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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
29/30

君に贈る髪飾り 2



 そうして歩くこと数分。目的地に到着したのだが――


「ここですわ」

「……ここ、か」


 和樹はお店を見た瞬間、頬をひくりと引き攣らせた。何故なら、そこは可愛いアクセサリーや小物がたくさん置いてある、見るからに女の子向けの雑貨屋さんだったからだ。

 やはり思春期の男の子が入るには、抵抗があるのだろう。


「外でお待ちになりますか?」

「……いや、行く」


 菫子が気遣いを見せるも、和樹はどことなく目を据わらせ、意を決する。そして二人はボディーガードで待つように告げると、揃って店内へと入っていった。


 可愛い雑貨屋さんにテンションが上がり、意気揚々と店内を物色し始めた菫子だったが。


「……うーん、これも良いけれど、こっちも可愛いですね……」


 どれもこれも実に可愛いものばかりで、次々と目が移ってしまっていた。優柔不断の悪いパターンだ。

 うーむ……と目を細めて唸る菫子に、気まずそうにしながらも一緒に物色していた和樹が「そういえば」と話しかけた。


「何を買うんだ?」

「撫子姉さまへのプレゼントを買いたいのです」

「……撫子さんって、今頃が誕生日だったか?」

「いいえ、違いますわ。ただ、ちょっとした贈り物をしようかと思いまして」


 その答えに、ますます首を傾げる和樹。それを見て菫子はふふっと笑うと、「実はですね――」と嬉しそうな声でとある事を伝えた。


「姉さまと柊一先輩が、お付き合いを始めたんです」


 そう。なんと、ついに、やっと、柊一と撫子は付き合い始めたのだ。


 それは学園祭の最終日、柊一が勢い余って撫子に告白したことから始まる。テンションが上がり過ぎたのだろう、彼は大勢の前で「好きです!」とその想いを告げたのだ。こんなところだけは実に男前である。

 もちろん撫子は柊一からの突然の告白に、それはそれは驚いた。だが、柊一のことは全く恋愛対象として見ていなかったので、最初は断ろうと思ったらしい。しかし、こんな衆目の中でそんな事を告げれば、彼の名誉に傷が付くかもしれない。そう考え、「お友達からでお願いします」とよくある常套句でその場を逃げたのだ。

 しかし、柊一はめげなかった。いや、そこから本気を出したと言うべきか。

 告白してからというもの、柊一は何かが吹っ切れたように積極的に撫子へのアプローチを開始したのだ。言葉で、態度で、行動で。自分の気持ちを、真っ直ぐ撫子に伝え続けた。


 そしてつい先日。真摯な柊一の想いについに撫子は屈し、二人は見事恋人になったのである。


 ゲームのことを考えると、二人の交際には不安は残る。でもこの世界の柊一は、撫子に不義理な真似はしないだろうと信用しているので、菫子は二人のことを心から祝福していた。

 ちなみにアプローチ期間、恋愛相談は不定期から週三にレベルアップしていたりするのだが。


 交際のことを伝えると、愚痴を聞かされてきた和樹も感慨深く思ったのか、「へぇ」と面白そうに口元を上げた。


「ようやく付き合い始めたのか、あの人たち」

「えぇ。ようやく、ですわ」


 その言葉の重みたるや。これまでの日々を思い出し、遠い目になる菫子。

 

「良かったな、面倒事が無くなって」

「……付き合い始めたら、無くなると思いますか?」

「……撫子さんにおめでとうと言っておいてくれ」


 ジト目で見つめてくる視線から逃れるように、和樹は先ほどの続きを尋ねた。


「それで、どんなものを買いたいんだ?」

「……そうですねぇ。今わたくしが付けているような、髪飾りがいいかなと思っているのですが」


 菫子はくるっと背を向けて、本日ハーフアップに纏めた髪に付けた、お気に入りの髪飾りを見せびらかす。

 しかし――


「……付いてないぞ?」

「何を言っているのですか。ここにちゃんと……あれ」


 手を頭のうしろに持っていくも、そこには髪の毛の感触しかなく。「あれ、あれっ?」と頭をあちこち触るが、髪飾りはどこにも無い。


「な、ない!? どうして――」


 家を出る時には絶対に付けていたはずなのに、どこで落としたのか。記憶を巡らせて思い当たったのは、初めに入ったあのブランド店。あの大混雑だ、誰かにぶつかった拍子に外れてしまったのは、容易に推測出来る。しかもあんな中に落ちたのならば、きっと無事ではすまないだろう。

