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誰ガ為ノ御伽噺(おとぎばなし)  作者: 桜井 美花
第一章 〜再誕〜
7/8

・第7話・「魔人製造計画」

 タチアナ・レヴノ・グリーベルという少女は、貴族であるという点を除けば、極々普通の娘だった。


 グリーベル家は代々魔術士を輩出して国に貢献してきた子爵家で、タチアナの父も年の離れた兄も、彼女が物心ついた時から国選魔術士団に属していた。


 父も優秀だそうだが、兄はその上をいく頭角を現しているそうで、晩餐の席などで父が嬉しそうに兄を褒める姿をタチアナはよく目にした。

 兄は研究も熱心に行う勤勉な人で、───タチアナには説明されてもちんぷんかんぷんだったが───治癒魔術の効果を上げるために日々取り組んでいると聞いていた。

 そんな忙しい中でも、兄はよく贈り物をしたり、散歩やお出掛けに付き合ったりして自分を可愛がってくれていた。母が亡くなって気落ちしていた時は、自分も辛いだろうに一晩中タチアナの手を握って慰めてくれたりもした。

 故にタチアナは兄のことが大好きであった。


 タチアナ自身は保有魔力が少なかったために、政略結婚に備えて淑女教育を中心に学ぶ日々で、魔術のことは一般常識程度の知識しかなかったが、兄の研究が進展するようにと心から祈っていた。

 楽しかった。

 幸せだった。

 父も兄もタチアナをとても大切に思ってくれているのが、その表情から、言葉から、行動から。いつも感じられたから。


 幸せな日々が、綻び始めたのはいつからだろうか。


 父が小隊長に任命されたとのことで、指揮することになった小隊の面々や父と兄の友人達を招いて、ささやかな祝いのホームパーティーを行った時。

 父の同期で友人だというベルガン子爵に、タチアナは初めて会った。

 小隊長を任された父と違い、ベルガン子爵は別の小隊の隊員であるらしい。親しげに父と話していたが、ふとした瞬間にやたらと冷たい眼差しになるところがタチアナは少し怖いと感じていた。


 父もそんなベルガン子爵の様子には気付いていたらしいが、口下手な自分があまり言っては逆効果だろうと敢えてそっとしていると後に話してくれた。アイツは負けず嫌いだからなぁ、と笑う姿に、父の友人をあまり悪く言うべきではないとタチアナは口を閉ざし、その後話題に出すことはしなかった。

 そのため、タチアナはそれから数日もしてしまえばベルガン子爵のことなどほとんど忘れていた。


 ホームパーティーから半年と少し経った頃。

 兄が所属している小隊が研究で一定の成果をあげたとのことで、少ないながらも褒賞を与えられた。家はお祭り騒ぎのようになり、兄はタチアナの前では平静を装っていたが、隠し切れない喜びが滲み出ていた。

 社交界も騒がしくなったようで、社交デビューをしていないタチアナにはパーティーの招待はなかったが、同年代の少女がいる貴族家からお茶会の招待が届くようになった。


 それは、そんなお茶会の一つに出席した帰り道でのこと。

 デビュー前の子どもは母親が同伴するのが基本だが、タチアナの母はすでに亡いため、普段は父が同伴していた。しかしこの日は生憎急な仕事が入り、兄も職場に缶詰めになっていた。爵位が上の貴族の招待だったため、そんな理由で断るのは失礼だとタチアナは一人で参加したのだ。

 見慣れぬ馬車と御者が迎えにきたが、家紋も入っているし、馬車を新調しなければと以前父がぼやいていたのを知っていたので、馬車と合わせて御者も父が新しく雇った者なのだろうと深く考えず乗った。


 それが間違いだった。


 しばらく馬車に揺られていたが、突然停止した。不思議に思っていると、何故か御者が車内に入ってきてタチアナに襲いかかったのだ。


「いや! 何をするの!? 離して!」


 タチアナは抵抗したが、いつの間にか車内に充満していた甘ったるい香りのせいだろうか。徐々に力が入らなくなり、意識も遠ざかっていく。


 再び意識を取り戻してからは、タチアナは文字通り死んだほうがマシな生き地獄を味わった。


 タチアナを誘拐し、おぞましい実験の対象にしたのは、ベルガン子爵であった。


 このベルガン子爵という男は、性格的な難を除けば非常に用意周到で慎重派の優秀な魔術士であり、研究者でもあった。

 この誘拐事件も、綿密な計画の元行われた。この日にタチアナの父に仕事が舞い込むように人を何重にも介して手を回し、馬車の運転も自身が御者の振りをすることで協力者はつくらず、迅速な行動により事件が明るみに出る前に実験室へ隠れることに成功した。


