8話 噂
「今日は朝に会う事がなかったから心配してたんだ~。 もしかしたら体調を崩してるのかなって思って」
「あぁいや、今日は部活の友達と剣道の朝練をすることになって、いつもよりも早めに登校してたんだ」
「そっか~。 流石は全国連覇してる部活だね~」
堤防のランニング中に偶然会った本庄と階段に座って会話をする事10分。
今朝で実は話しかけられなかった理由を適当に答えながら、俺の心臓はまだランニングしているかのような心拍音が脳内に響き渡っている。
本庄はかなりラフな格好の短パンにTシャツを着ており、手には犬の散歩グッズが入っているであろうバックを持っているだけだった。
いつもは制服で本ばかり読んでいるイメージしかなかったが、日常的な格好はどちらかと言うと陽気なイメージに近い雰囲気に見える。
「それでね? 聞きたい事があるんだけど・・・」
「え? お、おォ・・どしたの?」
先ほどまで犬と戯れながら話していたが、急に真面目な顔をして俺と視線を合わせ、思わず心臓が更に飛び跳ねそうになる。
しかし、ここで視線を逸らせば少し様子が変だと思われるのも嫌なので緊張する気持ちを抑えて目を合わせる。
(・・・こう見ると本庄さんって整った顔してるな~・・)
肌も荒れ一つなく綺麗で香水かシャンプーか分からない良い匂いもして、その・・・胸のほうも結構あるというか・・・・
「生馬くん?」
「ヒャイッ!?」
「本当に体調大丈夫? なんだかボーッとしているみたいだけど?」
「だ、だいびょうぶッ! なんなら滅茶苦茶に調子がいいッ!? それよりも聞きたい事って?!」
あ、アブネぇ~ッ!!
胸の方見てる事バレたのかと思ったぁ~ッ!
「うん。 実はね。 私、見つけたんだ」
「へ~・・ん? なにを?」
動揺していたせいで思わず何も考えずに納得しかけたが、俺は何を見つけたのかをもう一度聞き直す。
すると本庄は体を包み込むように両手を肩に掴み少し不安そうな声で答えた。
「昨日の夜、夢で見つけたんだ。 アストラルの扉」
◇ ◆ ◇ ◆
――翌日。
あれから詳しい事は今日の放課後、いつものバーガー店で話すと言って解散する事になったのだが、生馬は昨夜の本庄の様子がオカシイ事が気になっていた。
アストラルの扉の存在が実在する事は実際に体験した事で疑う余地はない。
ただし、あの不安そうな表情は一体なんだ?
まるで悪夢でもみたような、思い出したくもない記憶を視てしまったかのような感覚に見えた。
「お~い。 冬至ー? 昼休み終わるぞー?」
昨夜から離れない本庄の顔を考えているせいか、いつも以上に何事にも集中が出来ず思わず考え込んでしまう。
そこで小学校からの親友で今も校庭にあるベンチで一緒に昼飯を食べていた立花努が呆れた様子で声をかけてくれた。
「お、おお・・悪い」
「なんだよ体調悪いのか? それなら今日はもう部活休んでさっさと帰れよ」
「いや体調の方は大丈夫なんだけど・・・なぁ、努」
「んぁ?」
「お前、好きな子いるか?」
「ブフゥ―――――ッ!?!?」
飲んでいた天然水を俺の顔に向けて思いっきりに拭き溢した。
「ぶん殴るぞ?」
「ゲホッ! わ、悪い・・急にお前の口から恋愛トークが出るとは思わず・・・」
「別に恋愛トークとかじゃねぇーよッ!!」
「え? 違うの?」
「そうじゃなくて・・俺は・・その・・・」
気になっている女の子の様子がオカシイ。
どうやったら元気付けてあげられるだろうか。
そんな質問をしようとしていた事に、確かにこの話題は恋愛トークみたいなものだと理解した。
「・・・やっぱり恋愛トーク?」
「そう・・かも・・?」
「「・・・」」
沈黙の時間が流れたが、すぐに打開したのは努からだった。
「単刀直入に聞こう。 誰だ?」
「・・・」
「C組の龍﨑さんか? それとも1つ上の円城寺さん? まさかまさかの1年の水戸さん?」
「いや違う・・っていうか誰?」
「おまッ! この学校始まって以来の3大美女を知らないだとッ!?」
この学校、そんな感じのあったんだ・・・。
「え~じゃあ誰だ? お前が剣道以外で夢中になる女の子いたか?」
「うん、その、気になっている自覚が出来たのはホント数日前からで、本庄さんって子なんだけど」
「あ? ほんじょう? 本庄ってあの本庄?」
急に険しい表情になる努に俺は少し首を傾げながら頷く。
「マジかよお前・・まぁ、お前は確かにそういう情報が耳に入らないから知らないか」
「なんだよ。 本庄さんが何かあるのかよ」
「・・・因みに聞くけどよ冬至。 本当にあの本庄の事を言ってるんだよな」
「なんだよさっきから。 っていうかお前の言う本庄さんと俺の知る本庄さんが同一人物か分からんのだが」
「まぁ・・そうだよな。 俺の言ってる本庄っていうのはメガネを掛けた真面目そうな―――」
「その人だわ」
メガネをかけた真面目な生徒であれば確実に本庄さんだ。
しかし一体何が問題だというのだろうか。
努は昔から人間関係を築く事が得意で気の強い人間から気の弱い人間まで様々の人脈を持つ。
それは努が誰であろうと平等な態度で相手と会話する事が出来るからなのだろう。
だけどそんな努が何故か本庄さんの名前を出してから眉間に皺を寄せて明らかに機嫌を悪い雰囲気を醸し出している。
それが俺にとっては不思議でしか思えなかった。
「努。 本庄さんが一体なんだっていうんだ? あんな真面目で良い子をお前がそんな毛嫌いする態度をとるなんて」
「・・・いいか冬至。 これは悪魔で噂でしかない内容だが、落ち着いて聞いてくれ」
残った飲み物を飲み干して、努は真面目な顔で俺と視線を合わせる。
「お前の言う本庄。 フルネームを本庄月乃だが、中学の頃からあまり良い噂がない。 なんでも中学の時、彼女は人を殺しているかもしれないんだ」