 想像した髪飾りの末路に、菫子は「うぅー」と涙目で項垂れた。


「そ、そんなぁ……」

「そんなに大切なものだったのか?」

「……椿兄さまから頂いたものだったのです」


 「菫子に似合うと思って」と相変わらずのタラシ文句と共に貰った、可愛いリボンの髪飾り。すごく気に入っていたのに、無くしてしまうとは。

 無くしたことで椿は怒りやしないだろうが、兄への申し訳なさと、自分の不甲斐無さに、菫子のテンションはガタ落ちだ。


「はぁー……」

「……あー。そういえば、もう少しで菫子の誕生日だったな」

「……っ」


 盛大に落ち込む菫子の気分を少しでも上げようと、和樹はひと月先にある彼女の誕生日に話題を逸らそうとした。

 しかし普通の子供なら嬉しいはずのその話題だが、どうしてかその顔は、さらに沈んだものへと変わる。


 それは、菫子にとっては悩みの一つでもあるからだ。


(――誕生日なんて、来なければいいのに)


 実に子供らしくない想い。これくらいの子供なら、早く大人になりたいと考える年頃だろうから。もちろん菫子自身も、大人としての意識があるため、早く成長したいという気持ちはある。



 あるのだが。



 それでも、やはり考えてしまうのだ。だって――



「――あと三年、かぁ……」



「なにがあと三年なんだ?」


 思わず零れ落ちた言葉を、和樹に拾われた。


「えっ? あー……あと三年で高校生になるなーと、思いまして」

「……まぁ、そうだな。先に中学生だけどな」

「そ、そうでしたわね!」


 明らかにおかしな言動に、胡乱げな視線が注がれる。それに対し菫子は「おほほほほっ」と下手くそな笑いで誤魔化すと、逃げるようにその場を離れてプレゼント選びを再開した。


 見るからに動揺していたその態度に疑問が浮かぶが、わざわざ追いかけてまで問い詰めるつもりも無く。和樹はため息を一つ吐くと、なんとなしに店内を見回した。先ほどまでは近くに菫子がいたから留まれたものの、一人になれば居心地が悪いことこの上なく。


「……出るか」


 一、二も無く決断し、一歩踏み出した時。


「――あ」


 視界にとある物が目に入り、無意識にそれに向かって手を伸ばした。

 それを手に取り暫し思案すると、その足は店の外ではなく、奥へと向かっていく――



 一方の菫子。


(あーもう。ダメだなー私は)


 アクセサリーコーナーを漁りながら、自分を叱責していた。

 少しでも気を抜けば、陥ってしまう負の思考。死の未来が待っているのだから、それは仕方ないこと。けどこんな所でそんなことを考えたって、どうしようもない。一緒にいる人に心配をかけるだけだ。

