1話 異世界へ行く方法
「一本ッ!!」
赤旗を会場の天井に向けて上げ、大きく宣言をする審判の声が聞こえる。
次の瞬間には会場全体から勝利した選手へ寛大な拍手と喝采が広がっていた。
「昨年に続き全国連続優勝おめでとうございます! 今のお気持ちを聞かせてくださいッ!」
試合を終えた後だと言うのにチームメイト達に引っ張られながら連れて来られた取材陣の前。
俺は向けられたマイクと視界に広がるカメラのライトの前で社交辞令の言葉を述べた。
「先ほども仰っていただいたように、昨年に続き今年も優勝する事ができました。 此れはとても誇らしく感じると共に、毎日一緒に苦楽を乗り越えた部員達に感謝の気持ちで一杯です」
社交辞令は言い過ぎた。
確かに連続で優勝する事は嬉しい事で、毎日辛い練習に耐えてついてきてくれた部員の皆に感謝する気持ちは本物だ。
「流石は『現代の侍』と言わしめられるほどの強豪! 最後にカメラに向けて一言お願いします!」
満面の笑みで手渡されたマイクを握り、俺はカメラに向かって笑みを浮かべる。
「ここまで来れたのも多くの方々が支えてくださってくれたおかげです。 これからも来年の全国大会に向けて日々の練習を怠ることなく充実した毎日を過ごしていきます」
――これは、社交辞令だ。
◇ ◆ ◇ ◆
――1か月後。
全国大会優勝を終えてからも、いつもの日常を過ごしていた。
勉強をして友人と楽しく遊び、部活に頑張り、家族と過ごし眠る。
そしてまた学校へ行く。
とても穏やかな日常。
平和な時間を過ごす誰もが幸せだと実感できる日々。
あぁ―――なんて!
「つまらないんだろう」
ハッと思わず自分の口に手を当てる。
周囲を見渡すが、行きかう人々は別に振り返る事も気にする様子もなく通り過ぎていく。
その光景を見て、俺は心の底から安心した。
「よかった・・誰にも聞かれてない」
生馬冬治。
年齢16歳。
小学生の頃から剣道を習い、小学6年生の頃には教わっていた道場の師範を簡単に倒してしまう実力を手に入れてしまい子供でありながら免許皆伝を受け取った天才。
今では『現代の侍』などと呼ばれ、この時代最強と称されている。
「あぁ! ご、ごめんなさい!」
「ん?」
少し離れた先に道行く人の肩にぶつかり深々と頭を下げる女子生徒がいる事に気付く。
俺は駆け足で女子生徒に近づき軽く肩を触れる。
「おはよう! ほんじょ――」
「あぁッ!! ごめんなさいごめんなさい! わざとじゃないんですッ!!」
急に肩に触れた事がぶつかったと認識した彼女は生馬に向かって大きな声を上げながら深々と頭を下げた。
それに気づいた通行人達は何事かと振り向く。
行き交う人達が俺に怪訝な視線を向けて、とても居た堪れない空気が流れる。
「ちょっ! 止めてくれ本庄さん! 俺だよ俺! 生馬!!」
「へ? い、生馬君?」
落ちかけているメガネを掛け直して、本庄さんは俺の顔を至近距離で確認する。
近すぎて思わず視線をすらしてしまうが、彼女はそんな事お構いなしに顔をジッと見続ける。
「わぁ~本当だ! 生馬君だ~。 おはよ~」
俺だと確認できると本庄さんは先ほどのような引きつった顔とは逆に、穏やかな物腰柔らかな表情になる。
「う、うん。 おはよう。 あと、ちょっと近いかな?」
「あれ? 本当だ。 生馬君って距離感近いよね~」
(近づいてきたのはキミだけどねッ!?)
本庄さんは微笑みながら少し距離を置き、学校へ歩き出す。
俺もその後に続き隣に並び一緒に学校へ向かう。
「それで? 今日は何の本を読んで人とぶつかったのかな?」
「へっ! 生馬君すごい! なんで私が本を読んでたせいで人とぶつかったってわかったの!?」
「この通学路で毎朝本を読みながら登校して、必ず誰かとぶつかって頭を下げてるからね」
「あはは~そんな人がいるんだね~! その人おっちょこちょいだね!」
「いやいや。 キミの事だよ」
「へ~? そんな事ないよ~」
「っと否定しつつ本を読み始めるのはやめようか?」
俺はすぐさまに本を取り上げた。
「あ~! 何するの生馬君! そんな事しちゃダメなんだよ~!」
「キミが本を読みながら歩かないと約束出来るなら返すよ」
「ワカッタ。 ヤクソク、マモル。 ゼッタイ二」
「なんでロボット口調?」
可愛らしい仕草でプンプンと怒っている光景はもう少し見ていたいが、これ以上ふざけていると流石に気が引けるので返す事にした。
「・・・異世界の扉?」
本を返そうとした時に、たまたま見えたページの文章を読み上げる。
「本庄さん。 これなんの本?」
「都市伝説伝」
「それはまた・・珍しい本を読んでるね」
本庄さんは気になった本はひたすらに読みたくなる人間のようで、先週は恐竜大辞典。
その前は絶滅種大辞典。
その更に前には宇宙の神秘といった本を読んでいた。
勿論彼女が小説など文学本を読んではいるが、それでも彼女はよくこういったジャンル関係ナシの知識的な本を読んでいるのだ。
「もしかして、気になる?」
「え?」
「だってこのページ読み上げてたから」
「あ、まぁ・・・ちょっとね。 異世界の扉ってなんだろうな~と思った程度だよ」
そのページには異世界へ行く方法と記載されており、いくつか異世界へ向かう為の方法が書かれていた。
その中で目にとどまったのが異世界の扉だ。
「夢の世界で意識を覚醒させる事が出来たらアストラルと呼ばれる扉を探すの。 その扉を通るとそこはこの世界とは異なる異世界に繋がってるんだって~」
「ふ~ん。 夢の世界で異世界の扉を探すね・・」
・・あれ、なんだろう。
なんだから少し、気持ちが高揚したような気がする。
「そうだ! ねぇ、生馬君!」
「・・え? な、なに?」
本庄さんは目を輝かしながらアストラルの扉が記載されたページを俺に向けてお互いの顔が触れる距離まで近寄ってきた。
思わず飛び跳ねそうになったがグッと堪え、輝く瞳と視線を合わせる。
「私と一緒に、このアストラルの扉を探さない!」
彼女のこの一言が、俺の充実した人生を大きく変える事になる。