Summer Party 1
「どうですか?」
姉たちの前に立ち、新調したドレスを披露する菫子。くるりと回ればスカートがふわりと舞い上がり、顔立ちも相まって人形のような愛らしさを醸し出す。
そんな妹に、シスコンの二人はもちろん目を輝かせて褒め称えた。
「可愛い! 可愛いわ菫子!」
「うん。そのドレスすごく似合ってるね」
「ありがとうございます。撫子姉さま、椿兄さま」
菫子ははにかみながらもう一度くるりと回った。
纏うドレスは夏らしく膝丈のノースリーブで爽やかなパステルブルー。今回もまた葵の着せ替え人形にさせられて選ばれたドレスだ。すでにドレスは数着持っているのにと思っても、そうはいかないのが上流階級らしい。
もちろん撫子と椿もドレスアップしており、撫子に至っては菫子と色違いのお揃いだ。
三人で写真を撮り合って盛り上がっていると、時間だと使用人が呼びに来たので兄弟仲良く手を繋いで車に乗り会場へと向かった。
「おぉ……すごい……」
広い会場。煌びやかな装飾に豪華なビュッフェ料理。そしてオーケストラが美しい音楽を奏で会場を盛り上げる。
目の前に広がる華やかなパーティー会場に、菫子はぽかんと口を開けて呆けていた。学校主催のパーティーなのに、高級ホテルで行われる盛大なパーティーと変わりないほどの規模とは。隣にいた撫子が妹の様子にくすりと笑う。
会場は着飾った生徒たちでごった返していた。みんなパーティーにテンションが上がっているのか、普段お淑やかな生徒も興奮した様子で楽しそうに過ごしている。
初等科のサマーパーティーは楽しく交流することがメインのため、マナーについてはそこまでうるさくない。そして初等科に兄弟や知り合いなどがいれば誰でも参加することも可能なので、中等科である撫子も堂々と参加している。
しかし、サマーパーティーを純粋に楽しめるのは初等科まで。中等科に上がるとパートナー同伴でなければ参加出来ない、超リア充イベントへと様変わりする。何と恐ろしいことか。
きょろきょろと興味深そうに周りを見回す菫子だったが、先ほどから寄せられる大量の好奇の視線にげんなりしていた。兄弟三人で固まると、どうしても注目の的になってしまうのだ。
――羨望、嫉妬、恋心。
様々な感情が含まれる視線が三人に注がれるが、撫子と椿は慣れた様子で堂々としていた。菫子も気にしないようにしながらも、時折り兄弟の陰に隠れることを忘れない。
そんな状況でも会場の雰囲気を楽しんでいた三人に、「椿」と声がかけられる。声がした方を見ると、一人の少年が片手を上げて立っていた。
「ここにいたのか」
「柊」
名前を呼ばれた椿も少年に笑顔を向けて片手を上げる。撫子も知り合いなのか「こんばんは、久しぶりね」と挨拶をしていた。
兄弟の陰に隠れながら、楽しそうに話す三人を観察する菫子。主に「柊」と呼ばれた男を見ていたのだが、彼の笑った顔に覚えがあった。
この感覚を、少し前にも味わったような――
黙ったままの菫子に気が付いた椿が、そうだったと慌てて少年を紹介する。
「ごめん、菫子は初めてだったね。彼は花ケ崎柊一。僕の友達なんだ」
「初めまして。君のことは椿からよく聞いてるよ」
「は、初めまして、桐島菫子です」
紹介された少年、柊一は菫子に目線を合わせると屈託ない笑顔を向けた。菫子も笑顔で応え、頭を下げて恭しく挨拶をする。しかし、下を向いた菫子はこれでもかと目を見開いていた。
少し短めの赤みがかった髪。椿より少し背が高く、子供ながらも男らしい端正な顔立ち。リーダーシップがあり、男前で、老若男女問わず好かれる才能溢れる生徒会長。
あぁ。覚えがあるはずだ。
花ケ崎柊一。
彼もまた、乙女ゲーム『Flower Princess』の攻略キャラである。
(そうだよね。そうでしょうね。ゲームでも二人は親友って設定だったからいつかは会うとは思ってたけどね!)
