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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
28/30

君に贈る髪飾り 1



「さぁ! 行くわよ!」


 その気迫、まさに戦場へ赴くかの如く。ただしその場所は、とあるショッピングモールの中なのだが。

 そんな、見るからに気合の入った葵のうしろには。


「……はい」


 すでに疲れ切った顔でトボトボと歩く菫子がいた。



 凍てつくような風は肌に突き刺さり、ふぅと一息吐けば空気が白く色付く季節。菫子は母、葵に連れられて買い物に来ていた。

 なんでも海外の人気ブランドショップが日本に初出店したらしく、そのブランドの大ファンである葵は指折りにこの日を待ち侘びていたのだ。そして開店初日の今日、唯一暇だった菫子を連れて、出店している大型ショッピングモールへと意気揚々とやって来たわけである。


 しかし、お店に入ること十数分。


「お、お母さまっ、外で待っていても、いいですか?」


 菫子は早々に白旗を上げた。

 舐めていたのだ、女性たちの買い物に対する貪欲さを。


 人気ブランドの初出店。もちろんそれは盛大に広告され、限定品の販売やセールも行われる、言わば一種のお祭り状態だ。そのため普段なら尻込みしてしまう庶民の奥様方も大量に押し寄せており、お店の中は大混雑を極めていた。

 そんな人波に押されて揺られて揉まれて。当たり前のように、菫子のHPはゼロになったのだった。


「あら疲れちゃった? そうねー……私はもう少しだけ見ていきたいから、お店の前にあったベンチで待っていて。田嶋、菫子を任せていいかしら?」

「畏まりました、奥様」


 葵はすでにふらふらな娘を、近くで控えていたボディーガードの田嶋に託す。田嶋は桐島家に雇われているボディーガードの男性で、本日は荷物持ちとして駆り出された哀れな生贄の一人だ。菫子の頭を一撫でした葵は、「もう一頑張りよ!」ともう一人のボディーガードを引き連れ、再び人波の中に飲まれていった。

 あの元気を少しでいいから分けて欲しい。切実にそう思った菫子だ。


 田嶋に促されるまま店を出た菫子はベンチに腰掛け、ようやく訪れた平穏に、はぁと一息吐いた。途端じんわりと滲み出てきた汗に、堪らず上着を脱ぐ。外はすっかり寒いのだが、こういったショッピングモールは暖房が効き過ぎでいけない。


 汗を拭う菫子を見て田嶋は辺りに視線を巡らせると、少し離れたところにコーヒーショップを発見した。そこなら、お嬢様の体力を少しでも回復させてくれる飲み物が売っているはず。そう思い買いに行こうとするも、その足は動かず。田嶋の視線は、菫子に注がれていた。

 雇い主の家族が、殊更大切にしているお嬢様。そんなお嬢様を、ここに一人残して行くわけにはいかない。かと言って、はたしてHPゼロのお嬢様を歩かせていいのだろうか。他の人から見ればどうでも良いように思えるが、彼にとってそれはそれは重大な案件だ。

 しかしそんな葛藤も、「暑い……疲れた……」と無意識に呟かれた言葉によって終わりを告げる。一先ずはお嬢様を回復させることが最優先か。田嶋は燻る不安を押し潰し、菫子の前に跪いた。


「お嬢様、なにかお飲物でも買ってまいりましょうか?」

「……お願いします」

「ではすぐ戻りますので、決してこちらから動かないようお願いします」

「分かりました」

「いいですかお嬢様。くれぐれも、ですからね」


 最後に入念に念押しすると、田嶋はちらちらと振り返りながらも足早にコーヒーショップに向かって行った。菫子は相変わらず過保護すぎるボディーガードに、「信用されてないなー」と苦笑を漏らす。それもこれも自分に原因があるので、文句は言えないのだが。


「そろそろ一人で外出もしたいけど……まだまだ先になりそう」


 むしろそんな日が来ない気がするのは、気のせいだと思いたい。



 田嶋が離れて二分。そろそろ戻ってくるかなーと、菫子が足をぷらぷら揺らしながら待っていると。


「――君、一人かい?」


 帽子を深く被った、見るからに怪しい男に声をかけられた。顔はよく見えないが、三、四十代といったところか。唯一覗く口元が弧を描いていて、不気味な印象しか抱けない。


(これは……ダメだな)


 関わってはいけない人だと直感する。どう見てもそっちの趣味の人か、誘拐犯にしか見えない。

 こういう輩は相手にしないほうがいいだろう。菫子は何も聞こえませんよーと無表情を作り、無視を決め込んだ。しかし男はめげずに「いくつなのかな? お母さんはどうしたの?」と話しかけながら、ついには菫子の座るベンチに腰かけてきた。反射的に距離を開けるも、すぐにすっと詰められる。


