第10話 幻の英雄
嘉穂は和樹を何とか助けようと再び魔法少女の姿に変身しようとした。一時的に変身を解除された後すぐに変身することは身体に相当な負担を伴う。死に至るケースも多い。
「嘉穂、やめろ。命を無駄にするな。これは俺の最後の願いだ。」
「でも…」
「良いから早く行け。」
そう叫ぶと和樹は空中に空間を作り、その中に向かって彼女を突き飛ばした。その先で嘉穂は地面に垂直に落下した。立ち上がって辺りを見渡すとそこは橋の上だった。はじめて彼に助けてもらったあの橋の上。嘉穂は溢れてくる涙を堪えることができなかった。あの時の彼の表情から絵里たちとの戦いが無事に済むとはとても思えなかった。その時、心に誓った。和樹の思いを決して無駄にしない。どんなに惨めな思いをしようと、他人からどう思われようと、最後まで自分の正しいと思ったことをやるって。
一方、和樹は理恵たちの前に苦戦を強いられていた。嘉穂の嫌な予感は見事に的中してしまったのだ。
「あんたも終わりよ、どんな大天才も病気には勝てない」
理恵は勝利の雄たけびとともに、彼の心臓辺りに向かって銃口をぶっ放した。銃弾はそれを避けようとした彼の身体の表面を掠った。その時、天音が和樹の両足を刀で切りつけた。たまらずその場に倒れこむ和樹。
「理恵、とどめは任せたよ」、天音は心なしか口角を上げて満足げに言い放った。
「やるじゃない」と理恵。
「天音、ナイスー!」、好美も彼女に便乗する。しかしながら、彼女の本当の気持ちは言葉とは裏腹だった。
「彼にあんな病気さえ抱えていなければ理恵の奴に勝てたかもしれないのに。天音も余計なことしてんじゃねぇよ。」
好美の理恵に対するヘイトは未だに高まる一方だった。
理恵がとどめの一発を放った。和樹の頭蓋骨を銃弾で撃ち抜いたのだ。これにより、和樹は不治の病がなければ理恵に勝てたかもしれない幻のヒーローとなった。警察では彼の死は行方不明として処理された。というのも理恵が天音に証拠を隠滅するように命じたからである。好美は当然、猛烈な焦りを覚えていた。本来なら、彼の死体の証拠隠滅は自分に任されていた筈なのだ…だが、今回の活躍により理恵の中の天音に対する評価が上がったのは間違いない。
「これ以上差を縮められないようにしなきゃ…」、そう心の中で呟いた。