「静かな連休の底に沈むもの」
静かな連休のあいだに沈んでいった、小さな感情の記録です。
特別なことは何も起きませんが、よければ少しだけお付き合いください。
連休のあいだ、僕はほとんど家にいた。
外に出たのは、近所のスーパーへ行ったときだけだ。
午後のスーパーは、休日とは思えないほど静かだった。
整然と並ぶ棚のあいだを歩くと、自分の足音だけがやけに大きく響く。
まるで世界から自分以外の人間が消えてしまったようだった。
カゴに入れたのは、卵と牛乳、そして特売のコーヒー豆。
レジで小銭を払う指先の感覚だけが、僕を社会に繋ぎ止めていた。
家に戻ると、部屋の空気は朝のままだった。
窓から差し込む光の角度が少し傾き、
埃がその中で静かに舞っている。
僕が数時間不在だったことなど、
この部屋は気づきもしない。
冷蔵庫に卵を並べ、椅子に腰を下ろす。
パックの薄いプラスチックが指に食い込んだ。
肺の奥まで息を入れ替えて、
自分がまだここにあることを確かめる。
壁の時計が規則正しく音を刻む。
読みかけの本を開いてみるが、
文字は意味を結ぶ前に視界の端から蒸発していった。
夕方、妻が帰宅した。
玄関で靴を脱ぐ音が、止まっていた部屋の時間を動かす。
「今日は何してたの」
「……特に何も」
「そういう日もあるよ」
その声に触れた瞬間、胸の奥に小さな穴が開いた。
夜が来ると、外は深い闇に沈んだ。
遠くで最終電車の音が微かに響く。
上着を羽織り、玄関のドアを静かに開ける。
外の空気は昼間より冷たく、湿り気を帯びていた。
街灯の光がアスファルトに薄く広がり、影が足元で揺れる。
住宅街を歩いていると、遠くで犬が一度だけ吠えた。
世界がまだ完全には眠っていないことを知らせるように。
小さな公園の前で足が止まる。
誰もいないブランコが、風に揺れていた。
鎖がわずかに軋む。
しばらくそれを眺めてから、また歩き出す。
帰り道、遠くのマンションの一室にだけ灯りがついていた。
その四角い光の中で、誰かの生活が確かに続いている。
家に戻ると、部屋の空気は相変わらず淀んでいた。
冷蔵庫を開ける。
卵パックの冷たさが指先に触れる。
その冷たさは、外で触れた夜の空気とよく似ていた。
連休は終わった。
明日からまた、僕は「何者か」の顔をして外へ出る。
ただ、この冷たさだけが、掌の奥でまだ形を保っていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
何も起きない連休の中で沈んでいった小さな感情を、
そのまま文字にしてみました。
どこか一行でも、読んだ方の心に触れていれば嬉しいです。