「お嬢ちゃん……とっても可愛い顔してるね」


 ねっとりした声と視線が気持ち悪い。さすがに少し危機感を覚え、今までと違う汗が背筋を伝う。

 そしてこちらに向けて伸ばされた手に、慌てて田嶋の下へ向かおうとした時。


「――おいおっさん」


 険のある少年の声が届く。

 その声は、家族の次によく聞いている人物の声。菫子は安堵から頬を緩まして、声の主を見上げた。


「な、なんだね君は?」

「通報されたくなかったら、早くどこかに消えろ」


 携帯を片手に、十二歳とは思えない威圧で二十以上は年上の男を凄む和樹。

 初めは不快そうにする男だったが、和樹を見た瞬間その存在に圧倒されたのか、「ひぃっ」と間抜けな声を上げながら、そそくさと逃げ去った。

 小さくなっていく男の背に、和樹は不快そうにふんっと鼻を鳴らすと、男の代わりに菫子の隣に腰かける。そして警戒心の薄いのんきな少女に苦言を呈した。


「菫子、お前ちょっとは警戒心持てよ」

「……持ってますわ。けどああいう方は相手にしない方がいいかと」

「相手にしなくたって、無理やりどうにでも出来るだろう」

「……」

「こういう時は叫ぶなり逃げるなり、携帯でもチラつかせればいいんだよ」


 至極真っ当な意見に、返す言葉も無い。でもやっぱり子供に言われるのは大人としての意識が釈然とせず、菫子はむぅっと唇を尖らせておいた。


「そんな事より、なんでこんな所に一人でいるんだ?」

「お母さまがあちらで買い物しているので、わたくしは休憩中です」


 指差した先は、先ほどより一層人が増えた目の前のブランド店。それを見て和樹は「うわぁ……」と心底嫌そうな顔を作った。やはり男性はこういうのは苦手なようだ。


 いつの間にか戻ってきた田嶋から飲み物を受け取った菫子は、先ほどの出来事を告げ口されまいと身を乗り出して和樹に話しかけた。


「和樹さんはどうしてここに?」

「あぁ俺も――」

「あら、菫子ちゃん?」


 和樹の言葉を遮ったのは、彼の母親である楓だった。とてもシンプルな服装なのに相変わらず色気が漂って見えるのは、ブランドの服のせいか、それとも楓の存在そのもののせいか。


「楓おばさま! お久しぶりでございます」

「久しぶりね。もうすっかり素敵なレディになっちゃって」

「ありがとうございます」

「ふふ、和樹が急いでこっちに行くから何事かと思ったけれど……そういうことね」

「……なんですか」

「いいえ、なんでも」


 見透かすような母親の視線から逃げるように、和樹はふいっとそっぽを向く。すると図ったかのようなタイミングで、紙袋をボディーガードに持たせた満足顔の葵が店から出てきた。


「まぁ、楓さんじゃない!」

「葵さんもいらしたのね」


 楓の姿を見た途端、目を輝かせて駆け寄る葵。そして二人の母親は子供から少し離れると、こそこそと井戸端会議セレブ版を始める。

 嫌な予感が頭を過り怪訝な顔を浮かべる子供たちに、ニッコリと笑顔を作った母親たちは。


「じゃあ私たち、もう少しこの辺りで買い物したいから」

「あなたたちは一緒にどこか他の所でも見てらっしゃい」


 そう告げると「じゃあ後のことは頼んだわよ」と各々のボディーガードに子供を託し、楽しそうに雑踏の中に消えていった。


 残された二人の子供と、それぞれのボディーガード。


「……これは偶然なのでしょうか」

「……さぁ、どうだろうな」


 はぁーと揃ってため息を吐く二人は、この件に関してはピッタリと息が合うのだった。


「……どこか行きたい所はあるのか?」

「一応、ありますけど……」

「じゃあそこに行くか」


 母親たちの思惑はさておき。置いて行かれたものはしょうがないと、とりあえず二人は菫子希望のお店へと向かうことにした。


 道中、菫子は田嶋に買ってもらったアイスティーを飲みながら、そういえば和樹とこうして外を歩くのは初めてだなーと思い至り、ちらりと隣を覗く。


 同じ年のはずなのに、背はすでに菫子の頭一つは分大きいだろうか。服装はシックで大人っぽく、醸し出す雰囲気はとても小学生のそれでは無い。さらに顔立ちも少し男らしくなって、より一層彼の魅力を引き立たせている。それを証明するかのように、すれ違う女の子たちはこぞってぽぉっと頬を赤らめていた。


 その反応に、菫子はどこも変わらないなと苦笑いを浮かべ、和樹の観察を止めて視線を映す。そしてショーウィンドウに映った自分の姿を見て、がっくりと肩を落とした。相変わらずその姿は可愛いと自画自賛出来るのだが、記憶を戻したあの日から大した成長が見られないのだ。ゲームの姿に近づいていないことは嬉しく思うが、反面――――菫子はそっと下を向き、平坦なそれにくぅっと目元を覆った。


「……突然どうしたんだ?」

「い、いえ……。ただ、少し自分の将来に不安と恐怖を覚えまして……」


 まだ小学生、されど小学生。帰ったら対策を調べなければと、今はそっと目に見えぬ涙を拭い続けた。

 たまに見せるこの少女の奇怪な言動に、若干慣れつつある和樹は「……そうか」とだけ溢す。ただその目は呆れながらも、微かに優しさを宿しているものだった。


 そんな二人の少しうしろで。ボディーガードたちが生温かい目で二人を見守っていることと、傍から見れば完全にデートな状態であることは、どちらも気付くことはなかった。




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