4話 ルーナ②
最寄り駅には夕方という事もあって多くの人達で賑わっていた。
仕事終わりの大人達、塾へ向かう学生、はたまた門限ギリギリまで遊び急いで帰宅している子供達。
多種多様な人種はあるけれど、いつも通りの日常が目の前にある事に何処かで安心するような気持ちになる。
「ねぇ、食べないの?」
いつも本庄さんと寄り道をする駅内にあるバーガー店で、俺は見た目が派手になった本庄さんと向き合った席に座っていた。
本庄さんは購入したポテトも食べずに周囲ばかりを見ていた俺を怪訝な表情で見る。
「あぁいや。 食べるよ。 本庄さんも食べる?」
「私はコレだけで十分よ」
先ほどまで携帯で写真を撮りSNSに投稿した季節限定のカフェオレを手に取り美味しそうに飲む。
本当は本庄さんと合流してから真っ直ぐ帰宅するつもりだったのだが、何故真っ直ぐ帰るのかと怒りながら背中を叩かれてしまったので、いつも寄り道をしているというバーガー店に来たのだが、どうやらこの季節限定のカフェオレが目的だったようだ。
「それで、いつまで続けるつもりよ」
「? なにを?」
「その他人行儀な呼び方の事よッ!!」
バンッと机を両手で叩き上げながら大声を上げたせいで周囲からの視線が集まり、本庄さんは気まずそうに残ったカフェオレを飲む。
一方、生馬は急に怒り出した本庄に対して一体何の事を言っているのか分からない点と何故起こっているのか理解できない点で困惑していた。
「今朝からずっと私の事を本庄本庄と苗字で呼んで、なんでいきなりそんな他人行儀なのよバカッ!」
「・・・・ちょっ、と待って」
俺は咄嗟に顔を下に向けて目を瞑る。
他人行儀な呼び方?
つまりいつもはもっと親密な呼び方をしていると?
という事は俺と本庄さんは一体どういう関係なわけで??
苗字が他人行儀という事はまさか・・・名前で呼んでいる・・とか???
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
「うわ、急にブツブツ何言ってるのよアンタ。 こわ」
ほら見てよ。
もしも俺と本庄さんが、もしも親密な関係だったとしてあんなゴミムシを見るような視線を向けると思う?
そもそも俺が知る本庄さんと目の前にいる本庄さんが本当に同一人物なのかどうかもここまで一緒に会話をしていて怪しく感じてきた。
とりあえず、ここはいつもはなんて呼び合っているのかを確認して俺達がどういう関係なのかをそれとなく追及しなくては!!
「いや~それはあれだよ・・そう! たまにはいつもと違う形で呼んで気分を変えてみようと思ってね!」
「ハァ? なんでそんな事するのよ」
「だって毎日同じ事をしていると刺激がなくなって慣れてきてしまうだろう? それなら偶には気分を変えて別の呼び方をすれば少しはいつもと違う感覚を楽しめると思ったんだよ!」
「・・ふ~ん? つまりアンタは私との関係に飽きてきた・・と?」
少し寂しそうにカフェオレが入ったコップを見る本庄さん。
その表情を見るからに・・まさか・・本当に?
俺と本庄さんが特別な関係である事がほとんど確信に迫っているのだがッ!
・・いや、まだだ。
ここで最後の仕掛けをして確実な情報を手に入れなければならない!
「いや! 飽きたとかではなく何かの本でそういう刺激をもった方がより長い付き合いが出来るって読んだものだからさ! 少し気になってしまって! だからそんな身構えないでちょっとしたお試しで、そっちからも普段とは別の呼び方をしてみてよ! 今日だけだからさ!」
「そう? ん~・・それじゃあ」
本庄さんは少し考え込むと周囲をキョロキョロと見渡しながら小さく手で近づくように手招きをしてきた。
俺は本庄さんの顔に耳を傾けながら近づけると、小さい声で呟いた。
「・・・・・ダーリン」
ドッガラガッシャ―ンッッッ!!!?????
まさかの呼びかけに、俺は思わず椅子を蹴飛ばしながら後ろに飛び跳ねて転んでしまった。
だーりん?
まさか今、ダーリンって言った??
もうこれは完全にあれだよね!
俺と本庄さん、恋人同士という事で認知してもいいよねッ!
それにしてもあの小さい声と照れくさそうな表情はあまりにも可愛すぎるのだがッ!?
未だに耳元に残っている本庄さんの声と良い匂いが残っていて、顔が驚くほど熱く感じる。
「クク・・・ふふふふッ!」
自分の心臓の音が大きすぎて周囲の声が遠く感じるのに、不思議と本庄さんが笑いを堪えている声だけが鮮明に聞こえる。
顔を上げると、そこには楽しそうに笑い声を抑えて肩を震わせている本庄の姿がそこにあった。
その姿はまさしく、昨日も一緒にポテトを食べに来た時の本庄の姿だった。