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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
24/30

もう一つのデッドエンド 4



 数日後、和樹の言っていた通り下野と連んでいた者たちは少しずつ彼から離れていった。元から素行の悪い彼はあまり友達も多くなく、気が付けば一人でいるようになった下野。少し可哀想な気もするが、それは自業自得の結果。菫子にはどうすることも出来ないし、して上げるつもりもない。

 そして、下野は蘭や蓮に突っかかることも無くなった。菫子も注意深く観察していたが、視線すら向けないし、双子の様子からも絡まれている気配はない。そのことを和樹たちに伝えれば「もう安心だな」と笑ってくれたのだが、菫子はどうしても「はいそうですね」と納得することは出来なかった。


 それはいつか見た彼の視線にあったのは、嫉妬なんかよりもっと深い――憎悪だったから。


 なのに、こんなに簡単に手を引くのだろうか。



 そんな懸念を抱くも、二人に手を出さないのなら何もすることは出来ず。



 そしてついに、菫子たちの初等科最後の学園祭が始まった。




「はい完成ー!」

『おー!』


 一仕事終えたと満足気に額の汗を拭う女性の前には、一人のお姫様がいる。周りで見ていた者たちは、お姫様の出来栄えに歓声を上げた。


 美しく輝く金髪の縦ロール。薔薇の妖精のような真っ赤で煌びやかなドレス。豪華なティアラで頭を飾り、首元には大きなルビーが光る。

 そして目尻にかけて長く引いたアイラインで、キツイ目元と迫力を演出。仕上げに真っ赤な口紅で妖艶さを出せば――

 

「……なんか、女王様って感じだね」

「……わたくしも同じことを思いました」


 見事、悪役お姫様の完成である。


 その完璧過ぎる出来栄えに、杏子が苦笑し、菫子はがっくりと項垂れた。


「元が良いから化粧のしがいがあったわー」

「さすが撫子さんの妹さんね!」

「中等科に入ったらぜひ演劇部に入部して!」

「か、考えておきます……」


 撫子の友達の演劇部員が次々に絶賛してくれるが、喜んでいいのやらで精一杯の苦笑いの返答しか出来ない菫子。

 ボリュームのある金髪のかつらはその分重く、歩くたびに頭が左右に揺れている。


「頭が重たい……」

「それは我慢するしかないね」


 「頑張って」と励ます杏子は、全身真っ黒で見るからにあやしげな恰好をしていた。

 一応魔法使い役の衣装なのだが、黒のローブで全身を覆い怪しげな杖を持っているその姿は、どちらかというと毒薬でも作っていそうな魔女のようで。杏子もそう思っているのか、菫子の隣に立ち「悪役コンビみたいだね」と苦笑していた。ある意味その通りである。

 だが衣装はローブのみなので、窮屈な菫子と比べると物凄く楽そうな恰好だ。しかも一応杏子は芸能人のため、フードで顔を隠すのでメイクもしていない。むぅっと拗ねた顔で杏子の待遇を羨ましがっていると、ここにいるはずのない人物の声が聞こえてきた。


「あ、いたいた菫子」

「椿兄さまっ?」


 劇の関係者以外立ち入り禁止の教室に堂々と入ってきたのは、菫子の兄、椿だ。

 手を振る椿を見て、何かあったのかと菫子はドレスの裾を持ち上げながら駆け寄っていく。


「どうしてここに……何かあったんですか?」

「ん? いや、ただ顔を見に来ただけだよ」

「……えっと、ここは立ち入り禁止のはずですが」

「あぁ、頼んだら入れてくれたんだ」


 「あの子が」と椿の指差す先にいたのは、とろんと熱を帯びた目で椿を見つめる少女。ぼぉっと惚けてるその姿は、明らかに椿に恋しているご様子で。

 どんな風に頼んだらあんなにメロメロになるのか。気になるけど、聞いたらいけない気がした菫子は、兄がごめんなさいと心の中で少女に手を合わせておいた。

 一方の椿はまじまじと菫子の変貌ぶりを見ると、目尻を下げて人工の金髪を一筋掬う。


「その恰好、よく似合ってるね」

「……そうですか?」

「うん。金髪なのが不思議な感じがするけど」


 さらりと髪を掬って微笑む仕草は妙に似合っており、その姿はまるでおとぎ話の王子様。

 昔は少女のように可愛い顔をしていたのに、中等科に上がると途端に男らしくなった椿は今まで以上に女子の視線を集めるようになった。

 そして椿は髪を離すと、するりと菫子の頬を撫でる。どうしたのかとキョトンとした菫子に対し、誰もが見惚れるような溢れんばかりの笑顔を向けた。


「菫子なら、どんな格好でも可愛いよ」


 キラキラとした笑顔でそんな台詞を言うもんだから、兄妹の会話を盗み聞きしていた何人かがふら~とその場に崩れ落ちた。椿の色気に当てられたのだろう、その顔は実に幸せそうだ。