 研究室も洞窟の改造は自分で行っていたため、バレることもなかった。

 この時の当人には知る由もないことだが、タチアナの父のほうが先に小隊長に任命されてはいたが、ベルガン子爵にも近々昇進の話がくる予定だった。ベルガン子爵自身は卑屈になる余りいつも負けている、と認識していたが、実際はいつも追い越し、追い越されを繰り返していた。故にタチアナの父はベルガン子爵のことを良きライバルとまで思っていた。

 ひょっとしたら、この先タチアナの父より先に昇進していく未来もあったかもしれない。


 しかしベルガン子爵は、タチアナの父への嫉妬ですでに正気を失い、狂気にのまれていた。


 自分より先に昇進するなんて。


 息子が褒賞を受けただと?


 何故。

 どうして。

 いつもアイツばっかり……!!


 歪んだ嫉妬は、タチアナの父に勝つことばかりを考えさせた。そして、一つの研究に辿り着く。


 魔物は凶暴性も発現させるが、同時に生前より高い能力を得る。それ故に脅威とされる。


 では、正気を保ったまま人間が魔物化すれば?


 それを思いついた時、ベルガン子爵は天啓を得た心地だった。


 そうだ。この研究が成功すれば、アイツは俺に追いつけない!!


 それが非人道的なものであると考え、踏みとどまる理性と思考は、すでになかった。

 結果、タチアナはベルガン子爵の魔人製造計画の被害者となったのだ。


 しかしタチアナは、魔人にはならずそのまま短い生涯を終えた。

 ベルガン子爵は計画の失敗に、さらに狂気に陥っていった。

 そんな時だった。

 タチアナの兄、フレデリック・レヴノ・グリーベルが、迷い込んできてしまったのだ。



 *****



 タチアナが行方不明になってから、グリーベル家では捜索活動が行われていた。

 同時期にベルガン子爵が失踪した事もあってタチアナの父は関連を疑ったが、ベルガン子爵は証拠になるようなものを一切自宅に残しておらず、どちらの足取りも掴めないまま捜索は難航していた。

 何より、多少ギクシャクしていたとはいえ友だと思っていた人間に裏切られたかもしれないという不安と、娘がどんな目に遭っているのかという恐怖は、タチアナの父の心を蝕んだ。

 そんな憔悴しきった父の代わりにと、フレデリックは自身の不安を押し殺して仕事に邁進していた。

 ちょうどその時、森の定期調査が舞い込んだ。


 アティマ大森林はやたらと魔素が集まりやすく、その為に生態系が周辺とは若干異なる部分があった。

 そのため、フレデリックが所属している小隊含む研究特化の隊が順番に森にほど近い砦に配属され、分析やサンプルの調達を行うのだ。


 その日は五人体制で赴き、予定通り目をつけていた植物の採集と小型の魔獣の討伐を行った。

 魔獣を荷台に載せて砦に戻ろうとした時。


「…………?」


 フレデリックはふと背後に視線をやった。

 直後、音もなく忍び寄った魔物が後方にいた仲間の頭を吹き飛ばす。


「ッ!? 総員警戒態せ、ァグッ!!」


 鋭い爪が光り、横薙ぎに一閃される。

 間一髪で風の防壁を張り、受け身を取ったためにそれによる傷は負わなかったが、吹き飛ばされて大木の幹に激突した。

 一瞬呼吸ができなくなり、激痛と焦りがフレデリックに襲いかかる。

 涙を滲ませつつも何とか気合いで目を開けると、ちょうどもう一人の仲間の腕が食いちぎられているところが視界に飛び込んできた。


「…………ッ!」


 悔しさに唇を噛みつつ、息を殺して姿勢を低く保ったまま後ずさる。

 残り二人の隊員もすでに姿は見えなくなっていた。避難したようだ。


(なんだあの速度は……! それに体格も……。中型の……猪型、か? 何が起きている?)


