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誰ガ為ノ御伽噺(おとぎばなし)  作者: 桜井 美花
第一章 〜再誕〜
8/8

・第8話・「作戦会議と動いた理由」

 



「───で、今は隣の部屋にいるみたい」

『…………』

『少女のお兄さんが、ですか? にわかには信じがたいですが……、気配はしますね。確かにいらっしゃるようです』


 エルシャとリオの両名は顔を突き合わせていた。

 ここで判明した事が一つ。

 リオはタチアナの姿を認識できていなかった。

 この時点まで、リオにはエルシャの言動全てが一人芝居のように見えていた。

 普通なら最初の段階で一笑に付すようなものだったが、それにしてはただならぬ雰囲気と本当に道案内をされているかのような動きに、これは只事ではない、余計な口は挟むまいと今まで黙っていたそうだ。

 しかしあれよあれよという間にとんでもない部屋に連れて行かれ、当のエルシャは突然倒れて苦しみだし、挙句の果てによくわからないヒト───アゼル───まで現れた。

 流石にこれ以上はついていけなくなるとリオが挙手した事で、事態の説明と現時点での情報の擦り合わせを行うことになったのだった。


『つまりタチアナという少女の願いは兄の救済で、兄は現在隣室に籠城中。少女の記憶の限りでは意識を保っていた。が、現段階で正気が残っているか、どの程度変異しているかは不明、といったところですか……』

「うん。……でも、隣の現状が全然わからないってところが痛いね。開けて大丈夫かもわからないから迂闊に入れないし……。それに、ごめんね。見えてないの気付かなくって。ビックリしたでしょう?」

『いえ、構いませんよ。君もいっぱいいっぱいだったのでしょう? 追及しなかったのはボクですし……流石にこれ以上となると厳しかったですが』


 苦笑しているような声色だが、やはり表情は変わらない。しかし纏う雰囲気もあってリオの感情表現の読み取りに慣れてきたエルシャは苦笑を返す。


『…………』


 ちなみにその間、アゼルは完全に空気と化していた。

 エルシャとしてはせっかくいるのだし、未知数ながら色々と能力を持っているらしいアゼルに是非とも打開策を提案してほしいところなのだが……その様子を見るに、望みは薄そうだとため息をつく。


(さぁ、どうしよう)


 そして振り出しに戻った。

 やはり一度隣室の状況を見ないことには対処法を考えるのも難しい。どうにか覗けはしないかと、エルシャは扉の隙間に顔を近付けてみる。


「…………見れないかなぁ」


 ピッタリ隙間なく、とまでは言わないが、それなりの精度と強度で作られているらしい扉には覗けるほどの歪みや隙間はない。


『せめて穴くらい開けられたらとは思いますが……それで向こう側を刺激してしまったら悪手ですしね……』


 頭を悩ませる。

 兄の救済を死とするか、人間に戻すこととするか。

 単純な討伐、という事ならばメリアを呼んでくれば何とかなるだろうと思うので、その場合は一旦戻る必要がある。

 すぐに人間に戻すのが無理でも、せめて人間としての意識を維持・もしくは取り戻してくれれば───兄が優秀な人間であった事はわかっているので───自力で元に戻る方法を編み出してくれるかもしれない。それが無理でも、自死するかは本人が選べるようになる。

 故に兄の状態がどの程度かで対応は変わるのだが…… 現状、観察することもできないために作戦を考える事もできない。メリアを呼びに戻っている間に変異が進んで取り返しがつかなくなれば、と思うと動くに動けず、焦りも出てくる。

