第20話 父の言葉
聞けば、卵子提供を受けて出産したあの著名人の女性の子供には
心臓に欠陥があったと噂に聞く。
(一星は大丈夫だろうか???)
しかし小さな命はそんな心配をよそにすくすくと育っていくが、
他の母親達が乳が張って、授乳に苦労しているのに
私は人工乳で済ますしかない時は正直辛い。
(やはり自分の母乳って出ないのかしら?)
そう思うと、卵子が借りものであるのが寂しかった。
でも、日々大きくなる一星の顔を見ると、そんな不安も吹き飛ぶ。
可愛くて,愛おしい。
私にとって無二の存在だった。
彼も、時間があると病院に駆けつけ、一星の顔を穴があくほど
見つめている。
『ね、こいつの顔って、野生的と思わない?』
『え?どう言うこと?』
『う~ん、うまく言えないけど、野生の風を感じるんだ。』
『???』
『たてがみのように髪をなびかせて、荒野に立っていそうな感じ。
俺の勝手なイメージだけど。』
確か卵子提供者は、アメリカ国籍のはず。
そもそも理知的な目に惹かれて選んだのだ。
ロングの巻き毛の彼女は、風貌もイマドキだったし、野生のやの字もない。
きっと、彼のおおらかな気風を受け継いでいるに違いない。
そう、安易に思っていた、その頃の私。
母になれた喜びに浸りきっていた。
そして退院して、久々に家に戻ってきたら
父と加世子さんが待っていた。
『お帰り~!!オイ!!早く、赤ん坊を抱かせてくれ。』
父は仕事を切り上げて、早めに帰宅したらしい。
『ほ~ら、一星、お祖父ちゃんですよォ。でもォ、お祖父ちゃん、たばこ臭いから
いやよね~。』
私は勿体付けて、父の前で、一星を抱いたまま背を向ける。
もちろん、ジョークだが嬉しくてならない。
『オイオイ、頼むよ。抱かせてくれ。浩一君、君からも言ってくれよ。』
拝むように言う父の姿が滑稽で笑うつもりが、ふいに泣けてきた。
(本当に、心待ちにしてくれていたんだ・・・申し訳ない、こんなに待たせてしまって。)
しかも、父のDNAを引き継がない孫だ。
(パパ、不肖の娘を許してください。)
柄にもなくそう思ってしまった。しかし、父はそんな私の感傷など何処ふく風で
私から一星を奪い取ると、しかっと抱きしめて言う。
『ああ、いい子だ、いい子だ。どうだ、俺に似てねえか?』
その言葉に、返す言葉もない私だった。