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私、誘拐されたかも!!!!

作者: 豆腐うめぇ

気がつくと、知らない部屋にいた。体を包み込むようなふわふわのベッド。穏やかな風に吹かれて膨らむベージュのカーテン。隅にある装飾の細かいローズブラウンのテーブルと椅子。部屋の中央に横たわる豪華なゴールドとプルシアンブルーの絨毯。部屋を華やかに彩る大きな抽象画。膨大な本を納める古くも品のある本棚。どこか見覚えのあるような無いような、不思議な部屋に。



見覚えの無い部屋に戦きつつも、恐る恐るベッドの縁に手をかける。縁を握る手は弱々しく、力がうまく入らなかった。いつも通り素早く体を起こそうとすると、思うようにいかず派手に倒れ込む。柔らかいシーツがクッション代わりになったとはいえ、細い体の節々にじんわりとした痛みが広がった。鈍い痛みに顔を歪め、今度はゆっくりと体に負担をかけないように上体を起こす。



体を正し、背筋を伸ばすと広がる視界の端にうつったほっそりとした腕に違和感を覚える。私の腕って、こんなに病的に白かったっけ?少し伸びすぎている綺麗な形の爪。傷も皺もシミの無い透き通るように白い小さな手。筋肉も脂肪もあまりついていない腕。どれも見覚えの無いものだ。じわじわと滲むような違和感に、思わず自分の体中を触る。腰、脚、髪、首。箇所を触れるごとに違和感を大きくなっていく。のどまでのぼってくるぐちゃぐちゃした感情が爆発してしまう前に、転がるようにベッドから抜け出し、部屋を見渡す。



遅れて溢れ出してきた汗に、どくどくとはやくなっていく心音。部屋は至って普通な部屋なのに、まるでそれが檻で、自分がそれに閉じ込められた見せ物に感じるのはなぜなのだろう。



そう思った瞬間に、体中に鳥肌がぶわっと広がった。何とも言えない恐怖に髪が逆立つような気がした。誰か。誰か助けて。震える自身の体を抱きしめ、悲鳴をあげようとした途端、鼻孔をくすぐる懐かしい匂いを感じた。優しいはずなのに、どこか恐怖を覚える匂い。



近づく足音と共に濃くなっていく匂いに、誰かがいるという安心感と共に言いようも無い恐怖を感じた。心を掻き乱すその存在から本能的に距離をとろうと、部屋の隅まで後ずさる。足音はいつの間にか部屋まで近づき、扉の前でぴたりと止まった。



部屋中に広がるぴんとした緊張感を切るように、間延びしたあの声が響いた。




「エリザちゃん?起きたの?入るね。」




返事をする前に、横暴にもその人は部屋に踏み入る。

その人物の顔を見た途端、強烈で懐かしい畏怖の念を抱いた。光を反射し輝くふわふわのプラチナブロンドの髪。アメジストのような淡くも深い紫色の瞳。高く、大きな存在感のある鼻。少しぽてっとした柔らかそうな薄いピンク色の唇。幼さの残るベビーフェースに似合わない、大きな体。



「花ちゃん?なんで隅に縮み込まっているの?」



大きな脚幅で彼が近づいてくる。



「ちょっと失礼するね。」



そう穏やかに言い、彼が私の足と首の後ろに腕を滑り込ませる。ひゅっと声にもならない悲鳴がのどから漏れる。「よいしょ。」という彼のかけ声と共に浮遊した自分の体。もしかして、私お姫様だっこされている?



今までさっと青ざめていた顔が急に熱を持ち始める。ぐつぐつと煮えるように赤い私の顔を見て、彼はふっと天使のように微笑んだ。



「エリザちゃんって青ざめたかと思うと急に赤面したりと、本当に忙しい子だね。僕、そんな君が大好きだよ。」



その言葉を聞いた途端、脳内をある記憶がよぎった。

小さな男の子が満面の笑顔で向日葵をくれた、昔の大事な大事な記憶。

彼の顔は霞んで見えないはずなのに、強い既視感と安心感を感じる。この子はいったい誰なの?この記憶はいつの?なぜ今思い出したの?



めまぐるしい思考に頭がオーバーヒートする。思わず目をかたく閉じ、痛みに耐えようとすると、「僕の愛の告白を無視するとは、相変わらずひどい人だ。」という彼の諦めの声がした。



はっと彼を見上げる。彼が私を優しくベッドにおろした途端に気づく。私、この人について何もしらない。名前も、職業も、人間関係も、私との関係も。そして、自分がなぜ彼の家にいるのかも。



「・・・ぁ、あの、あなたは誰なんですか?」それまでに彼に対して感じていた恐怖が薄まり、反比例するかのように自分の身の安全への不安が強くなっていく。やっと絞り出した声は、あまりにも頼りなかった。



「・・・え?」



綺麗な目を真ん丸にして呆然とする彼。 少しの間微動だにせず、瞬きも忘れているようだ。彼の表情を読もうと目を凝視したら、紫色が仄かに暗くなった気がした。彼は唖然とするかのように平坦な、高くも低くもない独特な声で、