 それを見てくすくすと笑う椿。おそらくしなくても確信犯だ。そんな兄に菫子は「兄さまっ」と唇を尖らせて咎めるも、椿は「ごめんごめん」と全く心がこもっていない返事で妹を宥めた。

 いつの間に椿はこんなにタラシのようになってしまったのだろう。兄の将来が少しだけ不安になる菫子だ。


 そんな妹の心情など知らず、椿は杏子に自分の携帯を渡して菫子とのツーショット写真を撮ってもらってご満悦。写真を見ながら「あとで姉さんに自慢しよー」と言った時、菫子はようやく撫子と柊一がいないことに気が付いた。

 そういえば一緒に観に行くと言っていたのにどうしたのだろうか。菫子は「兄さま兄さま」と椿を手招きし、屈んだところにこそっと話しかけた。


「撫子姉さまと柊一先輩はどうしたのですか?」

「あぁ。二人には用事があるって嘘ついて、劇の時間まで別行動しているんだ」


 ニッと歯を見せて悪戯が成功した子供のような顔をみせる椿。

 そろそろこの兄も本腰を入れて協力してあげるのか。長らく続いた恋愛相談(面倒事)に終わりが来そうだと、菫子はちょっと下がった兄の好感度をすぐに戻した。


「今頃は菫子のクラスにでも行っているかもね」

「そうでしたか。柊一先輩にチケット渡した甲斐がありました」

「まぁ、これで進展してくれたら文句ないんだけど」

「……本当に」


 あのヘタレにどこまで出来るか。やっぱり恋愛相談(面倒事)は終わらないかもしれない。

 顔を見合わせた二人は、どちらともなくやれやれと首を振った。


 そして椿はしばらく滞在すると、もう一度菫子の髪をさらりと撫で「じゃあ、楽しみにしてるから。頑張ってね」と言い残し颯爽に去っていった。周りの黄色い歓声に応えることも忘れずに。


「椿さんかっこいいねー」

「本当ですね。あんなお兄さん羨ましいです」

「撫子さんも美人だし、桐島家のDNAってすごいね」

「あははー……」


 そんなこと言われても、何と言えばいいのか。取りあえず苦笑いで誤魔化した菫子だ。




 劇の開演まで一時間に迫りバタバタとしてきた頃、再び教室内は黄色い歓声が響き渡った。

 こう何度もあれば、次に誰が来たかなんて考えなくても分かるもの。菫子が面倒くさそうに視線を向けた先にいるのは、もちろん和樹と朔也だ。

 「やっほー」と手を振る朔也に、何となく分かっているが一応聞いてみる。


「……ここは劇の関係者以外立ち入り禁止のはずですが」

「え? 頼んだら入れてくれたけど?」


 朔也が指差す先にいたのは椿の時とは別の少女。だが、同じように熱を帯びた目で朔也たちを見つめていた。


「……すごいガバガバセキュリティー」


 そうぼやくのは仕方ない。

 呆れて遠い目をしている菫子に近づいた和樹は、「ほら」と小さな紙袋を差し出した。


「これは?」

「差し入れだ」

「えっ、わざわざ買ってきてくれたんですか?」

「まぁ暇だったからな」


 和樹の気遣いに、菫子は目を丸くした。

 劇の準備のせいでゆっくり回る時間がないと嘆いていたのを聞いていたのだろうか。

 中を覗くと、そこには小さなカップケーキが四つ。ふわりと甘い匂いが漂ってきて、実に美味しそうではないか。しかし差し入れのセンスまでいいとは。学園祭の差し入れ=たこ焼きだった菫子は、女子力で負けた……! と誰も知らないところでダメージを食らい、辛うじて気力を絞り出してお礼を言うのが精一杯だった。


 そんな中、隣にいた朔也は菫子の恰好を上から下までじーっと見つめると、ニッコリと面白いものを見たような笑顔を浮かべる。


「それにしても、その恰好似合ってるねー菫子ちゃん」

「……ありがとうございます」

「あれ、嬉しくない?」


 こんな悪役な格好を似合ってると言われて嬉しいわけあるか!

