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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
幼少期編
6/30

閑話 椿の決意

本編には直接関係ありません。

前世の記憶を戻した菫子の入院中の話を兄、椿視点で淡々と語ります。

医療知識はありませんので、違っていてもスルーでお願いします。

本編と書き方が変わりますのでご注意を。




「どうですか?」


 くるりと回って真新しい制服を披露する妹はそう言うと、期待を込めた目を向けてきた。

 その大きな瞳はようやく学園に通えることが嬉しいのか、キラキラと輝き。ふっくらとしたその頬は少し興奮気味なのか、桜色に色付いていて。


 そんな妹の姿は言うまでもなく――


「うん、すごく可愛いね」

「えぇ、本当に!」


 僕の言葉に、隣にいた姉さんがうんうんと力強く頷いた。

 そんな僕らの言葉に、妹は少し困ったのか「ありがとうございます」と苦笑気味に笑顔を浮かべる。


 そして「写真撮りましょう!」と姉さんが意気揚々に妹に飛びつくのを見守りながら、僕は少し昔のことを思い出していた。





 僕には二人の兄弟がいる。


 優しくて頼りになる姉と、無邪気で明るい妹。


 男兄弟が欲しいと思ったこともあるけど、二人は僕にとってとても大切な存在で、大好きな兄弟だ。

 特に妹は、僕よりずっと小さくて守ってあげなきゃいけない存在で、みんなで大切にしてきた。少し我儘だったけど、無邪気に僕に甘えてくる妹が可愛かった。



 だけど、あの日。



 三年前のあの日から、妹は変わった。



 その日、僕はいつも通り姉さんと一緒に学校へ行っていた。

 いつも通りの授業を受けて昼休みに入った時、突然先生に呼ばれた。「今すぐ一緒に職員室に来てくれる?」と焦った様子の先生に不思議に思いながらも、大人しく職員室まで付いて行く。

 そして中に入ると、顔は青白くさせハラハラと涙を流した姉さんがいた。


「椿! 菫子が……菫子がっ病院に運ばれたって!」


 僕の姿を見つけると、姉さんはそう叫んで抱き付いてきた。その時は全く意味が分かっていなかったけど、ただ姉さんが泣いている姿が悲しくて、辛くて、僕も一緒に泣いたんだ。

