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デッドエンドのその先へ  作者: 美真
初等科編
12/30

Summer Party 2



「わっ! このプリンすごく美味しい!」

「こっちのケーキも! 菫子さんは何食べているんですか?」

「スフレです。ふわふわでとても美味しいですわ!」


 練習の成果と椿のリードもあって、菫子は何とか無事にダンスを踊り切った。完璧とは言えないが、ギリギリ合格点は貰えるだろうと自己評価を下す。椿はやたら「すごい」やら「上手だよ」と褒めちぎっていたが。


 クラスメイトの下へ行く三人と別れ、菫子もひかりと環奈と合流した。二人も既にクラスメイトと二回ほど踊ったらしく、今は専ら目の前に広がるスイーツに興味津々だ。

 三人で仲良くスイーツを味わっていると、菫子の肩がトントンと誰かに叩かれる。


「そこの可愛いお嬢さん方、少し私とお話しませんか?」

「西條先生!」

「よっ」


 聞き覚えのある声に振り返れば、いつもとは違う雰囲気の西條がいた。

 グレーのスーツをおしゃれに着こなし、髪型は少し毛先を遊ばせている。普段の白衣姿も似合うが、スーツを着るとより洗練された印象になる。さらにワイルドな印象と共に色気を漂わせており、思わずドキリとしてしまう。現にひかりたちも頬を染め、独身の女性教師などはうっとりしながらも食いるように西條を見つめていた。肉食獣のような女性陣にぶるりと身体が震える。

 一通り菫子たちのドレス姿を褒めた西條は、菫子の額にそっと手を当てた。


「体調は……大丈夫そうだな」

「はい」


 こんなところでも医者の仕事を忘れない。顔色の良い菫子に、西條は安心したように笑う。


「それにしても、ダンス頑張って練習したんだな」

「……それは、もう……」


 菫子のダンスを見た西條は悲惨な体育の成績を知っているため、まるで娘の成長を見たような感覚になっていた。対して本人は練習の日々を思い出し遠い目をする。主に思い出したのは、同い年のスパルタ少年だが。

 その様子に色々と察したのか、苦笑した西條は気分を変えてあげようと椿同様、手を差し伸べて菫子をダンスに誘った。


「それじゃあ、私とも一曲踊っていただけますか?」

「はい、お願いします」


 ひかりたちに一声かけて、西條と手を繋ぎ再びダンスホールで踊り始める。

 身長差で踊り難そうではあったが、そこは西條が持ち前の運動神経を発揮して器用に踊っていた。西條も踊りながら「上手いな」と嬉しそうに菫子を褒めていた。何とか無事に一曲踊り終えて戻ろうとする二人だったが、突然西條の下にどっと女生徒が押し寄せてきた。なんでも、菫子と踊っている姿を見てぜひ私も! と思ったらしい。

 すぐに取り囲まれて困り顔で対応する西條に、心の中で両手を合わせた菫子はいそいそとその場を退散した。



 先ほどの場所に戻ると、ひかりと環奈は神妙な面持ちで菫子を迎え、ある一点を指差した。不思議に思いすいっとその先に視線を移動させれば、とある光景が目に飛び込んできた。


「鷹ノ宮様! 次は私と踊ってください!」

「わたくしが先にお願いしてるのよ!?」

「朔也さん、もう一度踊ってくれませんか?」

「何言ってるのよ! 私まだ踊ってないのよ!?」


「……何あれ怖い」

「……同感ですわ」

「……なんかもうお約束ですね」


 そこはまさしく、女の戦場。

 正装した和樹と朔也の周りに、女の子たちが普段の二割増しで群がっていた。


 互いを牽制し合い、我先にとダンスを申し込む。必死な彼女たちに朔也はいつものように笑って対応しているに対し、和樹は傍目でも分かるほど不機嫌そうな顔をして無視していた。しかし先ほどまで女の子踊っていたので、完全に無視しているわけではないらしい。だがあまりの数の多さとしつこさに、ついに嫌気が差したのだろう。

