第18話 運命の朝
その時、私は頭の隅で思い出した事があった。
以前不妊治療で通っていた病院で、体外受精を受ける為に
ホルモン注射に通っていた頃の事。
処置室の看護婦が、陰で言っていた言葉を聞いてしまった。
『あんなにまでして、子供欲しいのかしら。
私なら、仕事が出来て大助かりなのに。』
カーテンのそばにいる私に、まるで聞かせるような声。
同僚の看護婦は慌てて言う。
『シッ!聞こえるわよ。』と。
(十分、聞こえてるわよ。至近距離なんだもん。)
私はショックで、へこみそうになりながらも、
その看護婦に注射してもらったのだ。
たぶん、無言で睨みつけてたかも。
担当の医師は信頼できたのに、
そんな看護婦のいる病院にはもう通いたくなかった。
なので
(ああ・・・この二人がそう思っていても仕方ない事だ。)と思った。
『先生、すみません!心にもないこと言っちゃって・・
申し訳ありませんでした。ごめんなさい。許してください。』
困惑した様子の葉子と由美子は、ただただ私に平謝りするばかり。
(心にもない事って?本心なんでしょ?)
でも・・・今二人に辞められたら困るのは私の方。
会社を立ち上げた当初からのスタッフだもの。
これから頼りにしないといけない人達だ。
『私の方こそ、あなたたちに甘えてた。悪かったわ。ごめんなさい。』
私も二人に頭をさげたのだ。
『先生・・・!!』
それで、お互いに、許し合うことが出来たと思う。
でも、そんなことは序の口なのだ。
口に出すか出さないかの違いだけ。
血の繋がらない子供を産もうとしている自分。
産まれてくる子供が、どんな運命を授かるかもわからない。
虐めにあうかも、自分の出生の秘密を知って動揺するかも?
喜びは始めの頃だけで、どんな難事が待っているかわからない。
その時、私は産みの母親として、子供を守ってやらなければならないのだから、
こんな事くらいで、へこんでなんかいられない。
(覚悟は決まってる。ママは、あなたのために強くなる。)
私はそう心で叫び、ふくらんだお腹を確認するようになでた。
その後、何度かの危機を乗り越えて、無事に臨月を迎えた私。
季節はずれの台風が来た嵐の朝、
私は男の子を出産したのだった。