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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
幼少期編
3/30

菫子の家族



 あの日の後のことを話しておこう。


 菫子が前世の記憶を思い出した、あの日の後のことだ。



 当時の年齢は五歳。菫子は思い出した前世の記憶と今世の記憶の混濁により、奇声を上げてそのまま卒倒し、すぐさま救急車で病院に運び込まれることになった。

 母は突然倒れた娘に狼狽えて、父に「菫子が死んじゃう!」と泣きながら電話をした。仕事中にその電話を受けた父は当然慌てふためき、仕事を放りだして車を走らせた。学校で勉強中だった姉と兄も、連絡を受けて病院に駆け付けた。


 しかし診断結果は原因不明での意識不明。


 そんなはずはないと両親が募るも、いくら調べても健康であるその身体に、様子を見守ることしか出来なかった。

 意識不明のまま時が過ぎ、さすがにまずいのではと皆が思い始めた矢先、菫子は意識を取り戻した。あの日からまともに眠ることが出来なかった家族は安堵の胸を撫で下ろし、涙を流して喜んだ。


 しかし、問題は意識を取り戻した後だった。

 

 五歳の子供の脳にこれまでの五年間の記憶と、成人した社会人の記憶が混濁している状態。そこに乙女ゲームの記憶も加わり、何が前世で何が今世なのか、処理しきれない情報が頭の中を駆け巡っていた。

 虚ろな目で空を見上げていると思えば、突然堰を切ったように泣き出したり、発熱や嘔吐も止まらず、ただでさえ小さな身体は見る見るうちに衰弱していった。


 半年ほどは酷い状態が続いたが、家族や医者の献身的な看病の結果、少しずつ回復の兆しを見せていく。しばらくは不安定な状態が続いたが、さらに半年も経てば記憶の整理もつくようになった。そして七歳になった今では、これまでの症状が嘘のように元気になったのだ。


 それでも、家族からするといつまたあの状態になるかわからない油断できない状況に変わりはなく、周りは菫子に対し必要以上に過保護になっていた。若干鬱陶しいくらいに世話を焼いてくれる家族や使用人。窮屈だと思うこともあるが、そこには確かな愛を感じてしまい、嫌とは言えずにいる。



 そんなわけで、今日も菫子は頑張って幼女を演じているのだった。





 ◇◆◇





 前世の記憶を思い出した時と同じ、豪華な家具が並ぶ大きな部屋。そこは、桐島家のリビングにあたる。

 そしてあの日と同じ大きなソファーには、三人の子供がくっ付いて座っていた。


「もう少しで菫子も一緒に学校に行けるね」

「はい、とっても楽しみです!」

「椿はいいわよね。私なんて一緒の校舎に通えることなんてないのに」


 菫子はソファーの真ん中を陣取り、両隣に美少年と美少女を侍らせている。

 右隣にいる兄の椿は満面の笑みで菫子の頭を撫でていて、左隣にいる姉の撫子が不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「わたくしも撫子姉さまと一緒に通いたかったですわ」

「はぅっ……か、可愛い!」

「んー、姉さま苦しいですー」


 妹の上目遣いと可愛い言葉に、撫子は思わずむぎゅっと菫子を抱きしめる。そんな二人を見て「じゃあ僕もー」と椿も菫子に抱き付く。仲睦まじい兄弟の光景に、周りに待機している使用人たちは微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 成人の記憶がある身としては多少気恥ずかしさが抜けないが、可愛がってくれる姉と兄は大好きなので、菫子も素直に甘えている。


 すでに撫子と椿はゲームの舞台である花之宮学園に通っており、来年の春には菫子も通うことが決まっている。というよりも、すでに菫子は七歳なので本来なら初等科の二年生として学園に通っているはずだった。だが、過保護な家族と医者の判断で二年間は休学することになり、来年の三年生から学園に通うことになっているのだ。


 撫子は十二歳で中等科一年生。中学生にしては長身で腰まである黒髪は艶やかで美しい。少しつり目で気高く高貴な印象を抱かせる美少女。

 椿は九歳で初等科四年生。サラサラの黒髪に丸い目。今はまだ少女のように可愛らしいが、その整った容姿は将来イケメンになること間違いなしの美少年。


 そして兄の椿は『Flower Princess』の攻略キャラの一人でもある。

 ヒロインの二つ年上の先輩として登場し、ゲームにおいても菫子の兄だった。高等科の副会長を務め、甘いマスクと誰にでも優しい性格で学園の王子様と呼ばれ、学園中の者に慕われていた。迷子になったヒロインを助けたことから交流が始まり、様々な妨害を経て結ばれていくキャラクター。

 椿ルートでは、菫子は兄に近づく女狐が! と安定のお邪魔役で、撫子もヒロインを試したりするちょっとした小姑役で登場する。

 ゲームでの桐島兄弟の仲はさほど良くなく、特に昔から我儘放題だった菫子を二人は殊更(ことさら)に嫌っていた。


 しかし、現実の二人はというと――


「本当、菫子は可愛いわ~」

「うん、そうだね」


 揃ってシスコンだった。菫子も若干引くほどに。


 元々末っ子には甘い二人だったが、入院してからはさらに拍車がかかり、今ではせっせと菫子の世話を焼いている。そんな妹にべったりな二人は、菫子が学園に入るのを今か今かと待ちわびているのだ。