 何度も言われ続けたその言葉に、ついに菫子は愛想笑いすら出来なくなっていた。だが朔也がそんなことを気にするわけもなく。そのまま杏子と楽しそうに話し始めた。


「杏子ちゃんも似合ってるね。でも魔法使いというか……魔女っぽい?」

「やっぱりそう思うよね。まぁフリフリひらひらな魔法少女っぽい格好じゃないだけマシだよ」


 ふりふりの魔法少女の恰好をした自分を想像したのか、杏子は両手で自分の身体を抱きしめぶるりと震える。朔也は「えー似合いそうなのにー」とからかうも、杏子に無言で殴られていた。仲が良いのか悪いのか、この二人の関係は菫子には未だ謎だ。


 そんな二人の戯れを観察していると、一人の少女が「あ、あの……」と消入りそうな声を発しながら和樹の前におずおずと出てきた。


「た、鷹ノ宮さまっ」

「……入江、か?」


 その少女は顔を真っ赤に染め上げた、本日の劇の主役である入江麗奈だ。

 「何か用か?」と聞く和樹に麗奈は下を向いて深呼吸をすると、意を決したように顔を上げた。


「あの……こ、この格好、どうでしょうか?」


 そう言って麗奈が披露しているのは、劇のラストシーンで着る雪のようにキラキラ光る純白のドレス。所謂(いわゆる)ウエディングドレスだ。

 不安そうにしながら上目遣いで「似合っているか」と和樹に尋ねる麗奈は、まさに恋する乙女。

 こんな目で見られたらどんな男でも落ちそうものだが、見慣れているであろう和樹には通じず、少し困ったように視線を逸らすだけだった。


「どうって……まぁ、似合っているんじゃないか?」

「ほ、本当ですかっ?」

「あ、あぁ」


 点数を付ければ五十点くらい褒め言葉だが、麗奈にとってはどんな言葉よりも嬉しくて。「えへへ」と照れたように頬を綻ばせる麗奈は、周りにいた友達と「良かったね」と盛り上がっていた。


(ふーん……成長したねー)


 少し後ろでカップケーキを食べながら二人のやり取りを見ていた菫子は、台詞は微妙だが女の子の服装を褒めるという成長を遂げた和樹に生温かい目を向けた。しかしそれに目()く気が付いた和樹に睨まれる。


「なに笑ってるんだよ」

「いえ。あの和樹さんが女性の服装を褒めることが出来るようになるなんてと、少し感慨深く思いまして」

「……それはどうもありがとう。お前もすごく似合っているぞ。どこからどう見ても立派な悪役だな」

「んぐっ」


 思っていることを素直に伝えた結果、すぐさまカウンターを食らった菫子はケーキをのどに詰まらせた。

 ゲホゲホッとむせ返る菫子に、和樹は「何やってんだ」と呆れながらもお茶を渡す。優しいのか優しくないのか。そんなことより今は水だ! と菫子はそのお茶をごくごくと飲み干した。


「あー……死ぬかと思いました……」

「生きててよかったな」

「なになに、菫子ちゃんどうしたの?」

「あ、菫子さん口紅取れちゃってますよ」

「ほんとだ。先輩まだいるかな?」

「さっきまで向こうにいたよ」


 そしていつの間にか、菫子は友人たちに囲まれていた。どこを見ても、菫子の周りには笑顔がある。

 そんな自分に向けられる笑顔を見て、菫子は思うのだ。


(このまま、時が止まればいいのにな……)


 菫子は幸せそうな笑顔の裏に、泣き出しそうな顔を隠すのだった。



 ――向けられる視線に、気付くことはなく。




「じゃあ最終チェックしまーす!」


 劇の開演まであと三十分。教室内には、劇の関係者全員が集まっていた。

 「頑張って劇を成功させましょう!」と士気を高める教師に、「おー!」と盛り上がる生徒たち。

 そんな活気付く周囲に混ざらず、菫子はキョロキョロと教室を見回している。そして教室内の全員を確認し終えると、キュッと眉間に皺を寄せた。


(……やっぱりいない)


 下野がいないのだ。


 彼は美術係なので、正直言えばこの場にいなくても問題は無い。そのため、特に教師も探すような様子もなく、他の生徒たちもいつものことかと全く気にしていなかった。


 気にしすぎなのかとも思うが、菫子はどうしても安心することは出来なくて。


 今のこの平穏な時が、嵐の前の静けさを彷彿とさせて――



(なんにもなければ、いいんだけど……)



「先輩、どうしました?」


 険しい顔をする菫子に、隣にいた蘭が不思議そうに話しかけた。


 もちろん蘭も王子様用の衣装を着ている。

 白地に金の刺繍が入ったそれは蘭の容姿にとても似合っており、白馬にでも跨れば、より一層ファンが増えそうだ。


 もうすぐ劇が始まるのに、下野のことを聞いて不安を煽るわけにもいかない。

 「何でもありませんわ」と(くすぶ)る不安をひた隠し、蘭に笑顔を向けた。



「劇頑張りましょうね、菫子先輩」

「――えぇ、そうですね」




 そして、舞台の幕が上がる――




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