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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
21/30

もう一つのデッドエンド 1



「でさ、菫子ちゃんはどう思う?」


 真剣な面持ちでそう問いかける柊一の前には、冷ややかな眼差しを浮かべている菫子がいる。


 本日は不定期で行われる、柊一の恋愛相談の日。

 大変気乗りしないそれを律儀に受けてあげる菫子は、悟りの境地にいた。



 二人がいるのは学園人気スポットの庭園の一角。そこにあるベンチに腰掛けて、菫子は柊一の恋愛話を聞かされていた。


 お相手はもちろん、菫子の姉の撫子だ。


 本日の相談内容は、『文化祭で一緒に回りたいが誘っていいのだろうか?』というもの。

 内心そんなもの自分で考えろ! と思っているのだが、攻略キャラのため雑に扱えず、尚且つ姉に関わる事でもあるため、毎回仕方なく柊一の悩みを聞いてあげていた。

 気を抜けば飛び出てきそうな暴言を飲み込みながら、菫子は相談に応える。


「どうもこうも、誘いたいのなら誘えばいいではありませんか」

「まぁそうだけどさ……でも……」


 頬を赤らめてもじもじする柊一は正直可愛くない。かっこよさも男前さも半減だ。段々柊一が攻略キャラなのか疑わしくなる。


「……本当、どうしてそんなに恋愛には奥手なんですか?」

「おくっ……菫子ちゃんって本当に小学生?」

「その小学生に恋愛相談しているのは柊一先輩です」


 もっともなことを言われ、反論出来ない柊一はぐっと言葉を詰まらせた。

 いい加減姉の色恋沙汰に巻き込まれるのは気恥ずかしい菫子は、深刻そうな表情を浮かべピシッと柊一に指を突きつける。


「柊一先輩、いいですか? 撫子姉さまはモテます。モテモテです。柊一先輩のようにわたくしを味方につけてあわよくば、なんて考えている方は他にもいらっしゃいますわ」

「え!? マジで!?」

「マジです。いつまでもグズグズしていたら他の方に取られてしまいますよ?」


 他の恋敵の存在を知らされ、焦りを見せる柊一。さらに菫子は畳みかけるように続ける。


「正直わたくし、姉さまが幸せなら誰がお相手でも構いませんし」

「ちょっ、菫子ちゃんって俺の味方じゃないの!?」

「撫子姉さまを幸せにしてくださる方でしたら誰でも」


 自分の味方だと思っていた菫子の発言に、柊一は開いた口が塞がらない。

 ショックのあまり呆然自失気味の柊一を見て、菫子ははぁーと呆れたようにため息を吐くと、ごそごそとポケットを漁る。

 取り出したのは少し皺のついた三枚の紙。

 柊一は菫子の動きを不思議そうに、そして気だるい様子で見つめる。そんな視線をスルーして、その紙を無理やり柊一に握らせた。


「これ……文化祭のやつ?」


 柊一がまじまじと見るその紙には【文化祭 初等科演劇入場券】と手書きで書かれている。


「わたくしが出る劇の入場券ですわ。まだ撫子姉さまたちには渡していませんから、椿兄さまも誘って三人で観にいらしてください」


 撫子一人で誘い難いなら、椿も巻き込めば簡単に事が運ぶだろう。それに、椿も柊一が撫子を好きなことを知っている。積極的には協力してあげないらしい椿も、時折り菫子に柊一の現状を聞いてくるのだ。少しぐらいは協力してくれるかもしれない。


 結局、菫子は呆れながらもお膳立てをしてあげるのだった。


 そんな提案をすると柊一の眼に段々と輝きが宿り、最後には満面の笑みを浮かべて菫子の両手を握りしめた。


「ありがとう菫子ちゃん!」


 喜びを露わにする柊一は、キラキラと輝いていて文句なしでかっこいい。



 やはりこいつは攻略キャラだ。改めてそう思った菫子だ。




 初等科校舎まで送ると言う柊一を「この後用事があるので」と断った菫子は、遠ざかっていくうしろ姿を見送ってふぅーっと肩の力を抜いた。

 柊一の恋愛相談のあとは、何故かものすごく疲れてしまう。やはり人の色恋沙汰には関わりたくない。菫子が心の中でぼやくと、うしろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。くるっと振り返えれば、木陰でこっそりと盗み聞きしていた杏子が笑っている。