 いつもならそんな状態になれば大人しく引き下がる彼女たちも、今日はパーティーのせいでテンションが上がって周りが見えなくなっている。

 目に見えて不機嫌になっていく和樹に、思わず同情する菫子だが。


(うん。私には関係ないな)


 触らぬ神に祟りなし。

 会えば挨拶くらいはしようと思っていたが、距離もあるし大丈夫だろうと高を括ったその時。


「あ」

(――げっ)


 朔也とばっちり視線が交わった。


 菫子を見つけ少し驚いた顔をしたが、すぐにニコッと笑う朔也。その笑顔に、ぞぞぞと菫子の背筋に悪寒が走る。嫌な予感しかしない。慌てて遠くへ離れようと背を向けて歩き出す。が――


「菫子ちゃん!」


 朔也は大きな声で、手を振りながら、菫子を呼んだ。当然和樹や周りの女の子たちも菫子の存在に気が付く。

 こちらに歩いてくる集団に、もはや動くことは許されず。菫子は青い顔で「終わった……」と小さな声で呟いた。



 菫子の前に立つのは和樹と朔也。そして三人を囲むようにして立つ女の子たち。

 ひかりと環奈は少し離れたところで不安気に菫子を見つめている。

 今この場は、完全に菫子のアウェー空間だ。


「よぉ」

「こんばんは菫子ちゃん」

「……こんばんは和樹さん、橘さま」


 得意の愛想笑いも出来ず、引き攣った顔で挨拶をする。挨拶一つでも周りの女の子の視線が痛い。

 今すぐにでもこの場を抜け出したい菫子の気持ちを知ってか知らずか、朔也は笑顔で話しかけてくる。


「さっきお兄さんと踊ってるの見たよ。すごく上手いね」

「……ありがとうございます」

「さすが()()に教えてもらっただけあるね」

「――は」


 朔也のその一言で、場が凍り付いた。


 間違っていない。和樹と練習したのは事実だし、スパルタな個人レッスンも受けた。しかし――


(なんで今、この場で、この状況で、それを言うかな!?)


 案の定、朔也の発言に周りの女の子が過剰に反応する。

 「いやぁー!」「やっぱりお二人は」「そんなぁ……」と目に涙を溜める女の子。目を吊り上げてぎっと睨みつける女の子。刃物のような視線がグサグサと菫子に突き刺さる。

 反論したくても、火に油を注ぐだけなので黙っているしかない。


 何も悪いことしてないのに、なんでこんなに嫌われてるんだ。

 世界が私を殺そうとしているとさえ思えるほど、自虐的になる菫子だ。


「和樹ってば菫子ちゃんとばっかり遊んで、全然僕と遊んでくれなかったんだよ?」

「……それは申し訳ありませんでした」

「別に約束してなかっただろう」

「えーでもほとんど毎日だったよね?」


 さり気ない会話の中でも、朔也はどんどん菫子を追い詰めていく。


(やっぱりこいつ、私のこと嫌いだ!)


 推測が核心に変わった。これで悪意がないのなら何だというのか。しかし記憶を遡ってみても、その原因が思い当たらない。朔也に対して何かした覚えが無いため、どう対処すべきか分からない。

 ぐぬぬと唇を噛み締める菫子。そんな菫子を全く気にせず、朔也と和樹は「そろそろダンスも終わりの時間だな」などと話していた。

 少し前まで閑散としていたホールが、最後に一曲踊ろうとする生徒たちで埋まっている。オーケストラも終わりへ向かい盛り上がるように音楽を奏でる。


 もうすぐパーティーも終わる。

 この状況からもようやく解放されるとほっとしたのも束の間。最後の問題がやって来た。


「あ、じゃあ最後に二人で踊ったら?」

「はぁ!?」


 いい案が思いついたとばかりに言う朔也に、菫子は完全に素で反応してしまった。

 すぐにしまったと我に返り恐る恐る和樹を窺うと、眉間に皺を寄せて菫子を睨んでいた。


「……嫌そうだな」

「あ、い、いえ、そんなことはなくてですね……あ、ほら! こんなにたくさんの可愛らしい方々が和樹さんと踊るのを楽しみにしているのにわたくしなんかと踊るなんてそんなそんな」


