第5話 思い出はいつも
その後、マー君の素性がわかる。
※加世子さんの調査
名前は、坂井真麻。
マー君は、父の映画の子役のオーデションに応募してきた役者の卵らしい。
父としては、その愛らしさに・・と言うか
昭和初期の子供の素朴さに似た雰囲気がいたく気に入ったのに、
周囲が役のイメージにそぐわないと反対したと言う。
何ということはない、大手芸能事務所の子役タレントに、
ごり押しされ決めさせられたのだ。
力関係や義理人情に阻まれ、マー君の起用を断念した父は
諦めきれず、家に行ったようだ。
今回は駄目だったけど、次は是非とも君を推したいと
伝えたかったらしい。
そこで、母真由美に会った父。
夫を交通事故で亡くし、小さなスナックを経営している。
少し寂しげな風情で、まだ若い真由美に、心ひかれたのは言うまでもない。
真由美にしても、マー君を子役にしたいわけだし、
何とかその道筋をつけたい一心で、父を歓迎しただろう。
(その歓迎の程度はどこまでなのか定かでないが・・)
マー君も父に甘え、ずいぶん懐いてしまったようだ。
と言う父の話だそうだが・・
『そんなの信じられる???』と加世子さんは言う。
『作り話を作るのが仕事なんだから、何とでも言うわよ。』
なので、マー君と父のDNA鑑定をしたと話す加世子さん。
それで100%可能性なしとの結果が出て初めて信用したという。
『でも、ショックだった。先生、男の子がそんなに欲しかったのかなと思って・・
私は産めない体なので、悔しくて情けなかった。』
浮気された事実よりも、その方がこたえたらしい。
私の前で、加世子さんは大粒の涙をポロポロ流した。
子供が産めないって辛いんだと同情した。
でも、まさか将来自分がそれで悩むなんて想像もしなかった、
その頃の私。
それからマー君は、映画ではなくテレビドラマの子役として
活躍するようになった。
大手の事務所に入ったらしい。それは父の紹介なのかどうかはわからない。
しかし父はマー君に興味を失せたらしく、父の映画に彼が起用されることはなかった。
『ふ~ん、確かに怪しいな。君のお父さんとその母親。』
『そう思う?』
『ああ、そそられるもん。未亡人なんて・・。』
あの頃、そんなことを言われても、ちっとも嫌じゃなかった
元パートナーの佐藤。
苦学生だった彼の部屋で、私は毎度手料理を作り
二人で仲睦まじく食べていた。
モリモリ食べる彼が頼もしかったのに・・・
思い出はいつもほろ苦い。