「ふふっ、お疲れさま菫子」

「……ありがとうございます、杏子さん」


 労いの言葉をかけてくれる杏子にお礼を言うと、二人は一緒に初等科校舎へと歩き始めた。



 心地よい風が頬を撫で、菫子の長い黒髪が踊るようにふわりと揺れる。

 いつもより騒がしい放課後の学園を歩く菫子たち。話の肴は先ほどの恋愛相談だ。


「どうして柊一先輩は恋愛だけあんなにヘタレなのでしょうか」

「うーん……確かに普段はあんなにかっこいいのにちょっと残念だよね」

「先輩のファンが見たら幻滅しそうです」

「でもギャップ萌えってやつもあるし、案外需要はありそうだけど?」

「……どう見ても残念だと思いますが」

「まぁ、男前な先輩がそんなになっちゃうほど、撫子さんのことが好きってことだよ」


 「愛されてるねー」と笑った杏子は顔にかかった髪をさらりと耳にかけた。その髪は、綺麗な栗色から真っ黒に染められている。

 杏子はつい先月まで映画の撮影をしていて、役作りのために髪を黒色に染めていたのだ。しかし、終わった今も杏子は色を落としていない。何故かと聞くと、「だって菫子とお揃いじゃん」と答えた杏子にうっかり惚れそうになった菫子は決して悪くないだろう。



 それにしても。 菫子は杏子と話しながら、この一年でずいぶん仲良くなったなーっと、一人感慨深く思う。


 初めは勢いに押されて友達になった菫子だが、気づけば杏子は隣にいるのが当たり前の存在になっていた。

 もちろんひかりや環奈たちも大切な友達だ。でもそれ以上に杏子の隣はとても居心地がいい場所だった。ライバルキャラ同士波長が合うのかと、菫子が真剣に考えたほどに。

 だが、それはきっと菫子への杏子の態度が原因だろう。

 今世では、杏子のように菫子に気軽に話しかけてくれる子は少ない。周りもそうだが、菫子自身も日頃から口調や普段の振舞い方に気を使っている。子供の評価がそのまま親の評価、さらには家や会社の評価に繋がるから。

 自分の思いを包み隠さず伝えてくれる杏子は、菫子にとっては貴重な存在であり、前世の懐かしい気持ちを思い起こさせてくれる人でもあった。

 だから、杏子の傍は心地がいいのだろう。


 本当に仲良くなって良かったと、そんな思いに耽っていた菫子の耳に「あ!」と焦ったような声が届いた。

 杏子は「やばい!」と慌てて携帯の時刻画面を掲げる。


 現在の時刻は、午後四時半。


 時間を確認した菫子も「うそっ」と焦りの声を上げた。

 

「もう練習始まってるよ!」

「早く行きましょうっ!」


 先ほどまでののんびりした空気から一転、二人は急いで校舎に走っていく。




 六年生に進級した菫子は、最後の初等科生活を送っていた。





◇◆◇





 現在花之宮学園では、来月に行われる学園祭のため多くの生徒が準備に追われている。

 有名私立学校の学園祭はもちろん規模が大きく、生徒たちの気合の入れようもかなりのもの。毎年メディアが撮影に来るほど大いに盛り上がりをみせる学園祭は、花之宮学園最大の行事だ。


 もちろん、菫子も来たる学園祭に向けて色々と準備をしているのだが。


 何をしているのかと言えば――



「きゃあっ」


 カシャンッとお皿が落ちる音と共に、短い少女の悲鳴が響く。

 少女は慌てて床に落ちたお皿を拾おうと床に膝をつくと、カツカツッと足音を鳴らして少女の前に誰かが立った。


「庶民の小娘が……身の程を知りなさい」


 少女の前に立ち「おーっほっほっほ!」と高笑いをしているのは、ジャージ姿の菫子。

 扇子を持ち、人を見下したように笑う姿は、恰好が違えば完璧な悪役令嬢。


 悲しそうに項垂れる少女に、菫子が勝ち誇った笑みを浮かべると――



「カーット! オッケーでーす!」



 パンッと手を叩く音と共に聞こえた声に、菫子は嫌な笑顔を止めてはぁーっと息を吐き出した。そして床に座る少女に優しく手を差し伸べる。


「大丈夫ですか? 怪我していませんか?」

「はいっ大丈夫です」


 少女は一瞬ビクッと身体を震わせるも、慌てて菫子の手を取って立ち上がった。


「……菫子さんすごいですね。演技と分かっていても、ちょっと怖かったです」


 苦笑しながらそう言った少女の表情は少し硬く、僅かながらもまだ菫子への恐怖が残っている。

 そんな少女の様子に菫子はぐっと涙を堪えると、「……ありがとうございます」と震える声でお礼を言った。



 そう。菫子は学園祭で行う劇のために、()()を演じているのである。




 それは数日前のこと。


 初等科の学園祭ではクラスごとの出し物の他に、他学年と一緒に出し物や校内装飾を行うことが恒例となっている。

 もちろんそれは今年も行われ、菫子は出し物の係に決まったのだ。

 それは全く問題ない。その出し物が劇だったことも、「演技出来るかな」と少し不安になっただけだった。


 問題だったのは、くじ引き。


 公平性を期すためという理由で、劇の配役は全てくじ引きによって決められることになったのだが。



 菫子が引いたのが――



「…………」


 くじで引いた紙を見た菫子は、書かれている文字に白目を剥いた。


「菫子? 何役だったの?」


 杏子が話しかけるも、反応がない。先ほどから微動だにしない菫子に、不思議に思った杏子がひょいっと手元の紙を覗き込んだ。



 そこに書かれていたのは、【お姫様(悪役)】と言う文字。



「菫子は悪役かー。似合わな……いや、結構いけるかもね」


 ほんの冗談のつもりで言った杏子だが、その言葉は菫子の胸にぐさりと突き刺さった。

 菫子はプルプルと震える手でぐしゃりと紙を握りしめる。



 そうして菫子は、学園祭の劇で悪役を演じることになったのだった。

 


