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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
18/30

フラグ回収?



 菫子は引き攣りそうな頬を必死に抑え、事の事情を説明しようとした時。



「で、何を無くしたんだ?」



 またしても邪魔が入った。


 朔也がいるならもしやと思っていた菫子は想像通りの人物の登場に、そっと頭を押さえる。

 そして声の主は、朔也のうしろから悠然と現れた。


「……和樹さんもいらしたのですね」


 姿を現したのはもちろん、面倒くさそうな顔を隠そうともしていない和樹だ。腕を組んで立つその姿は威圧感と共に気品さえ感じさせ、この場の支配者は彼だと本能が告げている。

 朔也に続いて和樹の登場に、さらにキャーキャー! と色めき立つ理沙たち。そんな彼女たちを和樹は一瞥すると、菫子に視線を送る。その眼は早く言えと訴えていて、菫子はため息を飲み込みながら「五条さんの台本です」と手短に答えた。


「台本? 教室にはなかったのか?」

「鞄も机も全て確認しましたが、どこにも」

「どこかに置き忘れた可能性は?」

「それも無いと思います」


 その情報にふむっと考える仕草をした和樹だったが、何かを思い出したかのように「あ」と小さく声を漏らすと「おい朔也、さっきの」と朔也の持つ鞄を指さした。

 「え?」と首を傾げた朔也だが、すぐにはっとした表情になり慌てて鞄を漁りだした。


「すっかり忘れてた! ねぇ杏子ちゃん、それってもしかしてこれじゃない?」


 そして朔也が取り出したのは、少し土の汚れが付いた一冊の本。


 杏子はそれを見て、ぱあっと目を輝かせた。


「そ、それ!」

「えっ、な、なんで」


 明るい声で喜びを露わにする杏子とは対照的に、理沙は信じられないというような驚愕の表情を浮かべている。



 紛れもなくそれは、無くなった杏子のドラマの台本だった。



 お前が持ってたのかよ! と予想外の展開に驚きを隠せない菫子。拍子抜けするほど簡単に見つかったが、一先ず台本が見つかって一安心か、とほっと息をついた。


 しかし、まだ問題は残っている。

 台本を持ち出した犯人を見つけなければ、解決したとはいえないからだ。

 「はいどーぞ」と朔也が杏子に台本を手渡すのを見守りながら、菫子は和樹に尋ねた。


「あれはどちらに?」

「外の茂みに落ちていたのを朔也が拾ったんだ」


 「今から先生に届けるつもりだったんだが、」と言葉を区切った和樹は、ちらりと胡乱げな目で理沙たちを見た。


「自分で無くしたにしては、あんなところにあるのは不自然だな」


 もう犯人を分かっている。

 和樹の声と瞳は、そう言っていた。


 これはまずいと察してか冷や汗が止まらない理沙たちは、必死に自分たちは無実だと和樹に訴える。


「で、でも私たちじゃなくて他の人の仕業かもしれませんわ!」

「それにやったなんて証拠はありませんしっ」

「そうです! 私たち特別棟には行ってませんから!」


 誰かが言った言葉に菫子は反応した。



「どうして特別棟だと?」



「――え?」



 菫子の質問に、その言葉を発した少女は固まる。

 しまったと後悔しても、もう遅い。菫子は墓穴を掘った少女にゆっくりと歩み寄った。


「今仰ったではありませんか。特別棟には行っていない、と」

「あ……えっ、と、か、和樹さまが、と、特別棟の近くの茂みにあったと、言って」

「わたくしは外の茂みとしか聞いていませんが……。和樹さん、五条さんの台本は特別棟の近くに?」

「あぁ。……ついでに、俺は特別棟なんて一言も言っていない」

「っ!」


 しどろもどろに誤魔化そうとする少女だが、和樹に否定されてしまい失敗に終わる。目に見えて青ざめた少女は、ガタガタと震え出した。

 これで終わりだな。早くこの修羅場を終わらせようと、菫子は言い逃れ出来ない言葉を紡ごうとした。


「そうですか。それはおか――」


 おかしい。そう言いかけて、ふと思った。


(……あれ? これ、私悪役っぽくない?)


