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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
幼少期編
4/30

和樹との対峙



「初めまして、桐島菫子です」

「鷹ノ宮和樹です」


 華やかな会場の片隅。周囲の目線を集めるその先に、可愛らしいドレスを纏った少女と王子様のような正装をする少年が対峙している。二人は子供ながらも上品で愛らしい笑顔を浮かべ、お互いに挨拶をしていた。


 完璧な笑顔の裏で、菫子は必死に引き攣りそうな顔を抑えていた。



 ――これは彼女にとって運命を決める遭逢(そうほう)である。




 母、葵からの魔の宣告から約一ヶ月間。菫子はマナーや所作を一通り教え込まれたり、テンションの高い母に着せ替え人形にさせられたり、過保護の父と兄弟のご機嫌取りをしたりと、とても忙しかった。

 寝る間を惜しんで対策を考えていれば、あっという間にパーティー当日。淡い紫色の可愛らしいドレスを纏い、おめかしをして会場へと向かった。


 挨拶回りに行く父、友人に会いに行く兄弟を見送り、菫子は母に連れられてついに宿敵と対峙することになったのだ。


「先月ぶりね、葵さん。菫子ちゃんは初めましてと言った方がいいかしら」


 菫子と葵が会場を回っていると、優雅な足取りで一人の女性が姿を現した。


 鷹ノ宮家夫人の鷹ノ宮楓(たかのみやかえで)だ。

 菫子の母、葵の親友であり、和樹の母親。色気を醸し出す魅惑的な容姿にどこか気品さえ感じさせる彼女は、多くの男性の視線を釘付けにしている。

 楓は葵に笑いかけ軽く挨拶すると、そのまま菫子に視線を合わせて優しい手つきで頭を撫でた。


「最後に会ったのは、二歳の時だったかしら」

「……もうこんなに大きくなったのね」

「初めまして、楓おばさま」


 菫子が教え込まれた所作をたどたどしく行えば、楓は「元気になって本当によかったわ」と包み込むように抱きしめる。

 友人の葵から聞かされた菫子の容態を、楓は自分のことのように心配していた。ようやく容態が回復し、何年も疲れた顔をしていた友人が昔のような笑顔を見せるようになって、楓はとても安心したのだ。


「ふふ、本当に可愛い。私も女の子が欲しかったわ」

「あら、まだ若いんだから頑張ればいいじゃない」

「そうね。じゃあ今夜にでも」


 うふふ、と子供の前にしては些か下品な会話を繰り広げる二人。少々子供っぽい葵とは違い楓は上品で大人の魅力溢れる女性だと思っていたが、やはり親友同士。根本的なところが同じなようだ。菫子は悟られぬよう遠い目をした。

 一通り菫子を愛でた楓は、視線をそのままにニッコリと妖艶な笑みを浮かべた。


「今日はね、菫子ちゃんに私の息子を紹介したいの」



 ――さっそく来たか。



 強張りそうな顔がばれないように、菫子はキュッと口元を引き締める。


「菫子ちゃんと同い年で、今は初等科の二年生なの」

「来年は一緒の学園に通う同級生になるんだから、仲良くしなさいね」

「少し気難しい子だけど、仲良くなってくれたら嬉しいわ」


 楓は「連れてくるから、少し待ってて」と言うと、人だかりの中に消えていった。

 去っていく楓を見て葵は「楽しみね!」とにやけた顔を隠さず言うところ、未だに菫子が和樹のことが好きだと思っているらしい。あの後何度か「好きじゃない」と言うも、照れ隠しとしか捉えられなかったのだ。おそらく、葵は二人が仲良くなってあわよくば結婚してほしいとでも思っているのだろう。顔良し、家柄良し、何より親友の息子という好条件を見逃すはずはない。おそらく、その考えを楓も持っている。


