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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
8/30

友達作りは大変です



 花之宮学園に通いだして早数週間。

 慣れないお金持ち学校に四苦八苦する今日この頃。菫子は――



(なんで友達ができないの!?)



 ぼっちだった。



 今思えば、やはり出だしが宜しくなかった。


「あの子ですわ、鷹ノ宮さまや橘さまと親しくしていたのは」

「何でも鷹ノ宮さまのお母さまと彼女のお母さまがご友人とか」

「まぁ! それで取り入ったのね!」


 女の子の憧れの的である和樹や朔也と仲良くしていたことで、多くの女の子から敵視され。


「あなたが撫子さんの妹さんなの? お姉さんに似てとても美人さんね!」

「椿さまの妹さん!? あんな素敵なお兄様がいて羨ましいわ~」


 学園内で人気がある撫子と椿の妹ということで、上級生に囲まれるせいで遠巻きに見られ。


「二日に一回は医務室に顔を出せよ」

「桐島さん、体調が良くなければすぐに言ってね」


 医務室に出入りすることで、身体が弱い子として気を使われ。


 ただでさえ休学明けということで注目されていたのに、そんなことまで重なってしまい、菫子には未だ友達が出来ていなかった。

 話しかけても畏縮され会話が続かず。しかも何故か「桐島様」と様付けで呼ばれ、怖がられている節もある。完全に腫れもの扱いだ。

 前世の記憶があるとはいえ、それは一般庶民としての記憶。この金持ち少年少女にゲームやアニメなどの話をしてもキョトンとされる。この上流階級の子供たちにうける話題が、菫子にはさっぱりわからなかった。


(さびしい……)


 友達が死亡フラグの男だけなんて悲しすぎる。しかも一つの原因を作った和樹は普通にクラスメイトと談笑している。「友達になりましょう」と上から目線で言っておいて、この状況はまずい。主に菫子の威厳が。


 友達作りがこんなに難しいとは。

 青春の学生生活を送る目標が、早すぎる座礁を迎えてようとしていた。


(最初が肝心よ菫子……このままぼっちの道に進むわけにはいかない!)


 デッドエンド回避のため。青春を謳歌するため。そのために、友達を作ることは及第点。

 菫子はやる気を(みなぎ)らせ、授業などそっちのけで『友達作り計画』を練っていた。


 その必死すぎる形相から、余計怖がられてさらに距離を置かれていることを菫子は知らない――



「あの、ご一緒してもいいですか?」


 話しかけてもらえないならば、自分からアタックするのみ。

 理科室での授業が終わりみんなが教室に戻っていく中、菫子は意を決してクラスメイトに話しかけた。

 よく二人で一緒に行動しているクラスメイトの橋ヶ谷(はしがや)ひかりと樋野環奈(ひのかんな)。ひかりは長い髪をツインテールに結び活発そうな女の子で、環奈はお団子ヘアーでおっとりとした雰囲気のある女の子だ。


 この二人は菫子が挨拶をすればどもりながらも笑顔で返してくれるので、菫子は好印象を抱いていた。打算抜きで仲良くなりたい。そう思い、意気揚々と話しかけたのだが――


「えっ!? あ、はい! 桐島さま!」

「わ、私たちで、よければ……」


 ――反応があまり宜しくない。


 出来るだけ優しく微笑みながら声をかけたはずなのに、ひかりは驚愕の顔で何度も首を縦に振り、環奈には強張った顔でおどおどとされてしまった。その反応にショックを受けるが、了承してくれたので落ち込みながらも二人に付いて歩いていく。

 教室までの道のり。緊張した顔をする二人は言葉を発することはなく、視線を彷徨わせるも決して菫子と目が合うことはない。

 このままではまずいと、会話の糸口を必死に探す。


「お二人は一年生の頃から仲が良いんですか?」

「は、はい!」

「同じ幼稚舎に通っていたんです」

「へぇー……いいですねー」


 いわゆる幼馴染。なんと羨ましいことか。こっちは死亡フラグな俺様しかいないのに。嘆いたところでどうしようもないが、そう思わずにはいられない。

 でも二人と会話は出来た。この調子で続けようとした菫子だが、それは無情にも叶わなかった。


「あ、菫子ちゃんだ」


 聞き覚えのある声に呼ばれ、ピタリと足を止まる。

 恐る恐る振り向けば予想通り。周りを女の子に囲まれさながらハーレムを築いている男、橘朔也が笑顔で手を振っていたのだ。ゲッと思う間もなく、朔也はそのまま菫子近づき話しかけてきた。


