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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
27/30

もう一つのデッドエンド 7

3/30

ほぼ全話改稿しました。

詳しくは活動報告をご覧ください。




「ったく、何やってんだお前は!」

「……ごめんなさい」


 お姫様は現在、とても怒られていた。しゅんと小さくなって項垂れるその姿は庇護欲を誘うが、目の前の男にそれは通用しない。


「一歩間違えればこんな怪我じゃ済まなかったんだぞ!」

「……はい」


 包帯を巻く手つきはすごく優しいのに、その顔と声は非常に険しい。

 こんな風に怒られたのは今世では初めてだな。そんな少し場違いなことを考えていれば「聞いてるのか!」と怒鳴られ、慌てて背筋を伸ばす。普段優しい分、怒るととても怖いのだ。


「これでよし」

「ありがとうございました……」


 その後もくどくどお叱りの言葉を貰いながら手当てを受けていた菫子、終わった時にはぐったりとソファーに沈み込んでいた。ものの数分で終わったはずなのに、何時間も説教されていた気分だ。

 手当て終了と共に説教を終えた西條は、小さな紙に怪我の経緯や状態などについて簡易書きして菫子に手渡した。


「それ持って明日病院に行くんだぞ」

「え……でも、もう痛く」

「行・く・ん・だ・ぞ」

「わ、分かりました」


 ここまで念押しされれば、従う他ない。

 病院でも怒られそうな気がすると、今からげんなりな菫子だ。


「他にどこか痛むとこはあるか?」

「特にありません」

「気持ち悪いとかは? 気になるとこはあるか?」

「大丈夫です」


 腕以外は特に異常は無く大丈夫だと伝えるのだが、西條の眉間の皺はくっきりと浮かんだまま。そして触診を止めると、何かを探るように菫子を見つめた。


「……なんであんなことしたんだ?」

「あんなこと?」

「九重を庇っただろ。自分だって危なかったかもしれないのに」


 あぁその事か。少し前のことなのに、ずっと前に感じるのはどうしてだろう。

 またしても違うことを考えそうになるのを察してか西條の視線が厳しくなり、菫子は慌てて思考を戻した。


 なんであんなことをしたのか。そう聞かれれば、仕方がなかったとしか言えない。


 だって思ったのだ。



 ――死なせたくない、と。



 少し前まで色んな事を考えてごちゃごちゃ悩んでいたのに、いざその場面に直面したらそのことしか考えられなかった。それはもう悩んでいた自分が馬鹿らしく思えるほど。

 そう思ったから、あの時菫子の身体は動いたのだ。


 でもそんな事を伝えるわけにもいかないのでここは――


「西條先生がやりたいようにやれと仰ったではありませんか」

「……はぁー。確かに言ったけどな、あんな事をさせるために言ったんじゃねーぞ」


 「俺のせいにするな」と西條は菫子にデコピンを食らわせる。あまり反省した様子のない菫子にどうしたもんかと考えあぐねいていると、西條はある事を思い出しふっと人の悪い笑みを作った。


「ま、これから本当のお説教タイムが始まることだし頑張れよ」

「え?」

「お前の家族が、無事でよかったーって言うだけで終わると思うか?」


 想像し、項垂れた。あの舞台上からでも、すぐにでも駆けつけようとした家族の姿は見えていた。泣き出しそうな顔で心配していた家族が。真綿に包むように過保護な家族が、自ら危険に飛び込んだことをどう思うか。普段優しい分、以下同文なのだ。

 「しっかりと叱られて来いよ」と嬉しくない西條の言葉に背中を押され、甘んじて説教を受ける覚悟を決めた時、医務室のドアが大きな音と共に乱暴に開かれた。


「菫子先輩っ!」

「ら、蘭くんに……蓮くん?」


 勢いよく飛び込んできたのは王子様から小学生に戻った蘭。そしてそのうしろには蓮もついて来ていた。


「お、ちょうどいいところに来たな。九重、お前も診察するからそこに座れ」

「え、いえ、僕は何ともありませんから」

「今時の子供の大丈夫は信用出来ないんだよ」


 それは主に菫子とか菫子とか菫子とか。言葉にしないながらも感じ取り、すっと視線を逸らすことで逃げた。

 渋々椅子に腰かけた蘭は菫子の腕にぐるぐる巻かれた包帯を見て、くしゃりと顔を歪めた。


「……怪我、平気ですか?」

「えぇ。こんなもの何ともありませんわ」

「そ、そうですか……本当に良かったです」


 ひらひらと振って大丈夫アピールをすると、安堵した蘭は涙目で「ありがとうございました」とお礼を言ってあの後のことを話してくれた。


 劇はそのまま無理やりラストシーンに繋げ、なんとか無事に終了したらしい。観客もあのアドリブで誤魔化せたようで、特に大きな混乱はなかったようだ。

 そして事の元凶である下野。彼はセットを倒した後、逃げようとしたところを教師に捕まって今は別室で事情聴取されているとのことだ。そこでは九重兄弟への恨み言の他に、何故か菫子と和樹のこともぼやいているらしい。あの数秒の対峙のせいだろうか。下野の執念深さに、今さらながら菫子はぶるりと身を震わせた。