 パンパンッと頬を叩いて気を引き締め直した菫子は、暗い思考回路を頭の片隅に追いやり、黙々と姉へのプレゼントを探し始めると。


「……これ、綺麗」


 目を惹かれたのは、一点物と書かれた綺麗な蝶の髪飾り。大人っぽくなった撫子に良く似合いそうだし、何より一点物。女はそういうものに惹かれる生き物だ。

 手に取って、値札を確認する。安過ぎず高過ぎず、いいお値打ち。


「うん、これにしますわ」


 そうと決まれば他に目が移る前に買ってしまおうと、菫子は足早にレジへと向かった。



「お待たせしました」

「いや。お眼鏡に適うプレゼントは買えたのか?」

「はい」


 店から出て和樹たちと合流した菫子の顔は大変満足気で、先ほどまであった陰りはすっかり姿を消していた。


「この後はどうしますか?」

「さっき母さんたちに連絡したら、もう少し買い物をしたいらしいぞ」

「それなら、どこか喫茶店にでも入って待ちましょうか」

「……そうするか」


 女の買い物は長い。

 幼いながらも経験から悟る和樹は遠い目で携帯を見つめ、菫子は苦笑しながらその背を押し、二人とボディーガードたちはゆったりとした足取りで、目的地に向けて歩き出した。



 先ほどと変わらず、二人は周りの視線を集めながら歩いていると、


「あぁ、そうだ」


 突然そんな声を出した和樹は、徐にカバンの中に手を入れる。


「ほら」

「え?」


 そして少しぶっきら棒に差し出したのは、先ほどまでいた雑貨屋の小さな紙袋だ。袋と和樹を交互に見つめ、その意図を図りかねる菫子に、


「まだ少し早いけど、誕生日プレゼント」


 何でもないようにそう告げた和樹。

 菫子はその言葉にたっぷり三拍開けてから、弾かれた様にズザッと後退った。


「う、受け取れませんわ!」

「なんでだよ。毎年上げているだろ?」

「そ、れは……そうですけど……」


 和樹の言う通り、二人はお互いの誕生日にはプレゼントを上げ合っている。それは、母親にせっつかれて始まったことだが、何だかんだ四年以上続いている恒例行事だ。

 でも今までプレゼントの中身はというと、文房具や限定のお菓子だったりと、色気のいの字も無い当たり障りないものだった。

 だから中身は分からないが、可愛らしい物を貰うのは、なんとなく気が引けるのだ。もちろんそれは、死亡フラグ的な意味でも。


 ムムムっと袋を睨みつける菫子に、少し考えた和樹は大袈裟に肩を竦めて見せた。


「まぁお前がいらないのなら、これは捨てるしかないけど――」

「それはいけませんわっ!」


 何て勿体無いことを! と咄嗟に出た貧乏性。思わず発した声に、ふふんっと勝ち誇った笑みを浮かべた和樹を見て、誘導されたのだと気が付くも後の祭りで。

 

 これは受け取るしかないのか……! と恐る恐る袋に手を伸ばす菫子に、和樹はプッと小さく噴き出す。


「何を想像しているのかは知らないけど、そんなに大した物じゃないぞ?」


 中々辿り着かない手に痺れを切らし、「ほら」と無理やり袋を握らせた。

 まるで危険物かのようにプレゼントを警戒する菫子。しかし受け取ってしまったからには、中身を見て、お礼を言わなければならない。

 「あ、開けてもいいですか?」と一言断りを入れ、再び恐る恐る袋の中に手を伸ばした。


 そして出てきたのは、青い小鳥をモチーフにした髪飾り。


「……髪、飾り」

「たまたま目に入ったからな」


 たまたま、にしては大変可愛らしく、男のくせにセンスがありすぎるこの少年に嫉妬の念は禁じ得ない。

 でもこれを選んだのは、髪飾りを無くした菫子を少しでも元気付けようとしたのだろう。

 それは、容易に想像することが出来た。


「――ありがとうございます」

「どういたしまして」


 菫子はきゅっと髪飾りを握りしめ、顔を伏せながらお礼を言う。下を向いていたため、和樹に見られることはなかったその顔は、花の蕾が綻ぶような、優しい笑顔だった。


 用意周到なことにタグは外されてので、折角貰ったのだ。菫子は無くしたリボンの代わりに、小さな小鳥をパチリと頭に付けた。

 そして雑貨屋でやったのと同じように、くるっと和樹に背を向ける。


「似合いますか?」

「あー……まぁ似合うんじゃないか?」


 相変わらず五十点な褒め言葉。贈り物のセンスはいいのに、どうして言葉のセンスはないんだろうか。

 しかしそれはこの場で指摘することでも無いので、気を取り直して喫茶店に向かおうとした時――



「――そうそう! それでねー」



「――っ!?」



 一瞬すれ違った少女の顔に、菫子は目を見開いた。そして慌てて振り返るも、既に人ごみの中に紛れてしまったのか、その姿を捉えることは出来なかった。



(……気のせい?)



 そう思うも、ドクリドクリと大きく脈打つ胸の音だけが、菫子を支配する。




 だって、あの横顔は()()()によく似て――――




「菫子? どうかしたのか?」


「――っいえ、何でもありませんわ」



 和樹の声に、意識が現実へと戻された。

 怪訝な顔を向ける和樹に、菫子は無理やり笑顔を張り付ける。そして「さぁ、早く喫茶店へ行きましょう」とせっつき、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしたのだった。




 黒い髪の中に、小さな小鳥が揺れている。




遅くなってすみませんでした。

これにて初等科編終了です。

閑話を数話挿んでから、中等科編に入ります。

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