「もう学校は慣れた?」

「は、はい……おかげ、様で……」

「そっかー。それは良かったね」


 しかし朔也と会話したことで、朔也の周りにいた女の子たちはギロッと菫子を睨み付ける。その光景にひかりと環奈は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、素早く菫子と距離を取った。


「あ、わ、私たち、先に行ってますね!」

「す、すみません桐島さま、またあとで!」

「えっ!? ちょっ!」


 止める間もなく、二人はそそくさと逃げるように去っていった。チャンスを逃した菫子は追いかけることも出来ず。二人が去っていくうしろ姿を見つめ立ちすくむしかなかった。

 その姿はまるで旅立つ恋人を駅のホームで送り出すかのようだったと、後に朔也が語る。

 だが朔也はそんな菫子の様子など気にもせず、相変わらずニコニコと笑いながら話しかけた。


「菫子ちゃんは和樹と一緒じゃないんだね」

「……何故一緒だと?」

「えー? だって仲いいよね」

「橘さまほどではないですわ」

「またまたー」


 二人の会話の内容に、さらに女の子からの視線が鋭くなる。

 このまま話していても煽るだけだと思い、「そろそろ行かないと」と菫子は背を向け歩き出す。するとうしろから「じゃあまたね」と朔也の楽しそうな声が聞こえてきた。なにがまたね、だ。悪態付きたい菫子だが、それが出来ないもどかしさに心が憤るのを感じた。

 

 結局一人でトボトボと教室に戻れば、すでに戻っていた和樹に意地悪そうな笑みで迎えられた。


「なに変な顔してるんだ?」

「なっ!」


 お前の連れのせいだ! と言いたくても言えず、ギッと睨むだけで終わる。いつもなら軽口で返すはずなのに、と和樹は不思議そうに首を傾げた。


 少し離れた場所で、ひかりと環奈は申し訳なさそうな顔で菫子を窺っていた。




「菫子、学校は楽しい?」

「え?」


 昼休み。菫子は校内にある食堂で、撫子と一緒に昼ご飯を食べていた。椿は用事があるようで今はいない。 

 撫子は現在中等科二年生なのだが、わざわざ昼休みに別校舎にいる菫子の下へ通ってくれている。本人曰く思い出作りだそうだ。そのため、昼ご飯は常に兄弟で食べていたので一人飯という寂しいことにならずにすんでいた。優しい姉に感謝である。


