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ACT.4 走り出し

 薄暗い照明の中、鈍い金属の反射が床一面に広がっていた。

 ここは、プレイヤーそれぞれに与えられる専用ガレージ。

 MXOにログインした者は、まずこの場所から自分の走りを始める。


 壁際には整然と並ぶ工具棚とリフト。

 天井から吊るされた蛍光灯が、ひときわ強く中央のスペースを照らしていた。


「……す、すげぇ」


 怜司は思わず息を吞み、周囲を見渡した。

 そのとき、軽い電子音とともに、目の前に黒いパネルが現れる。



「えぇっと、なになに…『初期車設定』?」



 MXOは車がなければ何も始まらない。

「車で語り、車で走る。」、それが、この世界のすべてだった。


 選べるのは、最初だからか「入門モデル」と呼ばれる三台のマシン。



 ・AE86 SPRINTER TRUENO GT-APEX 3door

 ・FAIRLADY Z Version R TwinTurbo 2by2

 ・CIVIC TYPE R [EG6]



 古き名車、AE86。

 定番のスポーツクーペ、フェアレディZ。

 そしてバランスの取れたコンパクトマシン、シビック。

 いずれも、これから資金を稼ぎ、パーツを換え、磨き上げていくための“相棒候補”たちだった。

 だが…



「いや、最初のラインナップ、結構性能ブレてね?」



 怜司は苦笑しながら、それぞれのスペックをざっと眺める。


 AE86。

 軽量なFRボディに130馬力ほどの出力。数字だけ見れば非力だが、コントロール性能は抜群で、まるで生き物のように応えるハンドリングが魅力だ。

 Z。

 3.0リッターV6ツインターボで280馬力。重厚感のあるフォルムと安定した加速は、まさに“真夜中の王者”。

 そしてシビック。

 B16Aエンジンに高回転VTEC、切り替わる瞬間の爆発的な加速は、まさに小さな暴れ馬。



 首都高には、C1を除けば大きなコーナーは少ない。

 求められるのはテクニックよりも、純粋なパワー。

 Zとシビックはまだ戦えるだろうが、AE86となると、



「…首都高には向いてねぇな」



 怜司は思わず口に出す。

 86といえば、やはり“峠”。

 急なカーブと連続コーナーの中で、ドライバーの腕を試す場所だ。


 だが、首都高は違う。

 スピードと度胸、そして馬力。

 ドリフトするより、アクセルを踏み抜くほうが早い世界だ。



 …それでも、多分このゲームの人たちは86を選ぶだろう。



 ある人は、「86はドライバーを育てる車だ」と言う。

 理由や理屈は知らないが、それだけ愛されていて、それだけ高性能と見受けられる。



「……んま、みんなもどうせ86選ぶだろうし。俺も、これにするか」



 怜司は、プレイヤーが86を選ぶのを見越して、小さく笑いながら、怜司は“AE86”のパネルをタップした。

 その瞬間、光が舞い上がり、白いボディのシルエットが静かに姿を現す。



「おぉ、すご…」



 怜司は思わず言葉を失う。


 目の前には、怜司が羽織っている黒のフードとは反対の、白色なAE86の姿があった。

 ところどころ黒色もあり、どこぞの"豆腐配達員"が頭をよぎる。

 ボディは少しだけ丸み帯びており、ヘッドライトはしまったまま。

 ホイールは純正で、真ん中には「TOYOTA」の文字がある。


「本当に本物そっくりだな…」


 怜司はゲームだけに関心があり、現実の車にはあまり興味がない。

 現実の86は見たことなかったが、怜司でもわかるくらいに本物にそっくりだった。


 そんなMXOに感心しながらも、怜司はゆっくりと車に近づき、ドアを開けた。

 その瞬間、金属が擦れるような小さな音とともに、ドアが軽やかに開く。



「……軽っ」



 ゲームとはいえ、ドアの質感までもが本物そっくりだった。

 手のひらに伝わる冷たい金属の感触。


 そして、開いた瞬間に漂う、新車特有の、あの独特な匂い。



「うわ、匂いすごい……」



 怜司は少し感動しながら、運転席に腰を下ろした。

 その瞬間、シートが沈み込み、まるで現実に座っているかのように体を包み込む。



「……すげぇ、座り心地までリアルだ」



 目の前には、古めかしいが整ったメーター類が並ぶ。

 スピードメーター、タコメーター、燃料計。

 すべてが物理的な針で動いているように見える。

 センターコンソールには小さなカセットデッキと、少し色褪せたエアコン操作パネル。

 ダッシュボードの質感も、当時の革素材を忠実に再現していた。



「……これ、本当にゲームなのか?」



 思わず独り言が漏れる。

 外見だけでなく、感触までも“現実”そのもの。

 なのに、視界の隅にはゲームらしいインターフェース。

 ギアポジション、速度、回転数、がホログラムのように浮かび上がっている。



「なるほど……これが“MXO”のリアリティってやつか」



 現実と仮想の境目が、まるで曖昧になるような感覚。

 その違和感と感動が入り混じる中で、怜司はおそるおそるペダルに足をかけた。

 左のペダルを踏むと沈む感覚。右のペダルは少し硬い。


「これが……クラッチとブレーキ?」


 どっちがどっちかも曖昧なまま、彼はハンドルの付け根に手を伸ばした。



「あ、あれ、そういえば……キーってどこにあるんだ?」



 ゲームとはいえ、エンジンをかけるには何か操作が必要なはず。

 けれど鍵穴らしきものは見当たらない。

 焦りながら手探りしていると、ふいにハンドル右下の部分が光を放った。

 そこには青白く浮かぶ《ENGINE START》の文字。


「……お、おぉ……」


 怜司は思わず声を漏らす。まるで映画の中の車みたいだった。


「本当に近未来だな……」


 そう呟いてから、指先でボタンを押す。



「ブロォォン……ッ!」



 エンジンの唸りが静かなガレージに反響する。

 怜司は恐るおそるアクセルを軽く踏み込み、メーターがわずかに震えるのを見た。

 ハンドルの感触は驚くほど現実的で、振動までも手に伝わる。



「……すげぇ、本当に動くんだ」



 心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、怜司は左足をゆっくりと持ち上げ、クラッチを離していく。

 すると、わずかに前輪が転がり始め、車体がじんわりと前に進む。

 現実では味わったことのない、動き出す瞬間の“重み”が身体に伝わった。



「よし……行くか!」



 アクセルを踏み込んだ瞬間、世界が一変した。


 ガレージの光が弾け、床が波打つように崩れ落ちる。

 周囲の景色が闇に溶けていき、怜司の視界は黒に包まれた。



「な、なんだ!?」



 次の瞬間、体がぐっと後ろに押しつけられる。

 気づけば、86のボディを流れるように走る光の軌跡。

 それがひと筋の道となり、怜司を夜の高速道路へと導いていた。



 ヘッドライトが照らす前方には、無数のランプが並ぶ首都高のトンネル。

 周囲を抜けていく白線の流れが、現実とは思えないスピード感で視界を埋めていく。



「うおおおっ!?なんだこれ!?」



 速度メーターは時速60kmを指し、その速度をそのままキープしている。

 そして怜司が気づいたときには、じわじわと減速していく。



「げ、減速してる…?」



 怜司はゴクリと喉を鳴らし、アクセルペダルをゆっくりと踏み込んだ。


 その瞬間、ゆっくりと加速していく。



「す、すげぇ…」



 ──MXO。

 それはただのゲームじゃない。

 走り出した瞬間、誰もが“この世界”の住人になる。





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