 このまま良い子でいれば嫌われないかな、と二人に挟まれてなされるがままほのぼのと兄弟仲良く戯れていると、突然扉が大きな音を立てて開かれた。


「ずるいわ! 私も混ぜてちょうだい!」

「葵……もう少し静かに入らないか」


 ドーン! と効果音がつきそうな仁王立ちで登場したのは、母の桐島葵。そんな母の後ろからは呆れ顔で入ってきたのは、父の桐島藤吾だ。いつも通りの両親に、子供たちは顔を合わせ苦笑した。


 葵は花も恥じらう美人である。少し子供っぽいところもあるが、大輪の花を彷彿させる彼女の笑みは多くの人を幸せな気持ちにさせてくれる。

 藤吾は少し厳格な雰囲気を持つ美男子。強面で冷淡な印象に見られるが、家族の前ではそれは崩れ去る。優しく愛妻家で子煩悩な父親だ。


 藤吾は子供たちの下に歩み寄ると、真ん中にいる菫子の顔色を見て安心した顔を見せた。


「今日は体調が良さそうだな」

「はい。大丈夫です、お父さま」


 微笑む菫子に、「そうか」と口元に笑みを浮かべ大きな手で優しく小さい頭を撫でる。父の大きくて優しい手は、菫子は大好きだ。手にすり寄り、父からの愛に応えるべく今日も全開で甘えると、途端に藤吾はデレデレした顔に変わった。父親も親ばかである。


 菫子の両親はゲームに直接関わってくることはない。登場するのは、菫子が家族から絶縁されるシーンのみなのだ。そのシーンからは、娘を簡単に切り捨てる非情な父とヒステリックな母という印象を持っていたのだが、現実の二人は見ての通り優しく、過保護な父に少し子供っぽい明るい母といった印象。

 ゲームとは違う両親と兄弟。それは、菫子をとても安心させるものだった。


 なんとも和やかな雰囲気の中。家族団欒を微笑ましく眺めていた葵は、はっと何かを思い出し、足取り軽く菫子のそばまでやってきた。


「そうだったわ! 菫子、来月にパーティーがあるの。今度こそ和樹くんに会いましょうね」

「……パーティー? か、ずき?」


 和樹。鷹ノ宮和樹か。


 二年ぶりに聞いた、菫子の鬼門ともいえる人物の名前。

 唖然とした様子の菫子に気付くことはなく、葵は笑顔で菫子を追い詰めてく。


「本当は何年か前のパーティーで和樹くんに会わせてあげるはずだったの。覚えているわよね? 鷹ノ宮和樹くん。あの後あんな事になってしまったから、顔合わせの機会は延期しましょうって話になったの。それでね、体調も大分良くなったことですし、菫子が学校に通い始める前に二人を会わせて仲良くなった方がいいわよねって(かえで)さんと話をしたの。来月にパーティーがあるからちょうどいい機会だと思うのよ。だから、パーティーに一緒に行きましょうね」


 ノンブレスで言い切った葵の言葉を、菫子は半分も理解できなかった。ちなみに楓とは和樹の母、鷹ノ宮楓だ。

 だが、これだけは理解していた。


 パーティーに行ってはいけない、と。


 しかめっ面にならないように顔を引き締め、どう言い訳をして断るべきかを考えていると、普段より低い声の藤吾が話し出す。


「……別に無理に会わせることもないんじゃないか?」

「そうだよ。菫子の体調が悪くなったら大変だし」

「そうね。それに、うっかり惚れられでもしたら大変だわ」


 父と姉達が過保護を拗らせているが、もっとやれと菫子は言いたい。それに便乗してみようかと思っていれば、とどめを刺してくれたのはやはり母であった。



「あら何を言っているの? 菫子は和樹くんのことが好きなんですから、そんな事言ったら可哀想じゃないの」



「――は」



 これは誰の声だったか。


 葵の一言に、一瞬にして場が凍りついた。



「――ちょっと待て、なんだその話は」


 いち早く正気を取り戻した藤吾は、顔を引き攣らせながら葵に問いかける。だがそんな様子を全く気にせず、やはり葵は笑顔で語る。


「え? 和樹くんの写真見た時に菫子が、とっても素敵! って言ったのよ。あれってやっぱり一目惚れよね! ふふふ。楓さんも嬉しそうにしていたわ」

「……そ、そうなのか?」



 ――『とってもしゅてき!』



 確かに菫子は言っていた。記憶を思い出す直前に。


(あ、あれって一目惚れになるの!?)


 思わぬ誤解に、開いた口が塞がらない。


「お、お母さま、わたくし一目惚れなんてしてないですわ!」

「まぁ、照れなくていいのよ」

「だから違います!」

「あらあら、ムキになっちゃって」


 何としても誤解を解かねば! と葵の腕に縋るも、この人には全く通じなかった。

 愕然とした様子の菫子に気が付く様子もなく、葵はすでにパーティーに思いを馳せるのだった。


「来週、パーティーで着るドレスを買いましょうね!」

「……はい」



 最大の敵は母親だったらしい。



 もはや誰も発言できない部屋の中、顔が引き攣らないようにするのに精一杯の菫子だった。




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