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「静かな連休の底に沈むもの」

掲載日:2026/05/07

静かな連休のあいだに沈んでいった、小さな感情の記録です。

特別なことは何も起きませんが、よければ少しだけお付き合いください。

連休のあいだ、僕はほとんど家にいた。


外に出たのは、近所のスーパーへ行ったときだけだ。

午後のスーパーは、休日とは思えないほど静かだった。

整然と並ぶ棚のあいだを歩くと、自分の足音だけがやけに大きく響く。

まるで世界から自分以外の人間が消えてしまったようだった。

カゴに入れたのは、卵と牛乳、そして特売のコーヒー豆。

レジで小銭を払う指先の感覚だけが、僕を社会に繋ぎ止めていた。


家に戻ると、部屋の空気は朝のままだった。

窓から差し込む光の角度が少し傾き、

埃がその中で静かに舞っている。

僕が数時間不在だったことなど、

この部屋は気づきもしない。


冷蔵庫に卵を並べ、椅子に腰を下ろす。

パックの薄いプラスチックが指に食い込んだ。

肺の奥まで息を入れ替えて、

自分がまだここにあることを確かめる。


壁の時計が規則正しく音を刻む。

読みかけの本を開いてみるが、

文字は意味を結ぶ前に視界の端から蒸発していった。


夕方、妻が帰宅した。

玄関で靴を脱ぐ音が、止まっていた部屋の時間を動かす。


「今日は何してたの」

「……特に何も」

「そういう日もあるよ」


その声に触れた瞬間、胸の奥に小さな穴が開いた。


夜が来ると、外は深い闇に沈んだ。

遠くで最終電車の音が微かに響く。


上着を羽織り、玄関のドアを静かに開ける。

外の空気は昼間より冷たく、湿り気を帯びていた。

街灯の光がアスファルトに薄く広がり、影が足元で揺れる。

住宅街を歩いていると、遠くで犬が一度だけ吠えた。

世界がまだ完全には眠っていないことを知らせるように。


小さな公園の前で足が止まる。

誰もいないブランコが、風に揺れていた。

鎖がわずかに軋む。

しばらくそれを眺めてから、また歩き出す。


帰り道、遠くのマンションの一室にだけ灯りがついていた。

その四角い光の中で、誰かの生活が確かに続いている。


家に戻ると、部屋の空気は相変わらず淀んでいた。

冷蔵庫を開ける。

卵パックの冷たさが指先に触れる。

その冷たさは、外で触れた夜の空気とよく似ていた。


連休は終わった。


明日からまた、僕は「何者か」の顔をして外へ出る。

ただ、この冷たさだけが、掌の奥でまだ形を保っていた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

何も起きない連休の中で沈んでいった小さな感情を、

そのまま文字にしてみました。

どこか一行でも、読んだ方の心に触れていれば嬉しいです。

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