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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
22/30

もう一つのデッドエンド 2



 花之宮学園の学園祭は、初等科から高等科まで纏めて四日間で行われる。一日目は初等科、二日目は中等科、そして三、四日目は高等科といったように、子供を複数通わせている保護者に配慮した日程になっているのだ。

 そのため、撫子と椿も同じく学園祭準備に追われている。撫子は高等科、椿は中等科、菫子は初等科と全員校舎が別々になってしまい一緒に帰ることが少なくなった菫子たちは、久しぶりに兄弟三人仲良く帰路についていた。


「菫子、劇の練習はどう?」

「とても順調ですわ、椿兄さま」

「悪役でも、菫子なら可愛いでしょうね~」

「そうだね姉さん」

「あははは……頑張ります」


 兄弟の期待が重い。そのため本当はやりたくない、なんて言えるはずもなく。菫子は乾いた笑いを漏らす。


「演劇部の友達が言ってたわよ、すごく演技が上手いって」

「へぇーそうなんだ。じゃあ本番も楽しみだね」

「当日は椿と柊一さんと一緒に観に行くからね!」


 撫子はそう言うと、菫子が柊一に渡した劇の入場券を嬉しそうに掲げた。どうやらちゃんと誘えたようだ。世話を焼いてあげた甲斐があったと、菫子はほっと胸を撫で下ろした。

 そんな菫子に「柊にチケット渡すなんて、よく考えたね」と椿は耳元でこっそり囁くと、いたずらっ子のような笑顔をみせる。その笑顔にどこか腹黒さを感じ、菫子は頬を引き攣らせて椿の耳元に口を寄せた。


「次からは兄さまも協力してくださいね」

「えーどうしようかな」

「椿兄さまっ」

「ごめんごめん。僕もそろそろちゃんと協力するから」

「ちょっと二人とも! 何話しているの?」


 菫子と椿がこそこそ話し合っていれば、仲間外れにされた撫子がむすっと拗ねた顔で聞いてきた。だが正直に話せるわけもないので「何でもありませんわ姉さま! それより――」と菫子は強引に話を逸らす。

 撫子は釈然としない表情をするも、諦めたのかそれ以上追及もなく。菫子と椿は安心したようにほっと息を吐き出したのだった。




「じゃあ次はお城の廊下のシーンから……はいっ!」


 菫子がどんなに嫌がっても、劇の練習は進んでいく。今は悪役姫こと菫子と、王子様こと蘭が言い争うシーンの練習中だ。


「お待ちくださいっ王子様!」


 横を通り過ぎようとする蘭の腕を掴む菫子。その表情は悲痛に歪む。


「なぜですか!? わたくしでは……わたくしではいけませんか!? あんな小娘っ」

「姫」


 王子が想いを寄せる町娘を蔑もうとした菫子に、蘭は冷たい声でそれを制した。


「たとえ貴女であっても、これ以上私の前で彼女への暴言を口にすることは許さない」

「なっ」


 そう言うと、蘭はもう話すことはないと引き留めようとする菫子の腕を振り払い、今度こそ背を向けて去っていく。

 蘭のうしろ姿をじっと見つめた菫子は、震える手で頭を飾るティアラを掴むと、乱暴に床へ投げつけた。


「……わたくしの邪魔はさせないわ」


 憎々しげな声が向けられる先は、はたして町娘か王子か――



「はい。じゃあちょうどいいところなので、少し休憩にしまーす」


 パンパンッと手を叩いた教師は生徒たちに休憩を言い渡すと、張りつめた空気は飛散し教室は騒がしくなった。


 今練習していたシーンはあまりにもゲームと似ていて、精神的に疲労した菫子。一刻も早く癒されようと、足早に杏子たちの元に向かう。

 ちなみに杏子、ひかりそして環奈も同じ出し物係で、杏子は魔法使い役、環奈はメイド役、ひかりは美術係になっている。


 「いい演技だったよ」と、相変わらずダメージしか与えない褒め言葉を貰いながら休んでいた菫子は、うしろから「菫子先輩、少しいいですか」と声をかけられた。

 振り返った先にいたのは、先ほどまで一緒に演技をしていた王子様役の蘭だ。


「蘭くん、どうしました?」

「さっきのシーンなんですけど――」


 演技で気になることがあるのか、台本を見ながら真剣な面持ちで話しかけてくる。そんな蘭を、菫子はじっと見つめた。


(……九重蘭、ねぇ)