せめて心の準備をさせてほしい。そう思っても、今更どうしようもないのだが。
「けど椿からいっつも話を聞かされてるから初対面な感じがしないな」
「それは良かったね」
「いや、意味わかんねぇよ」
「柊一さんはこんなところにいてもいいの?」
「あ、はい。もう祖父様への接待は終わったので」
「理事長をそんな言い方……」
そう。柊一は花之宮学園理事長の孫であり、ゲームでは次期理事長候補と言われていた。ある意味、花之宮学園の生徒で一番権力を持っているのが柊一だと言える。
悪びれずに笑う柊一に、苦笑する撫子と呆れた顔をする椿。菫子の心情を知らず楽しそうに話す柊一は、ゲームの印象と変わらず誰にでも好かれる少年に見える。
三人が話している傍ら、菫子は悩んでいた。
もちろん柊一のルートでも菫子の結末は変わらない。親友の妹だとしても、情け容赦なく断罪される。もちろんヒロインとの仲を邪魔しなければいいのだが、知り合ってしまった以上、もっと確実な何かが欲しい。
どうしようか。菫子が思考を巡らせていたその時、オーケストラがより大きな音を奏で出す。
「あぁ、もうダンスの時間か」
柊一の呟きと共に、周りの生徒たちがぞろぞろとペアを組んで会場中央へと向かっていく。
ダンスの始まりの合図だ。
――ついに来た。
一先ず柊一のことは後回しにして、今はダンスに集中しよう。気持ちを切り替えよしっと気合を入れる菫子に、椿はくすりと笑って手を差し伸べる。
「じゃあ菫子、僕と踊ってくれますか?」
「――はいっ!」
軽く腰を折り手を差し伸べて誘う椿はさながら王子様のようで、菫子は頬を赤らめ嬉々としてその手を取った。何だかんだ言いつつ、菫子も立派なブラコンだ。
そんな微笑ましい兄妹の様子を、面白くないと思う者が一人。
「……椿ずるいわ」
「姉さんは女性なんだから仕方ないよ」
「そうだけど……」
椿が正論で宥めるが、菫子と踊りたくて拗ねている撫子の機嫌は治らない。
恨めしそうに弟を見つめる撫子。そのうしろで少しそわそわした様子の柊一。
そんな二人を見て、菫子ははっと思い出した。
そうだ。柊一は確か――
「――実はね、柊は姉さんのことが好きなんだ」
椿が菫子の耳元でこそっと柊一の秘密をあっさり暴露する。
『Flower Princess』での柊一は、撫子に恋をしていた。
だが、相手は自分より年上で学園でもマドンナ的存在。なおかつ親友の姉という微妙な立場から、その想いを伝えることが出来なかった。そのうち、撫子の婚約が発表されて失恋が決定する。しかし初恋を拗らせた柊一は、ヒロインが現れるまで撫子のことを密かに想い続けるのだ。
現実の柊一も撫子に恋をしていた。しかもあの様子を見る限り、ゲームと同じような状況なのだろう。
これが心の闇なの? と前世でも思っていたが、前世の姉曰く『恋の病よ? 重症じゃない!』らしい。乙女ゲームの男は、何でこうも面倒くさいのだろうか。
(あ、だったら……)
ゲームの記憶を思い出していた菫子は、ある事を思いついた。
そうだ。これなら、柊一の敵になることはない。むしろ感謝されるかもしれない。
ならば実行あるのみ。菫子は未だ拗ねる撫子の前に立ち、笑顔である事を提案した。
「では姉さまは花ケ崎先輩にお相手をしていただいてはどうですか?」
「え、えぇっ!?」
「……柊一さんに?」
菫子の発言に、声を上擦らせて驚く柊一と首を傾げるだけの撫子。椿は菫子の後ろで楽しそうに笑っている。
そして菫子は、さらに続けて無邪気な笑顔で姉を誘った。
「はい! 一緒に向こうで踊りましょう?」
ペアにはなれないけど近くで一緒に踊りたい。菫子が上目遣いでそう伝えれば、シスコンの撫子が断るはずもなく。「そうね!」と一瞬で機嫌を取り戻し柊一と向き合った。
呆けていた柊一は慌てて姿勢を正し、緊張した様子で撫子をダンスに誘う。
「あ、で、では……一曲踊っていただけますか?」
「はい。よろしくお願いします」
笑顔で手を取る撫子に、柊一は顔を真っ赤にして硬直していた。男前なのに、本当に恋愛には奥手でヘタレなようだ。柊一のその姿を見て、菫子は笑顔の裏でニヤリとあくどい笑みを浮かべていた。
四人は周りの注目を浴びながら、並んでホール中央へと歩いていく。
途中、柊一からキラキラとした視線を送られ、菫子はちらりと視線を交わして深く頷いた。
――お膳立てはしてやったからあとは自力で頑張れ。そしてこの恩を忘れるな。
そんな想いを込めて。
柊一の恋心を利用して恩を売る。ヘタレな柊一は自分から撫子を誘えないだろうから、菫子自身を利用してきっかけを作ってあげる。何とも単純かつ、菫子だから出来る対策だ。
だが、これ以上のことはしない。この先柊一が頑張って撫子と付き合おうとも、ゲームのようにヒロインと恋しようとも、それは柊一の未来だ。菫子が干渉してはいけない。
あとは兄の友人の妹として、適度な距離感を持って接すれば大丈夫だろう。
思惑通りに行き満足気な菫子は知る由もない。
この先事あるごとに柊一から恋愛相談される面倒なことになるということを。
ヘタレはどこまで行ってもヘタレだということを――




