011 受付嬢のマウリちゃん
「ふぅん。システム外して走り込みしてきたんだあ」
場所は変わり、リビング。
俺はつい先ほど届いた最新型スマートフォンの新規設定を行っていた。
これで両親や高校の同級生、そのほか知り合いから連絡が来ることもないし、前職の恐怖メッセージとの因縁も二度と目にすることはない。
ノンストレスでスマホを扱える日が来た。連絡先もウララしか入っていない。完璧だった。
「どこまで行ったの?」
「そこの山まで」
「へえ」
アプリ『ようこそ、オンラインギルドへ!』をダウンロードする。
システムとの自動接続を許可。
しばらくしてから、画面が切り替わりホーム画面にたどり着いた。
『はじめまして、探索士さま。わたしは受付嬢のマウリです。よろしくお願いしますね!』
「うわ、なんか喋った」
『こちらはログインボーナスです。毎日ログインして、報酬をたくさん受け取ってくださいね!
あとあと、ただいま二周年記念のイベントもやってますので、ぜひぜひ参加してください!
あっ、こちらはビギナーさん専用のログインスタンプと特典も用意してあるので、ぜひご活用くださいっ!』
『HPポーション×10個を習得しました』
『MPポーション×10個を習得しました』
『成長剤×1を習得しました』
『ビギナー専用ランダム防具セット』
『ビギナー専用ランダム武器セット』
『スキル:胆力《E》』
『お小遣い:3万円』
間違ってソシャゲでもダウンロードしたのかなと勘違いしてしまうほどに、ソシャゲ感がすごい。
窓口に立つ受付嬢のマウリは、右側で結ったながい黒髪を揺らしながら、時折こちらに向かって微笑む。
試しに胸をタッチしてみた。
『やっ!? ど、どこ触ってるんですか探索士さま! もぅ、お仕事紹介してあげませんよ?』
「え、ちょーかわいい」
『も、もう! 探索士さまのえっち!』
「おおっ」
『ちょっと! いい加減にしないと超高難度依頼『冥王龍の咆哮』に強制転移させますよ?』
「なにそれ怖い」
『冗談じゃないんですからっ!』
恥じらいながら胸を押さえて悶えるマウリちゃん。キッチンの方から、ウララが言った。
「百回目のタッチでマウリちゃんの表情に影が落ちて、百一回目で病んだマウリちゃんによってどこかに転送されるっていう都市伝説が二年前に流行ってて、実際試した人が大勢行方不明になっていまだに帰ってきてないから気をつけてね」
「ごめんなさいマウリちゃんもう二度とパイタッチしません」
『わかればよろしいのです』
俺は身震いしながら慎重に操作することを心に固く誓った。
*
「でもなんか、ほんとソシャゲみたいだな。ガチャもあるし」
そういえば、ダンジョンで戦っていた探索士はみんな武器を持っていた。ドンキでは買えないようなしっかりとしたヤツだ。
もしかしたらこのガチャで手に入れたのかもしれない。
俺は『ガチャ』をタッチした。
『こちらはガチャです。『武器』と『使い魔』を選べます』
「……使い魔?」
マウリちゃんがガチャのチュートリアルをはじめた。
ガチャ画面には、単発一千万、十連で一億ととんでもない数字の使い魔ガチャが表示されていた。
ピックアップされているのは、十字架に鎖で巻きつけられた聖女っぽい少女テレサ☆3。
サポートが得意らしい。さらに高貴そうな女騎士や屈強で暑苦しそうなおっさんもちらほらいる。
「使い魔って、このホームのキャラをマウリちゃん以外に変更できるってことか? それともアプリ内で魔物と戦うって感じ?」
「どうだろう。ネタでやるにしては一千万は高過ぎるし、もし暑苦しいおっさん当たったら死ねるし。多分、まだ誰もそっちのガチャは引いてないと思うな。ミニゲーム的なものもそのアプリに入ってないし」
