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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
9/30

朔也の違和感



 花之宮学園初等科の掲示板に、とある紙が掲げられている。


 『初等科三年生期末考査結果』


 そう銘打たれた紙を、多くの生徒が驚愕した面持ちで見ていた。


 お金持ち学校だが学力にも力を入れているこの学園では、毎テストごとに上位三十名の名前が貼り出される。それにより生徒達に競争意識や向上心を与えているのだ。


 そして掲示板の前で一際視線を集めている少女は、食入るようにその結果を見つめている。



 一位 桐島 菫子  五百点

 二位 鷹ノ宮 和樹 四九一点

 三位 橘 朔也   四七五点

 四位 五条 杏子  四五八点

 五位 ――――



「よしっ」


 今回のテストで満点一位を取った生徒、桐島菫子は誰にもばれないように小さくガッツポーズをした。


 前世ではとうに小学校など卒業している年齢の菫子だが、大人気ないと言われようとも子供相手でも手は抜かない。

 デッドエンド回避以外のもう一つの目標が、ハイスペックな女性になることだからだ。

 大人になれば誰もが味わう「あの時もっと勉強をしていれば……!」という敗北感を胸に、幼い今から英才教育をしてしまえばあとで楽が出来るんじゃ! という不純な理由から、前世の持てる知識を最大限に使い自らに英才教育を課していた。

 目指すは才色兼備、世界で活躍するキャリアウーマン。そのためにはまだまだ小学生に負けるわけにはいかない。


 一位という結果に満足気に微笑む菫子の隣で、ひかりと環奈が「おぉ!」とその結果に驚いていた。


「ま、満点……!」

「菫子さん満点ですよ! すごいです!」

「ありがとうございます。環奈さんも十位おめでとうございます」

「えへへ、菫子さんが教えてくれたおかげです」

「……菫子ちゃんも環奈ちゃんもすごいなー。私なんて名前無いのに……」


 お互いに褒め合う菫子と環奈の横で、ひかりは一人項垂れる。ひかりも菫子に勉強を教えてもらっていたのだが、如何せん数学が苦手で足を引っ張った結果となってしまったのだ。すっかりしょげているひかりに二人は慌てて「次は頑張りましょう!」「また教えます!」と言葉を並べ励ました。


 友達になったあの日から、三人の仲は深まっていた。名前で呼び合えるようにもなり、その日菫子は涙を流して喜んだ。そして菫子は二人と話すことで周りからの誤解も解けつつあり、少しずつ友達も増えていたりする。万々歳だ。


 菫子が必死にひかりを慰めていると、掲示板に集まる集団の一角から突然「キャー!」と黄色い悲鳴が聞こえてきた。その声だけで状況が読めてしまう菫子は小さくため息を吐いた。

 ゆっくりうしろを向くと、予想通りの人が歩いてくるのが目に入った。


「……二位か」


 不機嫌そうな顔で掲示板を睨みながら歩いてくるのは、今回のテストで菫子に次ぎ二位の和樹。先ほどまで菫子のそばにいたひかりと環奈は近づいてきた和樹に気が付くと、バッと弾かれたように距離を取る。菫子には慣れた二人だが、和樹にはまだまだ緊張が解けないようだ。

 和樹は菫子の隣まで来ると、ふっと結果を皮肉るように鼻で笑う。


「本当に勉強は出来るよな、勉強は」

「和樹さんに褒めていただけて光栄ですわ」

「……次は負けないからな」

「お手柔らかにお願いします」


 静かに火花を散らす菫子と和樹。そんな二人の様子を、周りの生徒は固唾を飲んで見守っていた。

 実は今までテストの上位二名はほぼ独占状態だった。もちろん、かつて一位の座についていたのは和樹。それなのにぽっと出の菫子が一位を取ったことを、ほとんどの生徒が信じられず驚きを隠せないのだ。だからなにか一触即発な雰囲気になるのではとハラハラしているのだが、一向にそんな気配はない二人に周りの生徒たちは困惑していた。

 それもそのはず。和樹は菫子の入学前の試験結果を知っているため、この結果には悔しさはあるものの、然程驚いてはいないのだ。


 それに、テストでは負けているが――


「まぁ、これで体育も出来たら首席だったのにな」

「うぐっ」


 優位に立っていたはずなのに痛いところを突かれ、菫子は言葉を詰まらせた。

 そう。菫子はテストでは一位だが、総合成績では和樹、朔也と続き三位に落ちるのだ。それは、体育の成績が圧倒的に悪いからに他ならない。体力が無さ過ぎて、五十メートルすらまともに走れなかった時はある意味絶望した。そんなわけで悔しくも首席の座は和樹に譲っている。