 今はまだ下野の処分は保留状態らしいが、おそらく退学は免れないだろう。それだけのことをしたのだ、同情の仕様もない。


 どう見ても被害者である蘭だが、やはり責任を感じているのかずっと菫子に「巻き込んですみませんでした」と平謝りだ。手当が終わる頃になんとか後日家に来るということで宥め終えた。


 そして蘭たちの帰り際。医務室に入ってから一言も言葉を発していなかった蓮は、消え入りそうな声で菫子に話しかけた。


「……あの」

「どうしました?」

「……蘭を助けてくれて……ありがとう、ございました」


 真っ直ぐ見つめるその瞳には、安堵の他にまだ少しの不安が残っている。自分の半身を失いかけたのだ、無理もない。

 そんな蓮の姿を見ればやっぱり助けて良かったと思え、菫子の顔には自然と笑顔が浮かんだ。


「どういたしまして」

「……あ、あと」

「え?」


 しかし蓮はまだ何かあるのか、先ほどとは打って変わり視線をあちこち彷徨わせる。どうしたのかとじっと見つめ返すと、ほんのり頬を赤く染め、


「えっと……こ、この間は、その、す、すみませんでしたっ」


 蓮はがばっと頭を下げ、蘭を置きざりにして医務室を出ていってしまう。その勢いは、相変わらず嵐のよう。慌てて蓮を追う蘭を見送りながら、そんな事を思った菫子だ。


「九重の弟となんかあったのか?」

「えっと……ちょっとだけ」


 曖昧に笑って誤魔化した。もしかしなくても、あの謝罪は下野と対峙していた時のことだろう。意外と律儀な子なんだなと、思わずくすりと笑う。

 そして、今ので蓮の本当の性格がなんとなく分かった気がする。


「――ツンデレだな」


 間違っていないだろうと、菫子は一人うんうんと頷いた。



「ここまででいいのか?」

「はい。すぐそこですから」


 初等科校舎まで送ると言う西條の申し出を断り、菫子は特別棟の入り口まで送ってもらった。彼にも仕事がある、いつまでも邪魔をするわけにはいかないのだ。


「じゃあお大事にな」


 最後に西條の手がくしゃっと菫子の頭を撫でた時、ふと数日前のことを思い出した。


(そういえばあの時たしか――)



「先生、あの時――」



 甘くむせ返るような金木犀の香りが二人を包む。



 菫子の初等科最後の学園祭は、そんな怒涛の展開で幕を閉じたのだった。





 ◇◆◇





 菫子を見送った西條は、自分の城(医務室)へと戻るため、一人廊下を歩いていた。

 学園祭真っ只中でも、ここ特別棟はいつもと何ら変わらない、静かで少し緊張感漂う空間だ。


 西條はしばらく歩くと(おもむろ)に携帯を取り出し、履歴の一番上にある名前に電話をかける。ピッタリ三コール目。いつもと同じタイミングで、携帯の向こうから『はい』と少し皺がれた声が聞こえてきた。


「西條です。今お時間大丈夫ですか?」


 相手には見えないが、少し居住まいを正す。そしてその声色は、先ほど菫子を相手にしていた時とは違ってとても硬い。電話相手との上下関係が窺い知れる。


「はい。明日そちらに行くと思うので、一応ご連絡をと思いまして」


 廊下には西條の声と足音だけが反響する。そして淡々と伝えられる今日の出来事。


「怪我の状態は軽い打撲ですね。一応処置もしていますが、そちらでも確認しておいてください」


 しかしそう伝えた後、相手からの返答に西條はピタリと歩みを止めた。その顔はとても険しい。


「……そうですね、()()()の方も、問題はないと思います」


 ふぅと相手に聞こえないように小さくため息を吐くと、再び足を動かす。先ほどよりも歩みを速くすれば、すぐに目的地に到着した。


「しばらくは注意しておきます。――――はい、ではご連絡お待ちしています。失礼します」


 電話を切ると、緊張が抜けたのかふぅーと深いため息を吐き出す。そしてそのままお気に入りの椅子に深く腰掛けた。

 ギシリと小さく軋む音を聞きながら、思い出していたのは先ほどの会話――



『先生、あの時言った()()ってなんのことですか?』


『――そんなこと言ったか? 覚えてねーな』

『……そういえば先生はもう三十――』

『それ以上言う口はどれだ? あん?』

『ひゅっひゅみまふぇんっ』



 西條は菫子からの質問をからかうことで流したが、正直に言うと追及されなくてよかったと安心していた。


 ――もしあの頃に戻れば、これまでのことが台無しになってしまうから。


 脳裏に過るのは、数日前の菫子の姿。

 自分に何か問いかけようとした彼女の顔は入院していたあの頃に戻ったようで。六年前の姿と重なって見えた西條は、あの頃にかけていた言葉を思わず口にしてしまったのだ。

 しかし先ほどはすっかりいつも通りの姿に戻っており、その心配は杞憂に終わった。そのことがどれだけ自分を安心させたか、彼女は知る由もないだろう。


 でも、それでいい。


 出しっぱなしになっていたカルテを手に取り、パラパラと捲る。そしてとあるページでその手を止めた。


 そこは西條にとっては見慣れたページ。しかしそのページには、普通の人が見たら首を傾げてしまう文字が赤ペンで書かれている。

 

 西條はその字をなぞるように、そっと指を滑らせた。



「……前世の記憶、ねぇ」




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