第9話 渾身の宴
福山との夕食を約束したはいいが
『渾身の宴』まで後何日・・・と張り紙されて
プレッシャーをかけられる心地がする。
(たかがディナーなのに・・・黎子、しっかりしろ!!)
いい年こいて情けなくなる。そう思っていると
加世子さんは、ふいに聞いてくる。
『福山君にご馳走するメニューは考えたの?まさか、肉系でガッツリでいくわけ?』
『え?ダメなの?若い男子はとりあえず肉でしょ?』
『そんなイージーな発想じゃ芸がなさすぎるわよ。』
『・・・そう?』
加世子さんに心の奥を見透かされた気がする。
(そうなの・・そこなのよね。桐谷黎子として、それでいいのかという事よ。
私が気にするのは・・)
そうなのだ、見栄を張るつもりはないが、人と同じではダメな気がする。
相手に、喜んでもらえる料理を作りたいだけなのだが、
あまりにセンスがないと思われたくないのも本音。
いい年の女はさりげなく相手に心配りして、心をつかみたいのだ。
『そうね、彼が夢に見たというくらい美味しそうに思った料理を出すべきよ。』
加世子さんは、黒木氏と彼がかかわったと思われる私の料理本を持ってきて、
ページをめくった。
今見ても確かに全てのメニューが美味しそうで、写真から湯気が立ち上って
きそうに思うくらい。若い女性向けなので、見た目よりレシピも簡単なのだ。
題名も『桐谷黎子の絶対彼が喜ぶモテ飯』なんてチャラくて赤面物だが、
写真のおかげか読者の反響はよかった。
『黎子さんのおかげで、彼と結ばれました!』なんてハガキもあったっけ・・。
人を喜ばせる料理を作りながら、自分はだんだん男が遠のいていく。
その当時、あまりに仕事が多忙で、せっかく授かった子供を流産させてしまった。
そのころ佐藤も落胆していたのだ。
しかし、期日が迫っていたから、ろくに休みも取れず心身ともに
最悪だった。
その分、ある意味渾身の料理だったから、彼も記憶に残ったのかもしれない。
私はその中で、シンプルだけど彩のきれいなバラ寿司をメインに
後は魚料理、肉料理、野菜もとれるバランスのいいメニューを
選ぶことにした。
それには加世子さんもオーケーのよう。
『そう、これなら、福山君喜ぶわよ。』
『当日は加世子さんも来る?』
『冗談でしょ?手伝ったら、すぐ退散するわよ。もちろん。』
『そう???』
『当たり前でしょ?信じられない!!』
加世子さんは目をまるくして笑った。
その二日後、私は、渾身の料理を作り、
福山が来るのを待っていた。