私の王子様
「好きです! 付き合ってください!」
「無理。お前、嫌い。じゃあ」
かわいい女の子がカッコいい男の子にフられた現場に立ち合わせた。
ここは駅近くの路地裏だ。買い物帰りだった。
私は二人を見た瞬間、映画かドラマの撮影かと思うほど引き込まれた。でもここにはカメラも他のスタッフもいない。こんなにお姫様と王子様のようでお似合いな二人なのに付き合わないのか。
私にだったら振り向いてくれるかな? 容姿は自信ないけど、人とは上手く関われるからもしかして…!
ショックで立ち去った女の子。その背中を見もしない男の子に近寄り、袖を掴んだ。
「お前誰?」
「ねぇ、カッコいいね? 彼女いる? どんな人がタイプ? 私はどうかな?」
「うるさい。黙れ。お前に興味ない」
「そんなこと言わないでよ〜。あ、どこいくの? 私と遊ぼうよ?」
「……ついてくんな」
私を振り払い、スタスタと遠ざかっていく。それでも私は追いつき、スマホを取り出す。
「連絡先、交換しよ! 画面表示できる?」
「おい、前見ろ」
「ちょっと待ってね。今操作してるから……きゃ!」
「危ねぇ!」
腕を引っ張られて男の子の胸の中に収まる。筋肉でかための体つき、柔軟剤の香りに頭がくらくらする。
「あ、ありがとう」
体を引き剥がされて、現れたのは怒りの表情の彼だった。
「怪我でもしたらどうすんだよ、バカ!」
「ご……ごめんなさい」
「これだから女はっ……!」
怒鳴られてシュンとしてしまった。そんな私を置いていく彼。ここで諦めたら、もう会えなくなってしまう。そんなの嫌だ!
「やだ〜行かないでぇ!!」
「おい!」
「なんでもするから! 私、いいよって言ってくれるまで叫び続けるから〜!」
「やめろ!」
周囲の視線が集まる。私に同情の目が、男の子には冷ややかな目が向けられる。困り果てた男の子は大きなため息をつき、戻ってきた。
「ありがとう」
「他人に迷惑をかけるな! 鬱陶しいな」
「ごめんなさい」
「仕方ねーな。スマホ出せ」
「はーい」
なんとか連絡先をゲットした私は、るんるんな気持ちで彼と別れた。帰りの道中、すぐメッセージを送り、新たな出会いに胸を弾ませていた。
「だいち様〜! 私の王子様!」
あれから数日経っても既読にならなかった。うざくないように簡潔にしたし、返事が来るように最後は疑問系にしたのになぜ?
「むー……」
追いメッセージはしつこいだろうか。連絡が欲しい一心で迷宮に迷う。悩みに悩んだ結果、一通だけ「お願い。連絡ください!」と送ることにした。
そしたら数時間後、通知が来た。
「あ」
それだけだった。
あれからめげずにメッセージを送り続けた。時には未読無視、既読無視され、返信が来たと思ったら数文字だったけど、反応があるだけで幸せなことだと思うようにした。
話題を振り続け、文章に工夫を重ね、ようやくやり取りが当たり前になって来た頃のことだった。
「なんで俺なの?」
だいちから初の疑問系のメッセージだった。「あ」からの変化に胸が熱くなる。
「カッコいいから」
「カッコいい男なんて他にもいっぱいいるだろ」
「私にとって芸能人よりもだいちの方がカッコいいもん」
それに、優しいところがあることも知っている。
「嘘つけ」
「本当だよ!」
「じゃあ、俺が待てって言ったら待てる?」
「待てる!」
「俺らが出会った駅の改札口で待ってろ」
「うん。今すぐ行くね。待ってるからね!」
私は全速力でおしゃれをし、駅へ向かった。休日だからか多くの人が行き交っている。私は手鏡を握り、身だしなみを整えてだいちを待った。
待っている間、いろんな人を見た。乗り換えをする人、買い物のため出口へ進む人、駆け足で通りすがる人、電車を待つ人、待ち合わせをしてる人。流れる人を見ていると待ってる時間もあっという間だった。
だけど、待てども待てどもだいちの姿は見えない。事故に巻き込まれたんじゃ? そんな不安が頭をよぎって、電話をかけるも出なかった。
チクタクチクタクと時計は動き続ける。外から冷たい風が吹きつけ、空は雨模様に変わる。
恐れからか、寒さからか震えているかは分からない。私は体を抱いた。
私が駅に到着してから三時間は経過した。脚は棒のように痛いし、寒さが限界に達していた。雨は涙のように流れ落ち、悲鳴をあげるようにゴロゴロと空は鳴った。
帰ろうかな、そう思った時だった。
「彼女〜。もしかしてナンパ待ち?」
「ずっとここに立ってるよね?」
二人組の男の子が話しかけてきた。
「うわー。顔色悪いよ?」
「暖かい店に入ろうよ」
私の肩を抱き、歩き出す二人組。心配してくれたから悪い人じゃなさそうだし、このまま着いていこうかなと思った。
「待て」
だけど、それは私の王子様によって止められる。来るのが遅いよ。
「なんだよ。邪魔すんのか?」
「誰だよ、お前」
「そいつのツレだ」
「嘘だろ。彼女がずっと待ってたの知ってるぜ?」
「だから今来ただろ。そいつを離せ」
二人組は私から離れ、しばらくだいちと睨み合った後立ち去っていった。だいちは着ていたジャケットを脱ぎ、私の肩にかける。そして、イラついたように髪を掻く。
「このバカ! ついて行くんじゃねーよ! 危ない目に遭ってたかもしれないだろ!?」
「……」
「それになに律儀に待ってるんだよ。さっさと帰れよ! 俺は行くなんて言ってねーぞ!」
「でも、来てくれた」
「あ!?」
「来てくれたじゃん」
「……」
「なにもなくて良かった」
私が笑うと、なぜか抱きしめられた。そのまま耳元でだいちの声が響く。
「悪かった。試すようなことして」
大地の体が冷たい。もしかして、大地もずっと外で待ってた?
「ううん。いいの」
「なんでこんなことしたのか聞かねーの?」
「いいよ、別に」
「……変なやつ」
「そうかもね」
それから、お店に入って温かいココアを飲んだ。だいちはブラックコーヒーだって。イメージとぴったりすぎる。
「筑木大地」
「え?」
「俺の名前」
「あ、うん」
「あの…さ、」
「うん」
「俺とどうなりたいの?」
「付き合いたい!」
「なんで?」
「大地は私の王子様だから」
「なんだそれ」
「カッコよくて優しい王子様!」
「……そんなんじゃねーよ」
「待ってるよ」
「……なにが」
「付き合えるまで、待ってるよ」
「……」
大地は私の目をじっと見てから考え込んでしまった。しばらく無言の時間が続く。私がココアの飲み終えた後、大地は話し始めた。
「俺、女に裏切られたことがあるんだ。その女は俺の顔だけ好きで、中身はどうでもよかったんだ。悲しかった。だから、顔だけ好きなやつとはもう関わらないと決めたんだ」
「……そうだったんだ」
「お前は連絡を取って必死に俺の中身を知ろうとしてくれたよな。嬉しかった」
「うん」
「ありがとう、千愛」
私の名前……! 呼んでくれた!
嬉しくて涙が滲む。溢れそうになった時、大地の親指が優しく拭ってくれる。
「一つお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「改めてデートしませんか?」
「……おう」
こうして、私の王子様と楽しくデートをしました。デートを重ね、お互いを知り、いつまでも仲良い二人だったのだとか。
これにて、ハッピーエンド。
おわり