 向こう側を見られればすぐに決められるのだが、ともどかしい思いでいっぱいになる。


「……よし、とりあえずこっちの部屋を調べよう。武器になるものがあれば、穴を開けて襲いかかられたとしても逃げられるかもだし。何も持ってない今よりはマシになるはず」

『そうですね。ではボクはこちら側を』

「よろしく!」


 こうしてまずは、と中心を除き、部屋の中のものを隅々までひっくり返すのだった。



 *****



「……で、これで全部かな」

『そのようですね』


 短剣が二本。

 古びたロープ。

 汚い布。

 謎の角材が数本。

 怪しい粉末が数種類。

 何となく武器になりそうなもの、という条件でまとめたものが以上の数点だった。

ちなみにこうして二人があれやこれやと動き回っている間に、アゼルの姿はまた見えなくなっていた。相変わらずわからないヒトだ……とエルシャは考えるのをやめた。


「……このロープで厚めの本何冊か纏めれば、それなりの威力の鈍器になりそう。ロープ持って振ってしまえば距離も詰めなくてよくなるし」

『確かに。良いアイデアです。短剣は……錆が酷いですが、ないよりはマシでしょう。これはボクが使いますね』

「布はシンプルに目くらましかなぁ……大人しくかけられてくれればだけど」


 布を広げてみる。ところどころシミがついていたり虫食いのような穴があるが、それなりの状態でエルシャの背丈ほどの大きさだ。上手く顔付近にかけられれば使えるだろう。


『角材は軽いですが、数はあるので一気に投げつければ撹乱と足止めにもなりそうですね』

「粉はどういう作用があるかわからないのが怖いんだよね……使うにしても最終手段かな……弱体化じゃなくて相手の暴走なんて引き起こしたら最悪だし」


 どれもこれも威力はイマイチのように思えたが、ないよりはマシかとエルシャは自分を納得させる。

 だがしかし。


『……まぁ、相手が元魔術士というのが一番ネックですね。魔術で抵抗されたらこんなもの、全て簡単に突破されそうです』

「……それは言わないで。私も思ってるから。逃げ切れなかったらごめんね」

『ボクは構いませんよ。……今は余生みたいなものですし、ね』

「ん? 何?」

『いえ、何でも』


 聞き返したが、それ以上は返す気がなさそうなリオにエルシャは諦めて広げた道具のセッティングに取り掛かる。


「三……四…………。これくらいが限界かな。振り回してたら崩れそう」


 同じくらいの大きさの本を重ね合わせて、力いっぱいロープで縛り上げる。

 軽く振ると、中々の重量になった。勢い余って自分が転ばないように気をつけなければ、とエルシャは気合を入れる。

 さあリオのほうはどうか、と見やる。

 少し離れたところで、リオは短剣を双剣のように両手に構える。しばし停止した後、風切り音を立てながら目まぐるしく上へ下へと、まるで見えない敵へ剣先を突き立てるかのように動いていく。エルシャには目で追うのがやっとだった。


『…………よし。右手側は少し鈍いですが、それなりには動けるかと』

(今のでそれなり……?)


 エルシャが同じように動こうと思ったら、奇っ怪な踊りになるであろうことは想像に難くない。

 半眼になりそうになるのをぐっとこらえ、エルシャは扉の側に角材を立てかけていった。上手く雪崩のように倒せるように、布の端を割いて作った紐を括り付け、引っ張れば纏めて倒れてくるように細工していく。

 ふと気付くと、黙々と作業するエルシャの様子を、近付いてきたリオがじっと見ていた。


「…………」


 視線が刺さる。ずっと動かない。

 流石に居心地が悪くなり、エルシャは堪らずそちらを向いた。


「何? 何か気になることでもある?」

『……ああ、……いえ、そう、ですね。今聞いておくべきですね』

「?」


 言い淀む姿に首を傾げる。

 リオは暫く口元を押さえた後、顔をあげた。


『君はどうして逃げないのですか?』

「え?」

『少女も、その兄も。君にとっては見ず知らずの人間でしょう? いくら記憶を覗いたといえど───いえ、記憶を覗いたからこそ、今兄のほうがどういう状態になっているか、それに近付く行動の危険性がどれ程か、君のほうが予想はついているはずです。武器を手に入れた。別の出入り口があることもわかっています。あの魔獣を避けて地上へ戻り、安全に帰還することは可能なはず。……なのに何故、君は死地と言っても過言ではないかもしれない、あちら側を覗こうと言うのですか? 短い付き合いですが、君がそれを理解できる程度には頭の良い子どもだとわかります。今の君の行動がそぐわないことも。……一体、何が君をそんなに突き動かしているのです?』

