第1話「甘い、苦い、さようなら」
「……やめさせてもらうって、どういうことですか?」
そう言ったつもりだった。けれど声は震えていた。
目の前にいる上司は冷めた目をしていた。
「悪いな、ひかり。君のお菓子、確かに独創的だよ。でもうちの客層には早すぎるんだ」
――理解されない、ってこういうことなんだ。
ひかりは、ひとり駅前のベンチに座っていた。
荷物は少ない。辞めるつもりなんてなかったからだ。
ポケットには折れたヘラ。制服のポケットに突っ込んだままだった。
そんな時だった。
ふと、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。
懐かしいような、でも嗅いだことのない――そんな香り。
気づけばひかりは、香りに誘われるように歩いていた。
ビルとビルの狭間に、小さな扉があった。
そこには、こう書かれていた。
> 「おかしな おかし屋 さい」
「……“おかしな”って何、洒落?」
けれどその瞬間、ひかりの胃が、ぐうううと鳴った。
「あーもう、なんでもいい。甘いもの、食べたい……」
扉を開けると、そこには――
「いらっしゃい、お嬢さん」
銀髪の、小さな老婆がいた。
「……お菓子、ある?」
ひかりの問いに、老婆はふふっと笑って、
「甘いものなら、なんでもあるよ」
ひかりの目の前に差し出されたのは、見たこともない“焼き林檎の花飴”。
かりっと焼かれた林檎の中に、薄紅の飴が透けて見える。
それを一口――
世界が、音を立てて裏返った。
天井が反転し、床が宙に浮き、視界が光の粒に覆われる。
足元が崩れ、目の前に広がったのは、どこまでも続くお菓子の世界だった。
「え、えっ!? なにこれ!? どこ!?」
「ようこそ、お菓子の世界へ」
さっきの老婆が、まるで魔女のような衣装に変わってそこにいた。
「君の願いは、甘くて優しいもので世界を変えることだったろう?」
「……は?」
そこから始まる――
世界一、甘くて苦い、“ひかり”の再出発。