 通常であれば、大森林の手前側には中型の魔獣までしか現れない。それくらいならば五人体制で難なく撃退できるはずだった。故に今日の編成となったのだ。


 しかし実際に現れたのは、中型の魔物だった。


 五人体制で太刀打ちできる相手ではない。下手に突貫などしてしまえば無駄死にだ。

 先に逃げた仲間達も、今頃砦に救援要請に向かっているだろう。フレデリックは魔物に気付かれないように自身も避難するため、息を殺しながら大回りで外へ向かって駆け出した。

 しかし生き物の匂いを辿る魔物には容易くバレてしまう。


 ガァァアアアッッッ!!


「……くッ!」


 身体強化も付与して全速力で走る。

 しかし恐ろしい速度で距離は詰められていく。

 もう無理かと思った瞬間、フレデリックの目に穴のように見える地面が飛び込んできた。

 反射的に飛び込み、入口に向かって攻撃魔法を当てて崩落を起こす。これで少なくともすぐには追いかけてこられないだろう。


「はぁッはぁッはぁッ……!! これは……洞窟か? 助かった……」


 ぐったりと座り込む。

 吹き飛ばされた時に背骨をやられていたらしい。身体強化魔術の負荷もあり、全身が軋むように痛んだ。


 これがいけなかった。


 ベルガン子爵は万が一の避難に備えて、入口を複数用意していた。そしてそのどれもに生物が通過した際に反応する道具を設置していたのだ。


「あ……?」


 意識が遠ざかる。

 体が傾いで冷たい地面の感触が頬に当たる。

 己の背後に立っている人間の顔を見る前に、フレデリックの意識が完全に途絶えた。


 そして目覚めた時。


「……な、んだ……?」


 フレデリックは壁に付いた鎖に拘束されていた。

 周りを見ると、机に蹲ってブツブツと何事かを話している男が見える。その様子はあまりにも不気味だった。


「…………」


 男────ベルガン子爵が正気ではないと悟ったフレデリックは、気付かれないように室内に視線を巡らせてどうにか脱出できないかと探る。


 そこで見てしまった。


「───……?」


 開け放たれた扉の向こう。自分がいるのと同じような部屋。

 その部屋の真ん中にある、無機質な台。


 ────その上で明らかに事切れている、のは。

 お気に入りのドレスなのだと笑っていた、記憶に残るソレをまとい、原型がほとんど失われた妹の姿に。


「……ぁ、あ……ああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「……ぉや? 気がつきましたか。元気ですねぇ。良いことです。こちらの薬は失敗でしたが、反応は悪くありませんでした。この配合で様子を見てみましょう。そもそもの保有魔力量の関係もあるか……? ……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫きっとうまくいくワタシはナニもマチがえてナイこれがウマク作用スればキッと……!!」


 男が何事か話している。

 最早それを理解しようとも思わない。

 こいつが、こいつのせいで。

 返せ。

 返せ。

 私の妹を返せ!!!!!!


 目が熱い。

 喉が焼けるように痛む。

 体の中でブチブチと不快な音がする。

 それでも目の前の男から視線は逸らさない。


 ふと。

 己を拘束していた鎖が、ちぎれた。

 自由になった手は、そのまま流れるように男の首を掴み。





















 タチアナは、人間ではなくなっていく兄の姿を、魂だけの状態で見ていた。

 そしてベルガン子爵を殺した後の兄がそこから動かないのを見て、あの男の実験は成功していたのだと悟った。


 兄は、少なくとも己の行動を律する意識を持っている。


 それが人間としての正気を保ったままのものであるかはわからなかったが、少なくともタチアナが伝え聞いて知っていた魔物の様子とは大きく異なっていた。通常の魔物は魔力汚染による不快感や痛みなどで周りに生きている生物がいなくても暴れ回るらしい。


 それなのに、兄はその場で座り込んだまま。

 ただじっと、目を瞑って呻いている。

 まるで何かを耐えるように、抗うように。


 ああ、それならばどうか。

 誰か。

 誰か。

 どうか兄を助けて。





「…………助けられるかは、わからないけど。できるだけ、やってみるよ」


 灰色の髪の少女は、タチアナを安心させるように優しく微笑んだ。

 何故かこの少女はタチアナの姿を視認し、その記憶まで覗いてしまったらしい。惨たらしい記憶を見せてしまったことに申し訳なく思う。

 そのまま逃げ帰る選択をしてもよかっただろうに、少女はタチアナの望みを叶えてくれると言う。


 ああ、ありがとう。ありがとう。

 お願いします。もう私は終わってしまったけれど。

 きっと兄はまだ死んでいない。

 私が願うのは唯一つ。


 兄を助けて。





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