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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
幼少期編
2/30

宣戦布告



 桐島菫子(きりしますみれこ)


 父は藤吾(とうご)、母は(あおい)。五歳上の姉は撫子(なでしこ)、二歳上の兄の椿(つばき)で五人家族。家はアンティーク商品を取り扱う企業を経営していて、所謂(いわゆる)社長令嬢だ。

 現在七歳。真珠のように滑らかな肌に、ふっくらとした頬。美しく艶やかな黒髪は、絹のように柔らかく。くりっとした淡い紫色の大きな瞳は、まるでアメジストのように輝いていて。

 将来が楽しみになるほど、人形のように整った可愛らしい容姿の女の子。


 そんな鏡に映る自分の姿を見つめ、菫子は思わず「ほぅ……」と感嘆したようにため息を吐き出した。




「これは転生ってやつだよねー……」


 ――輪廻転生


 死んだ人間はどうなるのか。それは人類の永久の疑問である。

 それをまさか、自分が体験するとは思わなかった。


 子供に与えられるには広すぎる大きくて豪華な部屋。天蓋付きのメルヘンなベッドに横たわり、菫子は一人思考を巡らせていた。



 桐島菫子には、前世の記憶がある。


 あの日見せられた写真と、鷹ノ宮和樹という名前、そして自身の桐島菫子という名前をきっかけに、前世の記憶を思い出したのだ。


 前世ではごく一般的なサラリーマン家庭に生まれ、父、母、姉と四人暮らし。平凡な学生生活を送り、中小企業に就職して平凡な社会人生活を送っていた。家族とも仲良く、恋人もおり、その人生は幸せだったと声を大にして言える。

 どうしてか自分の死に際の記憶がないのだが、転生した今となればどうでもいいこと。考えても仕方がないことだと、すでに割り切っていた。

 それに今世はお金持ちだから贅沢できるし! と不純な理由でニヤニヤしていた菫子だが、当面している問題を思い出して顔を顰めた。


「まさか……乙女ゲームの世界に転生するとは」


 そう。転生したこの世界は、前世の姉がハマっていた乙女ゲーム『Flower Princess』にとても類似しているのだ。



『Flower Princess』


 将来を約束された御曹司たちが通う、花之宮学園を舞台とした乙女ゲーム。

 特待生として高等科に転入してきたヒロインが、学園で人気があるお金持ちで見目麗しい攻略キャラと出会い、彼らと交流していく内に、心を通わせ次第に惹かれあっていく。しかし彼らを取り巻く令嬢達が、ライバルとしてヒロインの前に立ち塞がり、その恋路の邪魔をする。

 ヒロインは悩みながらもライバルたちに立ち向かい、攻略キャラの心の闇を溶かしていくのだ。

 庶民のヒロインと御曹司が紆余曲折の末結ばれるシンデレラストーリー。



 ストーリーは極めて王道。だが大手ゲーム会社が人気声優と人気イラストレーターを起用し制作したこのゲームは、乙女ゲーム好きだけでなく色々な人種(姉談)に人気を博したゲームだったらしい。


 転生した桐島菫子も、このゲームに登場する主要キャラクターの一人だ。

 容姿も面影があり、家族構成も名前も同じ。そしてあの日見た写真の少年。そこに写し出された容姿と、鷹ノ宮和樹という名前で確信したのだ。



 ――この世界が、『Flower Princess』という乙女ゲームの世界であることを。



 しかしこのゲーム。現在進行形で菫子の顔を顰めさせている、ある絶望的な問題があった。



「……よりによってなぜ菫子」


 問題なのは、自分が転生したのが桐島菫子であるということだった。

 ゲームでの桐島菫子というキャラクターは、攻略キャラの一人である鷹ノ宮和樹の婚約者であり、和樹ルートのライバルキャラとして登場する。


 ただのライバルキャラなら、まだ良かった。


 だが、この桐島菫子というキャラクターは――



「絶対に死ぬキャラなんて……!」



 ――全ルート、全エンドで死亡するキャラクターなのだ。



 ありえないだろう! と突きつけられた現実に、菫子は叫び出したい気持ちを無理やり抑え、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悶えていた。