 すぐに運転手が迎えに来て、そのまま二人で病院まで連れていかれた。道中もずっと泣いている姉さんの手を握り、早くいつもの笑顔に戻ってくれることを願っていた。


 病院までの道のりは、とてつもなく長く遠く。

 永遠の時間のように感じられた。


 病院に着くと、入り口で待っていた父さんの秘書がすぐに駆け寄ってきた。よく家にくる彼の顔も、やっぱり青白い。

 逸る気持ちを抑えながら病院の廊下を進み、奥にある部屋の前に案内された。部屋のプレートには、妹の名前が書いてある。

 そして僕はドアを開け、目に入ってきた光景に息を呑んだ。



 そこはどこまでも真っ白な空間。



 そしてどこまでも人工的な空間。



 そんな空間の中に、妹は眠っていた。



 母さんは妹の手を握りながら涙を流し、父さんはその隣で母さんを抱きしめながら、少し怖い顔で妹を見つめていた。

 僕と姉さんに気づいた父さんに呼ばれ、僕らも妹に近づく。いつもの明るい妹の面影はどこにもない静かに眠るその姿を、僕はじっと眺めた。

 そっと妹の頬に触れてみると温かいはずなのに、どこか冷たくて。このまま消えてしまうんじゃないかって思えて怖かった。


「ねぇ……早く起きて」


 小さく呟いたその言葉は、きっと届いていない。

 だけど、そんな事しか僕には出来なかった。


「早く起きてよ」


 じゃないと、みんなの笑顔が戻らない。僕も上手く笑えないんだ。




 それから数日経ったある日、妹は目を覚ました。


 願いが通じたと思って、僕はすごく喜んだ。みんなも、やっといつもの笑顔に戻った。これでいつも通りに戻れる。



 ――そう思っていた。



 妹が目を覚ましたことが嬉しくて、みんなでベッドを囲み妹に話しかけた。



 その時。



「ぁ……な、で……」


 僕たちの顔を見ると、妹は目を大きく開けて固まった。

 言葉にならない声を発しながら、驚きと動揺の表情を滲ませる。

 そしてその身体は次第にガタガタと震え出し、僕たちから逃げるように距離を取ろうとした。


「ぁ、ぁ……ゃ、いや」


 ベッドの上で縮こまりながら、小さな悲鳴を上げる妹。その顔は酷く怯えていた。

 安心させようと父さんが抱きしめても、母さんが手を握っても、僕と姉さんが話しかけても、悪化するだけ。



 ――そして




「やあぁああああああああ!!」




 妹の悲鳴が、部屋の中に響き渡る。



 それは断末魔にも似た、絹を裂くような悲鳴だった。



 その声に、顔に、行動に、みんなが固まった。


 妹は僕らから逃れようと暴れ出し、叫び、涙を流した。

 いち早く正気を取り戻した父さんが必死で妹を宥め、母さんも父さんの隣で一生懸命話しかけている。だけど僕と姉さんは呆然として、ただただ暴れる妹を見つめることしか出来なかった。


 そしてすぐにお医者さんが飛んでくると、妹は眠らされた。再び眠りについたその顔には涙の跡が残り、腕や足は暴れた拍子に出来た傷のせいで血に塗れていた。



 その後も妹は僕らを見ると怯え、暴れ、叫んだ。

 泣きながら、血を吐きながら、僕らを拒絶する。


 その姿は、僕にはとても異様で恐ろしいものに見えていた。目の前にいるのは、妹ではない別の誰かなんじゃないかって思えてならなかった。



 ある時、僕だけ妹のお医者さんに呼ばれた。


「君のお父さんやお母さん……妹さんに痛いことをしなかった?」


 何を聞かれているのか、よく分からなかった。

 痛いことなんて、そんな事、誰も妹にしていない。だって、妹はいつも笑顔だった。無邪気に笑いながら、僕らに甘えていたんだ。


「痛いことなんて、してない」


 そんな事してない。そう伝えると。


「そうか、ありがとう。ごめんね」


 お医者さんはそう言いながら、僕の頭を優しく撫でた。


 気付かないうちに泣いていたみたいだ。



 そして数日後、僕らは妹の病室へ入ることが禁止された。



 妹のいない家で、いつも通りのいつもと違う日常が始まった。

 いつも笑顔で溢れていたはずの家は、異様に静かで。母さんはいつも悲しい顔をして、父さんは難しい顔をしていた。姉さんは明るく振舞っていたけど、みんなが見てないところで泣いているのを僕は知っている。

 僕もいつも通り笑わなきゃって思ったけど、どうしても上手く出来なくて。学校へ行ってもうまく笑えず、友達にとても心配された。でも、どうすることもできなかった。



 そんな日々は、数ヶ月続いた。



 そして久しぶりにお医者さんに呼ばれた僕らは、妹のいる病院にやってきた。

 そわそわした様子の僕らに、お医者さんは「そろそろ会っても大丈夫かもしれません」と伝えた。それは、いつもの日常に戻れるかもしれないということ。

 すぐに会いに行こうとする母さんに、お医者さんは妹を刺激しないようにするために、一日一人ずつの面会を薦めた。もちろん「それでもいい」とみんな揃って答えた。


 みんなは妹に会えることを喜んでいたが、僕は素直に喜べなかった。

 会った時また、あんな状態になったら。怯えられたら。そう思うと、僕は怖くて堪らない。



 妹の悲鳴が、いつまでも耳の中にこびり付いて僕を苦しめる。



 そして次の日から、妹との面会が始まった。


 父さん、母さん、姉さんと続き、僕が会う日になった。

 みんなはもう大丈夫そうだと笑顔で伝えてくれたが、それでも不安は消えず手の震えが止まらない。


 そして父さんに連れられて、ついに妹の病室の前まで来た。


 けど身体が強張り、その先に進めなくなってしまった。妹の悲鳴が、幻聴となって聞こえてくる。

 そんな僕の状況に気が付いた父さんは、がしがしと乱暴に僕の頭を撫でた。力強く、だけどその手はとても優しくて。そのまま撫でられていると、涙が込み上げてきた。


 妹のあの悲鳴が恐ろしくて。怯えられることが怖いと思う自分が情けなくて。妹が怖いと思う自分は兄失格なんじゃないかって思えて。そんな自分がすごく嫌になって、気付いた時には父さんにしがみ付いて泣いていた。