「僕が、誰かわからないの?」



と息をするかのように漏らす。彼の切ない声色に戸惑いつつも、こくりと弱く頷く。私の肯定に、彼の目は絶望と哀愁を滲ませる。そして、



「僕から、逃げ出したいからそう言ってるの?」



と取り乱したかのように早口に捲し立てた。彼の雪のように真っ白だった肌も、炎ののまれたかの様に真っ赤に染まっていた。呼吸も浅く、短い。かなり興奮しているようだ。



「そんなに僕から逃げたいんだ?そうだよね、僕は君とアルフレッドの仲を裂いた悪人だ。でも、彼がもう君を愛していないことは分かっていただろう?ちゃんと見たよね、彼がアリスといた所を。だから僕は君を慰めたんだ。君が僕に少しずつ依存してくるようにね。こんな姑息な僕が嫌いなんだよね?だからそうやって嘘をつくんだ。そうなんだよね?」



アルフレッド。彼が発したその名前が耳に絡み付く。だから、愚かにも彼が発した情緒不安定な台詞は聞いていなかった。



「アルフレッドって?」



そう呟いた私の声は、不気味にも大きく、部屋に響き渡った。



「アルフレッドも、覚えてないの?」



彼の目がまた一段と大きく開いた。今まで絶望に染まっていた瞳が徐々に戸惑い、驚きを孕み、ついにはキラキラとした希望を纏いだした。彼の目まぐるしい感情の変化に、取り残されたかの様に追いつけない。彼は、一体何を考えているの?



渦中の彼はというと、眩い笑顔でこちらを凝視していた。今まで様々な感情を浮かべていた目は、途端、霧にでも覆われたかの様に感情が読めなくなっていた。その紫は、ただただ鋭く妖しい光を反射していた。



「ねぇ、今までのことは忘れて。僕の事を知らないのなら、自己紹介するよ。僕はギルバート・ケイン。君の恋人だよ。」



そう言い、ギルバートはにこやかに私の手を両手で握る。さして力を入れて無いのに、この人からは逃げられないと、勝てないと確信した。って、



「え?恋人?」



「うん。そうだよ、君の愛しい恋人。もうすぐ結婚する予定だよ。」



そう言った恋人であるはずの人物に、強い畏怖と恐怖しか抱かないのはなぜなんだろう。恋人に抱くはずの恋情は?恋心は?愛は?



「かなり戸惑っている様子だね。そりゃあそうだよ。君は今、記憶を失っているらしいからね。だから、僕が恋人だっていうことを受け入れられないんだ。」



「記憶喪失?」



「うん。あ、でも自分のことは覚えている?名前とか、家族とか。」



そう聞く彼に思い出したかの様に自分のことを考える。名前はエリザベータ・デルヴィーニュ。家族は、弟のアルバート、母のクリスティーナ、父のエドワードがいる。昔から運動が大好きで、肌は小麦色で少し筋肉質だったはずだ。髪はゴールド・ブラウン。瞳はマスカット・グリーン。それ以外は、よく覚えてない。



「表情から見るに、少しは覚えてるみたいだね。今は分からないことばかりで、不安だろうけど、僕といれば大丈夫だよ。安心して。」



そう柔らかく言い、ふふっと満足げに笑うギルバート。



「あ、そうだ。買い物した帰りに、君に似合いそうなネックレス買ってきたんだよ。気に入ってくれるといいなあ。」



ギルバートが細やかな装飾が施されたシンプルなネックレスを私の首に当てる。軽く首筋に触れた彼の氷の様な手の冷たさに、ぶるりと小さく震える。彼のくれたネックレスは軽く、華やかなはずなのに、まるで重々しい鉄の首輪をつけられた気分だ。



首輪をつけられた愚かな自分を、ギルバートが手渡してくれた鏡で見る。やはり、私の体は昔とは違い、白く細いものとなっていた。髪も少しぱさつき、グリーンアイズは戸惑いと疑念に濡れている。私は、本当にこの人の恋人で、ずっとこの一緒にいないといけないのかな。



そうギルバートに問いかける様に目を向けると、にっこりと人好きのする笑顔を返された。食えない彼の表情が、感情が少し憎く感じた。





*         *         *         *        *        *




ギルバートは少し散歩をしてくる、と部屋を後にした。一緒についていくかと誘われたけど、どうにも彼とは一緒にいたくなかった。残念そうな、甘えてくる子犬のような目をした彼を見ると、胸にどこか懐かしさが広がった。私は、以前同じようなことをしたのかな。



ベージュのカーテンを開け、窓の外を覗いてみる。広い広い青空には、王者の風格を纏う鷹が颯爽と空を飛んでいた。自由に飛んでいる鷹を見ていると、急に強烈な切なさと愛しさを覚えた。私は、あの鷹を彷彿とさせるあの人が恋しい。愛しい。彼も私のことをそう思っていると信じていたけど、結局彼はあの子が好きだったんだ。だから、私は潔く諦めるしか無かった。あの人の為なら、喜んでそうした。胸を蝕む後悔と嫉妬は目て見ぬふりして。



でも、あれ? 

あの人って誰?そしてあの子は?

わからない。なにもかも。

思い出そうとする度に、まるでそうしてはいけないというかの様にストッパーがかかる。

胸が、心臓が、痛くなる。



「だから、もう思い出すのは諦めてしまおうかな。」



そう口に出した瞬間、空を自由に飛んでいた鷹の目が涙で光ったような気がした。

本当に、そういう感じがしたんだ。





やる気次第で続きます。

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