「は、はい。楽しいです」

「そう。クラスはどう? お友達は出来た?」


 うぐっ、と痛いところを突いてくる撫子の台詞に言葉を詰まらす。撫子としては姉心として純粋に心配していたのだが、それは菫子の心にぐさりと刺さる言葉だった。

 ここで友達がいないと言えば、すぐにでも友達作りに協力してくれるだろう。けれど前世の大人としての意識が、菫子につい見栄を張らせてしまう。


「も、もちろんですわ!」

「そうなの! 良かったわ。今度紹介してね」


 一緒にお昼でも食べましょう、とすでに計画を立てる撫子。しまったと思っても、もう遅い。


 自分で自分の首を絞めた菫子に、友達作りの猶予は残されていない。




「どうしたらいいんですか!」

「お、落ち着け菫子」


 そして放課後、菫子は医務室にいた。もう一人では無理だと思い、この学園の卒業生でかつゲームでも相談役だった西條に縋りついた。

 西條はノックも無しに飛び込んできた菫子に面を食らったが、内容を聞いて呆れた顔をする。


「だって……だってぇ」

「おまっ泣くなよ!? お前の兄弟に見られたらどうする!」


 涙の膜を張る菫子に慌てる西條。菫子を溺愛する兄弟にこの光景を見られれば、なんと言われるか。想像するのもおぞましいと西條は身を震わせる。


「だって……和樹さんにだって友達がいるのに」


 失礼すぎる発言だが、それを咎める者はいない。


「というか、あの鷹ノ宮と友達になれたんなら怖いものないんじゃないか?」

「……それとこれとは話が別ですわ」

「……友達なんて頑張って作るもんじゃないだろ」

「それはそうかもしれませんが……」


 じゃあいつ友達が出来るのか。そもそも、中身が大人で庶民な自分に友達が出来るのか。和樹と友達になれたことさえ奇跡のように思えてきた。


「そういえば、最近は妙に気迫に満ちた顔してるって聞いたな」

「うぇ!? そ、それは……」

「獲物を狩るみたいで怖いらしいぞ」

「え、獲物っ!?」


 計画を練っている時だろうか、その様子が担任から西條に伝わっていたようだ。

 そんな風に見られていたなんて……と菫子は医務室のソファーにへたり込む。ズーンと落ち込む姿に西條は困ったように笑うと小さな頭を優しく撫でた。


「ま、そんなに気張らなくてもいいだろ」

「……何でそんな事が言えるのですか」

「そういう頑張りってのはさ、誰かが見ていてくれるもんだ」


 だから大丈夫だ。


 力強く、そして優しく背を押す西條の言葉が、耳の奥にいつまでも残っていた。




「おはようございます」

「お、おはようございます……」


 次の日。少し気を落としながらも、今日こそはと気持ちを新たに友達作りに励む菫子。クラスメイトに挨拶をすれば返してくれるのは幸いだが、やはりその先の会話には進まない。

 菫子はめげずにクラスメイトに挨拶をすれば、ひかりと環奈がこちらを見ているのに気がつき、笑顔で近づいた。


「橋ヶ谷さん、樋野さん、おはようございます」

「あ……お、おはようございます」

「おはようございます……」


 気まずげに視線を逸らしながら返され、再びショックを受ける菫子。


(うぅ……け、けどめげない!)


 こうなれば意地でも友達になってやる! そう決意すると一旦態勢を立て直すため二人のそばから離れる。

 そのうしろ姿にひかりと環奈は顔を見合わせ、何かを決意した顔をした。


 朝のホームルームが終わり、今日は一時間目から移動教室のため生徒たちはそれぞれ移動を始める。菫子もいそいそと移動の準備をしていると、突然声をかけられた。


「あ、あの! 桐島さま!」

「え?」


 驚いて顔を上げると、ひかりが緊張した面持ちで菫子の前に立っていた。そのうしろでは環奈が少し不安げに見守っている。そんな二人の様子に菫子は首を傾げながらも、目の前のひかりを見つめた。


「……」

「……え、と……橋ヶ谷さん?」

「い、一緒に行きませんか!?」


 ひかりは声を上擦らせながら、ずいっと菫子に詰め寄った。

 一瞬何を言われたのか分からなかった菫子だが、言葉の意味を理解すると、じわじわと頬を赤らめる。まさか向こうから誘ってもらえるとは。嬉しくて顔の緩みが止まらない。


「は、はい! ご一緒させてください!」


 菫子が興奮気味に頷くと、ひかりと環奈はほっとした顔をした。素早く準備を済ませ、いそいそと二人の後に付いて教室を出る。その足取りは、今にもスキップしそうなほど軽やかだ。

 しばらく歩いていると、見るからに上機嫌な菫子に環奈が不安げに声をかけた。


「……あの……桐島さま」

「何ですか樋野さん?」

「その……こ、この間は……ごめんなさい」

「へ?」


 突然の環奈からの謝罪に、菫子は呆けた顔で環奈を見つめる。何についての謝罪かと考えていると、隣にいたひかりも「私もごめんなさい!」と廊下の真ん中でガバッと頭を下げた。

 その様子に周りの生徒も何だ何だと注目をし始め、菫子はおろおろと狼狽えた。これではまるで菫子が二人を虐めているように見えるではないか。


「あ、頭を上げてください! わたくしは全然気にしていませんから!」


(やーめーてー! みんなの視線が痛いからー!)


