第7話 見え透いた罠にはまる?
『あなた、カメラマンなの?』
『ええ。まあ、まだ駆け出しですけどね・・。』
福山浩一がくれた名刺を見てつぶやいた私。
彼は、少し恥ずかしげに笑う。最近やっと独立できたのだと話す。
横から、加世子さんがいたずら子のように名刺を覗き込んで言った。
『ここのジムの会員なの?』
『とんでもない。ここの年会費、知ってるでしょ?僕はバイトのトレーナーです。
大学が体育系だったから・・。』
『へえ~。すごい。私、これから張り切って来ちゃおうかしら。』
『ええ、是非来てください。キッズのスイミングも教えてますから。』
『まあ、大人は教えないの?きっと、人気でしょうね。奥様方に・・。』
『ああ、襲われそうになりますよ・・なんちゃって。』
福山は、にこやかに笑い,美味しそうにパスタを口に運ぶ。
加世子さんはいつになく楽しげに話続けた。
『黎子ちゃん、ここ最近元気なかったから・・私が連れ出したのよ。』
『そうですか、俺も黎子さんがここの会員と聞いて、会えるのを心待ちにしてたんです。』
『ええ?なんで?』と私。
『もちろん、ファンですから・・黎子さんの料理本、大好きです。とても
写真が温かできれいなのがいい。レシピもわかりやすい。』
福山がそう言って、初めて、私は思い出した。
彼に、どこかで会った事があるように思う。
確か・・・何冊か前の料理本の写真を依頼したカメラマンの助手ではなかったか・・・
そう話すと、福山は頷いて笑う。
『思い出してくれて嬉しいです。黒木先生の助手で仕事させてもらったんです。』
あの頃の私、確か佐藤との子供を流産した後の仕事だったと思う。
初老のカメラマンの黒木勇造氏が、ずいぶん労わってくださったのを思い出した。
その背後に、ひっそりと彼がいたなんて・・少しも目に入らなかったなんて。
『黒木先生、黎子さんをすごく心配してました。体調悪そうだって。』
『・・それで、黒木先生はどうなさってるの?』
『・・・去年、胃がんで亡くなりました。とてもいい先生だったです。』
『そう、残念ね。』
話題がそこでしんみりしてしまったので、加世子さんは気を取り直すように
話した。
『ね、今度、先生も一緒に食事しましょうよ。』
『え、桐谷監督とですか?是非お願いします。』
福山の目が輝くのがわかった。
(彼の目的は私ではなく、父ではないのか???)
少しひるんだが、私の自尊心が大いに刺激を受けてしまう。
福山の罠にはまるの悪くない。
そう思ってしまった私。