 だから気にせず彼女たちと踊ってください。

 身振り手振り加えて必死に伝えるも、やはり水を差すのはこの男。


「でもせっかく二人で練習したのに、本番で踊らなくていいの?」


 朔也の言葉に、和樹は黙ったまま少し考える素振りを見せる。すると、その様子に焦りを見せたのは周りの女の子たちだった。これ以上菫子にいい思いをさせるか! とばかりに和樹に詰め寄る。


「桐島さんばっかりずるいわ!」

「最後はわたくしと踊ってください!」


 先ほど以上の勢いを増した女の子たちに、和樹の少し浮上した機嫌が再び下降していく。それに気づかない彼女たちは、より気を引こうとさらに躍起になる。

 すると我慢の限界に達したのか、和樹は女の子たちを押しのけて菫子に向かって歩き出した。


 ――あ。やばい。


 菫子がそう思ったのと同時に目の前まで来た和樹は、無言で菫子の手を掴んでホールへと連れて行った。

 女の子たちの悲鳴と「いってらっしゃーい」と元凶の朔也の暢気な声を背に受け、拒否する間もなく引っ張られる形でホールへと向かう菫子の気分はまさにドナドナ。

 卒倒してしまいたくなるこの状況を作り出したもう一人の元凶に、菫子は嫌味ったらしく文句を言った。


「……このように強引に連れ出すのはマナー違反ですよ?」

「なんだ、ちゃんとやってほしかったのか?」

「いえ、そうではなくてですね」

「……もう面倒くさいんだよ、あそこにいるの」

「それでも、彼女たちは和樹さんに好意を持っているからで」

「じゃああの中から選んでいたらどうなっていたと思う?」

「それは……」


 あの中の女の子から選んでいたら。

 選ばれた相手はそれはもう浮かれ、優越感に浸るだろう。そして和樹も自分が好きなのかもと勘違いすることもあり得ない話ではない。

 そう思えば選んでも勘違いをしない女として無難に菫子を選んだことは、和樹にとっては正解だ。菫子にとっては、和樹の取り巻きにさらに恨まれただけで不正解極まりないことだが。


 これからのことを憂いていた菫子にホールに着いて向かい合った和樹は、ニヤリとどこか楽しそうに笑った。


「ま、教えた身として生徒の成長を見ておかないとな」




「普通だな」

「……それは褒めているんですか?」

「あぁ。下手くそが普通になっただろう」

「……もういいですわ」


 初めての時とは違い、菫子はしっかり和樹を見ながら踊れている。それでも一緒に踊る天才少年には取るに足らないこと。


 いつか絶対に見返してやる。余裕の笑みを浮かべる和樹に、菫子は闘志を燃え上がらせた。



 ダンスも終盤に差し掛かり、周りは一層盛り上がる。

 菫子と和樹も何だかんだ言いつつ楽しげに踊っていた。周りから見れば非常に仲睦まじ気だったとは、家に帰ってから撫子に言われたこと。


 しかし、菫子は思い出してしまう。

 こうして和樹と踊っていると、どうしても思い出してしまうのだ。



 ――和樹がヒロインと踊っているのを、憎悪の瞳で見つめる菫子の姿を。



 ゲームでは決して踊ることのなかった菫子と和樹。

 ()()()()()()が切望していたであろうこと。

 それを今、自分(菫子)が叶えているなんて。



 ――あぁ……なんて。なんで。



 だがそうしてゲームの思考に囚われていれば――



「――って!」

「あっご、ごめんなさいー!」



 思わず足を踏みつけてしまったのは、仕方のないことで。


 普通という評価が再び下手くそに戻ったのも、仕方のないことだ。




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