7話 自覚した恋
翌日、目が覚めると俺は元の世界に戻ってきていた。
美女に変化するドラゴンもいない。
多種多様な人間のような種族もいない。
俺が良く知るいつも通りの日常があった。
・・・はずだった。
「あぁ! すいません! ・・・あぁ! ごめんない!!」
学校の通学路。
本庄さんはいつも通りの場所で本を読みながら歩いているせいですれ違いの歩行者にぶつかっては頭を下げて謝っている。
ここだけ見れば俺からすればいつも通りの日常で、本来であればすぐに本庄さんの近くに駆け寄りどんな本を読んでいるのかと尋ねるのだが、今日は彼女を見つけてからしばらく眺めていた。
別に本庄さんと気まずいような状態にあるわけでもないのに俺はこの日、本庄さんに声をかける事ができなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
「ヤァァァァァァァァァァァァァァッ!!!???」
バシンッと竹刀が面に当たる音が響き渡る。
放課後となりいつも通りに剣道部の部活で練習をしていた。
部活は16時からスタートしてだいたい20時頃に練習が終わる。
その為、最初は部員全体で基本練習。
その後ひたすらに試合形式で打ち合いを始めて部員同士で切磋琢磨と技を磨き力をつける練習に移る。
そして今が正に打ち合いの練習を行っているのだが・・・
「今日の生馬先輩、なんかすごいっすね」
小休憩となりお面を外して水分補給をしていると、少し離れた場所で後輩達が小さい声で話しているのが聞こえてきた。
俺は他の人達よりも五感が優れているのか、普通なら聞こえないであろう小さい声量と距離があっても大方聞こえてきてしまう。
別に耳を傾ける必要もないのだが、今日は不思議と後輩達の会話を聞き取ってしまった。
「分かる。 なんか気迫があるというか気合がいつも以上というか」
「鬼気迫る勢いがあるよな~」
「やっぱり全国連覇ともなれば生馬先輩でも多少プレッシャーでも感じるのかね~」
後輩達はそれぞれの意見が飛び交い色々な考察を言い合っている。
そうこうしている内に小休憩も終わり、本日最後の打ち込み練習が始まろうとしていた。
しかし――
「いや~あれは部活動のことじゃないね」
1人の後輩が練習の準備をしながら他の後輩達の考察を否定した。
「じゃあお前はなんだと思うんだ?」
「ば~か。 いくら生馬先輩が剣道一筋とは言えやはり男子高校生。 これはもうあれしかないだろう?」
「あれって?」
考察否定後輩は周囲にいる部員を近づかせて小さく呟く。
「先輩はきっと、恋人が出来たんだよ」
「ヤァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!????」
その日、今日一番の切れがある一本が取れた。
◆ ◇ ◆ ◇
「心頭滅却! 心頭滅却! 心頭滅却ぅ~ッ!!!」
部活も終わり一度家に帰った俺だったが、部員の後輩が言った「恋人が出来た」というワードから、本庄さんの顔が脳裏から離れず近所の堤防でランニングをしていた。
すでに走り始めてから1時間は経とうとしているが、いつまで経っても頭の中には本庄さんの事ばかりを考えてしまっている。
「このままじゃダメだッ!! 少しでも頭を空っぽにして冷静にならなけらばァァーーがッ!!」
がむしゃらに走っていたせいで足がもつれて勢いよく地面に倒れ込んでしまった。
乱れた呼吸を整えようと深く息を吸って吐く。
そうして頭がクリアになって来て呼吸も落ち着いてきた所で、昨晩の本庄からあった電話越しの声が脳裏に響く。
彼女は確かに俺との関係を恋人だと言った。
それがあまりにも嬉しすぎて今日一日と彼女の事が頭から離れない。
「・・・会いたいなぁ~」
思わず漏れ出た自分の言葉に驚く。
まさか自分がここまで本庄に対して夢中になっているなど今までの自分を考えると想像がつかない。
そんな自分に嫌気がさすのが半分と、自分にも人並みの恋愛感情があった事への驚きがあった。
「あれ~? 誰かと思えば生馬くんじゃない~」
転んでから座って立ち上がろうとした時に背後から聞き覚えのある声が聞こえて、思わず勢いよく振り向く。
そこに居たのは犬の散歩をしている俺の思い人となった本庄が立っていた。