 二人を宥めながら、周りに必死で何でもないアピールをする菫子。ただでさえ微妙な立ち位置にいるのに、変な噂まで立てられるわけにはいかない。

 そんな菫子の必死な様子に、二人はのろのろと頭を上げた。それでも浮かない顔は変わりなく、ポツリポツリと語り出す。


「私たち緊張して全然お話しできなくて……」

「……この前はあの子たちが怖くって、桐島さま置いて逃げちゃったし」

「学校来たばかりだから、不安でしたよね。それなのに、私たち……」


 「本当は、もっと仲良くなりたいんです……」と涙目になりながら語るひかりと環奈。



『そういう頑張りってのはさ、誰かが見ていてくれるもんだ』



 菫子の頭に西條の言葉がよみがえる。


 無駄ではなかったのか。挨拶したのは。たくさん話しかけたのは。友達になりたいと頑張ったのは。無駄ではなく、二人に伝わっていたのか。


 菫子に見る見るうちに笑みが浮かんでいく。

 嬉しさで泣き出しそうな感情をぐっと抑え込み、二人の手をそっと取った。その行動にハッと驚いた顔をした二人を見て、菫子は思わずくすりと笑う。


「二人はいつも笑顔で挨拶を返してくれて、わたくしはすごく嬉しかったんです」

「で、でもそれだけで」

「樋野さんにはそれだけかもしれませんが、わたくしにとっては大切なことなんですわ」


 それはとても、菫子には嬉しいことだった。だから――


「――わたくしも、お二人ともっと仲良くなりたいです!」


 二人の手をギュッと握りしめながら、菫子は咲き誇る花のような満面の笑みを浮かべた。

 菫子の屈託のない笑顔を見て、思わず見惚れる二人と周囲の生徒たち。

 反応のない二人に「友達になってくれますか?」と少し不安げに首を傾げた菫子に、ひかりと環奈は頬を林檎のように真っ赤に染めながら何度も頷いた。


 それから三人は初々しくも笑い合っていると、鳴り響いたチャイムで授業のことを思い出し、慌てて教室へと走って行った。


 三人の手は、握られたままで――





 ◇◆◇





「ところでちょっと聞きたいのですが……わたくしって怖いのでしょうか?」

『え』


 昼休み。ご飯を食べ終わったあと三人で楽しく談笑していた菫子は、気になっていたことを二人に尋ねてみた。色々な要因はあるが、それにしてもみんな菫子に対してよそよそしすぎるのだ。

 自画自賛だが、菫子は可愛い。ゲーム内で一番美しい容姿を持っていた菫子は、幼い今もとてつもなく美少女なのだ。笑っていれば子供なら簡単に友達になれると思っていた菫子にとって、今の現状はとても謎だった。

 あからさまに視線を逸らす二人を、目を細めてじーっと見つめれば、観念した二人が言い淀みながら語る。


「えーっと……桐島さまって、自己紹介の時になんかものすごく大人って感じがして……」

「それで……なんか近寄りがたいというか、話しかけてはいけないというか……」

『……すこーしだけ……怖かったです』

「なっ!?」


 菫子は言葉を失う。やはりあの自己紹介がいけなかったのか! と後悔の念に(さいな)まれた。

 子供の本能が、菫子を子供として認識していなかったというのか。故に無意識に警戒され、怖がられていたとでもいうのか。

 ショックで呆然とする菫子に「今はそんな事ないですよ!」と環奈が必死でフォローしてくれるが、その優しさが痛い。


「私も聞きたいことがあるんですけど」


 そんな二人を尻目に、ひかりがそわそわした様子で声をかけた。菫子が顔を上げると、目を輝かせたひかりが目に入り、とてつもないデジャヴを感じた。


 この手の顔には、良い思い出がない。



「桐島さまって、鷹ノ宮さまの婚約者なんですよね!?」



「……は?」



 ひかりの言葉に、教室がシーンと静まり返った。勢いあまり大声で言ってしまったせいで、その言葉は教室内に響き渡っていた。ちなみにもう一人の話題の人物は今はいない。

 菫子はたっぷり十秒空け、顔面を蒼白させる。


 そうだ。この顔は、和樹の事を聞いてくる母にそっくりではないか。


 ひかりは確信を持ったかのような輝かしい笑顔で、環奈も頬を染め期待を込めた笑顔で菫子を見つめていた。


「ち、違いますわ! どうしてそんなことになっているんですか!?」

「だって噂になっているし……それにすごく仲いいですよね?」

「仲よくなっ……いわけではありませんが! それは友達なだけで!」

「あ、ではまさか橘さまの方ですか?」

「そっちはもっとあり得ないです! いえ、和樹さんともあり得ないですけど!」

「名前呼びなんですね!」


 キャーキャーと本人を抜きに盛り上がる二人。その会話を、興味深そうに聞くクラスメイト。何を言っても収束しない話題に、菫子は頭を抱えた。



 女が集えば、挙がる話題は恋の話。


 どの時代も、どの世界も変わらない。



 和樹が戻ってくるまで、一人必死に誤解を解こうと頑張る菫子だった。




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