 警視総監の祖父、警察幹部の父を持つエリート一家の長男。優しく真面目な性格で、周りからの信頼も厚い。容姿も整っており、同級生のみならず上級生からも熱い視線を送られている。


 これが、菫子の知る蘭の情報。


 ゲームのキャラクターではあるが、菫子は誰でも知っているような情報しか知らない。

 何故なら、蘭はゲーム上では名前と少しの回想シーンでしか出てこないからだ。


 だから、菫子が知っているのは蘭ではなく――



「――なんですけど……先輩?」

「えっあ、ご、ごめんなさい」


 ぼーっとした様子の菫子に、蘭はひらひらと顔の前で手を振ってみせた。はっと我に返った菫子が慌てて謝ると、蘭は申し訳なさそうな顔を向ける。


「……疲れてましたか?」

「いえ、大丈夫です。すみませんが、もう一度言っていただけますか?」


 心配してくれる蘭を笑顔で流し、菫子も台本を開いて話の続きを促した。

 そして演技について杏子からもアドバイスを貰いながら話し合っていると。



「蘭」



 菫子たちの耳に、蘭を呼ぶ声が聞こえてきた。

 声の出所は教室の入り口。そこには少し不機嫌そうな顔をした一人の少年が立っていた。


(れん)? どうしたの?」


 蘭は蓮と呼んだ少年の登場に驚いた顔をすると、菫子たちに「すみません」と声をかけ、蓮の下へ駆けていった。

 教室内は蓮の登場により、女の子たちの黄色い声が飛び交う。それに蓮は鬱陶しそうに眉を寄せるのを、蘭は苦笑して宥めていた。


「それで、何かあったの?」

「……いや、別に大した用じゃないんだけど――」


 会話の内容はよく聞こえないが、その様子は仲睦まじげというか、隣にいるのが当たり前という空気を醸し出している。そんな二人の様子を、杏子たちは遠目から興味深そうに眺めていた。


「……やっぱり、ああして並ぶとホントに似てるねー」

「雰囲気は違うのに、不思議ですよね」


 杏子と環奈が感心したように話しているのを聞きながら、菫子の視線は蓮を捉えて離れない。


 短いアッシュグレーの髪に少しつり目な蓮は、とてもクールな印象を抱かせる少年だ。優しげな蘭とは醸し出す雰囲気は真逆なのだが、横に並ぶとその容姿はとてもよく似ている。


(まぁ、そうだよね)


 それもそのはず。



 彼の名は九重蓮(ここのえれん)



 蘭の双子の弟であり、そして彼こそ『Flower Princess』の攻略キャラクターの一人なのだから。



(本当によく似てるけど……ゲームの時よりだいぶ柔らかい雰囲気だよね)


 今世で初めて二人並んだ姿を見た菫子は、杏子たちと同じ感想と共に違う感想も持った。



 九重蓮。


 攻略キャラの中では唯一の年下。エリート警察一家の次男だが、その素行は非常に悪い。授業はサボるわ、暴力沙汰を起こすわ、そしてそれらを親の権力にものを言わせて握りつぶすわ。蓮は花之宮学園きっての問題児として、とても有名な存在だった。

 誰かと連むことも無く一匹狼のように過ごしていた蓮は、自分に怯むことなく向き合ってくれるヒロインに、かつて亡くした己の半身を重ね合わせていくのだ。



 今の蓮も多少近づき難い雰囲気はあるものの、ゲームのような不良というイメージからは程遠い。

 普通に考えればいいことである。だが、菫子の胸には複雑な感情が渦巻いた。


 だってそれは、まだ蘭が生きているから。


 蓮がグレてしまう原因は、蘭の死だった。死の詳細については何故かゲームでも語られてはいないが、蓮は双子の兄の死に酷く傷つき、心を塞いでしまうのだ。


(蘭が死んだら……蓮はあんな風になるのかな)


 その可能性はとても高い。原因は何であれ、家族の、しかも双子の兄弟の死を悲しまないものなど、いないだろうから。

 そう思うと、何も知らない彼らを見るのが辛くなり、菫子はそっと視線を外した。


 その時――



「――ちっ、あいつら調子に乗りやがって」



 小さく吐き捨てるように言われた言葉を拾う。

 ぐるりと教室を見回せば、少し離れたところにいた男の子が蘭と蓮を睨みつけているのが目に入った。彼とは話したことはないが、見覚えはある。


(たしか……下野くん、だっけ? なんで二人を睨んでるんだろう)