 いずれ首席も奪ってやると不敵に笑いながら睨み合う二人を、静かに見守る生徒たち。そんな静寂の中、うしろからやけに楽しそうな声がかかった。


「おーすごいね二人とも」


 菫子がバッと振り返ると、うしろに朔也が笑顔で立っていた。

 「なんだいたのか」と何でもないように返す和樹に対し、菫子は少し眉を顰める。そんな二人の様子を全く気にせず、「一位おめでとう、菫子ちゃん」と笑顔で菫子に拍手を送った。「ありがとうございます」と愛想笑いで返せば、周りにいた女の子たちがこぞって朔也に声をかける。


「橘さまも三位ですのよ!」

「すごいですわ! おめでとうございます!」

「ありがとー。けど二人に比べるとまだまだだね。特に菫子ちゃんとは」


 女の子たちが朔也を褒めちぎるも、当の本人は軽く流して菫子に話題を変えてきた。それによりすでに鋭かった女の子の目が一段と尖り、菫子にぐさぐさと突き刺さる。


「満点なんてすごいね。今度僕にも勉強教えてよ」

「橘さまに教えるなんてわたくしには力不足ですわ」

「えー? だって和樹にも教えてるんでしょ?」

「別に教わってねーよ」

「そうなんだ。あ、そういえば和樹、この前の――」


 朔也は菫子に絡んできたと思えば、そのまま和樹と話し出して二人で去っていってしまう。そしてそんな二人を女の子たちも「待ってくださーい!」と急いであとを追いかけていったのだった。

 菫子は訪れた平穏に、はぁーと深いため息を吐き出してひかりと環奈のところへ向かう。


「……やっぱりあの子たち怖いね」

「菫子さん大丈夫ですか?」

「えぇ……」


 相手から敵意を向けられるというのは、どうしたって慣れるものではない。

 それに朔也は何故か菫子を見かけると、ちょくちょく声をかけて絡んできていた。しかも今のように、周りを煽るように絡んでくることもある。だが、それが菫子が和樹の友達だからだとしても、朔也からは仲良くなろうという意思は感じ取れない。


 朔也の笑みの裏にある真意が分からず、すっかり朔也に苦手意識を持っている菫子は、何度目かのため息を吐き出したのだった。




 その日の放課後、久しぶりに和樹が桐島家に遊びに来ていた。

 和樹は放課後にフランス語、ヴァイオリン、弓道など多くの習い事をしており、毎日忙しそうにしている。対して菫子は特に親から何かを強制されることはなく、家でのんびり勉強に勤しむ毎日。しかしこのまま引きこもり生活もどうかと思い、和樹に相談していたのだ。


「ピアノ、ダンス、茶道なんかは大体のやつが習っているな」

「そうですねー……やはり体力をつけたいので、ダンスでしょうか」

「本当に運動はからっきしだもんな」


 悲惨な体育の成績を知る和樹は同情の眼差しを向けてくるが、そんな視線は無視を決め込み、菫子は真剣に考えていた。

 ピアノは前世で猫ふんじゃったが限界だったので上達は見込めないが、趣味程度ならいいかもしれない。茶道や華道はこの先授業でもあるので、習っておくのもいい。

 だがしかし、ここはやはりダンスを習うべきだろう。体力アップもそうだが、ダンスはこの先大勢の前で披露する機会もあるので、恥をかかないためにもやっておくべきだ。

 うんうんと腕を組み一人頷く菫子に、和樹は「そうだ」と何かを思い出したように話し出す。


「歌とか声楽に興味はないのか?」

「声楽ですか? 特にありませんが……どうしてですか?」

「母さんが菫子の声は綺麗だから、そっちを極めてほしいって言っていたんだ」


 「ミュージカルとかオペラが好きだからな」と家で菫子の声について熱く語る母を思い出し、苦笑交じりに言う。しかし菫子から何の反応がない。和樹は不思議に思い顔を覗くと、菫子は目を見開き固まっていた。


「――」

「どうかしたか?」

「あっ、い、いえ。な、んでも、ないです」


 いつもと違う様子に、和樹は心配になって声をかける。その声にハッとした菫子は、(ども)りながらも安心させるために笑った。

 その心は複雑な感情に押しつぶされていた。


(声が綺麗……か)


