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第二章 双星、瞬く

「今日はこれくらいにしとくかぁ」

 窓から華やかな光が漏れる豪奢な屋敷の敷地内の片隅で、給仕服姿の赤毛の少年が独りごちた。

 とん、とよく手入れされた芝の地面を蹴ると、広大な屋敷を囲む塀に軽々と飛び乗る。

 赤猫リック。仲間からはそう呼ばれていた。

 屋敷では祝宴が催されている様子で、人々の話し声と楽団の演奏が絶え間なく流れていた。

 暗闇に紛れて庭の片隅で動く小さな影になど、気付く者はいない。

「流石は町一番の業突く張りの屋敷だ。この石なんて今まで見た事ねえや」

 そう言って、手に持ったずっしりと重そうな袋とは別に、拝借していた給仕服のポケットに入れておいた星を散りばめたような光を放つ夜色の宝石を眺めた。

 服を捨て石を袋にしまい直したリックは、細い路地へと飛び降り上機嫌で駆け出した。

 赤猫リックは、界隈では有名な泥棒である。闇に紛れて誰にも気付かれぬよう盗み先に忍び入る事もあれば、今夜のように変装して堂々と入る事もある。

 大胆不敵な性格で、一見無謀な仕事もするのだが、とにかく猫のような俊敏さで一度も捕らえられた事はない。

 16歳にしてはやや小柄で、瞳が大きく童顔なので、一部の同業者からは赤猫ちゃんとも呼ばれていることは、本人は知らない。 

「先にボーのおっさんとこ寄るかな」

 一仕事して腹ペコだ。ノラ姐さんの飯にありつこう。 

 王都ワイヤのほぼ中心で、商家が並ぶレンガ敷きの瀟洒な大通りを北へ5区画ほどの所に、通称「入り口通り」はある。    

 ワイヤの北側は貧困層が暮らすエリアで、その中でも更に真っ当に生きていけなかった者達が集まるのがここなのだ。そんな人間達ばかりなものだから、誰が言ったか、道を踏み外すのはここから、という意味を込めて入り口通りと呼ばれているのだった。

 入り口通りの夜は暗い。街灯がある訳でなく、粗末な家々(家とは呼びにくいものも)も、灯りが点いている所は少ない。夜は自宅にいない者が多いのだ。

 リックは、慣れた様子で所々浮き上がった古いレンガのデコボコ道を歩いていた

 ふと、突然喉元に冷たい物があたった。

 月の光を受けて冷たく光る白刃。

「うわっ!?」

 ヤバイ、尾けられてたか!?思わず息を呑むと、手に持った袋がカシャリと鳴った。 

 次の瞬間、袋を思い切り刃にあて、ガシャンという金属音が響く。 

 背後からは、刃が弾かれた事で体勢を取り直す気配が感じられた。 

 リックは、素早く体勢を落とし、その時にはもう走り出そうとしていた。

 王都の警備兵ならいつも簡単に撒ける。

 だがこの夜の相手はそうはいかなかった。

 走り出そうとした顔の目の前に、鈍い音と共に白刃が地に突き立てられた。

 嘘だろ、俺の動きについてきてる!

「逃げられん」

 意外にも若い声が上から降ってくる。

 リックは、ゆっくりと後ろを見上げた。

「ボラット・オルノのところへ案内しろ」

 声の主は濃い緑のローブを纏い、深く被ったフードの下から、屋敷でくすねた夜色の宝石のような瞳で、リックを見下ろしていた。


「おう、リック、お疲れさん。連れがいるなんて珍しいな。…なんだシケたツラして」 

「…おっさんの知り合いだってよ」

 ローブの男に言われた通りボラッドの家へ案内したリックは、ぶすりとした顔のまま、開いたドアからずかずかと室内へ入って行った。

 ボーのおっさん、またはおやっさんと呼ばれているボラット・オルノは、ん?という顔で、ドア外に立っているフード姿の男をみやった。

 ボラットは、入り口通りの顔役である。五十半ばのいかつい顔の大男で見た目に違わず腕っ節も強い。どんな荒くれ者も、ボラットの前では父親に叱られるこどものようになってしまう。

