第5話 救世主
だが、彼女が痛みを感じることはなかった。驚いて目を開ける。見覚えのある姿。彼女の心の中の白馬の王子がそこにいる。イーグルは彼の手によって一瞬にして一刀両断されていた。
「あ、あの、その、ありがとうございます。」
半ば緊張した面持ちでぎこちなく挨拶をする彼女に対して彼は爽やかな笑顔を返す。
「あんた、気を付けて帰るんだぜ」
嘉穂はゆっくり頷いた。
和樹は家に帰ると布団の中に潜り込んで、天井を見上げた。この命が果たしてあとどれくらいもつのか。こんな病気さえなければ…と思う。だが、そんなことを考えたところで仕方がない。もともと心臓が弱かった和樹は、幼少期から苦労が絶えなかった。医者は15歳まで生きられるかどうかわからないと言った。彼の寿命が短いことを知った両親は、彼にやりたいことだけをやらせてくれた。家は食に困るほど貧しくもないが、どんな物でも買えるほど裕福なわけではなかった。それでも両親は彼のために必死に働き、彼の要望をできる限り聞き入れた。周囲から見れば自分の子どもを甘やかしているように思えるかもしれない。だが、そんなことはどうでもいいのだ。たった一度きりの人生で長く生きられなかった上に、やりたいことができずに生涯を全うするのは酷な話だ。食事も制限されているし、身体が弱いため運動を楽しむこともままならない。そんな彼にとって、救いとなったのがボードゲームの類だ。将棋、オセロ、チェス、囲碁…これらの類なら、運動ほど身体を痛めることはない。和樹は毎日のように両親に謝っていた。「迷惑をかけっぱなしでごめん、もっと強くなるから」と。もう和樹は十分強い。親としては生きていてくれるだけで十分だった。あらゆるボードゲームで頭角を発揮し、メディア出演も度々するようになった彼は巷ではちょっとした有名人だ。神様は病気と引き換えに魔法師としての才能をくれたのだろう。下に降りて何気なくテレビをつける。見覚えのある顔がそこに映る。伊藤絵里…かつてのこの街のヒーロー…
イーグルとの闘いにて重症を負い、寝たきりの植物人間状態だった彼女は奇跡的に息を吹き返したらしい。しかし、テレビに映し出された彼女の姿は以前よりも輝きが薄れているように見えた。だが、彼女の瞳は決して希望を捨てていないように見えた。絶対に諦めない心を持つこの街を守ってきたヒーローとしての本能が静かに燃え滾っていた。それを見て、思うのだった。こんな病気に負けてたまるものか。もっともっと、強くならねば…