 しばらくして少し落ち着いた僕に、父さんはゆっくりと目線を合わせるように屈んだ。


「椿。この先にいるのは菫子、お前の妹だ。他の誰でもない、お前の守るべきたった一人の妹だ」


 何度も何度も言い聞かせるように父さんは繰り返す。

 その言葉は少しずつ僕の身体に染み渡った。


 そうだ。この先にいるのは僕の家族。僕の妹。守ってあげなきゃいけないのに、僕がしっかりしなくてどうするんだ。


 いつしか、身体の震えが止まっていた。

 それを感じ取った父さんは僕の背中を力強く押した。


 そして僕は、妹の病室へ入る。


 最初に入った時と変わらない、どこまでも人工的で真っ白な空間。

 けどそこにいる妹の姿は、最後に見た時よりも細く、小さく、弱弱しくなっていた。

 静かに近づき、そっと小さな手を触れる。その手は、とても温かかった。


 そして僕の手に反応したのか、ゆっくりと妹の瞼が開いていく。

 妹は少し視線を彷徨わせると、一拍後には僕と目が合った。ドキリとした気持ちを隠し、妹の名前を呼んだ。


「……菫子」

「……つ、ばき……に、さま」



 僕の手を握り、僕の名前を呼び、そして笑った。



 それは、紛れもなく僕の妹。


 いつもと同じ、僕の大切な妹だった。



「菫子、大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」



 小さな手を握り返し、僕はこの日誓った。



 この弱くて愛おしい妹を、何からも守ることを。




 そして入院してから季節が一回りを過ぎた頃、ようやく妹は退院の日を迎えた。 


 家に帰って来た妹は、病院での日々など嘘みたいに昔のように明るかった。楽しそうに笑い、無邪気に甘えてくる。

 家族も使用人たちも、みんな笑顔に戻った。



 いつもの日常が帰ってきた。




 だけど、妹は変わった。


 少し我儘だった妹は、少し謙虚になった。

 ただただ甘えただった妹は、周りを気遣うようになった。

 僕よりずっと子供だと思っていた妹が、たまに僕よりずっと大人のように見えた。


 でも、僕は気にしない。妹は少し変わったけど、僕にとってはただ一人の妹に変わりないのだ。

 それに僕はこれまで以上に、妹が愛おしく思えていたから。



 だけど、変わってしまった妹は何かに怯えるようになった。


 みんなでいる時、たまに怯えた顔をする。

 眠っている時、夢の中で何かに怯えて泣いている。

 妹は僕に気付かれていることに気付かず、それらを器用に隠していた。


 妹が何に怯えているのか、僕は何も知らない。

 もしかしたら、父さんたちは知っているのかもしれない。

 けど聞いてしまうと、またあんな状態に戻ってしまうんじゃないかと思えて、怖くて何も聞けなかった。



 ――でも、それなら守ってあげればいい。





「――椿? 何やってるの?」


 姉さんの呼ぶ声に、はっと我に返ると、二人は不思議そうな顔で僕を見ていた。

 いつもなら一緒になって飛びつくのに、ぼーっとしていたのを心配したのだろう。優しい姉と妹に「ごめん、すぐ行くよ」と笑顔を向けると、途端に花が咲くような笑顔が返ってきた。



 そう、何も知らなくたっていい。


 あの日誓ったように、何からも、どんなことからも、守り抜りぬけばいいのだから。



「椿兄さま!」



 僕に向けられるこの笑顔が、消えることのないように。




 無邪気で明るい僕の妹。



 弱くて愛しい僕の妹。














 守れなかったと涙するのは



 そう遠くない未来の話――




いずれ訪れる後悔を知らない、兄のお話。


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