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今なおルゴール液は現役

 枕元の小さなオルゴールを、指先でそっとひねる。ぜんまいがきゅ、と鳴ってから、薄い旋律がほどけていく。暗い部屋に、音だけが淡い輪郭を作る。私はその音に合わせて呼吸を数える。吸って、吐いて、次の一音を待つ。


 喉はざらつき、鼻は詰まり、額の奥で熱が波打つ。布団の中で身体は重いのに、音だけは軽い。小さな箱の音が、痛みを少しだけ遠ざけてくれる。


 オルゴールは昔から熱の夜にいた。子どものころ、枕元で誰かがひねってくれた。薬より先に音が来て、怖さが先にほどけた。

 いまは私が自分で回す。途中で途切れたら今日は熱が強い。最後まで流れたら、少し勝った気がする。体温計より正直だ。


 旋律の合間に、机の端の小瓶へ手を伸ばす。茶色いガラスの中で暗い液が揺れる。ルゴール液。古い名前だ、とぼんやり思う。蓋を開けると、鉄っぽくて海の底みたいな匂いが立つ。


 ヨウ素。要素。――いまの私に必要な要素は、たぶんヨウ素だ。熱でぼんやりした頭が、そんな低い洒落に救われる。笑うほど元気じゃないのに、口の端だけが少し上がる。


 綿棒の先を浸すと、白がじわりと茶色に染まる。私は口を小さく開け、荒れたところにそっと当てる。

 ひやりとして、少し沁みる。息を止めて、オルゴールのリズムに合わせて、ゆっくり塗る。


 音があると手つきが乱れない。ぜんまいと歯車の規則が、私の指先に移る。オルゴールも、ルゴール液も、派手さはないのに、必要な瞬間だけ確かに働く。だから私は感謝できる。


 最後の一音がふっと消える。私はもう一度ひねるか迷って、ひねらない。音がなくても呼吸できるなら、回復の側にいる証拠だと思うことにする。


 綿棒を捨て、瓶の蓋を閉める。口の中に苦みが残る。耳の奥では、もう鳴っていないはずの旋律がまだ少しだけ続いている。


 今なおルゴール液は現役。けれど今夜の主役は、私の枕元のオルゴールだ。静かに回って、静かに止まって、私を眠りのほうへ押していく。

 最近は喉が腫れて病院に行ったら、アズレンうがい薬を処方される事が増えました。

 アレは泡立ちが凄いので好きじゃないです。

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