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婚約破棄された令嬢は竜国の王妃になる

作者: 緑玉

アフローン王国の春は少し冷たい風と共にやってきた。王都の中心にあるグレイ公爵家の庭には様々な種類の花が咲き誇り、そこへ今日も見慣れた訪問者が来ていた。

両手に収まるそれは、銀色の鱗を持つ小さな竜であった。


「今日も来てくれたのね」

「グルゥ」


竜を優しく迎えた彼女は、この公爵家の令嬢リシェルである。彼女の細く美しい指が竜の頬を撫でると、小さなそれはまるで猫のように喉をゴロゴロ鳴らして甘えてくる。


リシェルは第一王子イリオスの婚約者であり、未来の王妃となる立場である。しかし最近のイリオスは王太子としての責務を放棄し、とある夜会で出会った男爵家のセリアに夢中で逢瀬を重ねている。

リシェルは側室をとることには賛成だった。しかしあまりにも扱いに差があり、周囲から王太子への不信感が募るようになったため、表面上だけでも婚約者である自分を優先するようお願いしたところ、彼は激怒し聞き入れてもらえなかった。


そして今日の午後、リシェルは王宮へ来るように命じられている。

「昔はもっと私の話を聞いてくださったのにね。」

「グルゥ…」

悲しげに呟くと、慰めるように竜が黒い瞳でリシェルを見つめて鳴いた。

「ふふ、ありがとう。準備して行ってくるわね。」




♢♢♢

「リシェル・グレイ、貴様との婚約をここに正式に破棄する。」

王宮の玉座の間でイリオスは冷たく言い放った。その横には噂の男爵令嬢セリアがぴったりと寄り添っていた。

「理由をお伺いしても?」

「ふん、お前には心が無い。そんな者に王妃が務まるとでも思っていたのか?民に心を寄せられる者が俺の隣に最も相応しい。」

それがセリアだとでも言いたげにイリオスは自身にくっ付いている彼女を見つめた。


リシェルに心がないと言ったが、それは間違いである。公爵家として孤児院を支援するのに加え、リシェル個人の自費で病院に寄付する事もあった。そういった活動を忙しい王妃教育の間に行っていたのに、イリオスはリシェルの事を何も見ていなかったのだ。


「分かりました。殿下の仰せのままに…」

決して泣くまいと頭を下げ固く返事をした直後、玉座の間の天井のガラスが突然吹いてきた強風によって割れ、そこから美しい銀色の鱗をもった大きな竜が現れた。


護衛の騎士たちがイリオスを守るために剣を抜いて駆け寄る。

しかしそれより早く銀の竜はリシェルをひょいと自身の背に乗せ素早く空へと舞い上がった。


リシェルはあまりに突然の事に驚いたが、肌に感じる銀色の鱗の冷んやりした感触に、すぐにそれが庭に遊びに来ていた小さな竜だと気が付いた。

「あなたは…」

ーー寝ていろ。

そう頭の中に声が響くと、身体を包み込むように透明な結界の膜が現れ、その空間が心地よくて自然と瞼が重くなりリシェルは眠った。


銀の竜は眼下の広間で茫然としている王太子や騎士を見下ろした後、リシェルを乗せてあっという間に飛び去って行った。



♢♢♢

リシェルが目を覚ましたのは、雲上にあるお城の豪華な部屋のベッドの上だった。

そこは竜王国イルヴァレンーー

人と竜が共に生きる、伝説の国だった。


リシェルがベッドから起き上がったのと同時に扉が開かれ、侍女が入って来た。侍女はリシェルに微笑みながら優しく体調を気遣ってくれた。

そして食事と着替えを済ませると、大広間へと案内された。扉を開けると、玉座には銀の髪に黒い瞳の若き竜王、アルゲンド・イルヴァレンが座っていた。斜め後ろには眼鏡をかけた細身の男も控えている。おそらく宰相なのだろう。


「よく来たな、リシェル。」

「竜王様だったのですね。これまでの無礼、どうかお許し下さい。」

「構わん。むしろお前を勝手に連れてきたこと、深く詫びよう。」

「なっ、謝罪など必要ありません!私を助けて下さったと認識しております。感謝申し上げます、陛下。」


するとアルゲンドは軽くふっと笑った後、話を続けた。

「俺は下界の人間で気に入った奴を国に連れ帰っている。」

「えっ…」

戸惑っていると、控えていた宰相の男が語弊がありますと、訂正してきた。

「竜王様は下界で身寄りがなく困っているものや、障害や病気で見放された人間をイルヴァレンで保護するために連れて来ているのです。」

そう真実を明かされてアルゲンドは少し照れたように一瞬横を向いた。

だがすぐにリシェルを真っ直ぐに見据えると驚きの提案をしてきた。


「お前にはあの小国の王妃などではなく、ここイルヴァレンの竜王の妃を務めてもらう。」

「そっ…それはつまり…」

「俺の妻になれ。」


あまりに唐突な求婚に、リシェルは目を見開いた。

動揺したが、嫌では無かった。むしろ嬉しいと思った程だ。

母国には自分自身を見てくれる人など居なかった。両親でさえ駒として扱っていたのだから。だが小さな竜だけは、いつも私の側で私の話を聞き、寄り添ってくれた。それがまさか竜王だとは想像もしなかったけれどーー。


「喜んで、お受けいたします。」



♢♢♢

リシェルが竜王国での日々に慣れていく中で、母国アフローン国では戦争が勃発していた。イリオスが王位を継いでいたが外交も内政も崩壊。原因はどうも隣国から潜入していたスパイによるものだった。

そのスパイこそーーセリア。

彼女はイリオスに取り入り、情報を流し国の防衛を意図的に弱めていた。その事実を知った時には既に遅く、セリアは姿を消し捕えることも出来ず、城は半壊。リシェルとの婚約破棄後に急速に失っていた民の信頼も遂に底をついた。


イリオスは願った。

ーー誰でもいい、誰か助けてくれっ!


その願いは空に届き、イルヴァレンに受け入れられたが、アフローンの王城に降り立った竜王の隣には女神のように美しい竜王妃、リシェルが立っていた。


イリオスはその光景に絶句した。かつて己が捨てた令嬢が、伝説の国の王妃として輝いている。


「どうか…力をお貸しください…」


その言葉に竜王はリシェルに返事をするよう促した。

「いいでしょう。助けるのは民のため。貴方の為ではありません。」




その後、竜王の力とイルヴァレンの支援によりアフローン王国は再建、平和を取り戻した。

セリアも隣国に逃げたところを捕らえて処刑。

イリオスは王位を退き幽閉された。



今日もリシェルとアルゲンドは2人寄り添いながら下界の平和を見守っている。

「あ、今動いたわ!」

「おお、元気な子だ。」


リシェルのふっくらしたお腹にアルゲンドは優しく手を触れて、穏やかな午後の時間を過ごすのだった。





ーー終ーー


久しぶりの投稿になりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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