第5話「焼きリンゴの森と、火を恐れる少女」
ひかりが辿り着いたのは、どこまでも林檎の香りが漂う森だった。
木々の合間を縫うように、甘く香ばしい風が吹いてくる。
「……おかしいな、誰もいないのに、焼きリンゴの匂いがする」
ふと、かすかにすすり泣く声が聞こえた。
声のする方へ向かうと、小さな焚き火の傍に、ひとりの少女が膝を抱えて座っていた。
髪はリンゴのような赤色、だが顔は煤で汚れ、瞳には怯えが宿っている。
「……火は、こわい……でも、焼かないと、甘くならないの……」
少女の名前は“リン”。
かつて火事で家族を失った彼女は、火を恐れながらも、亡き母の焼きリンゴを再現しようとしていた。
ひかりはそっと言った。
「一緒に作ってみようか。……火の怖さ、ちょっとだけ、分けてもらえる?」
リンはおそるおそる頷き、ふたりは薪に火をつけ、焚き火の上に鍋を置いた。
じゅわりとバターが溶け、リンゴが焼けていく音が静かに響く。
「……これが、母の匂いだったんだ」
ふとリンの目から一筋の涙がこぼれた。
火の暖かさが、恐怖だけではないことを、思い出させてくれる。
「怖いままで、いいんだね……。でも、ちゃんと焼けた」
出来上がった焼きリンゴを、ふたりで頬張る。
外は香ばしく、中はとろけるように甘い。
「うん、やっぱり……おいしい」
リンの頬がほころぶ。
それは、火を“少しだけ”許した証。
「ありがとう、パティシエさん。あなたの火は、優しいね」
ひかりは笑う。
「魔法って、こういう気持ちなのかも」
焼きリンゴの香りが、森中に満ちていた。
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今回のレシピ:焼きリンゴ
材料:
・りんご(紅玉など)…1個
・バター…10g
・砂糖…小さじ2〜3
・シナモン…少々(お好みで)
・レーズンやナッツ(あれば)…適量
作り方:
1. りんごを洗い、芯をくり抜く(底まで抜かず、中央だけ)。
2. 穴にバター、砂糖、シナモン、レーズンやナッツを詰める。
3. アルミホイルで包み、トースターまたはオーブンで20〜30分焼く。
4. 表面が香ばしく、果肉が柔らかくなったら完成。
**ワンポイント:**甘さを調整するなら蜂蜜をかけても美味。皮付きのまま焼くと、果汁が逃げずジューシーに仕上がります。