 ゲームの中の桐島菫子は、誰をも魅了する美しすぎる容姿を持つ社長令嬢。だがその性格は最悪を極め、自分より身分の低い者を見下し蔑む、プライドだけが高いテンプレな性格の悪いお嬢様キャラだった。

 婚約者である和樹を盲目的に愛しており、彼に近寄る女性はその立場を笠に着せ徹底的に排除する。そしてヒロインには、犯罪すれすれの悪質な嫌がらせやいじめを行ってしまう。それに気付いた和樹に婚約を破棄され、学園を追放され、家族からも絶縁され、最後には菫子自身の取り巻きだった男によって殺される悲惨な末路を辿るキャラクターなのだ。


 しかも何故か、菫子は他の攻略キャラのルートでも絶対に同じ末路を辿っていた。

 どのルートでもヒロインをいじめ、ライバルキャラを影で煽り、それが発覚して婚約破棄、追放、絶縁、そして死亡という結末を遂げる。


 全攻略キャラのルートの、全エンディングで死亡する菫子。

 その美しい容姿、性格の悪さ、悲惨な末路。そんな多くのプレイヤーに甚大なるトラウマと恐怖を植えつけた菫子は、『乙女ゲームのラスボス』とまで呼ばれて、恐れられていたのだった。



 正直、ゲームでの最期は自業自得だと思っていたが、自分が菫子になったとなれば話が違う。死亡エンドしかないとかどういうことだと問い詰めたい。


「デッドエンドしかないなんて……なんて絶望的なのよ……」


 若干七歳にして、約十年後には死んでしまう未来を知っているとは。攻略キャラを避けようにも、母の友人の子供である和樹との交流は避けられそうにないし、攻略キャラの一人は家族でもある。

 何もしていないのにすでに詰んでしまっている自分の未来に、頭を抱えるしかなかった。


「もしも婚約になんてなったら……」


 ゲームのシナリオを思い出し、それだけはいやー! と枕をボコスカ叩く。だがどれだけ叩いても気持ちは晴れず、むしろ沈んでいく。


 ゲームでは和樹に一目惚れした菫子が、親に頼んで婚約者にしてもらっていた。一方の和樹は菫子のことなど眼中になく、女除け程度で婚約に了承したのだ。また、両家共に大企業の社長一家だったため、企業同士の思惑も関わっているものだった。

 七歳なら、前世であのまま成長していれば自分の子供でもおかしくない年齢。そんな子供に惚れることなどないと断言したい。

 けれど、世の中何が起こるかわからない。乙女ゲームに転生なんてするくらいだ、どんなことでも起こりうる。


 このまま進んでいけば、シナリオ通りになってしまうかもしれない。




 ――死んでしまう。




「――っ、私が変えるのよ」


 脳裏に浮かぶのは、ゲームの菫子の最期。


 愛した人からの貶み、家族からの蔑み、命を奪った男の狂気。ゲームの話であるはずなのに、それらを経験したかのような痛みを、苦しみを、絶望を、菫子に与える。

 あんな悲しい未来なんて、絶対になりたくない。


 ならば、やるべきことは一つ。



 あり得る未来を――デッドエンドを回避する。



 菫子には前世の記憶がある。


 自分が犯すかもしれない醜悪を知った。


 自分が辿るかもしれない末路を知った。


 これを使わずしてなんとする。



 生きてやろうじゃないか。


 足掻いてやろうじゃないか。



「ふふふ……見てなさい! この菫子、シナリオなんぞに屈したりしないわ!」


 この世界の菫子の人生は、今生きている菫子のものなのだから。



「死んでたまりますか! こんにゃろーーーー!!」



 打倒デッドエンド! を胸に桐島菫子七歳は、宣戦布告の雄叫びをあげた。




「菫子お嬢様! どうされましたか!?」


「なっなんでもありませんわ!」



 そしてこの宣戦布告は、扉の前で待機していた使用人により「菫子お嬢様乱心事件」の一つとして語り継がれるのだった。




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