 その言葉は、嬉しくもあり、悲しくもあり、苦しくもあった。



『――は綺麗な声をしてるよな』



 その声は、遠い日の思い出。


 そう言って笑って、褒めてくれた人。



 ――前世で一番大切だったあの人。



(あの人は、私が死んだあとどうなったんだろう……)


 決して知ることの出来ないそれは、考えるだけ無駄なこと。割り切ったはずなのに、それを思い出してしまうと胸が抉られるように痛む。

 自分の死に際さえ覚えてないのにな、と菫子は自嘲気味に笑う。


 怪訝な視線を送る和樹にこれ以上追及されないため、話題を変えようと気になっていた朔也について聞いてみることにした。


「そういえば、和樹さんは一年生の時に朔也さんと仲良くなったのですか?」

「あぁ、一年の時のパーティーでな」

「パーティーですか……」


 おそらくそれは、学園主催のパーティーのこと。金持ち学校のこと、さぞ豪華なのだろ。今度行われるパーティーに期待が膨らんだ菫子は、目を輝かせて和樹に尋ねる。


「そのパーティーではどんなことを?」

「あー……あのパーティーは……」


 だが菫子の問いに、和樹は気まずそうに視線を泳がせた。


「パーティーで何かあったのですか?」

「……いや、あの時は途中でパーティーが嫌になって会場を抜け出したから、良く知らないんだ」

「あら」


 意外とやんちゃなことをしている。子供らしい行動に菫子が思わずニヤニヤと笑うと、和樹はムッとした顔をしながらも続ける。


「その時、俺が隠れていた所に朔也が来たんだ」

「橘さまもですか。意外ですね、パーティーとか楽しいことが好きそうなのに」

「普段のあいつを見ればそう思うよな」

「えぇ。女の子と楽しそうに話しているのが目に浮かびます」

「お前の中のあいつのイメージって……」


 菫子の朔也に対する評価に呆れた顔をするが、和樹自身思うところもあり特にフォローはしない。


 菫子は和樹と話しながら、ゲームでの朔也のことを思い出していた。



 橘朔也。


 『Flower Princess』においてヒロインの同級生で攻略キャラ。

 世界的に展開するファッションブランドを手掛ける大手アパレル企業の社長子息。母親はデザイナーをしており、朔也はそのブランドのイメージモデルとして活躍していて、社長子息とモデルという華々しい肩書を持っている。いつも甘い笑顔で女の子を魅了し、人当たりのいい性格と中性的な容姿で、多くの女生徒との恋の噂が絶えないキャラクターだ。



 そして彼もまた、複雑な事情を抱えている。



 しかし、ゲームでは和樹と朔也が友達という設定はなかったはずだ。

 菫子が一年生からいなかったことで、何かが変わったのだろうか。



「あいつも俺と似ていてさ」

「似て……いますか?」


 どこが? と疑いの眼差しを向ける菫子に和樹は小さく笑い、その日のことを思い出すように目を細めた。


「あいつにも顔や家で寄ってくる奴がいるんだよ。特にモデルもやっているからうるさいのが多くてさ」

「はぁ……確かにいますね」

「俺以外にそんな事悩んでいる奴、初めて会ったんだ」

「なるほど。その時に意気投合してお友達になったわけですね」

「いき、……まぁ、そうかもな」


 少し照れくさそうにした和樹は、この話は終わりだとばかりに無理やり先ほどまでの習い事に話題に変えた。

 その様子に菫子は少し笑いながら、和樹との会話を弾ませた。




 けど、菫子は和樹の話に違和感を覚えていた。



 本当に和樹と同じ悩みなら、あんなに女の子を周りに置くだろうか。

 彼女たちこそ、彼らの嫌う家と顔で判断する典型のようなものなのに。


 もし朔也が和樹から菫子の話を聞き、彼女たちと仲良くしようとしたのなら分かる。

 しかしそれならば、菫子に対する態度がおかしい。

 あれはどちらかと言えば、悪意がこもっているように感じる。



 それになにより。



 ゲームの朔也の心の闇は、()()ではない。



(害がなければいいんだけど……そうもいかなそうだしなー)



 既に朔也に嫌われているように感じるのは、敏感になりすぎているからなのか。



 ――分からないことが恐ろしい。



 普通のことなのに。当たり前のことなのに。


 そんなことが、怖いなんて。



(これからどうしようかな)



 嫌な予感が拭えない菫子は、和樹にバレないようにひっそりと深い息を吐いた。








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