 改めて少女を見れば、今にも零れ落ちそうなほど涙を溜め、その顔には恐怖が滲んでいる。周りにいる理沙たちも同じような表情をし、菫子をまるで恐ろしいもののように見ていた。


 これではまるで、菫子が悪役ではないか。


 そんなはず無いのに、そう見えてしまうのは悪役の(さが)なのか。

 悪役にはならないという決意、杏子を助けたいという気持ち、彼女たちの恐怖の視線。様々な思いが菫子の中でせめぎ合い、この先を告げることを躊躇わせる。



「へぇーおかしいね」



 しかし躊躇していた菫子に助け舟を出したのは、意外にも朔也だった。

 菫子の台詞を受け継いだ朔也は、理沙に近づいていく。


「僕たち、ついさっきあの台本見つけたんだよ。で、もちろんまだここにいる皆以外には言ってないんだ」


 理沙を追い詰めていく朔也はさながら、獲物に狙いを定めた肉食獣。その一挙一動が動くことを許さないと言っているかのようで、理沙たちは瞬き一つせず硬直していた。

 そして朔也は理沙の目の前に立つと、ゆっくりと顔を覗き込んだ。その目は酷く冷たい――



「つまりさ、これが特別棟の近くにあったって――――犯人以外知らないはずじゃない?」



 それはもはや、誰が犯人であるか告げているようなものだった。

 


「ということはさ――」



 そしてまさに、朔也が犯人を口にしようとしたその時――



「もういいよ」



 待ったの声を上げたのは、杏子だった。

 いいところで遮られて朔也は訝しげな視線を杏子に送る。それを笑顔で流した杏子はもう一度「もういいから」と言うと、朔也の隣に並んで理沙と向き合った。

 何故被害者の杏子が庇うのか。驚きの表情を見せた理沙に、杏子は少し眉を下げて笑う。


「台本が見つかっただけで十分だから、もう何も言わない」

「……」

「それに、私も香坂さんに酷いこと言っちゃったから」


 「だからお相子ね」そう言うと、杏子は理沙の頬を軽く叩いた。もちろん「でも今度やったら許さないから」と釘を刺すのも忘れない。そんな杏子に朔也はつまらなさそうに息を吐き出した。


 糾弾されると覚悟していた理沙は、許された安堵や、杏子に負けた悔しさ、朔也に情けないとこを見せた恥ずかしさなど、色々な感情がごちゃごちゃに混ざり合う。そしてぎゅっと眉を寄せ、口を一文字に結び、何とも言えない顔になる。

 そんな理沙に杏子は満足そうな顔をすると、「あ、そうだ」と理沙の手を握り今度はニッコリと笑った。


「さっきの嘘泣き、いい演技だったからオーディションは自信持っていいと思うよ」


 杏子なりの応援と共に。


 理沙は見る見るうちに顔を真っ赤に染め、ぷるぷると震え出す。そしてバッと杏子の手を払い除けてくるっと背を向けた。


「~~~~っ! 行こっ!」

「ちょっと理沙ちゃん!?」

「ま、待ってよー!」


 短く叫ぶと、理沙はそのまま階段を駆け下りていった。律儀にも和樹と朔也にペコッと頭を下げるのを忘れずに。他の子たちも慌てて理沙の後を追っていったのだった。

 払い除けられた手をじっと見つめた杏子は、「……なんで怒ったのかな。褒めたのに」とぽつりと呟く。この子意外と天然なのか、と新たな一面を発見した菫子だ。



 台本も戻り嬉しそうにしていた杏子は、突然「忘れてたっ」と声を上げ、慌てて朔也に頭を下げた。


「見つけてくれてありがとう、橘くん」


 台本をギュッと胸に抱き、満面の笑みで朔也に感謝する杏子。その頬は赤く色づいていて、とても可愛らしい。

 朔也も手を振りながら「どーいたしまして」と笑っていた。



(あれ)



「今度何かお礼するね」

「別に気にしなくていいよー。……あ、そうだ。じゃあサインくれない?」

「サイン? ママの?」

「ううん、杏子ちゃんのだよ。未来の大女優のサイン」



(こ、これは……)



 冗談っぽく朔也が言うと、杏子は照れたようにはにかんだ。そして「じゃあ今度持ってくるね」と二人は約束を交わしたのだった。



 そんな二人を見た菫子に衝撃が走る。




(ま……ままままさか、まさかっ杏子のライバルルートへのフラグが立ったーーーー!?)