 楽しそうな葵を横目に再び遠い目をしていると、「お待たせしました」と楓が戻って来た。そのうしろには、一人の少年がいる。


「私の息子の和樹です。和樹、彼女が菫子ちゃんよ」


 そして楓に背を押されて前に出てきたのは、いつか見た写真の姿より少し大きくなった鷹ノ宮和樹だ。



 鷹ノ宮和樹。


 『Flower Princess』においてメイン攻略キャラであり、桐島菫子の婚約者。

 古くから続く由緒ある家柄で、総合商社の社長息子。幼い頃から天才と持て囃され、誰をも魅了する容姿と勉学に運動に常にトップの成績を誇る彼は、まさに花之宮学園の王様。


 ――菫子を死に追いやる者の一人。


 七歳にしては大人びた表情に、幼いながらも眉目秀麗な美少年。金色に近い茶髪に青い目は日本人離れしていて、どこぞの王族のような雰囲気を醸し出している。美形な家族で耐性がついていると思っていた菫子だが、思わず見惚れてしまう。


「初めまして、桐島菫子です」

「鷹ノ宮和樹です」


 恭しく笑顔で挨拶をすると、和樹もまた大人じみた完璧な笑顔で答えた。

 おや、と菫子はその対応に怪訝を抱いた。ゲームの印象とは随分違い、紳士的で爽やかな印象に感じたのだ。

 そうして二人で見つめ合っていると、「それじゃあ後は若い者同士で」なんてどこのお見合いだという台詞を吐きながら、母親たちは煌びやかな世界へ消えていった。


 残された子供二人。周囲は興味深そうに眺めてくるが、菫子が視線を向けるとサッと顔を逸らされてしまう。

 前世の記憶を取り戻してから、家族以外の子供との初めての対面。しかもそれが、自分を死に導くかもしれない子供とは。些かハードルが高すぎるだろう。


 どう話を切り出そうかと考えていると、突然和樹は笑みを消した。その少し不機嫌そうな顔は、ゲームの顔と少し似ていて、菫子は思わずギクリと硬直する。

 そんな菫子の様子を気にすることなく、和樹はため息混じりで話し出した。


「子供だけで残すとか、薄情だよな」

「そ、そうですね」

「母さんは俺らを仲良くさせたいみたいだし」

「そうなのでしょうね」


 和樹も母親たちの思惑を把握しているらしい。思っていた以上に、和樹の思考回路は早熟しているようだ。この年齢で完璧な猫かぶりを行うとは、何とも末恐ろしいものである。

 そう菫子が考えていると、気のない返答に眉間に皺を寄せた和樹。そして何を思ったのか、ビシッと菫子に指を突きつけた。


「先に言っとくけど、俺はお前なんかと慣れあうつもりはないからな」


「……は?」


 言ってやったとばかりにふんぞり返る目の前の少年に、菫子は呆気にとられた。


 おそらく、母親経由で菫子が和樹のことを好きだという誤った情報でも伝わっているのであろう。そして和樹はそれが気に入らなくて、早々に切り捨てる発言をしてきたのか。


 それにしても。


(……面と向かって言われると、腹立つな)


 ゲームの二人の関係から少々横暴な態度でくるかもとは思っていたが、結果は初対面からの全面否定。予想より酷く、菫子は思わずに素で返してしまった。一瞬でも紳士的とか思った自分が恥ずかしい。

 所詮まだまだ子供だったか、と誤解を解くべく菫子が口を開いた時、予想外の邪魔が入った。


「きゃー! 鷹ノ宮さまだーーー!」


 少し遠くから、女の子の叫ぶ声が聞こえてくる。

 声の出所を見れば、少し離れたところにフリルの沢山付いたドレスを身に纏う女の子たちがいた。同じくらいの年齢だろうか、少女たちは和樹を見ながら、目を輝かせて楽しそうにお喋りをしている。


「お友だちですか?」

「……そう思うか?」

「……いいえ」


 少女たちを見る和樹の冷たい目が、全てを語る。

 「かっこいい」、「さすが鷹ノ宮さま」など、聞こえてくる少女たちの声は和樹を称賛するものばかり。時折「あの女は誰」と隣にいる菫子に対しての嫉妬じみた言葉も混じる。

 女の嫉妬は怖い! と冷や汗をかく菫子に対し、和樹は眉間に皺をそのままに少女たちを睨んでいた。


「あいつらは顔と家にしか興味がないんだよ」

「え?」

「どうせ、お前も同じだろ」


 そう自嘲気味に口にする和樹の姿は、ゲームの和樹の姿とよく似ていた。


 人を寄せ付けず、俺様で、横暴で、孤独な王様。

 外見と家柄に惹かれ近づく周りの人々。努力してもその結果が当たり前のように評価される。誰も自分自身を見てくれない。信頼できる人も限られる、そんな周囲の環境が、ゲームの和樹を作り上げた。