 物騒な地域なりの秩序を守っているのがこの男だった。

 リックは勝手知ったる人の家で、狭い居間に置かれたテーブルに袋を投げ、椅子をまたいで背の部分に頬杖をついて二人をまじまじと見つめた。

 おっさんを訪ねてくるってことは、裏道のヤツか?だとしたら凄腕だ。

 ボラットは暫くの間フードを深く被った男を見ていたようだったが、不意に、いかつい顔に笑みを浮かべた。

「…大きくなられましたな。デュイトレン殿下。驚いた。よくここが分かりましたな」

「調べればどうにかなるものだ。十年振りでも私と分かるか、ボラット」

「八年の短い間ですがお仕えして、みっちり鍛えた方ですからな。…王家の方を招くような所ではございませんが、どうぞ中へ。少しは剣の腕は上がられましたか」

「…はは、あの頃は父上よりお前が怖かったな」

 ガターン!と、和やかに交わされる会話を中断するように椅子がひっくり返る音が響いた。リックは、未だかつてボラットがこんな言葉遣いをするのを聞いた事がない。

 殿下?お仕え?王家??

 目を白黒させているリックに、ボラットは愉快そうに言った。

「リック、どうやって案内させられたのか想像出来たぞ。災難だったなぁ。俺は昔城にいたことがあってな。血の気の多いこの方は、現国王第二王子、デュイトレン殿下だ」

 ようやくフードを外した凄腕の男ーデュイトレンは、涼やかな瞳を向けた。

「偶然見かけて、何やら一仕事した後のようだったからな。少し驚かせてやったのだ」

「この通りで暮らす者が生きいく術です。案内に免じてお許し下さい。こんなヤツですが良い所もあるのですよ」

 ボラットは大きな拳でリックの頭をグリグリとしながら言った。イテテと声が漏れる。

「…殿下、何がありました?このような所に供も連れず、ましてや城から去り十年も経った者を訪ねて来られるなどただごとではありますまい」

 どこか心ここにあらずで二人を見ていたデュイトレンは顔を曇らせ黙り込む。

「…リック、ノラの所で飯の支度を手伝ってこい」

 デュイトレンの様子から、ボラットは人払いをしようとリックの背中をポンと叩いた。

「良い。聞いてくれ」

 その沈痛な声に、リックは思わずデュイトレンを見つめた。

「殿下」

「……三か日前、継承の儀の途中、兄上が死んだ」

 リックの後ろにいたボラットが僅かに息を呑んだ。まさかと言いかけた言葉を飲み込む。デュイトレンがこのような冗談を言う筈がないことは、よく知っていた。

 聡明で優しい兄の後をいつも追っていた、幼い弟の姿が蘇る。

「…継承の儀で命を落とすとは…何が起こったのですか」

 ボラットの問いに、デュイトレンはあの夜見た青い炎のことを語った。

「城では、音は聞いたが炎を見た者はいない。…祭礼の間の前にはヘルザックがいたが、儀の失敗だなどと繰り返し言うだけだ。父上も、皆も、謀られているのだ。でなければただ喪に服せなどと…!一目たりとも兄上には会えぬままなのに!ヘルザックだ、あれがきっと…、きっと兄上を…!!」 

 話す内にあの夜の怒りと悲しみが蘇って来たのだろう。デュイトレンの瞳の渕は赤く染まり、拳は白くなる程固く握られていた。

 リックには、「けいしょうのぎ」が何かは分からない。けれど、この乱暴な王子の深い悲しみは理解出来る気がした。訳が分からなくて苦しいのに、近くに話せる人間がいなくて、十年も会っていない人間を頼ってこんなとこまで一人で来たのか。立場上話せないよう仕向けられているのかも知れない。