 フラグ建設の現場を見てしまった! と感動やら不安やらで「あっ……あぅ、おぅ」と声にならない声を発する菫子。


 そんな菫子を和樹は変なものを見るような目で見ていたことを、幸か不幸か気付くことはなかった。





◇◆◇





 帰り支度を済ませた菫子たち四人は、玄関前で各々の迎えの車を待っている。

 和樹と朔也が楽しそうに話している隣で、菫子と杏子は今日の出来事を話していた。


「桐島さん、今日はありがとう」

「いえ……結局わたくしは何もしていませんし」

「そんなことないよ。桐島さんがいなかったら叩いちゃってたと思うし」


 「ほんっと助かったよ!」両手を合わせ菫子に感謝する杏子。実際菫子のした事と言えば悪役っぽい事だけなのだが、感謝されれば悪い気はせず。助けて良かったなと思えた。


 しかし、菫子にはそんな事よりも重要な問題が残されている。 


「あの、ところで……」

「ん? なに?」

「えっと……教室で言っていた噂とはどのようなものなのでしょうか?」


 そう。問題とは『噂』のこと。

 菫子は杏子が教室で発した『桐島さんって、噂と全然違うんだなー』という発言が気になって仕方がなかった。


 『噂』とは何なのか。


 大体想像はつくものの、聞かないのもモヤモヤが残って気持ちが悪いので、菫子は覚悟を決めてその内容を杏子に聞くことにした。

 ドキドキヒヤヒヤしながら菫子は答えを待つ。


「うーん……色々あるけど、一番はあれかな、すっごいわがままで嫌な性格してて鷹ノ宮くんと橘くんを独占して振り回している悪女! ってやつ」

『――ぶっ!』

「……やっぱり」


 予想通りの噂に、もはや笑いすら出てこない菫子。対してその元凶でもある二人は盗み聞きをしていたようで、「くくくっ」と必死に声を押し殺して笑っていた。何笑ってんだと軽く睨みつけるも効果はない。

 くっそー、と心の中で悪態ついて悔しさを滲ませる菫子だが、問題はその先にあった。


「――あとはお兄さんたちにべったりくっ付いて誰も近づかせないとか、理事長の孫とこそこそ何かしているとか」

「え」

「あと西條先生と怪しい関係だとか」


 続けて出てきた噂に、菫子はピシリと凍り付いた。

 なんだそれは。聞いたこともないんだけど。大体怪しい関係ってどういうことだ。菫子の頭に混乱が広がる。


「他にも――」

「もっもう止めてぇーーーーー!!」

「むぐっ」


 まだまだ出てきそうな根も葉もない噂に、菫子は杏子の口を両手で塞いで黙らせた。これ以上は聞くに堪えない。主に菫子の精神衛生上よろしくない。

 菫子が必死の形相でもう喋るなと訴えると、あまりの剣幕に杏子はすぐにコクコクと頷いた。

 そろりと杏子の口から手を離した菫子だが、ショックのあまりくらりと眩暈を起こす。


「な、なんで、なんでそんな噂が出回って……」


 よよよとその場に崩れ落ちた菫子は、両手を地面についてさめざめと泣いた。実際には泣いていないのだが、心の中では号泣だ。

 そんな菫子の異常な様子に、杏子はおろおろと助けを求めるように和樹たちに視線を送るも、当の二人はさらに込み上げた笑いで声を抑えるのに精一杯だった。まったく使えない男たちだ。