それもそうか。配信でめちゃくちゃに稼げるようになったとはいえ、こんな世界だ。不確定要素に大金を払うより、確実に強くなる方法に投資するのが賢明だろう。
『こちらは武器ガチャです。強力な武器を現実世界でブンブン振り回すことができます!』
「……へえ」
『一回千円! 十連で一万です!」
マウリちゃんが釘バッド☆1をブンブン振り回しながら言った。
「なあ。武器ガチャで出た武器って現実世界でも使えんだろ?」
俺は今朝出会った少女——結局、互いに名乗ることはなかった——が手にしていた美しい剣を思い出しながら訊いた。
「なら使い魔ガチャもそうなんじゃないのか?」
「じゃあお兄ちゃんがお金貯めて単発でも引いてみればいいじゃん」
「いや……でもさ、配信のネタとしては結構いいと思うんだけど」
「そう一千万をバーンって稼げる配信者は多くないよ。大体が月に五十とか、多くても一千万。配信者の年齢層なんてウララみたいに若い子たちばかりだから、貯金したら負けみたいとこあるし」
「負けではないだろう。負けでは」
「ほら、深江市をまわさなくちゃいけないのはウララ達だから」
お金はまわってるんだろうけど、頭はあまりまわってなさそうだった。
「細かいとこまで説明しきれないよ。めんどくさいし。お兄ちゃんが二年前から戦ってたら、今頃テレサちゃんとイチャコラできてたかもねー」
「なあ」
「なーに、お兄ちゃん」
先ほどから一度もこちらに顔を向けず、キッチンで鍋を掻き混ぜているウララに疑問をぶつけた。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないよ」
いや絶対怒ってるもん。
「お兄ちゃん。おトイレ行ってくるから、鍋みててよ」
「お、おう」
ウララは軽快な足取りでトイレへ向かう。視線は俺に合わない。
……なんなんだ、あいつ。
俺、何かしたっけ?
「………」
少し考えて、まあ十中八九、先ほどのアレだろう。
俺がウララから逃げたから。
それしかない。
「それか、ウララの金で新スマホを買ったからかな。一括で」
異世界ネットショップ『大黒店』は、注文してから三時間後に商品が届く深江市限定アプリだ。
しかも送料無料。
どういう原理かは知らないが、このアプリのおかげで外部とシャットアウトされていても物を得られるし食材も届く。
明らかに地球の科学技術じゃない気がするが、商品が早く手元に届くならなんだってよかった。
しかもツケ払いが実装されている。かなり良心的だ。
「流石にまだ一銭も稼いでないのに十五万を一括はまずかったか」
外に出るようになったとはいえ、俺はまだニートだ。
一円でも金を稼げるようになるまでは、まだウララのヒモ。
あ、でも投げ銭で稼いでたっけ?
さっきもお小遣いで三万もらったし、なんか依頼一括達成でさらに五万くらい所持金増えてるし。
配信も合わせてやってけば確かに、サラリーマンの月収なんて一週間もしないで越えられるだろう。
「いや……それだと遅い」
いつまでもウララに依存していてはダメだ。
「……そういえば、鍋」
俺はキッチンに移動した。
「ん……?」
俺の鼻が悪いからだろうか。なんの匂いもしない。
鍋の火はすでに止まっていた。
ながしには鍋の中身を掻き混ぜていたおたまが転がっている。
「………」
あいつ、なに作ってたんだ?
鍋を使うっていったらカレーか。シチューか。あるいはハヤシライス? まあ肉じゃがの線もあるな。
でも、どれもそんな匂いはしない。
無味無臭。
なら味噌汁か。スープか。いやでも、何かを切ったりしている音は聞こえなかった。そもそも、匂いがしないなんてありえない。
「………」
俺は、恐るおそる鍋の蓋に手を伸ばした。
ひんやりとした鉄の感触。
温められた気配がない。
俺は、鍋の蓋を開けた。
中身は、カラだった。
俺は家から飛び出した。