「…………」


 言葉に詰まる。

 どうしたものか。エルシャには、今の心の内を言語化することは難しい。

 そもそも最初にタチアナを追いかけようとしたのも直感だけだ。我ながら無謀で無茶な事をしているとは思っている。


 それでも動かずにはいられなかったそれを、意味を、言葉として形にするなら。


 悩むエルシャを、リオは静かに待っている。急かすでもなく、ただじっと見つめている。

 それを見返す内に、エルシャの口は自然と開いた。


「……私ね。本当は、ずっと前に死んでたはずなの」


 するりと溢れ出た言葉は、止まることなく流れ続ける。


「私はね、私だけがね、生き返ったんだ。……おとうさんとおかあさんは、死んじゃったのに」

『…………』

「たくさん、たくさん守られてるの。……助けられてるのに、守ってもらっているのに、私には返せる何かがない。それに気付いちゃってから、すごくすごく嫌だった。でもあの子 ───タチアナを見つけた時に、何でか思ったの。『この子についていけば、私は私にしかできない何かを見つけられるんじゃないか』って。呆れちゃうよね。変な直感でしょ?」

『…………』


 リオは何も言わない。静かに、エルシャの言葉を待っている。真摯に耳を傾けている。それが喜ばしく、エルシャはゆるりと微笑む。


「私は、死にたい訳じゃない。でもだらだらと生きていたい訳でもない。……そう、だね。強いて言うなら、死ぬまでの間に、何か特別なことをしたいって、そう思ってるの。何の意味もなく、何もできないまま、終わりたくない。───……私は、二人の分まで『良い人生』を送らなきゃいけない。……危ない思考だって、わかってるよ。でも、止まらないの」


 声が震える。

 今の自分の行動が、無謀だとわかっている。それこそ傍目から見れば死にたがりのようだろう。特別なことをしたいなどと言いながら、その前に死んでしまいそうな危うさ。矛盾。

 しかしそれは、エルシャの中に確かに存在していた。


「……実際、私はタチアナを見つけた。その願いを、思いを、叶えられるところまできた。……何でかは、わからないけど。これは、これが、きっと『私にしかできないこと』だと思うの。だから私は、タチアナの願いを、誰にも見つけてもらえないはずだったこの子の願いを、叶えたいと思うの。……そのためなら、止まらない。止められても、絶対止まらない」

『…………なるほど。君の思いは概ね理解しました』


 沈黙の後、リオが頷く。

 我ながら中々まとまりもなく、重たい上に最後は駄々をこねるような締め方で話をしてしまったと思ったエルシャだったが、リオは気にした様子もなく、むしろ少し明るい雰囲気になっている。


『ボクとしては、ただ死に急いでいる子ではなくて安心しました。……やっている事の危険度は変わりませんが、少なくとも死にたい訳ではないのでしょう?……あんまりな理由ならこっそり気絶させて外へ運び出そうと思ってましたが、今の話を聞いた上で少女達を見捨てろというのは流石に忍びないです。流石にもう無理だと見た時は首根っこ掴んででも逃げの一手を打たせてもらいますが……ボクも微力ながらサポートしますので、できるだけのことはやりましょう』


 さらりととんでもない発言をされて思わず目を剥いたが、続いた言葉にポカンと口を開ける。

 意味を咀嚼し、ゆるりと笑い、感謝を伝える。


「ありがとう!」

『お礼を言うのは早いですよ。無事に地上に戻ってからお願いします』


 表情が動いたなら、恐らく茶目っ気たっぷりのウィンクと共に告げただろう。言葉遣いや物腰柔らかな雰囲気から勝手な印象を持っていたが、リオは思っていたよりお堅いタイプではないのかもしれない、とエルシャは思った。


『それに先程から一つ思っている事がありまして。意外と安全かもしれません。……希望があるかはわかりませんが』

「え?なんで?」


 リオは扉に近づき、コンコンと叩いた。しかし何も起こらず、沈黙が場を支配する。


『この扉、正直防音性能はあんまりだと思うんですよ。でも向こう側からの音は聞こえず、こちらがさっきから喋って動き回ってとそれなりの音をたてているのに、反応はない。暴走していてこちらの音が聞こえているなら破壊しようとするでしょう。……それがない時点で、二つのパターンに絞られます。未だ正気を保っているか、亡くなっているか。……正気が残っているなら話せる可能性はあるし、暴走直前だったとしても僕達が逃げる余裕はできます。すでに事切れているなら、襲われることはないだろうから言って悪いが一番安全な状態です』

「……なるほど、頭良い……!」

『ありがとうございます』


 二つ目の想定はよろしくないが、冷静な状況分析は納得できる。リオのお陰で光明が見えた。

 それなら善は急げだ。こうしている間に兄の魔物化が進行してはよろしくない。と、エルシャは用意した武器を手に取った。

 リオと視線を合わせ、頷きあってから気合いを入れてドアノブに手をかけた。




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