 想像以上の酷い噂に深く胸を抉られた菫子は、「は、はは、はは」と壊れたように笑う。そしてがばっと勢い良く立ち上がると、その勢いのまま杏子にずいっと詰め寄ってその両手を握りしめた。


「五条さんっ!」

「は、はい!?」


 その細腕からは想像出来ないほどの力でギュッと握られ、杏子の表情は引き攣り声も裏返る。

 しかし菫子はそれに気付かず、すぅーっと息を吸い込んだ。


「和樹さんと朔也さんは友人というだけで、独占なんてしたくもなっ……していなくて! 兄さまと姉さまは好きですけど、別にべったりなんてしていないし、恋人が出来たって構いませんし!

 柊一先輩には恋愛相談をされているだけで! あの方ものすっごくヘタレですからっ! 西條先生との関係なんてただの医者と患者なだけで、確かに仲良いですけど、それだけで! というよりも、怪しい関係だったら大問題ですわっ!」

「そ、そうだね……」

「そうです! ですから、えっと、そんな噂信じないで欲しいと言いますか――――ほら! お二人もフォローしてください!」


 噂の一つ一つを否定しながら菫子は捲し立てる。口を挟む隙など与えず一方的に。ついでに黙ったままの原因の一端にも助けを頼んでみたが、笑っているだけで話にならない。


「――――とにかく! 今仰った噂は全部嘘ですからね! 事実ではありませんからねっ!」


 最後は念を押すようにそう叫んだ菫子は、杏子がコクコクと頷いたのを確認した。

 これだけ否定すれば取りあえず大丈夫だろうと、菫子はふんっと満足気に鼻を鳴らした。その時――


「――ぷっ、あははははっ!」


 杏子が声を上げて笑い始めたのだ。


 突然お腹を抱えて笑い出した杏子に、菫子は驚きで目をぱちくりさせる。なおも杏子の笑いは止まらない。


「はははっ、ご、ごめんっ! ふふっふふふ」


 一応は謝るものの、涙目なのとまだ笑い声が溢れているのとで説得力はまるでない。

 そして一頻り笑った杏子は、「あーごめんね。なんか、意外で」と目に残った涙を拭いながらもう一度菫子に謝った。

 何故笑われたのか分からない菫子は「……いえ、別に気にしていませんわ」と平静を装うが、むすっと結ばれた口元で不機嫌さがダダ漏れだ。

 そんな菫子にさらに笑みを深める杏子は、「あのね」とおかしそうに話し出す。


「噂はそんなに信じてなかったよ。けど、桐島さんってもっとお淑やかで上品なお嬢様! って感じだと思ってたから」

「――はっ」

「全然違うんだね」


 その言葉に、菫子は固まった。早く噂を否定しなければ! と思ったあまり取り乱し過ぎた。作り上げてきた菫子像が崩れてしまうと冷や汗が止まらない。

 今更取り繕っても遅いだろうかとおろおろする菫子。だが杏子は焦っている菫子を見ると、楽しそうに告げた。


「でも、私はそっちの方が好きだな」

「……え?」

「だって――――面白い!」

「は?」


 杏子の「面白い」発言の意味が分からず、菫子は思わず素で返してしまう。ここは喜んだ方がいいのか、怒った方がいいのか、それとも曖昧に流せばいいのか。どれも正解ではない気がして、苦い顔しか出来ない。

 しかし杏子はそんな様子の菫子などお構いなしに続けた。


「ねぇ、菫子って呼んでいい? 私は杏子でいいよ」

「……わ、わたくしは構いませんが……あ、杏子さん?」

「さん付けじゃなくって、呼び捨てがいいんだけど……まぁいっか」


 勢いに押され名前で呼べば杏子は一瞬不服そうにするもすぐ笑顔になり、菫子の手をぎゅっと掴んで握手をする。



「これからよろしくね、菫子」



 それは、太陽のように眩しい笑顔。


 屈託ない杏子のその笑顔は、菫子にどこか懐かしい気持ちを思い出させるものだった。




 菫子と杏子。




 ライバルキャラ同士の友情は、ここから始まった。




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