 王子様ってのは案外孤独なんだな。リックは心の中で呟いた。

「…私が知る頃のヘルザックはまだ一介の議員で、もの静かで発言することも稀なくらいでした。それが今や宰相にまで上りつめた」

「…ここ数年だ、あれが変わったのは。話していても、何を考えているのか分からない。

…あの夜からは更に鉄の仮面をつけているようだ。ああなる前は、兄上とも国について語り合ったりしていたのに…何故…」

 肩を震わせるデュイトレンに、ボラットは静かな声で言った

「お話を聞くと、確かに王位継承者が亡くなられたというのに不可解な点が多過ぎる。何かが隠されている気配はします。しかし、継承の儀で何が行われるのか私は知りません。殿下も同じですな?儀とは死を賭して臨むものなのかも知れない。…辛い事を申すようですが、ヘルザックがエレクバーン殿下を…手にかけたとは断定は出来ません」 

 デュイトレンは、驚きと怒りが混じった瞳でボラットを見る。その顔は、血の気が引いていく音が聞こえてくるようだった。

 その様子に、ずっと黙っていたリックが口を開いた。

「…でも、そいつがその青い火で…何かやらかしたかも知れないだろ?やってないかもしれないけど、やったかも知れねぇじゃねぇか」

 自分でも何が言いたいのか混乱していた。助け舟のつもりではない。ボラットの言葉に傷付いたであろうデュイトレンが、ただ痛ましかったのだ。

「やられた痕があるから死体は隠されてんだよ。…ほら、あんたらの関係はイマイチよく分かんねえけど、折角さぁ…。もっと…なんかこう…いいこと言ってやれよ…」

「言ってやれとは大きく出たな。例えばどう言うんだ?」

「た…例えば…。…例えばさ、あんたはこれからどうしたいんだよ?」

 リックは、デュイトレンに向かって言った。

 デュイトレンは、あんたと呼ばれたことにも、これからの意志をリックから訊かれたことにも意表を突かれたような表情だったが、すうっと息を吐き、きっぱりと言った。

「私は、真実を知りたい。それが身分を棄てることになろうと構わぬ」 

 リックはパンと膝を叩いた。

「ならさ、城の中に味方がいなくて動けないんならまずは青い火について調べるとか。…実際怪しいことあんだから、トコトンやりゃいいじゃん」

 リックは言葉の途中で、思惑必死な自分に気付いて気恥ずかしくなったのか、後半はわざと軽い口調で言った。

 リックの様子に、デュイトレンの固い表情がほんの少しだけ緩んだ。

「…炎が飛び去った東の方角には王族の聖地、ハラドがあるのだ。この後向かうつもりだった。継承の儀の日に聖地へと飛び去ったのは、何か関係があるのかも知れぬ」

 ウンと頷いたリックの頭を、大きな手が再び掴んだ。

「…決まりましたな。殿下、ハラドまでこいつがご一緒しましょう」

「…は!?」

 リックとデュイトレンの声が重なる。

「私が参りたいのですが、恥ずかしながら足を痛め自由が利きません。こいつは粗忽者ですが体力はあるし地図を読むのも長けております。案内くらいは出来ましょう」

「いやいやいや、待てよおっさん!」

「ハラドには行った事があるのを知っているだろう。私一人で行ける。足手まといは不要だ」

「なんだよ、さっきは通りで迷子になってたくせに」

「迷ったのではない!地図が分かりにくかったのだ」

「それをま・い・ごって言うんだよ」

 こどもの喧嘩のように言い合う二人の間で、ボラットがぴしゃりと言った。

「殿下、行った事はあってもお小さい頃にしかも馬車でだった筈。お城育ちの方がお一人で野営しながら不案内な道を行くのは想像以上に困難です。