 悪役からは逃れられないということだろうか、とがっくり項垂れこの時ばかりは本気で神様を恨んだ菫子だ。




 不本意にも悪役を演じている菫子なわけだが、その嵌りっぷりは現役子役が太鼓判を押すほどの完璧な仕上がり。


「上手いよ菫子! あの人を馬鹿にしたような目なんてもう……!」


 女優魂が刺激されたのか、杏子は興奮した様子で目を輝かせて菫子を褒めるのだが、当の本人にはダメージしか与えない。

 他にも菫子の悪役っぷりを見た子たちは、「様になってる」、「本物っぽい」、「まさかあれが本性……」など人の心をグサグサ抉ってくる言葉を小声で囁くのだが、もちろんそれらは丸聞こえ。


(大体なんで小学生の劇が恋愛劇なのよ!? もっと明るく楽しい歌って踊るだけの劇でいいじゃん!)


 こうなると菫子の鬱憤の矛先は、この劇に決めた教師とこの脚本を書いた生徒に向けられる。

 今回、菫子たちが行う劇のテーマはずばり『身分差の恋』。

 偶然の出会いで恋に落ちた町娘と王子様が、魔法使いに協力してもらい様々な困難に立ち向かっていく物語だ。ちなみに脚本は、高等科の演劇部の部員が書いたもの。

 菫子はその中で、二人の恋路の邪魔をする王子様に想いを寄せる隣国のお姫様役、というわけだ。


(ゲームの設定と同じようなものじゃない!)


 劇の脚本を見た時、色々なショックで熱を出して倒れたのはお約束。


 だが文句を言おうにもすでに練習は始まっており、役自体は公平にクジで決めたため、一個人の感情で嫌がることなど出来ない。



 詰まるところ、菫子には大人しく悪役を演じるしか道はないのだ。



 憂鬱な気分の菫子は、他のシーンの練習を教室の隅で一人ぼーっと眺めた。


 今練習しているのは、今回の劇の主役である町娘と王子様の邂逅シーン。先ほど菫子が罵った町娘役の少女、入江麗奈(いりえれな)が暗い森を彷徨っている設定だ。


「困ったわ……どうしたらいいのかしら」


 キョロキョロと周りを見回して、不安そうに両手をぎゅっと胸元で握りしめる。

 その姿はまさにか弱く可憐な少女。菫子の周りにいた男の子たちも思わず頬を赤く染めている。


(そうですよねー。男の子はこういう子の方がいいですよねー)


 ケッと拗ねる菫子。

 そんな菫子など関係なく、演技は続く。麗奈が途方に暮れたようにその場に座ると、ガサガサと木々の揺れる音が聞こえた。


「だ、誰っ?」

「おや、何故こんなところに人がいるのか」


 バッと振り返った麗奈の前に現れたのは、見目麗しい王子様役の少年。

 麗奈を見て驚いた顔をした少年は、ゆっくりと麗奈の下へ歩み寄る。


「これは驚いた……こんなところで、こんな美しい人に出会えるなんて」


 そう言って優しげな笑みを浮かべる王子様役の少年に、麗奈は「……あなたは……王子様?」と呟く。


 すると、「カーット!」と言う声が教室に響き、二人は演技を止めた。そして演技指導をしている高等科の演劇部員に、「ここはもっとこう――」と今の演技についてのアドバイスを貰っている。


 

 周りが少し騒がしくなる中、菫子は微動だにせず真っ直ぐ一人の人物を見つめていた。

 目を細めて見つめる先にいるのは、先ほどまで演技をしていた少年。


 今回の劇で見事王子様役を獲得した、菫子の一つ後輩の九重蘭(ここのえらん)である。


 アッシュグレーの少し長い髪を真ん中で分け、少したれ目で優し気な印象を抱かせる彼は儚げな美少年。多くの女の子たちが顔を赤くして彼を見つめている。


 もちろん菫子が見つめる理由は女の子たちとは違う。

 でも、この場にいる誰よりも蘭のことを食いるように見つめていた。



 九重蘭。


 彼もまた、『Flower Princess』に出てくるキャラクターだから。



(……ううん、あの子()登場しない)



 心の中でそう呟いた菫子は、くしゃりと顔を歪めた。




 確かに蘭はゲームに出てくる。でもゲームには登場しない。




 蘭は『Flower Princess』において、名前()()出てくるキャラクターなのだ。





 なぜなら、蘭も菫子と同じデッドエンド()()ないキャラクター。




 ゲーム開始前には死んでいるキャラクターなのだから――




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