 それは菫子と同じ学年の男の子、下野龍雅(しものりゅうが)。クラスは違うが、素行のあまり良くない彼は、悪い意味で目立っていた。


 蘭と蓮とは接点なんて無さそうなのに、何故睨みつけているのか。

 下野と蘭たちが話しているのを見たことがないし、揉め事があったなどという噂も聞いたことがない。

 今の現状だけで見れば女の子に人気があるのに嫉妬した、というのも考えられるが、それなら近くにもっとモテている奴らがいるのだからおそらく違うだろう。


 それに、下野の視線は嫉妬というよりもっと深い――


(まさか……蘭の死に関係あるのかな)


 蘭はゲーム開始前、つまり菫子が高等科に上がる時には既に亡くなっている。

 そしてゲーム内で明かされる情報では、蓮がグレ始めたのは中等科に上がってから。つまり、蘭が死ぬのは初等科にいる時。



 ということは。



 今この瞬間、蘭が死ぬ可能性があるということだ。





 ◇◆◇





「それなら多分、この前倒産した建設会社が原因じゃないか?」

「倒産ですか?」


 和樹の言葉に、菫子は首を傾げた。


 現在、菫子と和樹は学園祭のクラス発表の準備のため、資料室へ向かっている。

 菫子たちのクラス発表は展示物で、テーマは学園の歴史について。その資料を取りに行くため、クラス委員をしている菫子と和樹が駆り出されたのだ。


 学園祭準備に賑わう廊下を歩きながら、菫子は下野と蘭たちの関係について知っていることはないか和樹に尋ねた。するとあっさりその答えを聞くことになる。


「あぁ。先月くらいに建設会社の社長が逮捕されて、その会社が倒産したんだよ。それでその子会社だった下野の家の会社も、今倒産の危機なんだと」

「……随分と詳しいですね」

「同学年の家の経営状況ぐらいは把握している」


 さも当たり前のように言う和樹に、ぐぬぬと唸る菫子。だが知らないものは仕方ないと自分を宥め、続きを促す。


「でも、それと蘭くんたちとどのような関係が?」

「その社長を逮捕したのが警察だから、じゃないか?」

「え、でもそれが原因なら……」

「ただの八つ当たりだな」


 「あくまで憶測だけど」と付け加える和樹だが、その憶測はおそらく間違っていないだろうと菫子は思う。

 良くも悪くも、この学園の生徒の多くはプライドが高い。そして下野もその典型であり、中小企業ながらも社長子息という自分の地位に酔っていることは、傍から見ても分かった。そんな彼が、己の地位が揺らぎそうになっている現状をどう思うか。


 もしも親が警察への怨み言でも言えば、まだ子供の下野のこと。原因となった親会社ではなく、逮捕した警察に恨みの矛先が向くのが目に見えている。そして運が良いのか悪いのか、警察トップの息子が同じ学園にいて、その息子たちに悪意を向けているのか。

 もしこれが真実なら、和樹の言う通りただの八つ当たりだ。


「まぁ、いくら馬鹿な奴でも警察一家の息子に手を出そうとはしな――――しているみたいだな」

「それはどういう――」


 流石にそんなことはしないだろうと思っていた和樹だが、何気なく視線を送った窓の向こうの光景を見てその考えを取り消した。

 不吉なことを言った和樹の視線を辿ると、そこは人気のない校舎の一角。目を凝らして見れば、下野と他数人の男の子たちと蓮が対峙している光景が映った。遠くて会話は聞こえないものの、その雰囲気は決して穏やかなものではない。


「本当に馬鹿だな、あいつら」

「――っ」

「っておい、菫子!」

 

 気付いた時には、菫子の足は無意識に蓮たちの方へ向かって走り出していた。菫子の突然の行動に驚く和樹だが、仕方ないなとも言いたげに後頭部を掻くと、少し遅れてその背を追った。



 そして菫子が現場に着いた時には、鼻血を垂らした下野が蓮の胸倉を掴み、今にも殴りかかりそうな瞬間。


「――何をしているのっ!」

「なっ……き、桐島……」


 目に飛び込んできたその光景に、菫子は悲鳴に近い怒鳴り声を上げた。

 突如聞こえてきた第三者の声に、下野はビクッと身を震わせ、拳が蓮に当たるすれすれで止まる。先生が来たかと思い、慌てて振り返った下野だが、そこにいたのはキッと目を吊り上げた菫子。

 思いがけない人物の登場に動揺しながらも、「あ、いや、これはっ」と言い訳をしようとする下野。だが、あとから来たもう一人の人物を見て、その顔を見る見るうちに青ざめさせた。