 リック、支度するんだ。10日あれば着けるだろう。恐れ多くも王子の先導役だぞ。入り口通りの男の気概を見せてみろ」

 言われた二人はぐっと黙る。

 不意に、隣の台所と続く扉が開き、頭のてっぺんで髪をひとまとめにした大柄な中年女性が、なんとも良い香りと共に鍋を持って入って来た。

「出発の前に腹ごしらえしていきな。今日は鶏と茸の特製スープ煮宮廷風と、木イチゴのデザート付きだよ!」

「ノラ!」

 デュイトレンは驚いたように言った。

「お久し振りでございます。殿下。ご立派になられて…」

 優雅にお辞儀するボラットの妻ノラに、今度はリックが驚く。

「元気そうで何よりだ。…すっかり下町の女将の風格だな」

「ほほほ、お恥ずかしながら、身も心もどっしりですよ。さあ、温かいうちにどうぞ。リックもお食べ。殿下に召し上がって頂くようなものではございませんが…」

 デュイトレンは、鍋から立ち上る湯気を暫し見つめた。

 リックは、横目でデュイトレンを見ながら皿を並べる。

 柔らかい湯気が、まわりをほわりほわりと温めた。

「食べる物に貴賤はない。…有り難くいただく」

 そう言って、デュイトレンはこの日初めて穏やかな笑みを浮かべた。 

 リックは、ふうん、と呟いて席に着いた。

 今日は長い夜になりそうだ。どうせ家に帰る暇もないだろう。

 とりあえず食おう。

 考えるのはそれからだ。


 リックとデュイトレンが食事を取り僅かに身体を休めている間、ボラットの指示で、入り口通りの仲間により馬が二頭用意された。短時間での用意にも関わらず、鞍には食料や水などの旅の装備もしっかりと積まれている。

 二人が馬にまたがる頃には、ボラットの家の前に通りの住人が数人集まっていた。

「気を付けてなぁ。赤猫リックの名に恥じないよう頑張れよ」

「旦那、こんなナリですがコイツはやるときゃやるんで安心して下せえ」

 見送りに来た者達がフード姿のデュイトレンに話掛けるが、その素性は知らされていない。皆の間では、ご高貴な旦那が、リックを何だか雇ったらしいという話になっているようだった。

 勘弁してくれよという顔のリックに、ボラットは笑いながら声を掛けた。

「殿下が、その手で真実を掴まれることをお祈りしております。見えるもの聞こえるものに捕われず、殿下らしくまっすぐお進み下さい」

 デュイトレンは頷いた後、何かに気付いたように辺りを軽く見回した。

「…どうやら見送りではない者達が近くにいるようだ。これ以上ここの者達に迷惑は掛けられん。行こう。皆に感謝を伝えてくれ」

 そう言って、馬の脇腹に足で合図を入れる。

「リック、頼んだぞ!」

 ボラットの大声が、走り出した二人の後ろで響いた。


 聖地へ向かう東への街道まで抜ける為、馬二頭がやっとの入り口通りを一旦南へ駆け抜ける。通りを過ぎた辺りは、一般の居住区と入り口通りとの緩衝地帯のようなもので、道幅は広がるが人家は途切れ、殺風景な単なる道が続く。

 リックは、馬を走らせながら眉をしかめた。蹄の音が人気のない道に響く。

 それは二頭分ではない。

「なんなんだ?城の…なんだっけ、なんとかっていうヤツの追っ手か?」

「黙って走れ。…お前、剣は出来るのか」

「馬と一緒に、おっさんにちょこっと習った程度だ。盗みに剣は要らねぇ」

「ボラットに仕込まれたのならどうにかなるだろう。…次の角だ」

 角にさしかかる直前、二人は思い切り手綱を引いた。馬は前足を高く上げいなないて止まる。角を曲がった先には、七・八騎ほどの馬に乗った兵が道を塞ぐように待ち構えていた。後ろからは、一頭の馬が追いかけてくるように姿を現す。騎手はデュイトレンと同じようにローブを纏いフードを深く被っている。

