないよ。まあ、とりあえずこのOB会の連絡役って奴に連絡だな。」

「その人は、どんな大物ですか?」

どんなビックネームが飛び出すかと期待を込めた上田の質問は空振りに終わる。

「30歳の会社員で、名前は・・・五條(ごじょう)だ。」

「そうですか・・」


「お待たせしました、五條です。」

京泉大学からの帰り道で電話してみたら三日後なら予定が空いていると聞き、山本と上田はOB会の連絡役の五條を訪ねていた。

「山本です。」

「上田です。」

名前を名乗ると、五條が、

「あれ、山本さんはうちのゼミのOBの方だと思うのですが上田さんは・・」

「あれ、警部なんて伝えたんですか?」

「あ?OBの山本だが、OB会について聞きたいって言っただろうが。」

「あれ、警部ってことは警察の方なんですか?」

「ああ、すみませんね。三橋の論文について誰が書いたのか聞きたくて、あなたに連絡したんですよ。」

「ああ、そうだったんですか?黒木さんからのご紹介だったので今度のOB会についてのご相談かと思いまして。」

「すみません。うちの警部いつも一言も二言も足りないもので。」

「上田、黙れ。」

「いえ、改めまして、三橋ゼミ24期生の五條進と申します。今はこの会社の常務取締役兼副社長をしています。」

「ああ、どうも。」

「いやー、それにしても30歳で会社の役員なんてすごいですね。」

「いえ、名ばかりなのでお恥ずかしいばかりです。」

「すみませんね。こいつ、なんかうちの大学の人間はみんなエリートだと決めつけてるんで失礼なこと言うかもしれませんが大目に見てください。」

「えっ?警部ひどいですよ。」

「あはは、山本さんは何期の方になりますか?」

「あ~、黒木と同期なんですが、何期ですかね?」

「あっ、黒木さんと同期なら12期ですね。」

「そうですか。ところで、OB会なんてものの存在を知らなかったんですがいつからやられてるんですか?」

「最初にやろうと言い始めたのが15期の方たちで、それ以降の僕たちは卒業と同時に三橋教授には内緒で入会していたんです。

15期以前の方はその・・・あまり仲の方がよくなかったようで、いまさらになってゼミのOBだと判明した人からお誘いしているんです。

たまたま、黒木さんが京泉大学の法学部卒で刑法系のゼミだったと知ったので、飛び込みでお話をさせてもらったところ、山本さんのことを教えていただいて、お手紙を出させていただいたのですが・・・届いてなかったでしたか?」

「あ~、黒木に教えた住所は3個前くらいのだからそっち行ってるかもしれませんね。」

「警部、友達なくしまよ。」

「そういえば、黒木さんも年賀状を出したのに返事もない奴だから、返事は期待しない方がいい仰ってました。」

「警部、ちゃんと黒木さんに現住所を知らせといた方がいいですよ。」

「わかったよ。それで、五條さんはお心当たりありませんか、強要された犯罪者の処遇についての論文の筆者のこと?」

「ちょっと待ってください・・・」そう言って五條は考え始めた。

すると思い当たる人がいたのか、

「僕の2期下の影山という男が確かそんな論文を書いたと言ってました。」

「その影山さんに連絡することはできますか?」

その質問に対して、五條は下を向き、わなわなと震えながら、

「それは・・・、できません」

「どうしてですか?」

「影山は、1年前に死んだからです。」

「事故や病気ですか?」上田が聞くと、五條は頭を大きく横に振り、

「自殺です。」と言った。

「原因に心当たりは?」

「山本さんの言った三橋の論文だという人もいます。影山はうちのゼミの人間にしては珍しく法学者になる道を選んだんです。」

「三橋の下で院に進んだということですか?」

「いえ、違う大学の院を受験して、そこで勉強していたんですが、三橋の論文が発表されると影山は学会に対して、あれは自分が卒業論文として書いたものだと主張して、それを三橋が裏から手を回して、影山が自分の研究資料を盗み見て書いたものだと主張して、盗作したのは影山であるとされて、それを苦に自殺したというのが一番有力な原因だとされてます。」

「ところで・・なんで五條さんは、論文の内容を聞いただけで、影山さんの論文だとわかったんですか?」

上田が話を変えるように聞くと、先ほどまで熱く語っていた五條は落ち着きを取り戻したのか冷静に、

「OB会に入会した時に、自己紹介の一環で卒論のテーマについて短く説明するんですよ。そこからいろんな議論になったりで結構面白いんですけど自己紹介がなかなか終わらないのが難点ですね。」

