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001話 ~ 「鴆牙《トリガ》、引き金を引く者」

 古の遊技宮ホールでは、年老いた者と若い者が闘気の鎖で繋がれ、対峙していた。

 金糸雀色の光の中、二人は高速で飛び交う遊魂――パチンコ玉を、盤域で防ぎ合っている。


「俺の両親――皇牙と星螺。……知らないとは言わせないぞ」


 鴆牙トリガは叫んだ。無数の遊魂が渦を巻いた。直径十一ミリほどの銀色の球体が夜気を切り裂きながら彼の周囲を旋回する――怒りが形を成したような、凄まじい奔流だった。


 老人の放った遊魂により、盤域バリアには七本のヒビが走っていた。


 白髪を乱しながら、それでも泰然と立っている。古廊衆ころうしゅうの紋章を纏う、正体不明の老戦士。――出会った瞬間からわかっていた。こいつは、格が違う。


 老人は動じず、静かに言った。


「知らないとは言わんよ。ただ――お前に教える義理もない」


 その瞬間、老人の盤域の表面を金色の光が這い始めた。


 一の兆し。

 二の兆し。

 三の兆し――


 四の兆し。そして――


「もう遅い。ワシの黄金の龍が――お前の甘えごと、焼き尽くす」


 老人の盤域から黄金龍が顕れた。巨大だった。

 爪も牙も揃っている。

 周囲の空気が焼けるように揺らいだ。瓦礫が浮き上がり、粉となって散った。


 誰が見ても終わりだった。


 だが。


 龍は、咆哮しなかった。


 金色の巨躯だけが、そこにある。

 ――動かない。


 その沈黙を裂くように――

 鴆牙の盤域が、静かに光り始めた。


 ――四の兆し。


 色が、違う。


 金でも赤でもない。

 白く、眩しく――


 炎の中で、鳳凰が翼を広げた。


「……何だ、それは」


 一拍。


 老人の瞳が、わずかに見開かれる。


「……まさか、それは!」


 額に、汗が滲んだ。


「撃て――撃てぇッ!」


 遊魂が乱れ飛ぶ。

 狙いも何もない、ただ止めたい一心の乱射。


 さきほどまでの泰然とした構えは、もうどこにもなかった。


 鴆牙の盤域が――音もなく、修復されていく。

 いや、違う。

 ひび割れたはずの光が、炎の中で組み直される。


 鳳凰が翼を広げ、炎を扇ぎだす。銀朱色の熱が廃列廊シマを走り抜く。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間――

 老人の盤域が、悲鳴のような音を上げて砕け散った。

 破片が、遅れて床に散る。

 老人が膝をついた。


「盤域が……!」


 言い切る前に、鳳凰の翼が再び扇がれた。


 その時だ――


 欠けた天井のない夜空から、一本の白い柱が差し込んだ。最初、鴆牙は老人の昇兆の残滓かと思った。似ていた。金色に近い、白に近い光。だが違った。


 頭上に浮かぶのはデータランプ型の輪。蒼白く点滅を繰り返す、見間違えるはずのないもの。

 天使だった。


「執行を邪魔するのか。無駄なことだがな」


 中性な天使が手で撫でると、たちまち鳳凰は、細切れに濡羽色となって消えていった。

 感情も怒りもない。ただの確認だった。


 天使の「律の手」が、老人の懐から書類を引き抜いた。

 そのまま、目を通す。両親の生死が記された書類だった。

 鴆牙の視線が、一瞬だけ動いた。

 次の瞬間、鴆牙は走っていた。


「……ぐわぁ」


 鴆牙は何かの力に阻止されている。それに負けず遊魂を天使に向けた。

 ……だが、遊魂はまるで玉切れになったように動かなくなっていた。


「一時停止! 見えるでしょ?」


 鴆牙の盤域の端には赤い点滅の文字。


「……なぜお前がここにいる」

「関係あるのは、こちらです」


 天使は書類をひらつかせた。空から降りてきた時とは逆に、鴆牙の顔を見つめながら翼を羽ばたかせ、ゆっくりと夜空へと上っていった。


 ……シュィィィーン。


 鴆牙の遊魂が再起動した音が鳴る。だが、それは通常の遊魂ではなかった。遊技人同士では決して打ち出せない――規定の外にある遊魂を、天使めがけて叩きつけるように放った。


 天使は書類をさっと掲げた。遊魂が書類に当たった瞬間――音もなく、止まった。紙一枚が、規定外の遊魂を受け止めていた。


 書類には、傷ひとつなかった。


「私に当たったら怪我しちゃうよ?」


 鴆牙の遊魂は、静かに床に落ちた。

 次の瞬間――鴆牙の全身から、力が消えた。遊魂ではない。遊技人としての全てが。


 盤域全面に違反の文字。天使への攻撃は、律定への違反だった。赤い文字が、滲んで、消えた。

 鴆牙の身体が、崩れ落ちた。


「まさか鴆牙をここで……?」


 老人はまるで鴆牙を守るかのように、天使との間に立った。


「ん? 忙しいから任せるよ」


 天使はそのまま振り向きもせず飛んでいった。


「ふぅ……。皇牙といい、無版者は嵐しか呼ばんな」


 老人は合図で部下を呼び、倒れている鴆牙を遊技宮から運び出した。

 廃列廊に、静寂が戻った。


 夜空のどこかで、天使が呟いた。


「皇牙と星螺か。……まだ終わっていなかったのか」

「厄介な子だ」


 一拍の沈黙。


「……あれは、言い過ぎたか」


 白い光が、夜空に溶けていった。

 現在、3作品の第1話を並行して執筆中です。今後は最も反響の良かった作品の続きを優先して書いていく予定です。もしよろしければ、感想コメントをいただけると嬉しいです。

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