ACT.7 レース
「いっけぇぇぇぇ!!!!」
それはまるで、首都高では見たことない走りだった。
峠や山では無限に見た走り方。
怜司も、「86」という車に乗って、瞬間的にその走り方が最適だと考えたのだろう。
「「キャァァァァァ!!!」」
タイヤが悲鳴を上げる。
でも決して、嫌な悲鳴ではない。
怜司はブレーキをかけずに「サイドブレーキ」をかけた。
その瞬間、86はケツを大きく振るように前へ出た。
そして怜司はハンドルを思いっきり反対側に切り、カウンターを当てる。
そう、ドリフトだ。
ミッドエッジには「サイドブレーキ」と言ったものはなかった。
常に300kmを超えているからか、カーブでは常にドリフトをしているような感じになるから、あとは普通にサイドブレーキはいらないという理由が取り上げられる。
でもMXOにはサイドブレーキがある。そして怜司は少しだけだが、そのサイドブレーキの使い方はわかっていた。
でも怜司が使ったドリフトは、「魅せるドリフト」。
某豆腐屋やそのほかの走り屋は、「4輪ドリフト」と言って、サイドブレーキを使わずにケツを滑らせ、カウンター当てる量を少なくし、小さい舵角で抜けていくドリフト。
怜司が使ったドリフトは、高速で走ってきて、サイドブレーキをかけて滑らせ、舵角を大きくし、アクセル全開で抜けていくドリフト。
いわゆる、遅いドリフトだ。
でも怜司にとってはそれが最適解だった。
「4輪ドリフト」だなんてまずまず名前すら知らないし、ただこのS字コーナーをあまり減速しないで曲がれればそれでよかったからだ。
そんなこんなで、怜司はこの急なS字コーナーをあまり減速せずに曲がることができた、が…
「…くっそ!!!」
初めてのドリフトでそこまでうまくいくわけもなく、怜司の86はコーナーを抜けた瞬間とともに一回転する羽目になった。
◇ ◇ ◇
そのまま一回転し一時停止をした怜司なのだが、アークトのZは止まる気配がなく、そのまま前へ進んでいた。
アークトは疑問に思いながらもC1を攻めていく。
そして怜司は、一度86を立て直し、再度C1を攻めていった。
そこから怜司は、Zのブレーキランプすら見ることが許されなかった。
怜司もこの状況でZを抜けるわけないと思っていたのもあり、あまり本気で攻めることはしなかった。
それと同時に、「もうドリフトはしない」と心に誓いながらC1を攻めていたのである。
そしてなにも考えずに、怜司は箱崎PAに向かった。
「はははっ!」
怜司が車から降りると、車の中で笑っているアークトの姿が見えた。
その姿に少々苛付きながらも、怜司はZに近づき、「コンコン」と窓をノックした。
そしたら案外早くアークトは笑いながら出てきて、ますます怜司は苛立った。
「スタート位置どこだよ!ってかこの86でZに勝てるわけないじゃないか!!」
「まぁまぁ落ち着いて…ぷっ、はははっ!!」
そんな笑っているアークトの手を引っ張り、レースが始まる前に対談したPAの隅に連れいった。
「ごめんね。私、スタート位置言ってなかったからスタート遅れたよね…ふふ」
半笑いなアークトは、そのまま説明に入る。
「Measure Standby」とは、待機電力、つまりオービスである。
通過する速度を測定するために使う機械である。
大体MXOはそのオービスからレースを始めるそうで、そのルールがアークトにとって「当たり前」と感じていて、説明することを忘れていたそう。
そう説明した後は普通に謝罪をしてきた。
流石に86とZの勝負は、やる前から勝敗がついていたこと。初めてなのに怖い思いをさせてしまったこと。そしてスタートのこと等々。
色々と謝罪されているうちに、怜司の苛立ちは収まっていった。
「まぁ、怖い思いはしたけど、ゲームなんだからいいだろ」
怜司が肩をすくめて言うと、アークトは小さく笑った。
その笑みには、どこか“諦め”のような影が見えた。
「……“ゲーム”ね」
「なに、それ」
「ううん。気にしないで。ただ、この世界、ちょっと“現実寄り”だから」
「……現実寄り?」
アークトは視線を上げ、夜の首都高を見つめた。
遠くの空に、わずかに揺れる光。
それは人工の星みたいに瞬いていた。
「消えた人もいるの。MXOで」
「……え?」
怜司は一瞬、喉を詰まらせた。
店員が言っていたことは本当だったんだと、改めて実感する。
「……まぁ、都市伝説でしょ」
無理に笑って言うと、アークトも肩をすくめた。
「そう思ってた方が楽だよ」
少しだけ沈黙が続く。
けれど、彼女はすぐに話題を切り替えるように、少し明るい声を出した。
「ま、難しい話は置いとこ。あなた、さっきの走り。悪くなかったよ」
「え?」
「ドリフト。あのコーナーで車が壁に当たらなかったの、感覚がいい証拠」
「……運が良かっただけだ」
「運だけであれはできないよ」
アークトは小さく笑い、髪を耳にかけた。
その仕草に、怜司の胸の奥がかすかにざわついた。
「ただ、次は“走り方”より“車”を変えた方がいい。ここで生き残るには、“チューン”がすべてだから」
「……チューン?」
「うん。MXOでは、マシンを強化できるんだ。」
アークトはそう言うと、MXOのメニュー画面を開く。
「ガレージの行き方、わかる?」
そう聞かれると同時に怜司もメニューを開き、「ガレージへ戻る」というボタンを見つける。
「今見つけた。」
「じゃあ帰って。今すぐ」
「は?」
「メッセージ送るから。届いたら、その通りにして」
「え?…ま、眩し!」
そう言い残し、アークトは光に包まれた。
その姿を見送る間もなく、彼女の姿はスッと消えた。
残ったのは、わずかな排気の匂いだけだった。
◇ ◇ ◇
ガレージに戻ると、視界に淡い光が滲んだ。
「メッセージを受信しました」
From:Arkt
まずチューンしてくれる人を紹介するよ。
ガレージに“人”を呼ぶことができるんだけど、やり方わかる?
「……そんなの、初耳だっての」
画面の中を手で操作していると、“プレイヤーを呼ぶ”の文字が見つかった。
そこに、彼女の名前を入力する。
「Arktをガレージに招待しますか?」
すかさずYESのボタンを押す。
指先がボタンに触れた瞬間、ガレージ全体が淡く揺れた。
床から白い光が立ち上り、空気が震える。
眩しさに目を細めた怜司の前に、彼女は現れた。
黒髪がふわりと揺れ、瞳だけが夜よりも深く光っている。
「……マジで出てきた」
「なにその嫌な顔」
アークトは笑って怜司のほうを見た。
そして怜司も一緒に笑った。
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