 そんな彼に初対面から身分なんて関係なく対等に接し、外見や家でなく内面を理解し褒めたのがヒロイン。そして、それがきっかけで和樹はヒロインに惹かれていく。


 安直な設定だが、そこがいい! と前世の菫子の姉が語っていたのを思い出す。

 ただ、菫子には和樹が被害妄想のコミュ障にしか映らなかった。自分から歩み寄りをしないくせに、理解してくれないと嘆く姿は滑稽でしかない。


「親しくない方でしたら、そうでしょうね」


 心底嫌そうなものを見る目で睨み付けてくる和樹に、何でもないように返した菫子。

 簡単に肯定されるとは思わなかったのか、和樹は一瞬驚いた顔をした。しかしすぐに「やっぱりな」と吐き捨てると、軽蔑の眼差しを菫子に向けた。

 そんな眼差しに対し、菫子は心外だと言わんばかりに鋭い目で見据えた。


「でも、似たようなものではありませんか」

「……何がだよ」

「内面を見ていないのは、あなたも同じでしょう?」


 ここにいるのがヒロインなら、きっと「そんなことないわ」と甘く優しい言葉を投げかけるのだろう。

 しかし、ここにいるのはライバルキャラの立場に転生した菫子。菫子とて、前世の記憶を利用し好感度を上げ、その座を奪おうとは思っていない。


 必要なのは菫子に関するシナリオを変えること。


 だから――



「勝手に否定しておいて、被害者面しないで」



 告げるのは、心からの本心でいい。

 

 和樹は菫子の言葉に息を呑み、目を見開いて固まった。

 

 菫子は接触が避けられないのなら、友人関係くらいには仲良くなることを考えていた。どのルートでも死亡フラグが立ってしまっている中、出来るだけ多くの味方が欲しかったのだ。

 そのことを考えれば、和樹に対して発したこの言葉は失敗だった。けれど、これで菫子が和樹を好きだという誤解は解けたであろう。それが出来れば最悪問題ない。期待する母親たちには悪いが、このまま疎遠になってしまえばいいのだから。


 固まる和樹をただ黙って見ていた菫子だったが、視界の端にこちらを窺う撫子と椿の姿を捉える。

 もういいかなと勝手に結論付けると、ドレスの裾を摘まみ、最初と同じように恭しく頭を下げた。


「無礼な発言申し訳ございませんでした。兄弟が呼んでいますので、これで失礼させていただきます」


 返事を待つことなく、そのまま背を向け姉達のいる方へ歩き出した。後ろから何か言いたげな視線を感じたが、振り返ることなく足早に進む。



 歩きながら菫子は、子供に対して言い過ぎたかなと、少しだけ反省をしていた。家族が近くにいないこともあり、無意識に前世の性格が出てしまったようだ。

 あんな事を言ったが、菫子は和樹を可哀想だと思っている。

 外見を見て騒ぐ女の子。鷹ノ宮の家を見て近寄る大人。優秀すぎるゆえ努力を評価されない。こんな子供の頃からそんな環境にいたのだ。あんな発言をしてしまう気持ちも分かるし、ゲームのような性格になってしまうのも頷ける。ゲームの菫子だって、その原因の一つだったから。



 ――今の彼が自分の未来を知ったら、変えたいと願うのだろうか。



(あぁ……なんか疲れたな)


 思っていた以上に、和樹との対峙に神経を使っていたらしい。


 少しだけ受けた和樹からの軽蔑の眼差し。

 何でもなく受けたように見えた菫子だが、本当は震え出しそうな身体を必死に抑えていた。

 違うとは分かっていても、思い出すのはゲームの中の菫子を断罪する和樹の姿。



 シナリオとは違う、和樹との初めての対峙。

 果たしてこれは、デッドエンド回避になったのだろうか。


 でも今は、全てを忘れて眠ってしまいたい。



 駆け寄ってくる兄弟たちを見つめ、菫子は静かに目を閉じた。




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