 デュイトレンはその姿に目を見張った。

 追っ手の馬は速度を緩めず、そのままデュイトレンへと向かってくる。

 デュイトレンは、咄嗟に剣を抜いた。

 次の瞬間、刃のぶつかる音がしたかと思うと、激しい打ち合いが始まった。

 デュイトレンの剣が追っ手の顔ギリギリで一閃したかと思うと、受け流されそのまま流れるように突き込まれる。その剣先をまたデュイトレンが受け交わす。

 あまりの早さにリックは呆然と見守るしかなかった。兵達も動く様子は無い。

 やがてひときわ大きな刃の音がし、両者の剣が交差したまま打ち合いが止まった。

 互いの顔を見つめる。

 静寂の中、フード姿の追っ手の肩が小刻みに震え出した。

「…ふふっ」

 フードの下から笑みがこぼれる。それは女の声だった。ゆっくりと剣を持つ力を抜き、

交差していた剣を下げた。

「あなたと剣を交わすのは何年振りでしょう。強くなりましたね、デュー」

 追っ手は、激しい戦いからは想像も出来ない優しい声で、デュイトレンに向かってそう言い、フードを外して笑いかけた。

 リックは一瞬目を疑った。

 美しい漆黒の長い髪をゆるやかに束ね、肩にかけている。透き通るような白い肌に、果実のような唇。何より、星を宿したような美しい瞳が、デュイトレンとよく似ていた。

「姉上…」

「姉上!?」

 あまりの驚きに、リックの声が裏返る。この、恐ろしく強くて、恐ろしく美人が??そう言われれば似てるが…なんなんだこの姉弟は!

「リックさんね。カライラと申します。弟がお世話になりました。皆さんいいお仲間ね」

 月の女神のような笑顔で、リックに頭を下げる。

「…見てらしたのですか」

「お見送りの時にね。…ボラットの人徳でしょうね。高潔な人柄はそのままのようだわ。ノラは…少しふっくらしていたかしら」

 カライラのおっとりとした口調に調子が狂うのか、デュイトレンは溜め息をついた。

「姉上、私を…処分しに来られたのですか」

「ごめんなさい。久し振りにお城の外で馬を駆っていたら、あなたと手合わせしたくなって。処分なんて、そんなことはありません」

 ただ、と言葉を繋ぐ。

「あなたが出奔した事で、密かに連れ戻すようお父様から命が出されました。エレクバーン兄様が亡くなられてから、あなたがボラットの居場所を探していたのを知っていたので、わたくしが名乗り出たのです」

 デュイトレンは俯いた。

「わたくしも…あなたも、エレクバーン兄様が大好きでした。あのような事になって…悔しい気持ちは痛いほど分かります」

「姉上、城内は兄上の死の原因を隠そうとする卑しい気で満ちています。私は真実を知りたいのです。どうか…行かせて下さい」

 姉弟は、まっすぐに視線を交え合う。夜明け前の月明かりの下、静かに、けれど圧倒的に美しい二人の姿に、リックは思わず見蕩れた。

 カライラは、デュイトレンとリックを交互に見やり、ふわりと微笑んだ。

「…分かりました。あなたの気が済むまでおやりなさい。ただし、辿り着いた真実がどのようなものであっても目を背けてはなりません」

 デュイトレンは力強く頷く。

「…感謝します」

 デュイトレンとリックの馬が再び走り出す。

 その後ろ姿が消えるのを見計らって、兵達の後ろから痩躯の男が現れた。

 二人が去った方角をずっと見ているカライラに近付く。           「カライラ様…」

「これで良いのです、ヘンザック。あなたは不満でしょうが、ここはわたくしに従って貰います」

 カライラは馬の首を一撫でしてから、来た道を戻り始めた。


 デュイトレンとリックを送り出した後、ボラットはまだ家の前にいた。

 城で何か起きている。デュイトレンの目を曇らせまいと、エレクバーンの死が故意ではない可能性も説いたが内心は不吉な考えばかりがよぎる。

 暗殺ー?

 妹カライラや歳の離れた弟デュイトレンを可愛がる少年の頃のエレクバーンの姿を思い出し、その死を悼んだ。

「おいたわしい事です。カライラ様」

「気付きましたか、流石ですね。変わりがないようで安心しました」

 ボラットはゆっくり後ろを振り返り、馬に乗ったカライラに一礼した。

「お懐かしい方々にお会い出来て、こんなに嬉しい夜はありません」

「そうね」

 カライラは穏やかに微笑んだ。

「…デューのことですが…あの子は何も知らない。出来れば知らないままにしてあげたかった」

「…カライラ様は、エレクバーン様の事で何かご存知なのですか」

 カライラは、答える代わりに馬を下りた。

 艶やかな黒髪が月の光に輝く。

「ボラット、手を貸しなさい。デューの為にも、我がセル・ウェンの為にも」

 そう言って、カライラは優雅な仕草で剣を抜いた。


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