「下級生相手に複数とか、恥ずかしくないのかよ」

「た、鷹ノ宮っ」


 氷のような冷たい目を向ける和樹に、下野はチッと舌打ちを鳴らす。

 菫子だけならどうとでも誤魔化せると思っていたが、和樹も揃えばそうはいかない。成績上位で家の権力もある彼らと自分たちとでは、どちらが信用されるか分からないほど馬鹿ではないようだ。

 下野は悔しそうに顔を歪めると、掴んでいた蓮の胸倉を乱暴に放した。蓮はドサッと音を立てて転ぶが、下野はそれを見ることなく「行くぞっ」と取り巻きを引き連れて校舎の方へ去っていった。

 菫子は下野たちがいなくなるのを見届けると、蓮の下に駆け寄って座り込むその横に膝を付けた。


「大丈夫ですか?」

「……これくらい平気だ」


 ごしごしと口元を拭う蓮の顔を覗き込む。そこには着く前にすでに殴られたのか、微かに血が滲んでいた。菫子はポケットからハンカチを取り出して、そっと口元に当てる。


「でも血が……とりあえず医務室に」

「――平気だって言ってるだろっ」

「きゃっ」


 もしかしたら他にも怪我があるかもと、菫子は医務室に連れていこうと蓮の手を掴んだ。だがその瞬間、蓮は反射的にその腕を思いっきり払ってしまう。その拍子に菫子はバランスを崩し、その場に尻餅をついた。


「おい!」

「――あっ」


 その行動を諌める和樹の声に、はっと我に返った蓮はバツの悪そうな顔で菫子を一瞥した。「いたた……」とお尻を擦る菫子を見て口を開くも、そこから声が発せられることはない。そして蓮は逃げるように走り去ったのだった。

 蓮の行動に呆れたようにため息を吐いた和樹は、菫子に手を差し伸べる。


「怪我はないか?」

「……はい、わたくしは平気ですわ。けど……」


 和樹の手を借りて起き上がった菫子は、蓮が去った方向を複雑な表情で見つめた。


「……とりあえず、この事を先生に伝えないと」

「やめておけ」

「なっどうしてですか?」


 このまま放っておけば、さらに下野たちの行為がエスカレートしてしまうかもしれないのに。

 反対された菫子は、そう言いたげに眉間に皺を寄せた。そんな菫子に和樹はつんっとその皺を突くと、諭すように言い聞かせる。


「九重の家を忘れたのか? 例え相手が先だとしても、九重も手を出した。警察エリート一家の息子が学校で暴力を振るったなんて知られたら、あいつらの思うつぼだ」

「それはっ……そうかも、しれませんが……」


 正論を突きつけられ、菫子は何も言い返すことは出来なかった。


 和樹の言うことは正しい。始まりは下野が蓮に喧嘩を売ったことかもしれないが、手を出した以上加害者でもある。喧嘩両成敗とは、よく言ったもの。

 しかも、警察一家の息子が学園で暴力を振るったと知られれば、マスコミの格好の的だ。そしてそれは、下野の復讐にも繋がってしまう。


 そのことは、菫子も十二分に理解していた。

 でも、それでも、ただ黙って放っておくことは出来なくて。


 悔しそうに目を伏せきゅっと口を結ぶ菫子の姿は、和樹には今にも泣きだしそうに映った。どうしたらいいのか思案するも、和樹の手は自然と菫子の頭に向かう。そして、自分より小さなその頭をそっと撫でていた。


「相変わらずお人好しというか、なんていうか……優しいな、菫子は」


 蓮のことで心を痛めていると思い、和樹は慰めようと菫子を褒めた。それは、和樹の素直な気持ちだ。

 自分の世界を広くしてくれた少女は、呆れるほど誰かを傷つけるのを嫌う。それは誰よりも優しいからだと、和樹は知っていたから。


 しかし菫子は、和樹の言葉に金縛りにあったかのように硬直した。


(……優しい? 私が?)


 まさか。そんなわけがない。


 だって己の中にあるのは、あわよくば死亡フラグを回避出来るかもしれないという自己欲求と、最悪の未来を知っていることに対する罪悪感だけなのだから。



 こんな自分の事しか考えていない人間が、どうして優しいと言えようか。



 菫子は全身が氷のようにすっと冷えていくのを感じた。でも頭を撫でる和樹の手は優しくて、あたたかくて。


 少しだけだからと自分に言い聞かせ、その手にそっと身を委ねた。




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