デッドエンドへ向かう物語
「菫子、今度この子に会いに行くわよ」
「ん? かあさま、このこはだれですか?」
「この子はね、母様の友達の子供なの。もしかしたら……菫子の将来の旦那様になるかもしれないわね!」
豪華な家具や調度品が並ぶ広い部屋の中で、女性と少女がソファーに座っている。そして女性は楽しそうに、少女は興味深そうに一枚の写真を眺めていた。
「ふぁ! とってもしゅてき!」
写真に写るのは一人の少年。少女と同じ年頃だが、幼いながらも利発そうで整った容姿をしている。見目麗しい少年の姿に、少女はふっくらした頬を薔薇色に染めた。
しかし、その少年の顔にどこか既視感を覚えた少女は、少しだけ首を傾げる。
そんな少女の様子に気づかず、女性は笑みを深めて告げた。
「彼は鷹ノ宮和樹くんよ」
「……た、かの……みや……かず……き?」
その名前を聞いた少女は、目を見開き固まった。
少年の顔と、名前と、自分の名前が、ぐるぐるとピースを合わせるように脳内に駆け回る。
そして。
カチリッと何かがはまった音が鳴り響いた瞬間、少女は記憶の渦に呑み込まれていった。
『――! やっと和樹ルートのトゥルーエンド達成したわ!』
『へぇー、それはおめでとー』
『何よその反応はー。つまんない。――もやらない?』
『私、乙女ゲームには興味ないからパス』
『やってみなきゃわからないでしょ! はい、お姉ちゃん命令』
『えー』
知らないはずの光景が、映し出される。
『ちょっとお姉ちゃん! この子めっちゃえげつないんだけど!?』
『んー? あ。みんなのトラウマ登場』
『嫉妬に狂った女って怖い!』
『こんなのでビビってちゃダメだよ。後半はもっと病んでくるから!』
『うぇー……もうやだよー』
二人の女性がテレビの前に座り、映し出される映像を眺めている。
ゲームのコントローラーを握る女性は嫌そうにしながら。その隣で指示をしている女性はニヤニヤと笑いながら。
少女にとって、知らないはずの光景。
なのにそれは、とても懐かしく感じた。
愛おしくて、胸が苦しくて、泣きたくなるその光景は、少女にとってとても大切な思い出――
『あーやっとクリアしたー』
『おめでとー! さて、次どのキャラにする?私のおすすめはねー』
『やめて! もうこれ以上私にあの子を見せないで!』
『あはは! ――もトラウマになった? このゲームって乙女ゲーで萌える人より、あの子がトラウマになる人の方が多いゲームなんだよね』
『それってもはや乙女ゲームって言えなくない!?』
そしてテレビの画面に映し出されたのは、少年と少女が愛おしげに抱き合う仲睦まじい絵。
一人はうっとりしながら、一人はげっそりしながらその絵を眺めている。
この絵を、映し出された二人の少年少女を、少女は知っていた。
『ちなみにこのゲームにR指定がかかっているのは、そのせいなんだー』
『確かに最期とか重すぎて子供には見せられないよね……』
『そうそう。しかもあの子ね――』
突然、少女の胸が嫌な音を立てて騒めき出した。
不安と、恐怖と、悲しみで埋め尽くされる。
「この先は聞かないで!」と、少女の中の誰かが叫んでいた。
でも、それに抗う術はなく――
『――全ルート、全エンドで死ぬんだよ』
――死
【もうこれ以上和樹くんの心を傷つけないでっ!】
【お前なんかと婚約者であったことが、俺にとっての最大の汚点だ】
【わ、わたくしは……わたくしは貴方のために……!】
男に肩を抱かれ、泣きながら愛する男の婚約者であった女を断罪する女。
涙する女を抱き留めながら、婚約者であった女に軽蔑な眼差しで侮蔑する男。
多くの蔑みの視線に晒されながらも、なお愛する男に縋る女。
【お前には失望した。この先家の敷居を跨ぐことは許さん】
【何て事をしたの!? これからどうやって償っていけばいいのですかっ!】
【貴女は桐島家の顔に泥を塗ったのよ】
【二度と僕の前に顔を出さないでね】
【……どうして、そんなっ】
視線すら向けずに娘であった女に、絶縁を突きつける男。
娘であった女の頬を叩き、これからのことに涙する女。
女を見下しながら、言葉を吐き捨てる姉であった女。
冷笑を浮かべて、女の荷物を放り出す兄であった男。
かつて家族であった者達の言葉に、項垂れて涙する女。
【これからはずっと一緒だよ? ……だからさ】
【な、何をなさるつもり!?】
ナイフを翳し、狂気した笑顔で蒼白の女に近づいていく男。
迫りくる男の狂気に為す術がなく、ただただ恐怖する女。
そして。
男が振り上げたナイフが、
【一緒に死んでよ】
女の目の前に迫り――
【菫子】
「――あぁあああああああああ!!」
その瞬間、桐島菫子は断末魔にも似た奇声を発しながら意識を手放した。
この時、桐島菫子は思い出した。
自分の前世の記憶を。
この時、桐島菫子は気が付いた。
ここは乙女ゲームの世界であることを。
この時、桐島菫子は知った。
――自分の未来には、死しかないことを