「あ、そうですか」

「五條さん、影山さんと親交の深かった人物等に心当たりはありますか?」

「さぁ、私はどちらかというと広く浅くの関係の人が多いので誰が誰と仲がいいとかはよくわかりませんので。」

「そうですか。すみません、お時間をお取りしてしまって。」

「いえ、こちらこそお役に立てずに申し訳ありません。」

「では、」そう言って、山本と上田が部屋を出ようとすると、

「あ、あの・・・」

「どうかしましたか?」

「今回の事件には全く関係ないかもしれないんですが・・」

「何でしょうか?」

「今回の事件が完全犯罪とか言われているというので思い出したんですけど、うちのOB会の中に非公式なグループで『完全犯罪研究会』っていうのがあったという噂を聞いたことがあるんです。」

それを聞いて、上田が興味を持ったのか

「何ですかそれ?」

「うちのゼミ生はみんな三橋のことが嫌いで、三橋の完全犯罪に関する持論をひっくり返すことを目的として、できたグループだったそうです。」

上田が続けて、

「実際に完全犯罪を行うためのグループだったんですか?」

「いえ、空想論ですよ。理論上、こうすればバレずにやれるとか、死傷者を出さずにこの犯罪をするにはとか、逃げ切るためには等の議論をしていただけで実際に何かしたわけではないそうです。」

「メンバーが誰かはわかりますか?」

「いえ、噂程度の話ですし、実際に存在していたのかも、うちのゼミ生がやっていたのかどうかもわからないんです。すみませんこんなどうでもいい話でお引止めしてしまって。」

「いえ、また何か思い出したら私にご連絡ください。」

「は、はい」

「それでは、失礼します。」そう言って、山本と上田は部屋から出て行った。



車に乗ると上田が、

「『完全犯罪研究会』なんて本当にあると思いますか?」

と聞いてきた、山本は一般人では「ない」と思うのが普通だが、三橋の嫌われ様ならそう言ったグループが存在していたというのもなくはないと思っていると、

「どうかしましたか?」

上田が自分の質問に対して、全く反応がないことを気にして聞いてきたので、

「悪い、ないとは言いきれないんだよな。それに、そんなグループがあるなら今回の事件の真犯人の最有力候補になると俺は思ってる。」

上田が山本の方を見て、驚いた顔をして、

「どうしてですか?」

「俺が三橋のところに行った理由は、三橋の発表した論文の内容が気になったのと、あの佐々木とかいう女子アナが言っていたように三橋の完全犯罪に関する持論が覆されているからだ。後者を目的としている犯罪なら、あえて三橋の論文にのっとる形で犯行が行われたことにも納得がいくし、三橋の完全犯罪の持論を否定するために結成したグループがあるなら、そいつらが一番怪しいだろう。

それに、今回の事件が金を奪うことを目的としているのではなく、三橋個人を貶めるための犯罪であったとするなら、銀行強盗はまだ序章にすぎないのかもしれないな。」

「まだ何か起こるかもしれないってことですか?」

上田がまじめな顔で聞いてきたので、山本は自分の考えが飛躍しすぎていることに笑えてきて、

「俺の考えすぎだな」と言って笑った。

「ですよね。でも、あの五條っていう人すごいですよね。なんかあの人の言うことって説得力があるというか、あの人が言ったことは全部本当のことのように思えるんだからすごいなと思いましたよ。やっぱり会社を動かす人っていうのはああいう人がむいてるんですかね。」

「そうか?あいつは間違いなく嘘をついていたぞ。」

上田は驚いて山本の方を向き、

「えっ、どこですか?」と聞いてきたので山本は、

「とりあえず前見ろ。五條は影山と親しくないといったが、あれは嘘だな。

最初、誰の論文かを聞いた時に少し時間がかかって、思いだした感じだったがそれ以降の情報は詰まることなくすらすらと出てきた。

確かに一つのキーワードから情報を探り出して話す奴はいるが、五條は最初にわからないという伏線を張って、あまり親しくないことを前もって俺たちに見せたと考えるべきだな。

その証拠に影山の死因の話になると、それまでは感情がなくただ知っている情報を話しているだけだったのが、一変して語気が強まり、怒りの感情まで感じた。

上田のした質問に対しては急に冷静になって、答えていたところからして、自分では感情のコントロールができないぐらいの怒りを持っていたということになる。

ただの知り合いに対してそんな感情を持てる奴はいないし、それ以降も五條は一回も語気を荒げることがなかったから、その場で反省して、適応していたところは俺もすごいと思ったよ。」

上田は驚くばかりだった、普段無茶な捜査をすることで有名で考えるよりも体が先に動くという印象のあった山本警部がこんなに人を観察してその人の噓まで指摘できるなんて思ってもみなかったからだ。

「だから・・、前見て運転しろ。現職の警官が事故起こすとかありえないだろ。」

いつの間にか、また上田は山本の顔を見ていたため、山本に怒られ上田は、

「すみません。」そう言って、前を向き、今までの山本警部に対する見方がここ数日で書き換えられて「あれっ、もしかしてこの人すごい人なのかも」と思うようになっていた。


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